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「そうか。君たちはもう知っているんだな。私としても別に隠してたわけじゃない。でも君たちが知ろうとしなければ、私から話すべきことではないと思っていた」
ヘンリエッタに会って今までに起きたことを全て話すと、彼女はとても落ち着いた様子でそう切り出し、知っていることは全て話すと約束してくれた。
「ユウキと私の出会いは、この国がまだ戦乱の渦中にいた頃にまで遡る。私はその頃に十本柱の一人として戦場に赴いていた」
「ちょっと待って。ヘンリエッタさんは十本柱なのか?」
初めて聞く情報を耳にして、エルマーは思わずそう口にした。話の腰を折ることになってしまったが、ヘンリエッタは嫌な表情もせずに答えてくれた。
「そうだ。元・十本柱だけどな。意外だったか?これでも有史以来の最強の魔法使いの一人に数えられていて、守護精霊のポッチを従えて戦場では何の躊躇もなく多くの人を殺してきたんだ。でもあの頃は本当に無茶をしていた。当時の私には同じ十本柱の仲間以外誰も寄り付かなかったし、自分でも力のない者は下に見てきた。でもユウキは違った。彼女は私に言ったんだ。『力で相手を従わせるのはただの弱い者いじめだ。そんなの子供でもできるってね。大人なら言葉で世界を変えてみろ、きちんと話し合って妥協点を見つけて相手を説得するのは時間はかかるかもしれないけど、それは大人にしかできないことなんだ。そしてこれからはそんなやり方が必要とされるべきだ』ってね。私には正直彼女の言っていることがよくわからなかった。でも一つだけ言えることは私の暴力をユウキは決して恐れなかったし、彼女なりの言葉で私を説得しようとした。そういう彼女に私はいつの間にか惹かれていたんだ」
母親の過去の話を聞いているうちに、テトラは次第に興味を惹かれていた。けれども、それを話すヘンリエッタの顔は浮かない。彼女は残念そうに首を横に振ると、こう続けた。
「でもユウキが望んだ世界は訪れなかった。いつの間にか彼女の居場所はなくなってしまっていた。結局ユウキは力に負けた。ユウキが姿を消してしまう直前、私の所に来て言ったんだ。結局自分は間違っていた。いくら言葉で相手を説得しようとしても相手が同じ土俵に立ってくれなければ何の意味もない。やはり力が全てだという私の言葉こそ正しかったんだ、とね。だからそのとき私は言ってやったんだ。間違っているのは周りの方だ。お前は間違ってなどない。それは私が保証すると。それで私はユウキの正しさを証明するために内政官になることを決めた。でも遅かった。そのときにはユウキは私の前から姿をくらまして行方不明になった。私がもっと早く内政官になれていればユウキを救ってやれたかもしれない。あの時ほど自分の未熟さを悔やんだときはなかったよ」
その話を聞いて、テトラの顔からも次第に表情が消えて行った。
「でもそれからしばらくしてアルトアリスから手紙が届いたんだ。差出人はユウキだった。名前こそ違っていたが、確かに彼女は生きていたんだ。仲の良かったシルバーシュタイン家の人間にかくまってもらっている旨がその手紙には書いてあった。その時から私はユウキと手紙を通して必要な情報をやり取りするようになった。私はいつか彼女が帝都に戻ってきて以前のような生活が送れるようになることを願っていた。その願いは叶わなかったけれど」
ヘンリエッタの話はそこで終わった。
彼女の話を聞いて、ユウキがどんな人だったか、ヘンリエッタとどういう関係だったのかは分かった。けれども、一番知りたかった部分はわからずじまいだった。
「どうして帝国研究所をやめることになったんだ?テトラはどうしてこんなことに?」
エルマーは思わずそう口にした。彼女は再び首を横に振る。
「知っていることは全て話した。すまないが、ユウキが帝国研究所を去らなければならなかった理由、テトラを置いて行った理由はわからない。ユウキに直接聞くのが一番だけれど、彼女がいない今、それは不可能だ」
「他に、彼女と知り合いで彼女の事情を知っている人はいないのか?」
エルマーはどうしても知りたかった。
「おそらく真実を知っているとすればそれはユウキの家族だ。とりわけこのことに関して黙秘を貫いているドレイクはおそらくは一番かかわりが深い人物だろうな。私も何度か彼に迫ったが、全く話は聞けなかった。おかげで私は彼に嫌われてしまったよ」
ドレイク・エトワール。ヘンリエッタと同じ内政官で、シオンの父親。顔を見たのは任命式の時だけだったが、名前だけなら何度か耳にしていた。
「その人なら、全部知っているんだな」
「彼の口を開けたなら」
その時の彼に迷いはなかった。テトラのために力を尽くすと決めたのだ。他の選択肢などその時のエルマーは持ち合わせていなかった。
それから二週間で十回ドレイク・エトワールに面会の申し入れをしたが全て断られた。家の前などで待ち伏せもしてみたが、全て失敗に終わった。その間、色々な方向から探りを入れてみたが、ハクアやヘンリエッタから聞けた情報以上のことは何も得られなかった。テトラはと言うと表面上は気丈に振る舞っていたが、彼女の心にぽっかりと空いた傷はそう簡単には埋まるものではなかった。
そんなとき、テトラの様子に一際敏感に反応していたのはいつも一緒にいたリステリアだった。彼女は親身になってテトラをサポートしていた。いつの間には彼女はテトラの精神的な支えとなっていた。しかし、それは長く続くものではなかったし、そんな状態が最善なはずはなかった。
「エルマーさん。私がドレイクさんに会って直接話を聞いてきます。それが一番だと思います」
悩んだリステリアはそんな提案をエルマーにしていた。
「一人で行く気なのか?」
「はい。でも正直うまくいかない可能性の方が高いですが、ダメで元々やらないよりはましだと思います。なによりテトラさんのあんな元気がない姿、これ以上見てられないんです」
しかし、彼女の顔は浮かなかった。その理由をエルマーが尋ねると彼女は急に泣きながら自分の過去に関してある弁明を始めた。それはテトラにも関係のあることだった。
「私さえいなければ、テトラのお母さんはテトラさんの所を去らずに済んでいたかもしれないんです。私が昔帝国研究所にいて、テトラのお母さんに救われた話はしたと思います。けれども本来それはあってはならないことでした。一研究者に過ぎなかったユウキさんが実験体であった私に感情移入することはしてはいけないことだったんです。そのルールを破った彼女が帝国研究所を追放されたのは当然の判断だったんです。今まで黙っていてごめんなさい」
彼女は深々と頭を下げた。このことはテトラには告げていないとリステリアは言っていた。それは彼女なりの考えがあってのことだろう。エルマーは彼女を責めることはしなかった。
「ユウキさんは最後に会った時に私に言いました。何があったとしてもテトラさんを守ってほしいと。それだけが私の中の使命として今でも残っているんです」
リステリアの言葉には重みがあった。彼女もきっとテトラとは違った苦しみの中で生きてきたのだろう、その苦しみが少しでも和らぐのならわざわざ引き止める理由はなかった。
「わかった。でも早めに帰ってこいよ。テトラにはお前が必要なんだ」
「もちろんです。でももし私が帰らないことがあったら、そのときはテトラさんを正式な家族として迎え入れてあげて下さい。そっちの方がテトラさんも幸せだと思いますので」
彼女は最後にそう言い残して、エルマーの前から姿を消した。
そして次の日、リステリアは帰っては来なかった。それは次の日もその次の日も同じだった。リステリアがテトラを置いてどこかへ姿を消した。その事実はたとえテトラのためであったとしても彼女を深く傷つけることになってしまった。
「テトラ。もう十分じゃないか?これ以上お前の過去を探ったところで誰も幸せにはならない。今のお前に必要なのは、未来を作ることだ。望むならこの家に居てもいいんだ」
「嫌です」
テトラは首を横に振った。リステリアの失踪は一つの大事な事実を突き付けた。リステリアがテトラにとってどれだけ大事な存在であったかということ。そしてその事実に今まで気づくことができなかったということ。テトラはもう二度と大事な人を失う苦しみを味わいたくなかった。
「私の家族はお母さんと……リステリアだけです……。私はもう家族を失いたくない。リステリアを失いたくないんです。エルマーさんお願いです。もう一度リステリアに会いたいんです」
「だったらやることはひとつだけだな」
エルマーはエトワール家に侵入し、ドレイクと直接話をつけることを決意した。それはテトラの過去を知るために、リステリアを取り戻すために、彼らがただ一つできる行動だった。
(第四章終わり)




