1-1 Elmer and the Seven Young Kids
――四年後。
王都オルディア。そこは人、モノ、金、全てが集まる物流の中心であり、国王の住まう大宮殿を含む【王国】の中枢都市である。正確には王都とは【巨大都市群】を成す複数の都市の一部なのだが、一般的には王都周辺を含む巨大都市群全体を王都と呼び表す(巨大都市群は王都オルディアの他に、魔法学院やその他多くの研究施設を含む学術研究都市リフォルミス、若者の集う街、楽園アクアシティなどを含む)。
今日は特別な日である。大宮殿の中には多くの内政官や学術研究都市の研究員、軍関係者が一人の少年を取り囲むように列を作っていた。
そして、その少年は王国宰相のアスラルの前に立っていた。
「エルマー・アルテット。王国はこれに国家資格を与え、これを我が国八人目の装束設計士と認定する。貴殿のその優秀な能力を今度は王国のために使ってほしい」
少年は一歩前に出て姿勢を整える。
そこにいたのはエルマーという名の少年だった。
特徴的なのはその赤髪で翠玉眼の一際目立つ風貌。大人と呼ぶにはまだ遠い幼さを残した少年に多くの人が興味の目を向けていた。
彼がここまで注目されるのには理由があった。
第一にその齢二十歳にも満たない年齢。彼の年齢はまだ十九。十代で装束設計士になったのは史上初である。つまり彼は最年少の装束設計士だった。
そして第二に彼の経歴である。装束設計士に任命されるのはごくわずかな優秀な人間だけである。もちろん今までの装束設計士は魔法学院を首席で卒業するようなエリートや、高名な先生のもとで長年修業を積んだ研究者ばかりであったが、エルマーには目立った学歴・経歴がなかった。つまり彼は独学で学んだ知識や持ち前の技術だけで成り上がってきたイレギュラーなのである。
そして第三に、彼が四年前の【アルトアリスの大蝗害】の生き残りであるということ。シロガネムシに襲われた王国の東部の一部の地域は、シロガネムシの死骸の山とあらゆる植物が食い尽くされ荒廃した様子から【失われた土地】またはシロガネムシの体の色から名前をとって【銀の砂漠】と呼ばれ、四年経った今でも復興が進んでいない。そんな場所の生き残りが王国の中でも最高の資格を得たのだから、多くの注目を集めるのも当然といえた。
「ありがとうございます。今後はこの国の発展のために精一杯の尽力を致します」
エルマーはそう言葉を添えて深々と頭を下げる。
その緊張した面持ちにはどこか居心地の悪そうな表情も混じっていた。
そんな彼が感じていた感情は任命式が終わった後の彼の行動にも表れていた。挨拶まわりもそこそこに、エルマーはすぐに大宮殿をあとにした。
本来ならば、このあと、取材を受けたりパーティーが催されたりこれからの研究方針を決めたりする時間があったが、エルマーはその全てを断った。
彼の帰りを待つ人の為に、エルマーは王都を全力疾走で走り抜けた。
◇
家に帰ると真っ先に妹の姿が彼の視線に入ってきた。
「た、ただいまベル……はあ……」
慣れない服装で走ったせいか、既に彼の息は切れ切れだった。
「おかえりー、エルにぃ。どうしたの?」
透き通るようなきれいな銀色の髪のベルティアナは幼い頃から変わらないツーサイドアップの髪を揺らしながら、兄のもとへ駆け寄ったが、その顔は終始きょとんとしていた。
「任命式はもう終わったの?もう少しかかると思ったから、まだ何も準備してないよ。お昼ごはん」
「いいんだ。ちょっと居心地が悪かったから、早めに抜け出してきた。疲れたよ、皆かしこまっちゃって」
そうこぼすと、エルマーは着ていた服をその身から剥がしラフな格好に整えた。そしてその服を手近にあった椅子に放ると自身は近くの壁にうなだれた。
途端に妹が声を荒げる。
「ちょっと!その服は借り物なんだからもうちょっと大事に扱って欲しいな。シワとか汚れとか、ついちゃったら余計な手間がかかるんだよぅ」
ベルティアナは急いで脱ぎ捨てられた服を拾うと、大事そうに家の奥へとそれを持っていった。再び戻ってきたベルティアナはいまだ回復しきれていない兄を見て思わず微笑む。
「エルにぃ、ってホントそういうのが似合わないよね。才能はあるんだから、見てくれだけでもちゃんとすれば、カッコいいと思うのに。やっぱりその髪と目の色が派手なのかな?」
「笑うなよ。俺だってベルに言われなきゃ、こんなこと死んでもやらねえつもりだったよ」
「うちだって貧乏なんですぅ。年長者にはしっかりと稼いで貰わなきゃ」
「お前、他人事みたいに……」
エルマーはそう口にして、言葉を途切れさせた。
昔はベルティアナは母親の陰に隠れてばかりの気の小さい子だった。アルトアリスの大蝗害で母親を亡くして以降、しばらくは塞ぎ込んでいた。しかし、彼女は立ち直りこの四年の間で本当に強く育ってくれて、今ではこの家の母親的役割を担ってくれていた。それは本当に嬉しいことだった。だからエルマーは彼女の望むことならできるだけ叶えてあげようと思っていた。そのことを知ってか知らずか、彼女の口車に乗せられた結果が今の現実だった。
「ホント、やるせねぇ……。あの蝗害から生き延びられたときは本当にラッキーだったと思ったんだけどな。どこかに大金が転がってないかなあ」
「贅沢言わないの。王都のこんな立地がいい場所に住む場所を見つけられただけでも奇跡なんだから。あんまり欲張ると神様もきっと怒っちゃうよ?」
ベルティアナはそう言って天井を見上げる。
この家は三階建ての細長い家だった。以前、ここでお店を開いていた住人がいたらしいのだが、安値で売りに出されていたのを借金をして買ったのがエルマー達だった。だから一階部分の半分はお店を開くためのオープンスペースになっている。そして壁を隔てた残り半分は、もともとは物置部屋だったものを、エルマーの作業場いわゆる【工房】の形に改築した。
二階と三階部分は居住エリアになっており、普段はそこにエルマー達家族が住んでいる。
「それはそうとごはんの準備をしなくちゃ。せっかく早く帰ってきたんだから、エルにぃも手伝ってくれるよね?」
それを聞いてエルマーはギクリと身を震わせたあと、ため息をついた。
「そのために早く帰ってきたわけじゃないんだけどなあ。他の人はどうした?他の人だって暇だろ?そいつらに手伝わせればいいんじゃないのか?俺は疲れた」
ベルティアナは兄の言葉を受けてしばらく思案するような表情を見せたあとに残念そうな声で報告した。
「ユーねぇは部屋にいると思うけど、あの人は完全に昼夜逆転してるから、今は多分寝てる。それに引きこもりニート状態だし、連れてきても多分使えないよ」
「あ、ごめん。俺もユーノリアには期待してないから」
だと思った、とベルティアナは兄の言葉に同意した。
「あと、クロちゃんがエルにぃの工房で本を読んでいると思うよ。勉強熱心だし邪魔するのは悪いと思って。シロちゃんは探さなくてもそのそばにいると思うよ。二人は双子で仲良しさんですから」
エルマーは工房の方に目をやる。
勉強中だと言われるとエルマーも手伝わせづらかった。でもいつも真面目に勉強してるのはクロノだけでシロエは勉強なんかしてないはずだが、あの双子を別々に行動させることはそれはそれで困難を極めることだった。
「じゃあ、アキトは?」
エルマーはこの家で彼に次ぐ年長者であるアキトの名前を口にした。しかし、ベルティアナはただ首を横に振るだけだった。
「アキにぃはまた行方不明中です。さっき旅に出るって言ってまたどっか行っちゃった。これで何回目なのかな。前回は三日で帰ってきたけど、あの人の放浪癖には慣れっこだから、私はもう自由にさせてるよ?まあアキにぃはジャングルに放り込まれても死なないような人だから心配はしないけど」
なんだか放っておかれるのは可哀想だが、事実なのだから仕方がない。どうしてかは知らないが彼の体は人間離れしていると言っていいほど頑丈なのである。
そして悲しいことにエルマーも妹の話を聞いて納得せざるを得なかった。
「ということで、残念ながら、いま手が空いているのはエルにぃだけです」
「……いや、もう一人いる」
エルマーが、出て来い、と一声呼びかけると、どこからともなく声がしてエルマーの呼びかけに答えた。
「お呼びでしょうか?」
現れたのは手のひらに乗っかるほどの小さい生き物。人型をしているものの背中には羽が生えて宙に浮いている。精霊フロライト。それが彼女の名前だった。
「フロライト、ちょっと手伝ってくれないか?」
「私で良ければ手伝いますけど、あなたはそれでいいんですか?ベルさんの気持ちを察するに、彼女は誰かに手伝って欲しいのではなく、あなただからこうやって頼んでるんだと思うんですよ。これはあれですよ……愛情表現てきな?」
「ちょっとフロライト!なに適当なこと言ってるの。意味わかんない!こら逃げるな!」
「ごめんなさいです~。調子乗りました~」
エルマーは二人の会話を聞いておもむろに立ち上がると、今度は彼女の頭の上に手を置いた。
「そうか、愛情表現か。俺も、ベルティアナのこと大好きだよ、よしよし」
「そういうことじゃないってば!」
その時、ちょうどタイミングよく玄関の扉が開く音が聞こえた。二人は同時に玄関の方に目を向ける。現れたのはアキトだった。
「ただいま。ん、どうした二人とも」
「おお、アキト。ちょうどいいところに帰ってきたな。ベルがご飯作って。手伝えよ」
エルマーはここぞ、とばかりにアキトを捉えるととても強い口調でそう言い放った。
「嫌だね。兄貴が手伝ってあげればいいじゃん。て言うか自分がやりたくないことを弟に押し付けるな」
「そんなこと言うなよ。よし、じゃあこうしよう。お駄賃あげる」
その言葉を聞くといままで乗り気ではなかったアキトも少し興味が湧いたようでその足を思わず止めていた。その光景に口を挟んだのはベルティアナだった。
「そこまでやりたくないなら、もう私一人でやるよ!アキにぃもそんな話に簡単に乗っかってんじゃないよ!」
「ああ、怒っちゃいましたよ。私は知りませんよ」
アキトはベルティアナに叱責され、フロライトには呆れられ、ばつの悪そうな表情で階段へと足を運んだ。しかし、背中を向けたアキトを見て、途端にベルティアナは険しい顔になった。
「……ところで、アキにぃ。そのポケットのお金はどうしたの?」
アキトの後ろポケットからは紙幣の端が顔を覗かせていた。よくみるとポケットに中もふっくらと膨らんでじゃらじゃらと微かな音を響かせている。
「あれれ?もしかして泥棒さんですか?盗んできちゃったんですか?捕まるです?」
フロライトはびっくり仰天という様子で上下に激しく飛び回った。
「違う、違うよ。別に盗んだ訳じゃねぇ。たまたま町を歩いていたら、賭けをやってたからさ、勝って貰ってきた。別に問題ないだろう?」
「問題ありありだよ。その人たちに逆恨みされたらどうするの?無用な喧嘩はするなって言ったのにぃ……。返してきた方がよくない?」
ベルティアナは頭を抱えた。過去にも似たようなことがあったため、アキトには面倒事はできるだけ起こさないようにきつく言いつけておいたのだ。けれども今となってはもう遅い。
「えーっ、返すのか?……わかった、返すよ!返せばいいんだろ!でも、あいつらどこにいるのかわかんねぇよ」
妹に睨まれて、若干気押され気味のアキトだった。現在アルテット家のお金、食事などを含む家事全般の実権を握っているのはベルティアナだったため、いくら強さが自慢のアキトでも妹には頭が上がらない。
また明日にでも、と必ずお金を返すことを約束した、そのときだった。
「おら!出てこいぃぃぃいいい!」
その叫び声は家のすぐそばから聞こえた。そのドスの効いた声からして穏やかな案件ではないことはわかる。家の外で喧嘩でも起きているのだろうか、と他人事だったエルマーの横で、アキトはその声に聞き覚えがあるのか、表情を明るくした。
「なんだアイツら、俺をつけてきたのか。探す手間が省けて良かった」
「全然よくないよ!しっかりと恨みを買ってるじゃない!」
「問題ない。盗ったお金を返せばおとなしく帰ってくれるんじゃないか?」
アキトはそう言うと妹の制止も空しく、躊躇うことなく玄関の扉を開けた。すると家の前には腕っぷしの強そうな集団がすごい睨みつけた表情で塞いでいた。
ベルティアナは思わず隣にいた兄の陰に隠れる。
一方で、アキトは表情一つ変えることなく言い放った。
「悪りぃ、やっぱりこのお金返すわ。俺も少しやり過ぎたと思ってるよ。あれじゃ完全に弱い者いじめだったもんな。次回はもうちょっと手加減するからさ、今回はこれで帰ってくれないかな?」
アキトは一番前にいた人にお金を押し付けるように返した。
しかし、そいつはアキトのその行為を鼻で笑うと、彼の手を突っぱねた。その拍子にひらひらとお金が地面にばらまかれる。どうやら彼らは取られたお金を取り返すだけでは気が済まないらしい。
しかし、彼らの行為にアキトの方も黙ってはいなかった。地面に散らばったお金をじっと見つめると、静かに、けれども凄みのある声でゆっくりと告げた。
「おいおいあんまり俺を怒らせるなよ。お金は大事にするように母ちゃんから教わらなかったか?それともあれか?また半殺しにして欲しいのか?」
明らかにアキトは怒っていた。喧嘩してお金をぶんどった張本人がお金の大切さを語るのもおかしな話だが、問題はそこではない。相手もその挑発に乗ってきてもはや両者は一触即発の空気である。
「さっきはわしらも手を抜いてたからな。今度は血祭りにしてやるよ」
「そんだけ仲間引きつれて、物騒なもの持って威張るんじゃねえよ。返り討ちにしてやる」
エルマーはアキトの前に出て彼を制止した。
「お、喧嘩か?俺もやる、やるぅ!」
エルマーはやぶさかではない感じだったが、ベルティアナは慌てて止めに入った。
「ダメだよ、エルにぃ。ちゃんと警備隊の人に連絡してやめさせてもらおうよ」
「警備隊が来るまで向こうは待ってくれるかな?あいつら家の敷地に入ってきてるし、この場合は正当防衛ということにして返り討ちにしちゃおう。ベルは安全なところに隠れてな」
そう言ってエルマーは懐に手を伸ばすと、こぶし大の水晶球を取り出した。
「水晶再構築――クォーツクリエイト」
次の瞬間には彼の手のひらの上には細長い半透明な棒がどこからともなく出現した。
「うん、ちょうど良い感じかな」
エルマーは棒を振り回しながら手触りを確認すると、戦闘モードのアキトの横に並び立つ。
もはや恐怖に震えたベルティアナに止める術などなかった。
「今度こそ恨みっこなしだぜ」
お互いに睨み合ってこれから血にものを見る乱闘が始まる……はずだった。
いや、確かに殴り合いは始まった。
けれども、一般的な人ならこの状況を見てこう言うはずだ。
……これって一方的に殴ってるだけじゃん。
決してごろつきたちが弱かったという話ではない。二人が、アキトとエルマーが強すぎるのだ。気が付くと三分もしないうちに再起不能に追いやられた人の山が出来上がっていた。
「ふぅ。つまんねぇ仕事だったな。でも倒した数は俺の方が多かった。俺の勝ちだ」
「いちいちそんなの数えてねえよ」
「ていうか、兄貴のそれ、俺にも何発か当たったし!兄貴は敵味方の識別もできねえのかよ」
「しょうがないだろ!何人か本気で殺しにきたんだから!そら、焦りもするだろ」
そう言ってエルマーは綺麗な立方体の形に変形させた可塑性水晶を見せる。何も彼の武器の形態は一通りではない。戦闘中には二股に別れたり盾になったりしていた。
エルマーが最も得意とする技術、それは母親から教わった水晶の加工技術だった。彼はそれを瞬時に任意の形に成型する技術にまで高め、ありとあらゆる武器の生成を可能にした。そんなエルマーについた二つ名が【水晶魔術師】であり、装束設計士に任命されるにあたって重視された彼のみが使える唯一の技術だった。
エルマーは武装を解除すると、その場に座り込む。
「とにかく一件落着ってことだな。お金もこれで返すことができたし一安心」
アキトは地面に散らばったお金を拾い集めると、近くに倒れていた男のポケットに突っ込んだ。これでアキト的にはお金を返したことになるらしい。
「ところでコイツらどうする?家の前に倒れられても邪魔なだけだし、やっぱり警備隊に通報するか?」
家の前に転がっていた大の男の山の対処に困っていたときだった。
二人のいる場所に不自然な風が吹いたのを感じ取った。それはいつしか強風に変わり、地面の塵を舞い上げるまでとなった。
「兄貴、これって」
「ああ、魔法だ。いったいどこから……」
二人は姿の見えない敵を探して辺りを見渡す。
そんなとき風に紛れて空から現れたのは、なんと、可憐な女の子だった。
「わぁぁぁああーっ!どいてぇぇええ!……あいたっ!」
男たちの山に女の子が、どすん、と着地する。痛いとは聞こえたが、それよりも彼には気になる点が山ほどあった。そもそも空から女の子が降ってくるなんておかしい、と気づいた頃には、その女の子は体勢を整えて、くりくりした目でエルマーの顔を確認していた。
最後にえいっ、と付近の人間を吹き飛ばして自分の立ち上がる空間を作ると、乱れた服装を整えながらエルマーの前に立ちはだかる。
「あ。邪魔だったから吹き飛ばしたけど、構いませんよね?」
悪びれる様子もなくその少女はエルマーに許可を求めた。納得しないのは吹き飛ばされた男たちのほうだろうが、どうせ立ち上がる体力も残ってない人ばかりなので、たぶん大丈夫、とエルマーは返事をしておいた。
「ふーん、君がエルマー・アルテット?」
「そう……だけど?」
「では、改めましてご挨拶を!王国特殊部隊【十本柱】所属トトリ・ネイピアであります!命令を受けて、あなたを連行しに来たのであります!」
――連行。
確かに彼女はそう言った。
家の前での乱闘騒ぎを見て誰かが通報したとしても不思議なことではない。その結果、現場に駆けつけて満身創痍のエルマーを見て、喧嘩を始めた張本人として認識することは自然なことだろう。しかし、あまりにも突然の出来事に動揺を隠せないエルマー。それは隣にいたアキトも同じだった。
「おい、あんたがどこのどいつか知らないけど、兄貴を勝手につれて行くのは納得がいかない。喧嘩を始めたのは兄貴じゃなくて俺だから、兄貴は関係ない。それにあれはどう見ても正当防衛だ」
「正当防衛?何のことでありますか?おっしゃっていることがわからないのであります。関係ないのはあなたの方ではないですか?私は命令に従っているだけなのです。いざとなれば無理矢理にでも連行できる権利があります!」
「そんなことはさせない!」
アキトは少女の胸ぐらを掴もうとする。しかし、寸のところでその手は弾かれアキトの体は後ずさった。そのことでアキトの中のスイッチが入ったのか、彼は構えると得意の足蹴で脅しをかける。
しかし、アキトの攻撃は相手に届く直前に見えない何かに阻まれた。
「あなたに攻撃される理由がわからないのであります。仕方がありません。正当防衛を発動します。後悔しないで下さいよ」
少女は空中で軽く指を弾く。ただそれだけのことだったが、アキトの体は驚くほどよく飛んだ。壁に激突し明らかなダメージを受けつつもまだ戦意を失っていない様子を見て、エルマーが言った。
「やめろ、アキト。さすがに相手が悪い。聞いてなかったのか?彼女は十本柱の一人だ。お前が勝てる相手じゃない」
「兄貴、大人しく警備隊に捕まる気かよ」
「違う。それに彼女は警備隊じゃない。それよりももっと地位が上の存在だ。特殊部隊、そう言ってただろ。お前だって一度は聞いたことがあるはずだ。王国最強の人間兵器、【天然装束】。彼女はその所有者の一人だ」
エルマーの言葉を聞いてアキトもやっと理解したのか、今度は大人しく両手を頭の後ろに組んだ。
「この男、無礼にもほどがあります!大丈夫ですか、マスター?」
「モーマンタイなのです、ポッチ」
突然、声が聞こえた。
少女はなにやら誰かとやりとりをしているようだった。マスターというのはつまり彼女のここと。その姿の見えない声の主を辺りを見渡して探す。
「どこを見ているのですか?私はここですよ」
何もない虚空から姿を現したのはフロライトと同じ大きさの生き物。そしてアキトはそれがなんなのか知っていた。
「精霊……?ということは、やっぱり【天然装束】を持っているのか?」
「そういうこと」
少女は澄まし顔で受け答える。
十本柱とは王国の保有する、十人で編成される特殊部隊の名称なのであった。その実力は一人で一都市を陥落させることのできる力だと言われている。もちろん、アキトが勝てるような相手では決してない。
「マスター、この男にトドメを刺さなくてもよろしいのですか?」
「ちょっと待つのであります、ポッチ。どうもさっきからおかしいですよ。どうやらお互いに認識の齟齬が発生しているみたいであります。私も少々説明が不足しているようだったのでちゃんと話し合いましょう」
「わかりました、マスターがそう言うなら」
守護精霊ポッチは素直にマスターの命令に従うとアキトに向けていた殺意を解除した。
少女はもう一度エルマーの方に向き直ると、再びその口を開きかけた。しかし、今度はエルマーの方が制止をかける。
「ちょっと待った、一旦家の中に入ろうか?ここだとあまりにも注目を集めすぎる」
エルマーは辺りを見渡して自分達がどれだけ目立っていたのかを確認すると彼女を家の中に案内するのだった。