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旅の始まり/なりたい二人となりたくない一人

「なあ、マイト。お前言ったよな? こっちに行った方が早く着くって」


 燦々と降り注ぐ太陽を浴びながら、俺は元凶を責めた。

 振り向くと髪が汗をかいた肌にへばりついて気持ちが悪い。


「ったり前だろ、ってかまだ大丈夫だ。

 俺たちは近付いてる。すぐに道は開けるって!」


 真新しい青いバンダナが見えた。

 この暑さの中、こいつだけは元気だ。


「このクソだだっ広い森の中で迷いながらよく言えたもんだな手前」


 嗚呼、とため息を吐きながら俺は相棒、マイトを見た。

 この希望と勇気と無謀に溢れた勇者様の話なんて聞かなければよかった。

 横道にそれなければよかった。

 旅になんて……




 俺たちは大陸の中途半端な位置にある小さな村、アリエス村で暮らしていた。

 何もなかった。本当に何もなかった。


 あるのはだだっ広い森と牧場、それから少しばかりの麦が取れる畑。

 何もなさ過ぎて村に訪れるのは遭難者か吟遊詩人か、それくらいのものだった。


 それでも、俺は幸せだった。

 汗を流し、日々の糧を得る。

 そんな日々を繰り返せばいいじゃないか、と思っていた。

 だが残念ながら、俺の相棒はそう思っていなかった。


「マイト、見たかよこれ! 俺たち騎士になれるかもしれないぜ!」

「んな夢みたいなこと言ってないで、モーガンさんのとこ手伝って来い」


 頭の湧いた相棒、マイト=イーグレットにはいつも辟易させられる。

 とにかくこいつはカッコいいことが好きだ。そして向こう見ずで飽きっぽい。

 飽きては捨て、飽きては捨て、部屋はゴミだらけになっている。

 お袋さんには同情する他ない。


 そんなこいつが飽きずに憧れ続けているのが、騎士。

 神王陛下より権能を賜った貴族にしかなれない、俺たちでは手の届かぬ存在。

 普通は幼少期が終わる頃には現実を知るが、こいつはそうはならなかった。

 いまでも騎士に憧れ、どこかから手に入れた古い騎士装束を着ているくらいだ。


「貴族になる方法が分かったなら教えてくれ。俺も楽に稼ぎたいからな」

「寝言言ってんじゃねえよ、クレイン! いいからこれ見ろって!」


 そんなことを言って、マイトは一枚の巻紙を取り出した。

 どこかから剥がして来たものだろう、ピン止めの痕が付いている。

 持ってくるんじゃねえよってか盗ってくるな。


「騎士になれるらしいンだよ! っていうことでこれ読んでくれ!」

「読めねえなら持ってくるんじゃねえよアホ!」


 この村で読み書き計算が出来るのは俺と一部の大人だけだ。

 旅の吟遊詩人から教わったことをすべて習得できたのは俺だけ。

 他にもいろいろ教わったが俺ほど器用に出来る奴はいない。


「ほー……南の港で試験がある。それをパスすれば、誰でも、えーっと……

 新設第五騎士補佐隊に入ることが出来ます。

 誰でも騎士になるチャンスがあります、か」


 胡散臭い、と思ったが紙質はいいし、蝋印も押されている。

 マジっぽいな。


「ッシャア、あのオッサンの言ってること信じた甲斐があったぜ!

 つーわけで行くぞ」

「行かねえよ。ってかなんで俺が行かなきゃいけねえんだよ」

「いいだろ、お前だって小さい頃からの夢だろ!」

「はぁ!? んなこと思ってねえよ!

 俺はこの村で静かに老いて死んでくのが夢だ!」




 ……すったもんだあって、俺とマイトは旅に出ることになった。

 朝起きたらこいつに背負われていた時は本当に驚いた。

 いっそマジで殺してやろうかと思った。


 こんなのでも幼馴染だし、長年付き合って来た相棒だ。

 それにこいつ一人では地図が読めないし金の計算も出来ない。

 変なことをして村の評判を傷つけたりしないかも心配だ。


 ……ボコボコにして村につれて帰った方がよかったかなぁ。


「お前に従ってると、ホントロクなことにならねえよなぁ?」

「あ? んだ手前クレイン。だいたいお前もついて来ただろうが!」

「お前が遭難しそうだから連れ戻しに来たんだよ!」


 喧々諤々の下らない言い合いを続けていると、突如奥の方から悲鳴が聞こえた。

 俺たちは弾かれたようにそちらを見て、ほぼ同時に駆け出した。


 こういう時息が合うのが嫌だ。

 いっそまったく合わなければこんな奴見捨てて行けるのに。


 悲鳴が聞こえた方向に駆け出して行くと、街道に出た。

 右側を見てみると、一台の乗合馬車があり、それが襲われていた。

 幌からは火の手が上がっており、乗客たちが道の傍らで身を寄せている。

 そして、彼らを取り囲む人影があった。


 手には剣呑な刃物、頭には揃いのバンダナ。

 体格や人種はバラバラだが、薄汚れた衣服やボサボサの髪は皆同じ。

 馬車狙いの盗賊か何かだろう。


「マイト、客の方頼むわ。そっちの方が人数多いしいいだろ?」

「派手に一発決めてくれや。二人でやりゃどうってことねえだろ」


 マイトは笑った。

 ったく、うんざりなんだよ。こんなのは。


 俺は走りながら左手で腰に差した剣を抜き、右手を掲げた。

 耳の奥まで響く高い音が響き、俺の右手から炎が上がった。

 音に反応してこちらを見た盗賊が、目を剥いた。


「なっ……! あ、アニキ! ま、ま、魔法使いですぜ!」


 そう、俺には魔法が使える。

 これも吟遊詩人から教わった技の一つだ。


 生きとし生けるもの、すべて魔力を持っている。

 自らの持つ魔力を変換し、世界に干渉する術。

 それが魔法だ。


 魔法を使うためには法則がある。

 その法則を理解し、実践するためには知恵と反復練習がいる。

 そのどちらも持っていたのは、あの村では俺だけだった。


 掌からせり出した光の球体は、どんどん膨らんで行く。

 人を丸々飲み込めるほどに。俺はそれを盗賊連中に向けて放った。

 奴らは恐れおののき、そして灰に消える――


「まあ、そんなこと出来ないんだけどね?」


 俺の放った火炎弾は先頭にいた盗賊にぶつかり、そして弾けた。

 巨大なのは見た目だけ、中身はスカスカだ。

 その代わり、光と音を辺りに撒き散らす。

 盗賊たちは焼け死ぬことはなかったが、それに怯んだ。

 その間にマイトが剣を抜き、突っ込んで行く。


 マイトは手にした木剣を振りかざし、一瞬にして三人を叩き伏せた。

 どうしようもないアホだが、剣の才能だけは凄まじいものだった。


 盗賊たちが怯んでいる隙に、俺も走った。

 走りながら再び魔法を展開。

 今度は掌大の球体を作り出し、それを盗賊に向けた。

 球体は四つに分かれ、それぞれが別々の軌道を取り盗賊に飛んで行った。

 側頭部、両肩、顎を打ち抜かれ、盗賊が気絶した。


 マジックアローと呼ばれる、基本的な魔法だ。

 これが出来なければ話にならないと先生に言われた。

 戦いにおいては、もっとも役に立つ魔法だとも。


 俺の前にいた盗賊は三人。

 その内一人はいま倒し、もう一人はまだ苦しんでいる。

 いち早く復帰した盗賊の一人が、頭を振りながら俺を睨んだ。

 簡単には行かないか。


 盗賊は剣を振りかざし、そして勢いよく振り下ろした。

 俺は踏み込むふりをして、半歩身を引いた。そして剣を薙ぐ。


 盗賊の放った剣は空振りし、俺の木剣は盗賊の顎を打った。

 男は気を失い、勢い余って前に転がった。

 俺は尚も苦しむ盗賊の脳天に剣を振り下ろす。

 あっという間にそいつは倒れた。


「軽い軽い、そっちはどうだ、マイト?」


 声をかけるが、返事はない。

 その代わり剣戟が聞こえて来た。


 俺は慌てて馬車の向こう側を覗き込んだ。

 あちら側にいた盗賊は五人。

 四人はあっという間に倒したが、一人はダメだった。

 リーダー格と思しき男の剣は、他の連中とは段違いに鋭かった。


「チッ……待ってろ、マイト! いま助けてやる!」


 手間のかかる奴だ、と思いながら俺は踏み出そうとした。

 だが、留まった。


 それは、馬車の乗員の一人だった。

 ローブを目深に被った人物で、表情は伺えない。


 ただ、その掌からは炎の玉が現れていた。

 俺が先ほど作ったのと同じくらいの、人を飲み込めるくらいの大きさ。

 だが、その中身はみっちりと詰まっていた。


「な、なんだそりゃあ……は、ハッタリかよ……!」


 優勢を保っていたはずの男から、震えた声が上がった。

 その隙を、マイトは見逃さなかった。

 剣を振り上げ手首を打ち、盗賊の剣を弾き飛ばした。

 そして、体当てによって彼を突き飛ばし、反動で逆方向に飛んだ。

 火炎魔法を使うのに、いささかの支障なし。


「ひぅっ――!」


 盗賊の悲鳴が、焼ける大気に消えた。

 炎の球体は吸い込まれるようにして男に向かって飛んで行く。


 男は身を竦めるが、しかし火球は少し手前で弾けた。

 爆発の衝撃を受け、男の体は木の葉のように吹っ飛んだ。

 そして太い木の幹に激突。

 だらりと四肢を投げ出して動かなくなった。




 黒煙を見て飛び出して来た街の警備兵たちが、盗賊たちを連行していく。

 乗合馬車の客たちは彼らに案内され、近場の街まで向かって行った。


「誰も犠牲にならなかったのは奇跡的だ、キミたちのおかげでもある」


 そう感謝され、俺たちは僅かな報奨金を貰った。


「手配もされてる山賊倒してこれだけって、ちょっとおかしくねえか?」

「金もらえただけで感謝しろ。好きなことして金もらってんだぞ?」

「それとこれとはまた、話が別な気が……」


 俺たちも街に招待されたが、謹んで辞退した。

 目下、俺たちには問題があったからだ。


 試験の日程は一週間。

 建国の日である6月13日に終了を合わせるためである。

 そして、試験は一週間続く。

 遅くても6日、それも日が天に昇るまでに辿り着かねばならない。

 残された時間は、今日を合わせて3日。しかも今日は半分が過ぎている。


「テメーが森を歩くなんて言わなきゃ余裕もって辿りつけたのによォーッ!」

「ったりめえだろ、真っ直ぐ進んできゃずっと早く着くだろうが!」

「真っ直ぐ行けりゃあな! これじゃあ辿りつけるかどうかすら分からんわ!」


 俺たちは罵り合いながら進んで行った。

 その少し後ろをついて来る影があり。


「あ、あの、もっと仲良くしないと……」

「いいんだよ、こいつにはこれくらい言っておかないとな。

 それより、あんたは休んでかなくていいのか?

 俺たちは急ぎの用があるんだが……」

「ええ、私にも急ぎの用があって。訳あって6日までにアクティアに行かないと」


 そう言って、ローブを取った。

 声はとても高く、体つきも華奢だ。

 ローブを取った顔も子供のようにあどけない。

 絹のように長く、しなやかに伸びる髪が印象的だ。

 とても長い距離を歩けるとは思えない体格。

 それが女性であるならば尚更だった。


「アクティアって、俺たちと同じだな。ってことは、もしかして……」

「あ、あなたたちも騎士採用試験を受けるおつもりなんですか?」

「記念受験です。このバカ以外は。『たちも』ってことは、あなたも騎士に?」

「はい。ここに来るためにはるばる、ノーランの街から出て来たんですよ」


 ノーランと言えば、聞いたことがある。

 北端のど田舎、深い雪国だという話だ。


「暇な人もいたもんですねー、わざわざこんなところまで出て来るなんて」

「何言ってんだよ、クレイン。お前だって大差ねえクセに」

「俺は成りたくてこっちに来てんじゃねえんだよ、アホが」


 ため息を吐く。

 ったく、何で俺がこんなところまで……


「まあ、しばらく一緒になることに間違いはねえ。

 少しだけだが、よろしく頼むぜ」

「少しだけじゃなくて、末永く仲良くしたいですよ。一緒に騎士になって、ね!」


 金髪の少女はパッと花が咲いたように笑った。

 俺は苦笑し、マイトは笑った。


「おう、よろしく頼むぜ! 俺はマイト! マイト=イーグレットだ!」

「私はミンク=マーティアスです。よろしくお願いしますね、マイトさん」


 ミンクはにこりと、また笑った。

 マイトが俺の裾を掴み、引いた。


「……クレイン=カシアスだ。ま、よろしく頼むぜ」


 同行者を一人加え、俺たちは走り出した。

 目指すはアクティア、マイトの夢のスタート地点。

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