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5-2

エトワール家は帝国の中でも屈指の名家である。

その本拠地である建物はアルテット家の狭い家とは比べ物にならないくらい堅牢に周りを囲ってあり、まさに蟻一匹入れる隙間もない。しかし、当主ドレイクに会うためには何とかしてここに入り込むことが必要であった。すでにドレイクの行動パターンは調査済みであった。あとはどうにかして家の中に侵入して、彼に会うだけだった。

「私が持っている鍵を使えば、正面から入ることは可能です。しかし、その場合はあなた方三人の存在を疑われることなくくぐり抜けることは困難となるはずです」

「私が空を飛んで行けば、すぐじゃん」

「昔なら可能だったかもしれませんが、今では飛行魔法なんて基本魔法ですし、無人偵察機も普通に売られています。空から入った所ですぐに捕まってしまうでしょう」

「じゃあどうすればいんだ?」

「空がだめなら、下です」

つまり、彼女が立てた計画は、地面を掘ってエトワール家の真下まで通路を作る、というものだった。しかし、普通に穴を掘るだけだと何ヶ月もかかる。それだけの時間を彼らはかけられない。そのことを指摘するとテトラはこう返した。

「そのためにエルマーさんの力が必要なんです。エルマーさんは地面の成分から瞬時に水晶を作ることができます。だったら……」

「それを応用すれば、穴を掘ることだってできる……か。考えたな」

 確かに、エルマーの持っている力を使えば、不可能なことではなかった。

「それで、いつ実行する?」

「明後日の夜。彼が帰宅した時間を狙って、です。どうでしょう?」

 テトラの提案に異を唱える者はいなかった。


土を掘る作業にはそんなに時間はかからなかった。

エトワール家から直線距離で二キロメートルほど離れた小さな空地から、二時間ほどかけて掘り進めていくと簡単に敷地内へと侵入することができた。

「よし、じゃあ次はどこに向かえばいい?」

「西館の二階に父の書斎があります。そのに向かえば出会う確率は高いはずです。でも、警備兵の数が予想よりも多いですね。一度小さな騒ぎを起こして注意をひきつける必要があるかもしれません」

「だったら、その役、俺が引き受けるよ」

アキトは迷うことなくそう言い放った。

「なに、心配するなって。危なくなったらさすがに逃げるさ。その代わり、お前らも失敗するなよ」

そう言い残すと、彼は西館とは真逆の東館の方へと走って行った。しばらくすると、警報を聞いて慌ただしく動き始める警備兵の姿が確認できた。おとり作戦が上手くいったのだろう。

「じゃあ俺達も行くか」

そして三人は警備が手薄になった西館の方へと駆けて行った。

建物の真下に到着すると、エルマーは懐からロープを取り出して結び目を作り始めた。これを使って二階への足掛かりにするつもりだった。しかし、その様子を見てユーノリアは呆れたように言った。

「そんなので登るつもりだったの?あのくらいの高さなら、私の魔法でひとっとびだよ。時間がないから、さっさと行くよ」

「えっ?」

エルマーが疑問を投げかける間もなく、ユーノリアは右手にエルマー、左手にテトラを掴むと、建物の壁に向かって駆け出し始めた。このまま進むと壁に激突してしまう、そんな心配をよそに彼女のスピードが落ちることはなかった。そして急に体に感じる重力が小さくなったかと思うとふわりと宙に浮いた。次の瞬間、ユーノリアは垂直にそびえたつ建物の壁をまるで地面を走るように駆け上り始めたのだった。

「うわ、なんじゃあ」

「うるさいよ、見つかっちゃうでしょ」

ユーノリアは二階部分まで登ると、近くにあった窓を突き破って建物の中へと侵入した。

「侵入成功。ね、簡単だったでしょ?」

ユーノリアは得意げに言った。しかし、侵入の際に窓を割った時に大きな音がしたので気づかれたのではないか、と心配したがしばらく息を潜めても誰も来る気配がなかったので、彼らはひとまず胸をなでおろした。

「父の書斎はこちらです。急ぎましょう」

 テトラが先頭に立って、薄暗い廊下を三人はひたすら進んでいった。


しかし、計画は予定通りにはいかなかった。

書斎の中には誰の姿も見つけられなかったのだ。

「困ったですね。ここにいないとなると、あとはしらみつぶしに探していくしかありません」

「この広い屋敷の中を……?」

 テトラは黙って頷いた。彼女自身が申し訳ない気落ちでいっぱいなのだろう、それは彼女の表情を見れば明らかだった。しかし、ここで立ち止まっていても何の解決にもならなかった。

「わかった。とにかく先を急ごう」

「はい」

しかし、捜索は予想以上に困難だった。屋敷の広さに加え、先程から何人かの警備兵と遭遇している。幸い、向こうがこちらに気づいた様子はないが、これだけ動き回っていれば気付かれるのは時間の問題だろう。

「警備兵との接触なしに突破するのは無理かもしれません」

「だったらどうする?」

「遠回りかも知れませんが、一旦、外に出てから建物の外側を回りましょう」

「でも、そうも言ってられないみたいだよ」

 ユーノリアが窓から外を見渡すと、複数の警備兵が庭をうろうろしていた。

「いつの間に?意外に行動が早かったですね。これではどうしようも……」

 しかし、エルマーはある代案を思いついていた。

「ユーノリア。もう一度壁を走れないか?」

 彼女はその手があったかと指を鳴らした。

 三人は再び窓から身を乗り出すと、壁に足を着けた。一見すると無理のある姿勢なのだが、三人は難なく壁に垂直に立つことができた。

「このまま東館に一直線だ」

 三人は大きな音を立てないように慎重に歩みを進める。しかし、目的地までの道のりは決して平坦ではなかった。何度も足を踏み外しそうになり、その度に冷や汗をかく羽目になった。やっと半分ほど進んだところで、三人は大きなミスを犯してしまう。最後尾にいたテトラが転んだのだ。重力制御をしているため地面に真っ逆さまということはなかったがそれでも結構大きめの音が発生した。三人はまずい、と顔を見合わせる。次の瞬間、

「いたぞ!あそこだ」

 警備兵が三人を見つけたらしく大きな声を上げていた。

「ごめんなさい!」

「いいから、逃げるぞ!」

三人は一番近くの窓から再び室内に侵入して姿を隠そうとした。しかし、意外にも建物の中枢に近づいていたため、そこには予想よりも多い警備兵が待ち構えていた。

三人は焦った。しかし、ここに来てユーノリアの真価が発揮されることとなる。

「私が足止めするから、二人は先に進んで!」

 そう言って、ユーノリアは辺り一帯に重力場を展開した。それに囚われた警備兵たちは満足に身動きが取れなくなり、足止めを余儀なくされた。

「でも……」

「心配なさんな。あんたは真実を見つけるためにここに来た、そうでしょ?だったら諦めたらいけないよ」

ユーノリアは再び二人に促した。 

「ありがとう、ユーノリア」

 エルマーは彼女に感謝の言葉を告げると、テトラの手を引っ張って廊下を駆けだした。

「ちょっと待って欲しいです」

 しかし、テトラはその歩みを止める。

「どうしたんだ?時間が……」

「このまま走り回っても捕まる可能性が高いです。この上の階に私の部屋があるです。とりあえずそこに身を隠すのが得策かもしれないです。それに、部屋に行けば武器も揃えられます」

 テトラはエルマーの顔をじっと見た。

「わかった。そうしよう」

 エルマーは同意した。

 テトラの部屋に入るとまず驚いたのは、その部屋の広さだった。

「広いな。さすがお嬢様」

「とりあえず、適当に座って待っておいてください。電気は点けないで下さいね、目立ちますので。その間、私は着替えてくるです」

「着替えるって……えっ?」

「久しぶりに家に帰ってきたんです。着替えるくらいいいじゃないですか」

 そう言うと、彼女は自室に閉じこもってなにやらガサゴソとし始めたのだった。

「あ、覗こうとか考えないで下さいね。後でベルティアナさんに言いつけますよ」

「いいから早く着替えろ」

「もう!そんなに急かさないで下さいよ。もうすぐ終わりますから」

 そう言って、部屋から出てきたテトラは、ミリタリー柄の制服を身に纏っていた。

「どうです?もっとおしゃれな服でも良かったんですけど、この場合は動きやすいのが一番だと思いまして」

 そう言って彼女は一回転して見せた。

「そうだ。武器の調達をしないとですね」

 テトラは壁沿いに置いてあった本棚の方に歩みを進めると、その横に飾ってあった絵画を裏返した。そして、その裏にある小さな窪みに指を差し入れると、次の瞬間本棚がゆっくりと横にスライドし、その裏に別の部屋への入り口が隠されていた。

「さあ、どうぞ中に入ってください」

 中の部屋には、多種多様な武器が揃っていた。

「とにかく、使えそうな武器は持っていきましょう。魔法銃から実弾銃まで何でも揃ってますから」

 そう言ってテトラはひたすら鞄に武器を詰めて行った。

その作業を終えると荷物をエルマーに持たせて再び扉の前に立った。

「ここからは慎重にとは言わずに派手に行くですよ」

 エルマーは頷く。それを確認するとテトラは勢いよく扉を開けて廊下へと飛び出して行った。


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