5-3
テトラは初っ端から遠慮なく魔法銃をぶっ放していた。遭遇する警備兵の数は多かったものの、魔法銃を手にしたテトラの前に彼らは無力だった。
「お前、案外強いんだな」
「そのことは以前にあなた達と戦った時に実証済みだと思いましたが」
確かにあの時はリステリアの化物じみた強さが際立っていただけで、テトラ自身が弱かったという印象はなかった。
そして、周辺の警備兵はあらかた片付けながら、西館と東館の連絡通路に到着した時だった。そこにあるひとつの影を見た。
「なんですかあれ?随分と大男ですね」
確かに、その身長は優に二メートルを超えていた。しかし、問題はそこではない。エルマーは彼を知っていた。いや、正確にはそれは人間ではなかった。
「ポラリス。自律型戦闘用アンドロイド。完成してたのか」
以前の会議の時にシオンのプレゼンで彼はそれを見ていたのだ。
正直、ポラリスの戦闘能力は未知数だった。そして戦闘力未知数の相手とはこの場では戦いたくない。しかし、あれが行く手を塞いでいる今、あれをどうにかしなければ先には進めないのも事実である。そんなことを考えている時だった。
「――砲撃」
それは突然始まった。
「よけろ!」
エルマーはテトラの手を引っ張り、無数に降り注ぐ砲弾の雨をかわしながら移動した。しかし、その巨体に似合わず機動力すらも相手の方が上回っていた。あっという間に回り込まれると、ポラリスはその腕を振りかざし、強力な一撃を二人に浴びせた。
「テトラ!危ない!」
エルマーはテトラをかばいポラリスの攻撃をもろに受けた。その衝撃でエルマーはしばらく身動きが取れなかったが、その間テトラは魔法銃をぶっ放して応戦してくれていた。しかし、ポラリスの装甲は予想以上に硬かった。、
「くそ、こいつ魔法銃も効かないです」
そうこうしている内に、ポラリスは再び距離を詰めてきた。エルマーは懐から水晶片を取り出すと、それを盾の形に変形させて何とか猛攻を凌ごうとした。
しかし、そんなもので防ぎ切れるほど、その攻撃は単純ではなかった。
「くそ!なんか他に強い武器ないのかよ!」
「あの様子なら実弾銃も防がれるかもしれません。建物ごと壊していいなら、ロケットランチャーで一発ブチ込みますか」
「ロケットランチャー?」
エルマーにはどれほどの強力な武器なのか、良くわからなかったが、テトラが鞄から取り出したものは今までの三倍ほどの大きさを持つ大型の武器だった。エルマーはそれを見てやめるよう言おうとしたが、彼女は勝手に動き、エルマーから少し離れた場所に陣取るとポラリスに狙いを定めた。
「いくですよ!」
しかし、彼女の放った砲弾は全く違う方向へと軌道が逸れて飛んで行った。
「おい!どこ狙ってるんだよ!」
「うるさいですね!こういうのは使い慣れてないんですよ!」
テトラはぶつぶつと文句を言うと、再びしっかりと狙いを定めて引き金を引いた。
「今度こそ当てろよ!」
「わかってますって!観念!」
しかし、二人の期待は思わぬ形で裏切られることとなった。
「――防御」
二人がポラリスの行動を理解するのに、そう時間はかからなかった。ポラリスは危険を察知し自ら距離を取ると、辺りに防御魔法を展開したのだ。
煙が晴れたその先に見えたのは、傷一つないポラリスの姿だった。
「嘘……だろ?」
その瞬間、ポラリスは二人にとってとても恐ろしいものに見えた。攻撃力は申し分なく、自己判断で無駄なく防御体勢もとれる。その上、エネルギー源は無線送信でこの建物のどこからか無限に供給される。
「勝てない」
エルマーは思わず呟いた。
「テトラ、良く聞け。俺がアイツをここで足止めしておく。ここから先は一人で行け」
でも、テトラは首を縦に振ろうとはしなかった。
「そんなこと……嫌です」
「何を言っている?せっかくここまで来たんだ。わがままをいうな」
「これが最後のわがままです!真実を知りたい気持ちは私も同じです。でも、一人じゃダメなんです。なんだか変かもしれませんが、あなたといると、困難に立ち向かう勇気が湧いてくるんです。だからお願いです。最後のわがままを聞いてくれませんか?私はあなたと一緒に真実を探したいんです」
テトラの言いたいことはエルマーには理解できた。けれども、現実問題ポラリスに対抗する術を二人は持ち合わせていない。それでもエルマーは何とかなる気がした。
「困難に立ち向かう勇気……か。だったら一緒に目の前の困難をぶち壊してみようか」
「何か策はあるんですか?」
二人はもう一度体勢を立て直した。今の二人に何ができるかわからない。けれども何が起こるかはやってみなくちゃわからない。
「うりゃぁぁあああ!」
エルマーは水晶剣を携えて、ポラリスに突進していった。しかし、その直後、彼の視界はある人物の姿を捉えていた。
その人物は空中から華麗に舞い降りると、ポラリスの脳天めがけて強力な蹴りをお見舞いした。それを食らうとロケットランチャーでもびくともしなかったポラリスは体勢を崩して倒れ込んだ。
「大丈夫ですか?テトラさん、それにエルマーさん。助けに来ましたよ」
「リステリア!無事だったのか!」
リステリアは当然とでも言いたげな得意げの表情を見せた。エルマーは彼女の姿を見て正直、ほっとしたが、それ以上にテトラの反応は凄まじいものだった。
「リステリア~良かったです、本当に良かったです!」
「ちょっと、テトラさん!引っ付きすぎです!離れてください!」
テトラは手に持っていた銃器をほっぽり出して、リステリアに抱き着き、決して離そうとはしなかった。
「仕方ないですね……。とにかくここを離れましょう。あなた達は派手に暴れすぎました。あの人はかんかんに怒ってます」
「待ってくれ。せっかくここまで来たんだぞ」
「細かいことは後で説明します。どのみち今のあなた達ではポラリスを倒すことはできません」
しかし、彼女の判断は少し遅かった。地に響くような足音と共に彼らの前に姿を現したのは、シオンだった。
「逃がしはせんぞ、エルマー・アルテット」
シオンはその後ろに更に二体のポラリスを従えていた。そして、そのポラリスの腕には、アキトとユーノリア二人の傷だらけの姿が見えた。
「シオンさん、アキトとユーノリアに何をしたんですか?」
「抵抗するから動けなくした。心配するな。直にお前も同じようになる」
シオンが指をぱちんと鳴らすと、屋敷の至る所からポラリスが姿を現した。その数は七体、八対……いや、十体以上は確認できた。
「ポラリス一体にあれだけ苦戦したんだ。これだけの数を相手にまだ強気でいられるか?」
「エルマーさん、もう無理です。私でも勝てなかったんです。諦めましょう」
エルマーはこの状況を見て彼女の意見に反対する気はなかった。おとなしく両手を上げると、降参の意をシオンに示した。
しかし、シオンはそれでは納得がいかなかったのか、こう続けた。
「なあ、一つだけ聞いていいか?」
「なんでしょう?」
「お前は以前、仕事と家族を天秤にかけると家族の方を優先すると言ったな?その意思は今でも変わらないか?」
「変わらない」
「もし自分のやっている研究で国が平和にできるとしたら?国が豊かになるとしたら?それをしないことで大きな損害を被ることになったとしても、お前は平気な顔で仕事よりも家族を大切にすると自信を持って言えるのか?」
「もちろんだ」
彼の返答を聞くと、シオンはとうとう痺れを切らしたように語り始めた。
「あの女も……テトラの母親も俺の前でそう言って見せたんだ。あの女は技術者としては天才だったが、人間としてはバカだったよ。やはりお前はあの女の子供だ。同じバカの遺伝子を受け継いでる……だから僕はお前のことが嫌いだ!」
「俺のことは嫌いで構わない!でも、母さんの教えを否定することは許さない!母さんは素晴らしい人だった。それだけはテトラの前ではっきりと言える!」
これだけ声高に反論してくるとは思わなかったのか、シオンは一瞬ひるんだような表情を浮かべた。しかし、すぐにまた表情を戻すと、こう叫んだ。
「だったら見せてもらおうか!お前があの女から何を学び、どういう答えを得たのかを!その答えによってテトラがこれから幸せになれるかが決まる!」
シオンが指示を送ると、エルマー達を取り囲んでいた十数体のポラリスが一斉に襲い掛かってきた。それを見たエルマーは気持ちを落ち着けるように深呼吸を一つすると、テトラに告げた。
「テトラ、そのロケットランチャー貸してくれるか?」
「一体何をするんですか?」
「シオンに見せつけてやるんだ。この状況でみんなが救われるたった一つの方法を」
テトラは彼の言っている意味が分からなかった。しかし、エルマーは黙ってテトラから砲塔を受け取ると、それを壁にめがけて発射した。弾はポラリスの間抜け、まっすぐに飛び、着弾して壁には大きな穴をあけた。
「リステリア!ユーノリアとアキトを連れてあそこから外に出るんだ!」
リステリアは少し戸惑っていたものの、彼の指示通りに動いた。一方でそれを見たシオンは笑い始める。
「はっ!逃げるのか?それがお前があの女に教わったやり方か?」
「行くぞ、テトラ。一緒に逃げるんだ」
エルマーはテトラの手を引っ張って穴の開いた壁から外へと出て行った。
「確かにあの数を相手では勝ち目はないです。残念ですが、賢明な判断だと思うですよ」
「何を言ってるんだ?この勝負、俺たちの勝ちだ!」
そう言うと、エルマーはその足を止めて、後ろから追ってきたポラリスを対峙した。
「いいか、シオン!良く見ておけ!これが俺たちの得た答えだ!」
エルマーは地面に手を触れる。現れたのは巨大な魔法陣だった。
「これは、一体?」
「前にも言っただろ?俺の二つ名は【水晶魔術師】。地面の上なら誰にも負けない」
「―――ッ!」
エルマーはありったけの魔力を地面に注ぎ込んだ。
途端、地面は大きく揺れる。
そしてそこには巨大な水晶が現れた。
エルマーの生成した水晶はたちまち大きな結晶となり、十数体のポラリスの体を一気に貫いた。動きを封じられたポラリスは、為す術なく、その機能を停止するしかなかった。
エルマーは全てのポラリスが戦闘不能に陥ったのを確認すると、再び屋敷の中に戻って衝撃を受けて上の空になっているシオンの目の前に立った。
「シオンさん。あなたの目には俺たちの行動は非論理的に映っているかもしれません。でも、あいにく俺はまだ十代の子供で、大人がするような賢いやり方はできないんです。変だと思われても全然構いません。それで大事なものを守れるなら。自分の気持ちに正直に生きられるなら。これは母さんが教えてくれたことなんです」
エルマーの姿を前にしたシオンは返す言葉も見つからないようで、ただ、彼の目を見つめ返すだけだった。
「教えてくれませんか。テトラのこと。十三年前に何があったのか」
シオンはエルマーの言葉を聞くと、下を向いて俯いた。これ以上争う意思はないようだったが、彼の行動には迷いが見て取れた。そして長い沈黙の後、やっと口を開き、彼は一言こう言った。
「テトラは父親に捨てられたんだ」
その告白を聞いて、エルマーはテトラの顔を見た。彼女は悲しむでもなく、ただ真剣な表情でシオンの話を聞いていた。
シオンはこう続ける。
「だから、あの女がこちらの家を頼ってくるのは時間の問題だった。僕が初めてテトラと会ったとき、テトラはまだ赤ん坊だった。あのときのことはよく覚えているよ。とても頼りがいのあるお母さんだと子供ながらに思ったよ。でもそこで彼女は選択を間違えた。彼女はテトラを育てるために研究者としての仕事を辞めると言ったんだ。……お前と同じようにな」
それがシオンがエルマーのことを嫌いだと言った一番の理由だった。
エルマーとユウキ、テトラを大事に思う二人の姿が重なって見えたのだ。
「でも、あの女は普通の研究者とは扱いが違った。彼女は特別だったんだ。あの帝国研究所の研究者だ。帝国側としてもその才能を認めていたし、エトワール家側としてもその名誉を貶めることはとはできなかった。なにより数少ない女性研究者としての政治的な思惑もあったんだろう。まあ、そこに彼女自身の意思などなかったけれど」
そして、それがシオンが研究者の政治利用を嫌っていた一番の理由だった。
「まあ、当時まだ子供だった俺には、そのときの大人同士の醜い争いの詳細など知る由もないのだけれど、結局、あの女はテトラだけを残して、俺たちの前から姿を消した。あの女もバカだったよ。おとなしく研究者を続けていれば、少なくともテトラと会えなくなるなんてことにはならなかったはずなのに。テトラの幸せを考えれば、それが最善の選択だった」
シオンはそう言って立ち上がると、エルマーに向かって叫んだ。
「お前は言ったよな!子供には子供のやり方があって、大人には大人のやり方があるって!だったら大人ってなんなんだろうな。親ってなんなんだろうな。当時子供だった僕にはどうしてもそれが賢いやり方には見えなかったし、実際、彼女は大事にしてたはずのテトラを守れなかった!」
彼は言う。
「それで僕の前にお前が現れた。そしてあの女と同じことを言ってテトラを家族だと言った。それで不安にならないわけがないだろ!もうこりごりなんだよ!これ以上、テトラに苦しい思いをさせるのは!」
それは精一杯の叫びだった。
「知ってるか?この家で一番テトラを大事に思ってたのはこの僕だ!テトラのことを誰よりも心配してたのはこの僕なんだ!リステリアをテトラのメイドとして傍に置いておくように取り計らったのも僕だし、あの女の家を空家のまま保存するように頼んだのも僕だ!プレゼントだってした!魔法銃だって作ってやった!誰の親でもないこの僕が一番テトラの幸せを考えてたんだ!」
シオンはただただ自分の思いのたけをエルマーにぶつけていた。
「でも僕にはテトラを幸せにできなかった。テトラの幸せはその女と、母さんと一緒に暮らすことだったんだから本当の家族じゃない僕になんて幸せにできるわけはなかった」
その声はとても悲しそうだった。
「だから僕は彼女の居場所を探した。そしてアルトアリスで彼女を見つけた。それですべて解決すると思っていた。でも事態はそう簡単じゃなかった……そこにはお前らがいた」
彼は言う。
「お前たちから彼女を奪うことは、僕たちの父さんがテトラから母親を奪った行為と同じだ。だから見つけても連れて帰ることはできなかった」
そして、シオンはエルマーの胸ぐら掴んで怒鳴った。
「お前らこそ、どうして彼女を守ってやらなかったんだ!家族が大事なんだろ!あの日お前らと一緒にあの女が生きていれば、テトラはお母さんに会えた!お前さえしっかりしていればまだ希望はあったんだ!テトラは幸せになれたんだ!テトラに対して申し訳ないと思わないのか!」
エルマーはたまらず反論した。
「思わないわけないだろ!母さんが生きてればって何度も思ったよ!あのとき母さんを守れればって何度も後悔したさ!だからこそ俺は真実を知りたくてここまで来た。いや、正直に言えば、真実を知るという体で自分を納得させるためにここに来たんだ。嘘でもいいから、『俺の選択は間違ってなかった』って自分を納得させられる言葉が欲しかった。それが無意味だってことは自分が良くわかってるさ!でもそうしないと、残された家族を俺のせいで不幸にしてしまうんじゃないかって不安だったんだ!でもあんたの話を聞いてわかった。あんたも俺も家族を幸せにしたいっていう気持ちに変わりはない。だったら少なくともテトラの幸せのために俺達でしてやれることがあるんじゃないのか?」
彼の話を聞いて、シオンは何かを決心したような表情をした。
その時だった。
シオンが急に苦しみだしたのだ。
「ぐっ……」
背後から姿を現したのは、ドレイクだった。
「そこまでにしておけ。ぺらぺらとしゃべりおって。この恥さらしのバカ息子め」
その姿を見て、エルマーは武器を構えた。テトラもエルマーに倣って手に持っていた魔法銃をドレイクに向かって構えなおした。しかし、その二人を制止したのは、シオンだった。
シオンはドレイクと向きなおすと、言葉を絞り出すように言った。
「恥さらしのバカ息子で悪かったな。でも僕はたった今決心がついたよ。なあ知ってるか?あんたがテトラを引き取った時、俺は二つのことを学んだ。一つは大人の世界では正しくないやり方も、権力次第でどうとでもなること。そしてもう一つは、子供を失望させると、後で痛い目を見るということだ!あんたの強引なやり方に失望したのはこの俺だ。俺が今まで頑張ってきたのはエトワール家の名誉のためなんかじゃない。僕は僕自身のために、そしてテトラのために頑張ってきたんだ。わかったらさっさと離せ、くそ親父!」
そしてシオンはテトラにも聞こえるような大声で叫んだ。
「いつまでもめそめそしてんじゃねえ、テトラ。強くなれ!今まで母親のことを黙ってたのは悪かった!でも後悔したって母親は戻ってこない。これからは新しい人生を歩むんだ。そのための準備は僕がしてやる。僕はお前に自由を与える。この家を出て行きたいならそれでもいい。そいつの家にいきたいなら止めはしない。家は狭いかもしれないが、こんなただ広いだけで愛情も何もない家で暮らすよりはずっとましだろう。それにさっきのやり取りでわかった。その男はお前を幸せにできる。僕にはできなかったことがその男にはできる気がするんだ。さあどうする?お前の思いを今ここで叫んでみろ!叫べ!」
テトラは泣いていた。
彼女は気付いていた。自分がちゃんと守られていたこと、愛されていたこと。
それでいて、これ以上のことが望めるなら、彼女の願いは一つだった。
「私は本当の家族が欲しい!」
そして彼女は続けた。
「幸せな人生なんて送れなくていい。ただ、笑っている時も泣いている時も怒っている時も隣にいてくれる家族が欲しい。一緒に苦労したり、励まし合ったり、時には悪口も言ったりなんかして、暮らしていける家族が欲しい。一方通行の愛情なんていらない。こっちからもいっぱい愛情を送ってやるんだ。今が幸せじゃなくったって、二十年後とか三十年後とかに幸せだったと言える家庭を作ってやるんだ。そこにはリステリアもいなきゃだめだし、できればシオン兄さんもいて欲しい」
そして、テトラはシオンの方を向きなおして頭を下げた。
「私の方こそごめんなさい。今までひどいことを言って。私が幼稚だった」
「許してやる。ほら、僕って心が広いから、でどうする?どっちの兄を取るんだ?」
「どっちも捨てないよ。家族を二人分持てるって世界中探しても私くらいのものだよ。両方欲張っても罰は当たらないでしょ。だから、シオン兄さん、エルマー兄さん、これからもよろしくお願いします。ほんと、私は幸せ者だよ。ね、リステリア?」
「本当に、テトラさんはわがままですね」
「わがままで結構、だって私まだ子供だもん。今のうちにわがままを言っとかなくちゃ」
ドレイクは彼らのやり取りを聞いて何か言いたげだったが、結局それ以上追及してくることはなかった。ただ彼は去り際に一言こう言い残した。
「勝手にしろ。どうせお前らにテトラは幸せにできん」
「まだそんなことを言ってるのか、父さん」
シオンはドレイクの往生際の悪さにいら立ちを覚える。しかし、ドレイクはそれを見て不気味に笑うだけだった。
「だったらいい機会だから教えておいてやる。テトラの父親のことを」
そのばにいた一同は、シオンも含めて固まった。それはつまり、この場にいる誰も知らない情報であることを意味していた。ドレイクはゆっくりとその口を開く。
「テトラの父親は……エルメス第一皇子だ。テトラは皇子の隠し子だ」
その場にいた誰もが彼の言葉に耳を疑った。けれども、彼の言葉を裏付けるように、彼は続きを話し始めた。
「ユウキはもともと第一皇子の妻になる予定だった。それが、お前らの知っている通り皇子は暗殺された。ユウキがアルトアリスに身を隠したのは、自分の身を守るため。テトラと一度も接触しなかったのは、テトラが隠し子であることを知られないためだ。それをお前らはテトラの幸せのためと言いふらしてまわった。テトラの存在が世間に認知されるリスクはお前らもわかるだろう。それでいてなお、テトラを幸せにできると言うならやってみるといい。せいぜい皇子と同じく暗殺されないように気を付けることだな」
最後にそう言って、ドレイクは彼らの前から姿を消した。
しばらくは誰も口を開かなかった。一番最初に口を開いたのは、エルマーだった。
「それがどうしたっていうんだ。俺たちがテトラを幸せにするって決めたんだ。それくらいの困難乗り越えられなくてどうする。そうだろ?」
そう言ってエルマーはテトラの頭を撫でた。
「とりあえず、家に帰ろうか?服もボロボロだし」
「そうしたいのはやまやまだが、こちらの家はお前たちがばれまわったせいでめちゃくちゃだ。片付けが終わるまでそちらの家で預かっておいてくれないか。後で迎えに行くから」
今度はシオンもテトラの頭を撫でた。
「ああもう!二人して!いい加減にしてください!シオン兄さんは後で絶対に迎えに来てくださいよ!絶対ですからね!」
テトラはそう言って二人の手を払いのけると、屋外に向かってひとり歩き始めた。
ちょうどその頃にはアキトもユーノリアも目を覚まして、一体全体何が起こったのか、という表情でエルマーに詰め寄った。色々と話さなければいけないことはあったが、とりあえず続きは家に帰ってから、ということで、二人をなだめ、エルマーもテトラの後を追ったのだった。
4
次の日の朝はみんな疲れてぐっすり眠っており、目が覚めた時は昼前だった。
既に工房での生活も慣れ始めたエルマーは、ぼさぼさの髪を撫でながらキッチンへと顔を出す。エルマーの姿を確認するや否や、妹たちは彼に詰め寄ってきた。彼らはまだ知らない、テトラがたくさんの愛情を受けていたこと、家族を二つ持ったこと、そして、第一皇子の娘であること。それらはこれから話す時間はたっぷりある。
しかし、肝心の人物の姿がまだ見つからなかった。
「あれ?テトラは?」
すると、みんなは一斉に階段上を見上げる。
そこからちょうど可愛い服にを身を包んだテトラが下りてくるところだった。
「どう、エルにぃ?私がコーディネートしたんだよ?」
「か、可愛いと思うぞ」
「エルにぃ。もっとましな言葉はないの?」
「うるさい」
とても似合っていると思った。正直、どんな飾った言葉も、今のテトラの幸せそうな表情を見ていれば必要ないと思った。テトラが一階に降りてくると、彼女もエルマーと同様に囲まれて質問攻めを受けた。それを制止したのはベルティアナだった。
「はい、みんな。ご飯にするよ。席について。話はそれから」
みんなは、はーい、と返事をすると各々の席に着く。
テーブルの上に並べられたのは、いつも通りの食事だったが、その日常が幸せだということはその場にいた誰もが知っていた。
「それではみなさん、いただきますをしましょー。合言葉は……」
「チアーズ!」
今日も彼らの家からは幸せそうな声が聞こえていた。




