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1-3

飛ばされた先は大宮殿だった。

先ほどエルマーがいたときよりも人が減ってはいたがそれでも多くの人が行き交っている。そこからしばらく歩き、トトリから政務機関のひとつと言われる場所に案内され、中にヘンリエッタ先生が待っていると言われた。

中に入ると顔に大きな傷を持った女性の内政官が椅子に座って待っていた。

「紹介します。こちらヘンリエッタ・フランクリン先生なのです。そして先生、こちらがエルマー殿であります」

「ああ、君のことはよく知っているよ。エリーの子供なんだから」

ヘンリエッタは母親の名前を口にした。

急に母親の名前を出されて困惑したのはエルマーだった。母親は地方都市で生計を立てている一般人に過ぎないはずだ。中央の役人と関係があるようなことをしているとは思えなかった。

「失礼ですが母さんとはどういうご関係で?」

「彼女と私は昔からの知り合いでね」

 ヘンリエッタはそれだけを口にした。

「彼女からある頼みごとをされていたんだ。もし自分の身に何かあった場合、後の面倒をみてくれるように頼まれていた。本来ならもっと早く手助けをしてやるべきだったのだが、あの大蝗害のあとだ、ちょっと色々と面倒事が重なっていたんだよ」

エルマーを見つめる彼女の目は、内政官というより母親の目に近いように思った。

「それでも私は陰ながらフォローはしてたつもりだよ。君たちが今住んでいる家の件とか、君が装束設計士になった件とか。その後の暮らしはどうかな?少しは感謝して貰ってもいいくらいの高待遇だと、我ながら思っているよ」

その話を聞いて、エルマーはヘンリエッタの顔を睨み付けた。確かに四年間過ごしてきて、少々上手く行きすぎている出来事もいくつかあったのは事実だった。

「嫌味なことを言う人ですね。本当はこの場で感謝すべきなのでしょうが、俺にはどうも裏があるようにしか思えない。本当のことを言って下さい。内容によっては今後あなたとはあまり仲良くできないかもしれません」

そんなエルマーの険しい表情を見てか、彼女は再び付け加える。

「あはははは。冗談だよ。言葉が過ぎた。全く気に負う必要はない。私がした手助けはほんの些細なものだ。ほとんどは君たち自身の力だ。長い間この仕事をやっていると、どうも他人と距離をおくことでしか自分を守れなくなる。でもお前たちを自分の子供のようにこの四年間見守ってきたのは事実だ。立派に成長した姿を見たいと考えても罰は当たらないだろう」

「だったらもう充分見たでしょう。この通り俺たちは今でも元気です。もう帰ってもよろしいでしょうか?内政官殿」

急に真剣な顔つきになったヘンリエッタは腕を組み直してエルマーの目をじっと見つめる。

「前から思っていたのだが君は不思議な目をしている。グリーンアイというのは昔から嫉妬深さ、欲深さの象徴だと言われている。ただ君にはそれがあまり感じられない。それとも本心は心の奥にでも見えないように隠しているのかな?」

「冗談でしょう。この目は生まれつきですよ。どこの言い伝えかは知らないですけど、そんな固定観念に当て嵌められても困ります」

ヘンリエッタは、なるほど、と相づちを打つと今度は声色を変えて再びエルマーに詰め寄った。

「ではひとつ質問をする。どうして君は装束設計士になった?私が推薦しておいてなんだが、君にはならないという選択肢があったはずだ。複数回の面倒な試験もあっただろうし、面接だって一度や二度ではなかったはずだ」

それは、とエルマーは少しだけ言葉に詰まったがすぐに答えは出てきた。

「主に理由は二つあります。ひとつは妹に言われたからです。そしてもうひとつは、占いで吉とでたからです。昔、俺は占いを生業としていたので、そういうの信じる性質なんです」

「私の前では嘘はつかなくていいんだぞ?」

その言葉にエルマーは思わず目の前のヘンリエッタを睨み付けた。

「君はさぞかし頭が良い。本心を悟られないように一挙手一投足を良くコントロールできている。でも私には通じない。職業柄、同じような人種を何人もみてきた。もう一度言う。私の前では嘘はつくな」

ヘンリエッタに見つめられると、エルマーは不思議な感覚に襲われた。思わず握り拳を作って彼女の顔を睨みつけた。対してヘンリエッタも更に鋭い視線で睨み返してきた。何が起きているかはよくわからないが、それは隠し事ができないような脅迫的な視線だった。

少しの間を置いた後、本心は思わず口をついて出ていた。

「俺はアルトアリスに帰りたい」

それ彼のまごうことなき本心だった。

そして一度言葉を発すると次の言葉はまるで堰を切ったように出てきた。

「俺たちは故郷を失った。知り合いは散り散りになった。国境線を渡って隣国に行った人もいると聞いている。死んだ人も大勢いる。どこで誰がどんな生活をしているのかもはや知る由もない。もうアルトアリスという地域は地図には存在しない。俺たちは永久に心の拠り所を失った、そう思っていた。……最近まではな」

まるで魔法にかけられているようだった。自発的に打ち明けているのではない。目の前の女の変な魔力によって言わされているのだと気付いていても、口を閉じることはもはやできなかった。

「なあ、兵器って言うのは金になるんだろ?でも国が欲しいのは既存の兵器の改良版じゃない。そんなもの先の大戦で戦況を大きく動かした【天然装束】の前には無力だ。国が望んでいるのはもっと大量の【天然装束】だ」

 十着の天然装束は、戦争においてこの国に圧倒的な勝利をもたらした。しかし、逆に言えば十着しかなかったから、戦争を終わらせるためには時間がかかり、多くの兵を失ってしまった。もし、天然装束が百着あれば無駄な戦死者を減らせる。千着あれば世界だって支配できるかもしれない。

 だから彼は考えた。

「だったら俺が作ってやる、そう思った。正直、国の思惑なんて関係ない。ただ俺はその装束とやらをつくって、その金でアルトアリスを復興させる。いや、金だけじゃない、あの【銀の砂漠】を再び緑豊かな土地に戻す知恵も欲しいし、そして何よりそれだけのことをやってのける地位と権力がほしい。俺が装束設計士になることで、それだけの可能性が大きく開ける。俺は手に入るものなら全部欲しい。これを聞いて欲深いと言われようと構わない。俺は自分と自分の家族のことが一番大事だ」

「だったら私がその夢を叶えてやろう」

エルマーが話し終えると同時に、彼女はそう言い放った。途端にエルマーの力が抜けた。

「はあ?」

「だから、お前の願いを私が叶えると言ったんだ。何か可笑しいか?」

「アルトアリスを元に戻せるんですか?」

「不可能ではないが簡単ではない。実現には確固たる意志が必要だろう。けれども、そんな心配ももう必要なくなった。なぜなら私はそれを手に入れた」

まっすぐとエルマーの方を指さした。

「俺の前で嘘はつかなくていいんですよ」

「私を誰だと思っている。多分この国で一番強い女だぞ」

彼女も迷うことなくそう言った。エルマーの言い放った内容は、十九歳の少年がちょっとした努力でできるようなものでは到底なかったし、そもそも天然装束を使った戦争には批判的な意見も少なからずあった。だからこそ彼は今まで黙っていたのだし、彼女に変な術さえかけられなければ、この場で口にすることはなかった。けれども、ヘンリエッタは彼を否定するどころか手伝うとさえ言ってくれた。彼女のことは信用してもいいのではないかと心のどこかで思い始めていた。

「あなたはおもしろい人だ。俺もあなたに興味がある」

「ありがとう」

ヘンリエッタは鉄仮面のような顔を崩し少しだけ微笑むと椅子を引いて体勢を直した。

そして、ただし、と付け加えると指を三本立てて見せた。

「協力するにあたって君に覚えておいてもらいたいことが三つある」

「三つ?何ですか?」

「一つ目は目的はどうであろうと仕事はちゃんとしろ。装束設計士になって地位と権利を与えてもらった以上、自分勝手は許されない。何をやるにしてもそれなりの責任が伴う。二つ目はお前の周りにいるのは協力者ではなくライバルだと思え。他の七人の装束設計士出し抜け。そして三つ目は、どんなことがあっても自分の身は自分で守れ、以上だ」

それはヘンリエッタからの忠告だった。さらに彼女は続ける。

「現在この国には君を含めて八人の装束設計士がいる。だが、全員が自由に自分の研究をやれているわけではない。名誉が欲しい研究者、技術を独占したい組織、権力を持ちたい貴族、色んな人がいる。そこで君にはこの国での派閥というものを理解してもらいたい。研究資金や研究環境を整えたいなら、誰と手を組むかを考えないといけないからだ」

彼女の言うことはエルマーにも理解できた。そして彼女がエルマーを呼び出した意図にもこのときようやく気付いた。エルマーが誰かに懐柔される前に自分の手中におさめることで他の人からの余計な詮索を断ち切ろうとしていたのだ。

「今のところこの国で一番勢力があるのがエトワール家を中心とした派閥だ。しかし問題なのはそいつらが君の存在を快く思っていないということだ。望む望まないに関わらず、いずれ君は権力争いに巻き込まれることになるだろう。君に敵対心を見せる程度ならいいが、君の権威を失墜させるために過激な行動に出る者もいるかもしれない。例えば君や君の家族を傷つける、とか」

その言葉は冷たい予感と共にエルマーの脳裏に焼き付いた。

ただ裏付けはない。それは彼女の想像した未来予測のひとつに過ぎないものだ。しかし、そうなる可能性を完全に否定できるわけでもなかった。弟や妹が悪意を持った人に襲われる。それを想像しただけで毛が逆立った。

「家族に手を出したら絶対に許さない」

「だったら君には覚悟を決めて貰いたい。君が誰と手を組むかは自由だ。君がエトワール家と仲良くしたいと考えているなら止めはしない。しかし、そうではなくこの私の側につくことを考えてくれるなら私はあらゆる手段を使って君を守ろう。こう見えて私はそれなりの影響力を持っているのでね。十本柱の一人を君の護衛につけるなんてことも可能だが、どうする?」

彼女ははっきりとは言わなかったが、それはおそらくトトリのことを指しているのだろう。トトリはヘンリエッタのことを先生と呼び、彼女の命令に忠実に従っていた。十本柱の中の勢力図がどうなっているかは、エルマーの知るところではなかったが、少なくともトトリがヘンリエッタの下についていることは間違いないだろう。それにトトリは悪い人ではないことはこの三十分の様子を見ていればわかることだった。

だからエルマーは言った。

「俺としてはトトリが用心棒として側にいてくれるのなら、心強いんだけどな。それによく見ると目がくりくりしてて可愛いし」

「な、な、なにを小っ恥ずかしいことをさらっと言っているのですか!」

「なんだ。嬉しくないのか?」

「いや、そりゃ嬉しいですけど!」

トトリは顔を赤く染めながらエルマーに突っかかってきたが、ヘンリエッタの前だからかそれ以上ことを荒立てることはなかった。

「それがいいだろう。トトリの【絶対防御】を破れる者はそうそういないしな。見たところ君たちは仲良さそうだしな」

「仲良くなんか無いです!……でもヘンリエッタ先生の命なら引き受けるのであります」

トトリは若干不安げな様子をその顔に残しながらも、素直にヘンリエッタの指示に従った。

そして最後にヘンリエッタは思い出したように付け加えた。

「そうだ。ちょうどいいからこのタイミングで他の装束設計士についての情報も伝えておこう。いずれ君も知ることにはなるだろうが、ライバルを知るには早い方がいいからな」

そう言ってヘンリエッタは淡々と語り始めた。

「まず王国が魔法国家として道を進む礎を作った三賢人、装束設計士のビッグスリーについて。魔法の基礎研究を精力的に行い体系的にそれをまとめた人物アルバート・ベインブリッジ。そして魔力石の発明者であり魔法学院の創立者の一人でもある、オーウェン・ハロウィーン。最後に王族分家の末裔でもあり、様々な魔法兵器を開発に携わってきた神の手と呼ばれる男ユリウス・ファーレンハイト。この三人のうちの誰かが最初に人工装束を完成させてくれれば、王国内の勢力バランスはそれほど崩れることはないだろう。問題なのはこの三人以外の比較的若手の研究者が人工装束を完成させた場合だ」

もちろん若手の研究者にはエルマーも含まれる、そんな目でヘンリエッタはエルマーを見た。

「一人目は魔法学院創設以来の最高の天才と称されたエンザ・ハンバート。彼は武勲にも優れ十本柱の一人でもある。彼のもっとも得意としているのは解析魔法だ。あらゆる未知の魔法も彼の手にかかれば一瞬で解析されると言われている」

 エルマーも彼の名前だけは聞いたことがあった。十本柱で装束設計士、二つの肩書を持つエンザはこの国でも三賢人に引けをとらない有名人だ。

「二人目はレオナ・クラウチ。残念ながらこいつはまだ私も会ったことがない。何しろ家から一歩も出てこない超が付くほどの変人だ。専門は医術。しかし大きな研究所を持たず、助手も雇わないと聞く。何でも一人でこなしてしまう相当な実力者だ」

 二人目の人物は知らなかった。そしてヘンリエッタは続ける。

「三人目はハクア・アイステルト。彼女は唯一の女性装束設計士で、君が来るまでの最年少の装束設計士でもあった。神の手ユリウスの一番弟子でもあり、一度見聞きしたことは二度と忘れない完全記憶能力を持っている」

 三人目も初めて聞く名前だった。エルマーはその名前を頭に刻みつけた。

現在、六人の名前が判明している。エルマー自身を抜くと、八人の設計士の内、残っているのは一人だけだ。最後の一人の名を彼女は口にする。

「そして四人目はシオン・エトワール。エトワール家の現当主ドレイクの息子であり、次期当主となる人物だ。こいつの強みは何と言ってもエトワール家のコネと財力を使えること。若手ながら三賢人に並ぶとも劣らない研究施設を据えて、潤沢な資金にものを言わせた研究成果をいくつもあげている。さっきも言ったが、もしこの若手のうちの誰かが人工装束を完成させれば王国内の勢力図は大きく変わる。その研究者のグループが台頭してくるのは間違いないだろう」

そしてヘンリエッタは現状が好ましくないのか、険しい表情を浮かべて言った。

「残念ながら現段階でもっとも人工装束に近い研究をしていると言われているのが、シオン・エトワールだ。彼が本当にそれを完成させた日には王国はエトワール家一強になってしまう。そうなると私にも止められない。私はそれをどうしても避けたいのだ。喜ばしいことに目的は違うが君とは利害は一致しているというわけだ」

深刻そうな顔でしばらくヘンリエッタは俯いていた。彼女は内政官として政治の中枢を担っている一人である。きっと想像もつかないような苦労をしているのだろう。しかし、再び顔を上げた頃には、優しい笑顔に戻っていた。

彼女は時計を確認して言う。

「もうこんな時間か。長い時間引き留めて悪かった。今日はこれで帰ってもらって構わない。何か困ったことがあったらいつでも相談にくるといい」

「いえ、こちらこそ。貴重なご意見をどうも。今後ともよろしくお願いします」

エルマーはヘンリエッタに一礼し、部屋を後にした。

その後ろ姿をじっと眺めながら、ヘンリエッタはどこか浮かない顔をしていた。



エルマーの姿が消えたのを確認すると、ヘンリエッタはトトリに語りかける。

「ところで、トトリ。お前の発作の方はどうだ?」

トトリは心臓の辺りをぎゅっ、と押さえて答える。

「いえ最近は大丈夫なのです。容態も安定していますし、このまま何もないと良いのですが」

「それなら良かった。彼には早く成長してもらわねば困る。この王国内でトトリの体を治せる可能性があるとすれば、今の所、彼一人なのだから」

「はい、先生。でもよろしいのでありますか?彼はおそらく何も知りません。何だか騙しているようで心苦しいのであります」

「嘘は言ってない、ただ事実を言っていないだけだ。彼には彼の目的があって、私たちには私たちの目的がある。それだけだ。それに教えなくてもいずれ彼も知ることになるだろう。今はそっとしておいた方が扱いやすい」

トトリはわかりました、とは口で言ったが、やはり心残りがあるようでスッキリしない表情のまま話を終えた。そんな彼女を見かねてか、ヘンリエッタはもう一度言った。

「わがままかも知れないが、私はお前にはまだ死んで欲しくないんだ。お前もこのまま死と隣り合わせの人生を送りたくはないだろう?」

「そうですね。私の寿命が尽きるのが先か、エルマー殿が私の中に埋め込まれた魔力石を取り出す技術を身に付けるのが先か。これは本当に彼が私の救世主になってくれるのを祈るしかないのであります」

トトリの押さえた心臓の辺りには魔力石が埋め込まれていた。

本来なら魔力石は魔法の補助道具として使うものであり、体に埋め込むなんて使い方はしないものだ。しかし、彼女にはそうなってしまった理由が、生きるために死ぬ思いをした過去があった。

「では私もこの辺で」

トトリはヘンリエッタとの話を終えると、エルマーに続いて部屋を後にした。


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