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4-1 Elmer and Tetra find candy home.

しばらくの間、テトラはリステリアと共にアルテット家に居候することになった。

 と言ってもアルテット家に都合よく空き部屋があるわけではないので、彼女たちはエルマーの部屋を借りることになった。その間エルマー自身はどうするかというと、工房の冷たい床で過ごすという惨めな生活を送る羽目になった(しかし、この提案はエルマー自身がしたものではなく、半ばベルティアナに押し切られる形で実現したものだったので、彼には不満が残るものではあった)。

 他に変わったことと言えば、食事の準備が二人分増えたこと。昼食と夕食に関しては最近ではテトラたちも含めて取ることも多かったため、さほど負担は増えなかったが、朝食を二人分多く作るというのは初めてだった。

 ベルティアナはいつもより少し早く起きて食事の準備に取り掛かる。顔見知りとは言え、新しい家族が二人増えたのと同じようなものである。朝の時点ではどんな慌ただしい一日になるか想像もつかなかったが、クロノがいつも通りの時間に起きてきたこと以外は特に変化はなかった。工房で寝ているはずのエルマーに関しても実に静かなものである。

「おはよう、クロくん」

「おはよう、ちょっと出かけてくる」

 いつも通りの挨拶を交わしてクロノはまだ明けきらない朝の街へと繰り出して行く。

 ベルティアナも一通りの準備を終えると、今度はまた別の仕事が待っている。すたすたと階段を上がると、まだ起きてこない弟や妹たちへの声掛けを始めるのだ。しかし、今日はちょっと様子が違う。いつもはエルマーの部屋の前は気に留めることなく通り過ぎていたのだが、今日はそこはテトラとリステリアの部屋だった。別に起こすつもりはなかったのだが、中の様子が気になったベルティアナは、静かにその扉を細く開けて中の様子を見てみることにした。

「おはようございます、ベルティアナさん」

 突然の呼びかけに彼女は声を上げそうになった。しかし、何とか抑えると視線を部屋の中へと移して中の様子を確認した。声の主はやはりリステリアだった。彼女はベッドに横たわるテトラを見下ろすように傍らに立ち、彼女の可愛らしい寝顔を眺めていた。リステリアはベルティアナに気づくとそちらの方に顔を向ける。

「早いね、リステリアちゃん。昨日は眠れた?」

「はい、十分に」

 リステリアはテトラを起こさないように小さな声で返事を返す。一方でテトラは他人の家とは思えないほどぐっすりと眠りに落ちていた。

「何か用事ですか?」

「いや、ただ様子を見に来ただけ。でもちゃんと眠れているようで安心した。リステリアちゃんはもう寝なくていいの?」

「私は早めに起きるのには慣れているので。言ってなかったかもしれませんが、テトラさんの身の回りの世話をするのがいつものエトワール家での私の仕事でしたから。こうしていつ起きてもいいように準備しているんです」

 自分たちがエトワール家の人間だとバレてからは彼女は少し態度を変えていた。本来ならテトラとリステリアの関係は友達感覚ではなく、主従関係であるため当然のことなのかもしれない。しかし、そのことに関してベルティアナは一抹の寂しさのようなものを覚えていた。それでも彼女は全く気にしていないようだった。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         

「見てください。今はテトラさんの寝顔は可愛いものですが、一度目が覚めたらいつも通りのわがままが発動して本当に手を焼くんですよ」

「そうなんだ。大変だね」

そんな二人の会話の声を聴いて目を覚ましたのか、テトラは急に、んっ、という声を上げるとゆっくりと目を開けた。次の瞬間彼女は大きく口を開けて辺りを見渡す。

「ほぁ~あ……あ?」

しかし、ベルティアナの姿を確認するや否や、彼女は途端に取り乱し始めた。

「はわわっ!お、お、お、お、おはようございます、ベルティアナさん」

「おはよう。よく眠れたー?」

「も、も、も、も、もちろんです!」

テトラは来ていた毛布を手繰り寄せ自身の半身を隠すと、ベッドの上を移動しベルティアナとできるだけ距離を取った。顔を真っ赤にしたその姿はまるで自分の恥ずかしい姿を見られたかのようだった。

「どうしたの?そんなに逃げなくていいじゃん」

 ベルティアナがそう言って一歩近づくと、テトラは更に身を縮こまらせる。

「あ、言い忘れてましたがテトラさんは起きたときはいつもこんな感じです。何か寝ている時の無防備な姿を見られるのが恥ずかしいみたいです。たぶん私がテトラさんの寝顔は可愛いと言い続けてきたせいで本人はそのことを気にしているみたいです」

「そ、そ、そんなのいちいち説明しなくていいです!リステリア!私の服をください!早く!着替えます!」

「服ならもう着てるじゃありませんか」

「これはパジャマ!いつも着ている服があるでしょ」

「テトラさんがいつも着ているあの服ならもうすでに洗濯されて今はありません。替えの服も家に帰らないと準備できません」

「えーっ!じゃあ、なによぉ!じゃあ私に一日中この格好でいろっていうんですか?」

「いや、ベルティアナさんが別の服を用意してくださってますから、今のところはそれで我慢してください」

「うぅ……でもぉ……」

テトラはしばらくベッドの上でぐずっていたが五分もすると観念してベットから出てきた。そのままリステリアの手によって着替え始めるテトラの姿は、まるで母娘のそれだった。そしてベルティアナの用意した服に身を包んだテトラは今までと違っておしとやかなお嬢様の雰囲気だった(もともとエトワール家のご令嬢なのでその品格は持っているのだろう)。着替えを済ませるとリステリアはテトラの手を引いて一階まで案内した。

そこで既に目を覚ましていたエルマーと対面することになるのだが、このときもまたテトラは恥ずかしそうにしてリステリアの後ろに隠れた。

「テトラなのか?何か大分印象が変わったな。一瞬違う人かと思ったよ」

「はわわっ。あんまり見ないでください……。恥ずかしい……です」

 テトラの反応を見てか、ベルティアナはエルマーに顔をぐっと近づけて言う。

「エルにぃ、あんまりテトラちゃんをいじめると怒るよ?」

「俺は何もしてねぇ!」

 あまりの理不尽な物言いにエルマーは声を荒げて反論した。しかし、すっかりテトラ側の味方となったベルティアナに対してはあまり効果はなかったようだ。彼女がエルマーを追い払うような仕草を二、三度するのが見えたので、彼は仕方なく席を移動することにした。

「さあ、エルにぃのことは気にせずに朝ご飯を食べて下さいな。リステリアさんも」

 ベルティアナがそう促すとテトラはゆっくりと移動して席に着き、リステリアはその隣に腰を下ろした。その際にリステリアがとても申し訳なさそうに言った。

「すみません。昨晩はお風呂やベッドまでお借りして、朝食までお世話になるなんて」

「気にしなくて良いよ。しばらくは家に帰れないだろうし。なんならずっとここにいても良いんだよ?部屋は空いてるし」

「あそこは俺の部屋だぞ!」

「エルにぃは床でもどこででも寝れるでしょ?テトラちゃんは女の子なんだよ」

やはり彼女の意見には賛同できなかったが、他に選択肢も思いつかなかったので、エルマーはそれ以上反論することはしなかった。一方で、テトラの方はというと、席に着いてはいたものの、なぜか食事を前にして固まってしまっていた。不思議に思っていると彼女が小さな声で何かを呟いているのが聞こえた。エルマーは耳を傾けてみる。

「合言葉……何だっけ……」

 それは以前教えた合言葉だった。彼女はその言葉を思い出せないのか、何度もそう繰り返していた。エルマーは何だか可笑しくなって口元を緩めながらベルティアナの方を見ると、彼女もまた似たようなことを考えていたようで、二人揃ってその場で助け舟を出すことに決めた。

「チ」

「ア」

「ズ!ですよ」

 最後に言葉をつなげたのはリステリアだった。彼女もまたテトラの手助けになればと思っていたのかもしれない。彼らの言葉を聞くと、テトラの顔はぱっと明るくなって、ようやく食事に手を付け始めた。ただ、その言葉を言わなくても、ご飯は食べても良かったのだということは、しばらくは黙っておくことにした。


 1


食事を終える頃になってやっとテトラはいつものような調子を取り戻したようだった。しかし、その頃には既にアルルも含め、家族の多くが自分の予定に合わせて家の中を忙しく動き回っており、洗面台やトイレは大混雑だった(まあ、これはいつものことだが)。

ようやく落ち着いてテトラと話ができるようになったのは、外の気温も上昇し暖かくなり、店の前の人通りが目に見えて多くなってきた頃だった。多くなったと言っても、相変わらず店の中は閑古鳥が鳴いている寂しい状況だったが、それはテトラから色々と話を聞くには都合の良い状態でもあった。

 テトラ今一度だけ時計を確認すると、ふう、と小さく息を吐いて話を始めた。

「まず最初にあなた達には謝っておきたいと思います。昨日は色々とご迷惑をお掛けしてすみませんでした。それと今まで嘘をついていたことも含めて。私の本当の名前はテトラ・エトワール。そして、母の名はユウキ・エトワールです。私達はエトワール家の人間です。黙っていたのはエトワールという名前がこの町では有名すぎるというのも理由の一つですが、単純に私がその名前を嫌っているからというのが主な理由です」

 そこまで話すと、まず彼女はベルティアナを見て、そしてエルマーを見た。彼女は自身が非難されても仕方のない立場であることを理解していたが、彼らはテトラを責めることをしなかった。むしろ、その目には彼女に積極的に救いの手を差し伸べようとする意志まで感じ取れた。だからこそ彼女は迷うことなく次の言葉を続けることができた。

「私がエトワール家を嫌う理由にはその特殊な家庭事情があります。昨日も聞いたかもしれませんが、私とシオン兄さんは本当の兄妹ではありません。ドレイクさんは私の母の兄に当たるので、私達は正確には従兄同士なんです。でも実際は小さい頃から一緒に暮らしていたのであまりそういう感じはありませんが」

時折、リステリアに視線を送るような動作を見せたのは、彼女自身が言い知れぬ不安を抱えていたからに違いない。それは彼女がしきりに指先を動かしている様子からも見てとれた。

「私がドレイクさんの所に預けられた時は一歳のときでした。だから私に母の記憶があるというのは半分嘘です。その頃の記憶がはっきりと残っているなんてほとんど有り得ませんから。それにエトワール家がそこそこ裕福で生活に不自由がなかったことも重なって、自分の出生について長い間、疑問を持つこともありませんでした」

 そこでテトラは下を向いて、話を途切れさせてしまった。しばらくして話が再開した時には彼女の声のトーンは一段階落ちているように聞こえた。

「でも自分が異質な存在だということには薄々気づいてはいました」

 その一言には今まで疎外されてきた彼女の全ての思いが詰まっている様な気がしてならなかった。そのような状況を理解しつつ過ごすのは、彼女にとっても辛かったはずだ。テトラが必要以上に明るく振る舞っていたのは、こういう自分を隠すためでもあったのかもしれない。

 テトラは伏せていた顔をちょっとだけ上げて言う。

「私は何も知らなかったので、詳しい話は全てリステリアから聞きました。その時にお母さんの写真も初めて見ました。この写真が入ったペンダントはもともとリステリアの持ち物で、お母さんの話を聞いた後、欲しいって言ったらリステリアは私にくれたんです。その時からこれは私の宝物なんです」

 彼女が手に握りしめたペンダントは以前から大事にしてたもので、肌身離さず所持しているのをエルマーはずっと見ていた。

「でも、私の宝物はこれだけです。家族の中で私に協力的だったのは結局リステリアだけでした。普段は私に優しくしてくれてる人も、本当のお母さんの話になると、それがまるで忌避すべき話題であるかのように口を閉ざしました。だから私は自分で情報を集めるしかありませんでした。そして、お母さんが以前住んでいた家を見つけ、あなた達と出会いました。あなた達と出会えたことは本当に良かったと思ってます」

 それからテトラは自分を落ち着かせるように深呼吸をした。

「今はまだごちゃごちゃしてますが、気持ちの整理がついたら、家に帰ろうと思います。お母さんがこの世にいないなら、これ以上詮索しても意味ないですし、あんまり深入りしてあの家にいづらくなったら、結局私だって困るんですよね。でも欲を言うなら、なんでお母さんが私を捨てたのか知りたかったです。お母さんがどんな仕事をしてたのかもっと知りたかったです。もっともっと、お母さんのこと知りたかったです」

 それはテトラが漏らした最後の本心だった。けれども自分の力があまりにも弱いことを十六歳の少女は自覚していた。しかし、ここまで辿り着けたこと自体、彼女にとっては十分に意味のある成果だった。テトラは最後に涙を拭うと、弱い自分に仮面をするかのように笑顔を浮かべた。

 その姿を見て、エルマーは自分にできることはないか考えた。しかし、すぐに思いつくことは何もない。研究者としての立場を利用してシオンに近づくことも考えたが、あの男がエルマーとテトラの関係を知ってしまっている以上、安易に話すとは考えづらかった。結局、彼にとっても八方塞りの状況だった。

 しかし、ここで予想もしなかったものが彼にきっかけを与えることになる。それは彼のポケットに入れてあった紙くずだった。正確には貰ってからすっかりその存在を忘れていた、ハクアの名刺だった。それを見た瞬間、エルマーは彼女のある言葉を思い出した。ハクアがに影響を与えたという、ある女性研究者の話を。

「テトラ、午後からちょっと出掛けないか?もしかしたら道が開けるかもしれない」

 それはエルマーが示した一筋の光だった。


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