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エルマーが家の中に入ると、おそらくベルティアナが一人で作ったのであろう豪勢な料理が一階のオープンスペースに並べられていた。しかし、エルマーがその料理の詳細を見るよりも前に彼の腹部に重量感のある何かがまとわりつく。妹のアルルがエルマーの姿を見つけて、えいっと飛び付いてきたのだ。
「おかえりなさい、エルマーお兄ちゃん!お兄ちゃんがいなくて、アルル寂しかったー」
「アルル。それにイオリも。どうしてここに?魔法学校から帰ってたのか」
アルルは魔法学校の二年生で、イオリは一年生である。学校は全寮制で二人は基本的に長期休みの間しか家には戻ってこない。
「今日は夕飯を豪華にしたから人数が多い方が楽しいかなと思って。連絡してみたらすぐに飛んできてくれたよ」
「うん!」
アルルは元気よく返事をする。
アルルはその綺麗な青い髪を大きなリボンで括っているのが特徴で、まるで小動物のような愛らしさとすばしっこさも持っている、可愛い盛りの女の子である。おしゃべりが大好きで実に表情豊かで家にいるときは大抵楽しそうにしている。
弟のイオリは末っ子ということもあるが、アルルの存在感に薄められて、相対的に目立つことはない。しかし、よくみるとその顔立ちは女の子っぽくて可愛らしい。そして、彼は長女であるユーノリアのお気に入りだったりする。
「おかえり、エル兄さん。昼間は帰ってきたのに気付かなくてごめんね」
同じくエルマーの帰宅を聞いて一家に降りてきたシロクロコンビの一人、クロノが顔を出した。その顔つきはとても端正でいろんな女子に告白されているという噂も耳にしたことがある。けれども、彼が日中やっていることと言えば、読書や手芸など実にインドア派である(工房に引きこもって実験や研究に没頭していたエルマーが言えたことではないが)。
「クロくんったら、シロを置いてずっと工房で難しい本を読んでいるんだよぉ。お外に行こうって誘っても全然動かないし。おかげでこんなに肌が白くなっちゃって、不健康だよぉー」
「うるさいな。運動はしなくちゃと思ってるから、これでも僕は毎朝ジョギングだけは欠かさずにしてるんだ。シロは寝てるから知らないかもしれないけど」
「うそぉ!クロくん早起きだと思ったら、毎朝そんなことしてたのかぁ。シロは朝は苦手だよぉ。どれくらい続けてるの?」
「い、一週間くらい……?」
「なんだ、超最近じゃん」
シロエは期待して損したと言わんばかりに大きなため息をついた。
シロクロコンビのもう一人シロエは相変わらず片側に髪を束ねたサイドテールで双子のクロノといつも一緒にいた。風貌はクロノと似ていてぱっと見るとボーイッシュにも見えるのだが、多少体のあちこちに膨らみが出ている。しかし、活発に動くのを好む彼女にとっては動きやすさを優先し、女の子らしい服を着ることはほとんどない。そのせいか、チラチラとへそや太ももが見え隠れしていて、何だかエロティックでもある。
そんな二人は仲良しだからなのかよく言い争いをする。
バカにされて気に触ったクロノが、うるさいな、と言いながらシロエにパンチを当てようとしても、運動不足のクロくんにシロは捉えきれないよ、と身軽そうに体を横に後ろに捻らせて、しまいには見事なバク転を決めて二階に逃げた。クロノもその後を追いかけて行った。
それと入れ替わるように二階から姿を見せたのはユーノリアだった。
「お腹空いた。いつになっても呼びに来ないから、とうとう私の存在は忘れられたかと思っちゃったよ。それにしても今日のご飯はなんだか豪華じゃない?」
「ユーノリアお姉ちゃん、おっそーい。今日はエルマーお兄ちゃんがショウゾクセッケイシっていうのになった記念なんだって。今日は嬉しいことがいっぱいだよ」
アルルがユーノリアの姿を見つけてそう言ったが、アルルがそれを言い切る前にユーノリアはアルルの隣にいるイオリのもとへ移動していた。
「イオリはいつみても可愛いなー。ぎゅっとしてイオリ成分を補充、補充!これで明日も生きられる!」
ユーノリアはぎゅっとイオリに抱きついた。イオリは恥ずかしそうに顔を赤らめたが、嫌がっていないところを見ると二人の仲の良さを伺える。
「ユーノリアはいつも部屋にいるんだから、別にエネルギー補充しなくても生きられるだろ」
「そういうこと言わない。私は私なりに悪と戦って疲れてるの。ゲームの中で」
「ゲームの中かよ!」
ユーノリアはペロッと舌を出して誤魔化した。
しばらくして追いかけっこを終えたのか、疲れた様子でシロエとクロノが二階から降りてきた。エルマーは今日初めて見る家族の全員が揃った様子を眺めながら嬉しそうに微笑んだ。
玄関の扉が、からん、となり、ベルティアナが入ってきた。
「ただいまー。お客さんを連れてきたよー」
その後ろから入ってきたのは少しとまどったような顔を浮かべたトトリだった。
「おじゃま……します……」
その姿を確認したエルマーはとっても嬉しそうにトトリを見つめた。
「なんだ。やっぱり来たんじゃん」
「う、うるさいですね。暇だったからちょっとくらいならいいかなと思っただけなのです」
トトリは不機嫌そうにぷいとそっぽを向いた。
焦ったのはユーノリアだった。
「ちょっと!お客さん?来るなら来るって事前に教えてもらわなくちゃ、こんな寝起きみたいな恥ずかしい格好でボサボサの髪で降りてくることはなかったのに!」
彼女は慌てて服装と髪を整え始めた。気休め程度だったが、それなりにきちんとした身なりになったユーノリアは安心してトトリの傍に行き握手を交わした。
「さあみんな、席について」
トトリを食卓の場に誘導すると、アルテット家の晩餐は始まった。
エルマーにトトリ、ベルティアナにアキト、シロエ、クロノ、アルル、イオリ、ユーノリア、そして精霊のポッチとフロライトを囲んだ食卓には美味しそうな食事が並んでいた。ベルティアナは最後に部屋の壁に飾ってある母親の写真に目をやった。家族全員が揃っている訳ではないのが残念だが、これでも十分に賑やかだ。エルマーは待ちきれないという様子で手を合わせた。それをきっかけに全員が手を合わせて、そして、まるで叫びのような大声で言った。
「それではみんなでいただきますをしましょう。合言葉は」
「チアーズ!」
色々あった一日だったが、総じてアルテット家は平和だった。
(第一章終わり)