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2-2

アルルとイオリを学校へ送り出ししばらくしてから、ベルティアナは家の前に看板を出した。

【工房 アルトアリス】

看板にはそう書かれてあった。

自宅前に看板を掛けてお店を始めたのは一年ほど前。エルマーの作った工芸品を店先や店内に並べただけの小さなお店だった。最初は小遣い稼ぎという目的もあったけれど、今では別の目的もあってお店を続けている。

それはアルトアリスの伝統工芸を世間に広めること。

今はもうアルトアリスという町はなくなってしまったけれど、そこには確かに鉱物資源が取れる鉱山が存在し、それを使った色とりどりの工芸品があった。そういう伝統を絶やさないようにという思いも込めて、エルマーたちはこのお店を続けていた。

最初は資金繰りも難しく、知り合いに頭を下げて半ば強引に売りつけたこともあったけれど、今ではそれなりに人々の興味を惹き定期的な収入になっている。店内に並べられた工芸品の数々を、通りすがりの子供たちが興味深そうに窓の外から眺めているのを見るのがいつしかベルティアナの楽しみのひとつになっていた。

そして忘れてはならないのが、このお店が今まで潰れなかった大きな要因としてベルティアナの存在があったということである。工房アルトアリスでは飲食ができる。そして、その飲食物の全てをベルティアナが自分で作っていた。結果的にそのことが功を奏し、道行く人は足を引き止め、一度訪れた人はその味を思い出してまた足を運ぶのである。

そして今日もまた彼女は料理に腕を奮っていた。


「とりあえず、これ食べてみて」

クロノは言われるがまま受け取る。

まず外観を眺めた。

手のひらサイズのカップケーキ。凹凸のあるクッキー生地の表面には砂糖の粒が降りかかり、光を乱反射して食欲をそそるように光っている。不思議なことに冷蔵庫から出したばかりなのに、掌の上に乗せているだけでほのかな温かみと共に、少しばかりふっくらと盛り上がってきて、次第に芳ばしい香りが立ち込め始めた。驚くことにそのカップケーキは手のひらの上で焼きあがっていた。

「いただきます」

クロノは訝しがりながらもそれを口に運ぶ。するとどうだろう。表面は固くて歯ごたえの感じられるクッキー生地なのに、食べ進めると中からは驚くほど柔らかい真っ白な生地があふれ出てくる。しかもぎっしりと詰め込んであるのか、跳ね返される感触まで感じ取れる。それに焼きたての熱さが加わって彼の口の中は満足感で一杯だった。

「なんだこれ?おいしい」

クロノがそう告げると、ベルティアナは、ふふん、と言った表情で見返し、自作のノートを広げて答えた。

「じゃーん!最近流行っている魔法を使った創作料理、その名も【マジックフード】を作ってみました。あのね、見た目は普通のカップケーキなんだけど、使ってある粉に魔法をかけてあるの。そうするとね、柔らかくっておいしいカップケーキになるんだって。あとはいつでもおいしく食べられるように加温式の魔法をかけておけば手のひらの上であったかくなるってわけ」

「へえー」

料理に詳しくないクロノにはそういう言葉しか出せなかった。

二人が行っていたのは、新作料理の試食会だった。ベルティアナが作ってクロノとシロエが味見をする。高評価ならすぐに店に出せるし、気に入らなければ改良して味見を繰り返す。二つの意味でおいしい作業である。

「で、どうかな?クロちゃんの採点は?何点ぐらい?」

 ベルティアナはクロノの顔を覗き込む。いつも以上に彼女の顔が真剣なのもクロノがある特殊能力を持っているからだった。

「僕の能力でこの料理を数値化すると、十人中六・二人がおいしいと答える計算だ」

 小さな声でそう聞こえた。料理に関する様々なパラメーターを定量化して、それを統計的に分析した結果出てきた数値である。しかし、その言葉を発したのはクロノ本人ではなかった。

「こら!シロ。僕の声を真似するな!」

「こら!シロ。僕の声を真似するな!……ってクロくんが怒った!」

 シロエはクロノの足元にしゃがんでいて彼を弄ぶように茶化す。

 クロノの特殊能力は完全分析。普通は機械を使わないとできないような分析を身体ひとつで行ってしまう。例えば、重さを量る、温度を測ることはもちろん、高速で動くものを捉える、肉眼では見えないものを見る、と言ったことも可能なのだ。エルマーが特殊な機器を持たずに研究ができているのもクロノのこの特殊能力によるところが大きい。

 一方で、双子の妹であるシロエもまた特殊能力を持っている。彼女の能力は完全模倣。先程のような声真似を始め、剣術や体術など動きの模倣、あとは限られた範囲ではあるが動物の模倣も可能である。

「にっしっし。まだまだ修行が足りないようだね、クロくん!」

「修行が足りないのはシロも同じだ。僕の能力による正確な分析結果は七・八だ。それにそこにいると君はもうすぐ後悔することになる」

「ぬぁに!」

 ゴンッ、と言う音を響かせて扉から入ってきたのは、末っ子二人を学校に送り出して帰ってきたエルマーだった。

「ごめん。しゃがんでたから見えなかったよ」

「おかえりエルにぃ。ちょうどいいところだよ。ほら、ケーキ食べる?クロちゃんのお墨付き」

「マジか。いただきっ」

「シロも食べるぅ~」

「はいはい。まだまだたくさんあるから」

 ベルティアナは台所の奥からあまりのカップケーキを持ってくるとみんなの前に並べた。

これだけ好評なら、明日から店先に並べても問題ないだろう。きっと通りすがりのお客さんも満足してくれるはずだ。そんな思いを抱いてベルティアナもまたカップケーキに手を伸ばす。

 気が付くと、そこにはもう何も残ってはいなかった。



 その日の夜のこと。

ベルティアナは台所の後片付けを終えると、夜食を持って姉のユーノリアの部屋を訪れた。

部屋と言ってもユーノリアは屋根裏みたいな場所に住んでいるので少し狭く、出入口も小さなものだった。

何回か扉をノックしても返事がなかったので、許可なしに扉を開けて覗きこむ。

すると、そこにユーノリアの姿はなく開いた天窓を見つけただけだった。

最初、それが何を意味しているのかベルティアナはわからなかった。

「入るよー」

そう小声で呟くと彼女は天窓に近付いてそこから顔を出した。

結果的に彼女の予想は当たっていた。

そこから見えたのは屋根の上に佇む姉ユーノリアの姿だった。

「ユーねぇ、やっぱりここにいたー」

「どうしたの?ティア」

「夜食、持ってきたんだよ。ほら、新作カップケーキと飲み物。昼間大量に作ったのにみんな取っちゃうからすぐになくなっちゃうんだもん。ひどいと思わない?だから今度はユーねぇと二人だけで食べようと思って。みんなには内緒だよ」

ベルティアナはユーノリアにカップケーキを手渡すと、自身も天窓から身を乗りだし屋根の上に登った。そして姉のすぐ横にちょこんと腰を据えるとユーノリアがカップケーキを食べる様子を嬉しそうに眺めていた。

「んー、うまい。やっぱりティアは料理の天才だ!」

「ありがと」

「で、そっちの……光ってる飲み物?は何なの?」

「【蛍水】って言って、これもマジックフードだよ。飲むと体を丈夫にするんだって。夜の暗がりでは特に幻想的な光に見えるよね」

ユーノリアは一旦カップケーキを置き、それを受け取ると一思いに飲み干した。

「うーん。味は薄いけど、飲むと頭が冴えるね、これ。今の私には持って来いだ。やっぱりティアは気が利くね。さすが私の自慢の妹」

「褒めすぎだよー」

「いや、褒めて喜んでくれるなら、私はいくらでも褒めるよ」

そういうとユーノリアは視線を夜空の方に戻して、まるで独り言を呟くように語り始めた。

「本来なら長女である私がもっとしっかりすべきなのに、母親役を全部ティアに押し付けちゃって。ほら、私は見ての通りダメな姉だからさ。そこはもうごめんなさいって謝り倒すしかないじゃん。ティアが妹で本当によかったと思ってるよ。それにティアもそうだけどマーくんも知らない間に装束設計士?になってるし自慢の弟だ」

自慢の弟という言葉にベルティアナは少し引っ掛かった。

「あれ?結局エルにぃって弟だったの?ユーねぇが上なんだ」

「この私に年齢を聞くなんて野暮なことだよ。でもアイツがこの家に来る前に私とお母さんは二人暮らしだった。だからマーくんは私の弟だ。そう言ったらあいつはなぜか怒るけど」

「なんだー。やっぱりそのことに関しては決着はついてなかったんだね。昔はそのことでよく喧嘩してたもん、二人。お母さんによく怒られてたなー」

母親の名前を出すとユーノリアの表情は少しだけ曇ったのをベルティアナは見逃さなかった。

それは今はもう願っても帰っては来ない、遠くへ行ってしまった母親を懐かしむような表情だった。彼女は、誰に言うでもなく、ただ独り言のように小さな声で呟いた。

「お母さんにとって私は自慢の娘だったのかな?」

 それを聞いたベルティアナは迷うことなくこう返す。

「そんなの当然だ!って言うと思うよー、お母さんってそういう人だったでしょ」

「でも私怒られてばかりだったし、今のこの状況を見たらきっとまた怒るんだろうな。ユーノリアはだらしがない、って。情けない。実に情けないよ」

「えっとね……お母さんの真意は正直私にはわからない。でもたったひとつだけ確実に言えることはあるんだよ。それはユーねぇは私の自慢の姉だということ。ユーねぇだけじゃないよ。アルルにイオリ、シロちゃん、クロちゃんは私の自慢の弟と妹で、アキにぃ、エルにぃは私の自慢の兄だということだよ。それだけは自信を持って言えるし、この気持ちはお母さんにだって負けないよ。これは絶対の絶対に本当」

ベルティアナの意図はユーノリアにも伝わったらしく、よしよしと彼女の頭を優しく撫でた。

「ぐぅーっ、お姉ちゃん、嬉しいぞー。でも褒めても何もでないぞー」

ベルティアナは頭を撫でられるとこそばゆそうな表情を浮かべて首をすくめた。

「きゃはは。やめてよ、くすぐったいよー」

しかし、ユーノリアの愛情表現は収まるどころか次第に過激になり、妹の頭(というか首から上の顔全体)を両手でぐしゃぐしゃに撫でまわし始めるとと、ベルティアナは体全体をバタバタさせて抵抗した。さすがに屋根の上では危ないと思ったのか、彼女は突然すっと手を引いた。

「あれ?ユーねぇ?」

ベルティアナはユーノリアの横顔を見つめたが、ユーノリアはちらりと視線を向けるだけで、それ以上は何もしてこなかった。

「ごめんね。ダメな姉と言うのは自分でも自覚はある。だからこの家族にとって私は必要のない存在かもしれない、でも私には多分家族というのはいなくてはならない存在なんだ。私だって人間だ。だから本当は、誰かに必要とされると嬉しいし、それが自分にしかできないこととなるとがんばりたくなる。でも今まで失敗続きで自信を無くした私にとって、がんばる、ってことはとても難しいことなんだよ」

「そんなことない!ユーねぇは立派な魔法使いだよ」

「それは今ではもうゲームの中だけの話になってしまったよ」

「そんなことない!実は前に一回だけユーねぇが魔法を使ってるところ見たことあるんだよ。今まで内緒にしてたけど」

そう返すとユーノリアは困った顔をして、しばらく黙った。

「うーん。知ってるなら仕方がない。使えるか使えないかという二択でいうなら魔法は確かに使えるさ。でも私が身に付けたのは、戦争中に開発された新しい魔法だ。そしてその魔法は戦争で多くの人を殺した。そんな忌まわしい魔法だ。戦争が終わってその存在は秘匿された。使える人もほとんど残っていない。母さんにも本当に必要になった時以外は使うなって言われている。だから私の魔法は封印したんだ。今の私は魔法使いじゃない」

天才魔法使い、かつてのユーノリアはそう呼ばれていた。けれども、今の彼女にはそれを嬉々として語るだけの技量も実績も持ち合わせてはいなかった。ユーノリアは残念そうに呟く。

「今では後悔してる。あの頃の私はどうかしてた。今となっては、たとえ地味でも持ってれば絶対に職にあぶれないような、そんな魔法を身につけておくべきだったと思うよ。まあ今更どうこう言っても手遅れなんだけどさ」

そして、彼女は再び、はあ、と溜息を吐いた。

「私の魔法は役に立つときが来たらダメなんだ。人殺しの魔法だから。これは一種のジレンマなんだけどね、私にとっての幸せは私の魔法が一生役に立たないこと。私が目指すべきは私の魔法の必要のない世界なんだよ。でもだからって私が役立たずで居て良い理由にはならないんだけどさ」

それは悲しい告白だった。

かつてのユーノリアには語って誇るべき武勇伝があったのかもしれない。けれども今の彼女はただの引きこもりである。そのことに負い目を感じ、より多くのことで悩み多くのことを考えてきたのだろう。ユーノリアの視線の先に広がる夜空をベルティアナも一緒に見つめた。

そしてある一つの考えに至った。

「あっ!もうひとつあったよ、ユーねぇの特技。ユーねぇ星に詳しいじゃん。昔みんなで星を見たときもユーねぇはすっごく話してたじゃん。今でも屋根の上で星空を見上げてるくらいだし、星好きなんでしょ?」

ベルティアナは間違いないと確信していたが、ユーノリアは一拍置いてそれを否定した。

「ううん。あれは星に詳しいんじゃなくて、ただ私が星に好かれているだけだよ。だって私は星魔法使いなんだから」

「星魔法?なにそれ?」

それを聞いてユーノリアはきょとんとした顔をした。

「えー、そこの部分を聞いちゃう?一番核心に迫るところだよ。ゲームなら最終章辺りまで引っ張る伏線だよ」

「じゃあ聞かない」

「えっ?」

ベルティアナはそこで話を終わらせた。するとユーノリアは何かを話したそうにむずむずとし始めるのだった。

「なぁに?やっぱり聞いて欲しいんじゃん」

「いやー、反応が薄いとあんまり重要な伏線じゃないみたいというか、設定的にもっと強キャラ感を醸し出して引き伸ばしたあと、仲間のピンチで覚醒して、チートキャラで無双ウハウハするんでしょ、的な反応が欲しかった」

「じゃあ星魔法について教えてくれるの?」

「それはできないから、代わりに伏線っぽいヒントでも出してあげるよ。私が毎晩屋根の上に登って夜空を見上げている理由とか、昼間外に出なくて夕方から活動を始める理由を考えてごらん?それがヒント」

「ふーん。それが星魔法に関係あるなら、ユーねぇは好きで引き籠ってる訳じゃないんだね」

「いや、引き籠ってるのは私の意思。好きな時間に寝て、好きな時間に起きて、好きなだけ遊ぶ。もちろん働かない。これ以上の娯楽がこの世に存在するだろうか?いや、ないね」

ぶつぶつとそんなことを言いながら一向に生活を改める様子を見せないユーノリア。 そんないつも通りの頼りない姉の姿を見て、ベルティアナは嬉しそうに微笑むとこう言った。

「でもユーねぇの魔力が必要とされない日常というのは確かにそれは喜ばしいことなんだと思うよー。いざとなれば頼れる姉だ、ということもわかったし私はそれで大満足だよー」

「本当にティアはできた妹だよ。姉ちゃんは幸せだあ」

ユーノリアが再び妹の頭を撫でるとベルティアナは嬉しそうに目を閉じた。

「いっぱいしゃべったら、のどが渇いちゃった。さっきの水まだある?」

「あるよ。どんどん飲んで」

ベルティアナは空になった姉のグラスに蛍水を並々と注ぐ。

「今日はちょっとしゃべりすぎちゃったかな」

「いいよ。むしろ私はもっとユーねぇの話聞きたいな。まだまだ付き合うよ」

「だったら今晩は二人で夜の女子会と行きますか。まだまだ夜は長いよ」

「えへへ、お手柔らかに」

二人はお互いのグラスをかざすと、乾杯、とそれを突き合わせた。

しばらくして、それじゃあ私は下に戻るね、と言い残して去る頃には、ベルティアナが来て二時間ほどが経過していた。

最後にユーノリアは空のお皿をベルティアナに渡しながら言った。

「お店、頑張ってね。カップケーキおいしかったから自信持って良いよ。忙しくなったら私も手伝うから」

「うん。そのときは頼りにするよ」

そう返してベルティアナは部屋の扉を静かに閉めた。


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