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4-2

 ハクアのいる研究所、つまりリフォルミスにあるアイステルト研究所に行くことを伝えると、テトラは反対はしなかった。むしろ、母親に関する新しい手がかりが見つかるかもしれないことを伝えると、快く承諾してくれた。しかし、アルテット家には彼女とは別にもう一人、エルマーの言葉に心を躍らせた人物がいたのである。それは妹のベルティアナだった。彼女はその提案を聞くと、すぐにテトラに似合う服を探すために自室へと戻って行った。世話好きの彼女の張り切るところはそこなのである。しばらくしてベルティアナはテトラに彼女の部屋に来るように呼びかけた。その後、ベルティアナによるテトラのファッションショーが執り行われたのは想像に難くない。フリルのついた女の子らしい服から露出多めの過激な服に至るまで、テトラは色々な服に着替えた(と言うか着せ替えさせられた)が、結局彼女が最終的に選んだのは赤を基調としたボーイッシュな服装だった。

「どう……ですかね?」

「いいんじゃない?」

 エルマーがそう言うと、テトラはとても喜んでいるように見えた。そして、彼女は髪を何度かいじだしたあとに思い出したように部屋に戻ると、デジタルマルチウィッグを持ってきて頭にそれを装着した。彼女の持ってきたそれは、髪色髪型を自由自在に変えることのできるファッションアイテムで彼女の髪形はお得意芸でいつもの見慣れた金髪に変わった。けれども、何かしっくりこないのかテトラはしきりに鏡を見ては髪を直していた。

「うーん。この髪色って何だか目立つんデスよね。気に入ってはいるんデスけど、結構長い間この髪型で町をうろついたりしてるデスし、変装って意味では控えた方が良いかもしれませんね。ということで、今日は別のタイプにしてみるデス。えい」

 彼女がデジタルマルチウィッグをちょこちょこといじると、今度は髪の色は赤色、髪型はショートに変わった。それはエルマーの髪と一緒だった。

「おい、なんでそのチョイスなんだよ、別のにしろよ」

「だって、こっちの方が兄妹に見えるじゃないデスか。ねえ、エルマーお兄ちゃん♪」

 テトラはわざとらしくエルマーに呼びかける。赤色の髪のテトラは新鮮で、今までとはまた違ったベクトルの可愛さを含んだ印象を持ったのは否めない。けれども、妹キャラで攻められると今度は違った意味で争いが起こる恐れがあった。

 エルマーはゆっくりとベルティアナの様子を伺う。彼女はやけににこやかだった。

「いいじゃん、エルにぃ。妹が一人増えたみたいで嬉しいくせに。リステリアちゃんは私が預かっとくから、その間に二人で出掛けてくれば?そうすると、まるでデートみたいだね」

 ベルティアナがそう冷やかすと、テトラは急に顔を赤らめて黙ってしまった。エルマーも、冗談よせよ、と返しておいたが、彼女の場合どこまでが冗談なのかはエルマーにもわからず、苦笑いをするしかなった。

 その後二人は軽く食事を済ませると、ベルティアナとリステリアに見送られながら帝都の町中へと足を運んだ。テトラはと言うと、先程言われたことを気にしているのか、やけに距離を取ってエルマーの後ろをつけてきた。昼下がりと言うこともあって町はここ一番の人で溢れかえっていた。彼女の姿を見失うことがないよう、時々振り返りながら歩みを進めてきたエルマーだったが、しばらく歩いたところで急にその足を止める。後方を歩いていたテトラも彼に追いつくと同じようにその足を止めた。

「どうしたんデスか?急に止まって。ちゃんとついてきてるデスよ?」

「テトラはずっと同じ方向ばかり向いて歩いてるから気づかないかもしれないけど、それじゃあ俺の方からはよく見えなくて困るんだよ。どうせなら横並びで二人一緒に歩きたいんだ。歩幅はお互いに違うかもしれないけど、ちゃんと俺の方が合わせるから心配しなくていい。それにそっちの方が、例えお前が下を向いていたとしても、ちゃんと俺がこうやって手を引っ張ってやれるからさ」

 エルマーがそう言ってテトラの手を握ると彼女は恥ずかしそうに顔を背けた。

「なに恥ずかしがってるんだよ?今日一日は俺の妹の振りをするんだろ?お兄ちゃんの言うことは素直に聞いとくもんだぞ」

「調子にのるなデス。素直に聞くのと言いなりになるのは違うデスよ。手なんか繋がなくても私は自分の足で歩けるデス」

 テトラは差し伸べられた手を払いのけると、エルマーを追い越してすたすたと歩き去ってしまった。エルマーは彼女を追い掛けて横並びになると謝罪の言葉を口にした。

「ごめん、悪かったって。機嫌直してくれよ、帰りに好きなものひとつ買ってやるからさ」

 そう言うと、彼女の顔に一瞬だけ嬉しそうな表情が浮かんだのが見えた気がしたが、すぐに彼女はその表情を曇らせた。

「私が本当に欲しいものはいくらお金を出しても買えないものデスよ」

 彼女が本当に望むものは何を指しているのかエルマーにはすぐにわかったが、それは彼女が言う通り決して手が届かないものであった。それを知ってエルマーは口を閉ざすしかなかった。そんな表情のエルマーを見てテトラはさすがに言い過ぎたと思ったのか、少し慌てた様子で口添えをする。

「そう言う顔をさせるつもりはなかったデス。困らせてしまったようなら謝るデスよ。確かにあなたの言う通り私は今まで同じ方向ばかりを見過ぎていたのかもしれないデス。だからこれからは後ろを向いたり横を向いたり、少しずつ別の方向も見て行けるようになったらいいなって思うんデスよ」

 そう言うとテトラは再び後ろを向いて立ち止まる。そしてその顔をエルマーに近づけて言う。

「エルマーさん。今私がどんな気持ちかわかりますか?私今すっごく嬉しいんデスよ」

 彼女のエルマーを見つめるその瞳に嘘偽りはなかった。

「だってあなたはあの日、私のことを家族だって、妹だって言ってくれたデス。エルマーさんがシオン兄さんを追い返してくれたあの日、その言葉を聞いて、内側からこう、ぱぁって何かが晴れていくような気分がしたデス。自分の新しい居場所をそのとき見つけられた気がしたデスよ。エトワール家では何だか家族ごっこをしてるみたいで、家族なんて言葉の重みを感じたことはありませんでした。だからあの時だけは本当に嬉しかった。これが大事にされるってことだなって思ったんデス」

 あのときの言葉が、彼女にここまでの希望を与えていたとは思いもしなかった。でも確かに目の前の少女はあの時の言葉に救いを見つけていた。それだけは事実だった。

「だからせめて今日一日だけは、あなたの妹でいてあげるデス。大事にしてくださいね、お兄ちゃん」

「ばーか、そんなこと言われなくても当然だ。しっかりと可愛がってやるよ」

「あー、今なんか変なこと考えてなかったデスか?」

「何だよ変なことって。言ってみろよ、ほら」

「それはまあ……色々あるじゃないデスか」

 テトラは言葉を濁すと、さっさと歩けと言わんばかりに足を踏みつけた。エルマーもそこまでされると彼女の言葉に従わざるを得ず、止めていた足を再び動かし始めた。今度は二人横並びになって。


 しばらく歩くと、街の光景には似つかわしくないものが二人の視界に入ってきた。それは大きなクマのぬいぐるみのようにも見えたが近づいてみるとわかる、それはどこからどうみても本物のクマだった。毛の一本一本が白く光っていたそのクマは時々のっそりと動きながら休憩しているようだった。驚きを隠しきれずに二人はそれを眺めていると、今度は聞き慣れた声が二人の耳に飛び込んできた。

「おーい、エルマー殿。そんなところで何してるのでありますか?」

 その声はトトリのものだった。振り向くとクマの傍らに彼女は立っていた。

「おい、これお前の知り合いか?」

 エルマーがおそるおそる口にすると、彼女は首を横に振った。

「こいつは私の相棒ッスよ」

そう口を挟む声が聞こえてきたのは、彼の頭上からだった。見上げると大きな大きなクマの上に小さな人影が見えた。女の子だった。

「アリス、下りてきなよー」

 トトリがそう呼びかけると、彼女は軽く頷きひょいっと身軽に彼女の隣に飛び降りてきた。トトリの隣に立ってわかるその身長は、彼女よりも一回り小さかった。

「ほら、この人。新しく装束設計士になった男の子。エルマー殿であります」

「初めましてッス。特殊部隊十本柱所属、第四の柱、アリス・ハロウィーンって言います。所持してるのは水の装束で守護精霊の名前はランタンです。長かったS級の特殊任務を終えてしばらくぶりに帝都に戻ってきたッスよ。そんでこいつが私の相棒で古代熊パンプキンっす。以後お見知りおきを」

アリスと名乗ったその少女はにこやかに手を差し伸べてそう自己紹介した。にっこりと笑ったその目元の下には五芒星にも似た模様が描かれているのが印象的だった。しかし、それよりも気になったのが彼女の放った言葉には含まれていたのでエルマーは尋ねた。

「ハロウィーン?」

「あ、パパがお世話になってるっス。私、オーウェン博士の一人娘なんっすよ。でも気にしなくて結構ッスよ。比較されるのはあんまり好きじゃないッスから」 

 アリスは笑いながらそう説明した。確かに彼女からはオーウェン博士に会ったときの雰囲気とは全く違うものを感じた。彼女は一通り自己紹介を終えて満足したのか、今度はエルマー達の方に興味を示し始めた。とりわけ、彼女の視線はエルマーの斜め後ろの半身を隠すように立っていた少女に向けられた。

「おや?隣にいるのは彼女さんッスか?もしかしてお二人デートの最中でしたか。もしそうなら邪魔したッスね。これお詫びにプレゼントするッス。好きなものをおひとつどうぞ」

そう言ってアリスが手を左右に振ると、どこからともなく彼女の手に色とりどりの花束が握られていた。テトラは躊躇していたが、アリスが再び視線を送って促すと彼女は一番手前にあった真っ白な花を手に取った。

「その花はマリンスノーっていう名前ッス。花言葉は手の届かない幸せ。何だか前向きな言葉じゃないッスけど、細かいことは気にしない方が良いッスよ」

 そう言い残すとアリスは先程と同じ動作をして花を目に見えない場所にしまった。

「じゃあ、もうそろそろオサラバするッス。上に報告しなければいけないことが多々あるので」

 アリスはそう言って高くジャンプすると、クマのパンプキンの背中に飛び乗った。その衝撃で覚醒したのか、そのクマは一鳴きするとのっそりと起き上った。

「またどこかで会えることを楽しみにしてるッス」

一方的にそう言うとアリスは別れの言葉も聞かずに去って行った。クマに乗って街中を駆けていくその姿は、どこか非日常を感じさせたのだった。



二人はトトリにも別れを告げた後、当初の予定通りにリフォルミスへとその足を向けた。途中で色々と足止めを食らったため時間がかかったが、距離にしてみればそんなに遠くはない位置に研究所はあった。

アイステルト研究所、そこはハクアが働いているはずの研究所だった。

エルマーが受け付けを通るときは何かしら止められるかと思ったが、簡単な入館手続きを済ませるだけ中へと通された。しかし、テトラはエルマーと違ってそこそこ面倒なことに引っ掛かっており足止めを食らっていた。しばらくしてテトラのチェックが済むと二人はそろって応接室へと案内された。そこでは三十分ほど待たされることになり、ようやくハクアが現れた。彼女は白衣に身を包んでおり、この前の会議の時とはまた違った雰囲気を与えていた。

「おまたせ。エルマー・アルテット……それと、誰?」

 ハクアは彼の後ろにいた赤髪の少女を指さしてそう言ったが、そのことに関してはエルマーが答えるより早くテトラが反応した。

「妹デス。兄がいつもお世話になってマース」

「そう。なら新しく登録しとく」

 そう言うと、彼女は胸ポケットからARFMを取り出し、顔にかける動作をした。数分後、作業を終えたハクアはそれを外してテトラに告げる。

「これであなたの顔認証は済んだから、次来る時からはすぐ入れる。今日は初回だったから面倒な手続きを取らせてしまったね。彼の方は前に会った時に顔認証を済ませてしまってたんだけど、あなたと会うのは初めてだから」

 ハクアは申し訳なさそうに言った。

「あ、でもあんまり過信しないで欲しいかな。今はそうでもないけどARFMを導入したての頃は精度が悪いこともあって不具合が多くてね、私の師匠だったユリウス先生まで顔認証できずに弾かれるってことがあったから。まあ大丈夫だとは思うけど」

ハクアはその辺のことは無頓着なのか、それだけ付け加えると部屋を出て自分についてくるように促した。エルマーはハクアの後を追うように研究室の長い廊下を歩きながらも、時折目に入る実験室の内部の様子や壁に貼り付けてある小難しい数式の数々に目を奪われていた。

「ところで、シオン・エトワールからの提案はどうしたの?」

「もちろん断ったよ」

 その返事を聞くと、ハクアはふふっという笑みを漏らした。

「実にあなたらしいと思う。もしここにいる研究員にそんな誘いが来たら私なら異動するように勧めると思う。こんなところで研究を続けるより、エトワール研究所の方が設備も整ってるし、キャリアにもなると思うから。でもあなたにはそんなことは言えない。うまく言えないんだけど、あなたは他の研究者とは何か違う気がするから」

 彼女はそう言うとまた笑ったのだった。

それからはあまり二人の間では会話はしなかったが、しばらくするとエルマーはある写真の前でその歩みを止める。それはハクアの昔の写真だった。何年前の写真かはわからなかったが、背丈も顔つきも今とそんなに変わってないように見える。そして、写真の中の彼女の隣には、ユリウス・ファーレンハイトが立っていた。しかし、先日会ったユリウスとは少し様子が違っていた。

「ユリウス博士は昔から顔に刺青をいれてた訳じゃないんだな」

 彼の言葉に反応して、ハクアも同じように足を止めた。

「うん。でも変わったのは見た目だけじゃない。昔は先生はもっとエネルギッシュな人だった。でも神の手と呼ばれなくなってからは年のせいもあってか、随分とおとなしくなった。顔に刺青を入れ始めたのはちょうどその頃。きっと先生なりの何かの決意の現れだと思うけれど、詳しいことは私も知らない」

「神の手と呼ばれなくなった?」

「うん。十年前に先生の才能は枯れてしまった。最初はただのスランプだと思っててすぐに調子を戻すと期待していたんだけど、なんかもう無理みたい」

 そう話すハクアの口調はとても残念そうだった。

「でも、ユリウス先生が偉大なことには変わりはない。先生は最近では後進育成に力を注ぐようになった。先生には人の才能を見抜く力がもともとあったから、私みたいな奥手な人間でもここまで育ててくれた。私の今の地位があるのも、私に独立を促して後押しをしてくれた先生のお陰。私以外にも何人もの優秀な人材が先生の下では育っている。あまり知られていないけど、十本柱の中にもユリウス先生に才能を見初められた人がいるんだよ。確か、ユキウサギって呼ばれている人」

 その名前にエルマーは聞き覚えがあった。大宮殿に行った日に、確か一度だけ顔を合わせている。彼女もまたユリウスの関係者だと考えると博士の与える影響は計り知れない。

「先生はよく言っている。これからは若い研究者の時代だって。ベインブリッジ博士も第一線で活躍する機会は減ってきたし、ハロウィーン博士も自らが創立した魔法学院の経営を後任に任せて研究の規模も縮小してきている。残念だけど国の黎明期を支えてきた三賢人の時代は終わって、世代交代しつつある。きっとあなたが装束設計士に選ばれたり理由もそういうところにあるんじゃないかと思う。……って話してる間に到着した。ここが私の部屋。入って。狭い所だけど」

 ハクアがそう言って指差したのは、廊下の奥の方に有った細い扉の前だった。中に入ると壁に沿って置かれている本棚にびっしりと本が並べてあるのが見えた。部屋の中はというと意外にも小奇麗に整理されており、いくつか写真や表彰状が飾ってあるのが見えた。ハクアは最後に部屋に入って扉を閉めるとエルマーに尋ねた。

「それで、今日は何の用?」

「ユウキ・エトワールっていう女性科学者を知っているか?」

「知ってるけど」

彼の言葉を聞いて、ハクアは即答した。つまりエルマーの予想は見事に当たっていたのだ。

そのことを知って一番喜んで見せたのはテトラだった。エルマーも高まる気持ちを抑えて次の言葉を続ける。

「だったら教えて欲しい。彼女に関する全てのこと」

 ハクアはそれを聞いて不思議そうな顔をした。しかし、エルマーが真剣な顔を見せると彼女も状況を理解してくれたようでソファに腰かけるとゆっくりと話しを始めた。

「私が女性初の装束設計士であるという事実は知っていると思う。けど、私よりも前に女性初として名を挙げた研究者がいた。それがユウキ・エトワール。彼女は女性初でしかも私が知っている限り唯一の帝国研究所の女性研究員だった。彼女ほど将来を有望視された科学者はいなかった。でもあまり名前が知られてない。彼女の研究者としての期間があまりにも短かった」

 ハクアは一度席を立つと、部屋の本棚からユウキという研究者が載っている記事を持ってきてくれた。そこには同僚のような研究者たちとの集合写真と共に、彼女が優秀な女性研究員であることなどが記載されていた。

「私が研究者としての仕事を始めた時は、ちょうど戦争も終わってて研究のニーズに一意的な縛りはなかった。けれど、彼女が生きていた時代は違う。ちょうど戦争の終期で、目的のためには手段を選んではいられなかった時代だった。けれども、彼女は戦争利用のために自分の能力を使うのが嫌だったと聞いたことがある。その結果、彼女は帝国研究所をやめてどこかに行方をくらますことになった。それが彼女が望んだことなのか、上からの圧力とかがあったのかはわからないけど。私が知っているのはこれくらい」

 ハクアは本のページをめくる。

「もともと彼女は魔法学院時代に既に有名だったから、私は同じ学校の後輩として彼女を心から尊敬していた。彼女は私とは比べ物にならないくらい卓越した才能の持ち主だった。時代が時代なら彼女の能力も正しく発揮されていただろうに。ただ彼女の信念が当時の時代思想にはそぐわなかっただけ。今の時代なら彼女だってその能力を迷うことなく発揮できてた。でも彼女の行方は誰にもわからない。今でもどこかで生きてるといいんだけど」

 それはハクアの切実な願いだった。しかしそれは叶わない。彼女はその女性研究者が既にこの世にいないことを知らない。それどころか彼女が偽名を名乗ってアルトアリスに住んでいたということすらも知らないのだ。彼女は最後に尋ねる。

「どうして彼女のことを調べているの?」

それを聞いて、テトラとエルマーは顔を見合わせた。二人の抱えているる秘密をハクアに話すべきか否か考えていたのだ。少し迷ったが結局話しても問題ないと思い、二人は知っていることを話した。エルマーの母親のこと、アルトアリスのこと、そしてテトラのこと。当然、ハクアは驚いたような反応を見せていたが、最後まで口をはさむことなく黙って聞いていた。

「子供がいるという話はうわさ程度では聞いていましたが、彼女がそうでしたか」

「私もお母さんがアルトアリスにいると知ったのはつい最近デス。科学者と言うのも知っていましたが、そこまですごい人だったとは知らなかったデス。私はどうしても知りたいんデス。お母さんはなぜ私を置いて姿を消したんでしょうか?」

 テトラがそう疑問を呈するとハクアはしばらく考え込んだ後にその口を開いてこう言った。

「はっきりとは言えない。でも研究をしながら子育てをするのはかなりの負担だと思う。仮に数年だけ子育ての方に専念するとしても、それだけ研究が遅れることになる。だからそうなるくらいなら親戚に預けるという考えに至っても不思議ではないように思う」

「つまり私の存在が研究を続けるには邪魔だったということデスか?」

「その可能性は否定できない。彼女がそんな考えをするような人だったとは私も思いたくない」

 しかし、それ以外の答えをその時のハクアは導き出せなかった。

「そうだ。ユウキ・エトワールについて詳しく知りたいなら、ヘンリエッタ・フランクリンという人を訪ねてみるといい。今は内政官をしている。彼女はあの人と仲良くしていたし、何かわかるかもしれない」

 ヘンリエッタの名前を彼女が出した時、エルマーが思い出していたのはテトラの兄シオンの言葉だった。あの女の言葉を鵜呑みにしない方が良いと彼は言っていた。確かにエルマーはヘンリエッタ全面的に信用しているわけではなかったが、今はユウキ・エトワールに関する情報が少しでも欲しかった。それはエルマーの横で泣きそうな顔をしながらうなだれるテトラのためでもあった。このままでは彼女は自分が要らない子供だったかもしれないという思いを抱えたままになってしまう。真実がどういうものかはわからない。けれども、ヘンリエッタが何かを知っているのならその答えを聞きに行くのは悪い選択ではなかった。

「ありがとう。ヘンリエッタさんとは前に話したことがある。もう一度尋ねてみるよ」

 エルマーはは研究所を後にすると、テトラと共にその足でヘンリエッタのもとへと向かった。

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