3-2
次の日の朝、工房にはエルマーの姿があった。
ここ数日は店の開店準備を手伝ったり、テトラの件で色々あったりして工房で作業をするのは久方ぶりとなっていた。けれども彼の腕は決して鈍っているということはない。むしろ、現在の彼の創作意欲はここ最近では最大限に掻き立てられていて、その結果、今日は朝早くから工房に籠っている始末なのである。またベルティアナには口うるさく注意されるだろうが、その程度で止められるなら今頃設計士なんてやってない。これは自分のライフワークであり、悪く言えば一種の中毒症状なのである。
そして今、エルマーが取り組もうとしているのが、魔法銃の修理である。もちろんこれはテトラに頼まれたものである。
正直、今のエルマーの技術レベルなら十分可能な範囲だった。ただ、部品の一部をコストの関係で代替案を考えねばならない点と、安全装置に関してもっとセキュリティを上げる必要がある点が課題として残っている。
そこまで設計図を分析したところで、別の専門書へと手を伸ばす。ちょうど部品の代替案に使えそうな材料のアイデアを先週どこかのページで見つけていた。けれども、いざ探してみると目的の本は幾重にも積み重なった本の山の下の方に埋もれており、それを無理に取り出そうとすると、崩れて大惨事になることは目に見えていた。仕方なく彼は工房を整理整頓する作業も兼ねて上の方の本から手をつけていくことにした。
その作業も中間に差し掛かった頃、工房の扉を開ける音が小さく響き、それがとある来訪者の訪れを彼に知らせた。
「おはよう、クロ。どうしたんだ?」
現れたのはクロノだった。彼は動きやすそうな運動着に着替えを済ませており、これから朝のジョギングを行うのだと告げた。しかし、クロノは工房の中をぐるりと見渡し、机の上に設計図を見つけると急に表情を変えた。
「魔法銃の設計図……?兄さん、また何か新しいことを始めるつもりなの?なら僕も手伝うよ」
クロノの声は実に落ち着いたものだったが、その目は確かに輝きを宿していた。血が繋がっていないとはいえ、クロノは小さい頃からずっとエルマーの背中を追ってきたのだ。エルマーと同じで彼もまた根っからの好事家なのであった。しかし、エルマーが考えあぐねるような表情を見せると、即座に反論する。
「大丈夫だよ。専門知識なら本を読んで身に付けるし、何より僕には特殊能力がある。それだけでも重宝される理由としては十分だと思うけどなあ」
彼の完全分析を利用できるのなら頼もしいことこの上ない。その上、彼が非常に勉強熱心であることもエルマーは知っていた。その態度は役に立つことはあれど、彼を足手まとい扱いする理由は見つからなかった。
「よし、わかった。ただし手伝うのは昼間だけだぞ。夜遅くや朝早くは許可しない」
「それって逆に言うと兄さんはその時間帯にやってるってこと?ベル姉さんがいい顔をしないんじゃない?」
クロノに指摘されてエルマーは不味いと言う顔をした。しかし、彼は機転を利かせてこう訂正する。
「えっと……じゃあこう言い換えよう。作業は昼間しかしない。だからもし俺が夜遅くや朝早くに作業をしてるような気がしても、それはクロの勘違いだ。誰にも言うな。特にベルには内緒にしておいてくれ。わかったな?」
それを聞いてクロノはにっと笑って首を縦に振った。
「了解。兄さんも無理をしないでね」
そんな二人の会話が二回まで聞こえていたのか、ちょうどそのときいつもより早い時間だったが、階段から誰かが降りてくる足音が聞こえた。
「どうしたの二人とも。今日は早いね」
ベルティアナは一階まで降りてくると工房まで回り込み、眠たい目を擦りながらそこにいた二人に声をかけた。
「起きるの早かったね、ベル姉さん……。僕達?は、特に何にもしてないよ。さあ僕は今日も張り切って朝の散歩に行ってこようかな」
「そうだな。俺も工房の片付けをしなくちゃ」
そんな二人を怪訝そうな顔で眺めると、ベルティアナは立ち去ろうとするクロノの腕を掴んで引き留める。
「な~んか怪しいんだよね。何か隠してない?私わかっちゃうんだよね、そういうの」
「何もしてないってば!本当に!」
ベルティアナはクロノの目をじっと覗きこんで彼の真意を探ろうとした。クロノも負けじと見つめ返して主張に偽りはないことを必死に訴えた。そんな彼の行為が効いたのか、ベルティアナはクロノとエルマーの顔を何度か見渡したあとに掴んでいた腕を離した。
「とりあえず今日の所はそういうことにしとく。でもしばらくは目を光らせておくからね」
ベルティアナは不服そうな様子だったが、何とか二人の企みは隠し通すことができた。キッチンへと戻っていくベルティアナの背中を目で追いながら、二人はやれやれという顔でお互いの顔を見合わせたのだった。
それから二人は時間を見つけては工房へと足を運び、次第に魔法銃作りに没頭していった。正確にはシロエも途中から加わって三人態勢になったのだが、彼女はクロノと違ってエルマーの仕事そのものには興味がない。ただの双子の片割れであるクロノといつも一緒にいることが多かったから仕方なく側にいるという感じだった。歓迎されるどころかむしろ彼女からは、普段の遊び相手であるクロノを取られたことによる怒りのようなものをエルマーはひしひしと感じ取っていた。
そして、およそ二週間の時間をかけて彼らはオリジナルの魔法銃の試作機を完成させた。全長は八七〇ミリメートルのセミ/フルオート切替射撃方式の魔法銃だった。テトラの持っていたものと比べるとデザイン性の面などが数段劣るが、初めてにしては十分すぎるほどの出来だと自負していた。しかし、その性能を実際に確かめるにはテストプレイする他なかった。
次の日、エルマーたち三人は、ベルティアナの目を盗んで近郊にある空き地まで出掛けることにした。そこに行けば人目を気にすることなく魔法銃をぶっ放すことできると考えたからだ。エルマーの予想通り目的地には誰一人いなかったので、早速、二人は試作品の魔法銃を組み立て始めることにした。そこで急に自己主張を始めたのがシロエだった。エルマーたちが射撃訓練用の的を設置しているのを見ると、彼女は自分からこう進言した。
「そんなんじゃ全然面白くないよ。私が的になるから私に向かって撃ってみてよ」
それはにわかには信じがたい提案だった。
「バカなこと言うな。この銃は殺傷能力が抑えてあるとは言え、当たれば少なからず痛みを伴うし、自動照準機能も付いてるんだ」
「だからシロはそれを無傷で全部打ち落とすって言ってるの。私の超感覚とどっちが上か試してみようよ」
シロエは自分に絶対の自信があるようだった。彼女には双子であるクロノと同じように超人的な能力が備わっている。彼女の場合、その完全模倣で、的当てをすれば百発百中だったり、目隠しをした状態で木登りができたりとおよそ常人では考えられないような芸当ができる。その能力を使えば弾道を見切ることなど簡単だと言い切ったのだ。
「ダメだよ、シロ。エル兄さんが困ってるじゃないか」
「いやいいんだ、面白いじゃないか。じゃあシロがこの短剣でいくつ弾を切り落とせるか勝負しようじゃないか。弾は全部で三十発。セミオートで三発ずつ撃つから、一発でも被弾した時点で終了な」
エルマーはクロノの制止を振りきると、得意の水晶精製で短剣を造りそれをシロエに渡した。シロエはというと怖じ気づくどころか益々やる気を見せて短剣で何度も空を切る練習をしていた。
「よし、シロはいつでもオーケーだよ」
彼女は首を縦に振り合図を送ると、エルマーと面と向かって立った。
「後悔するなよ」
「そっちこそ」
エルマーはトリガーに指をかける。最初の三発は様子見のつもりだった。これでヒットするようならシロエもすぐに諦めてくれるだろうと思っていたからだ。しかしその考えは甘いということを彼はすぐに思い知らされることになる。シロエは一発目の弾丸の中心部分を完璧に捉えると、位置を違えることなくそれを真っ二つに切り裂いたのだ。それだけでも十分に超人技だったのだが、続く二発目に至ってはまるでその弾道が見えているかのように自然に身を翻してかわし、後続の三発目も苦もなく叩き落とした。もちろんそれで終わりではなく、外れた二発目は軌道修正されてもう一度彼女を襲う。しかしシロエは落ち着いた様子でそれを短剣で防いで見せた。一連の動作は目で追うには困難なスピードだったけれども、シロエが平然と立っているところを見ると結果は明らかである。彼女の能力は十分に機能していた。
「あれ?もう終わり?こんなんじゃ遊びにもならないよ」
しばら唖然として手を止めていたエルマーだったが、シロエの挑発するような声を聞くと火が着き、急に真剣な目付きになって魔法銃を構え直した。彼としても自分が作った魔法銃が欠陥品みたいな扱いをされるのは本意ではなかった。残りの二十七発に魔力を詰め直すと、製作者としての思いと共に改めて弾道にのせた。しかし、シロエはそんなエルマーを嘲笑うかのように次々と打ち落としていく。キンッ、という短剣と弾丸が接触する鋭い音が連続して響いていたが、たったの一つの弾も彼女の体幹を捉える気配はなかった。
全ての弾丸を処理し終えたのを確認すると、シロエは短剣をくるくる回しながら胸を張って勝利宣言した。
「どんなもんだい!これがシロの実力だよ」
それは誰の目から見ても明らかであり、彼女の言葉が決して誇張などではないことを示していた。
「すっごいな、シロ。いつの間にそんなに成長したんだ?」
「シロは天才ですから、このくらいのことは楽勝なのですよ、えっへん!」
「調子に乗るな。今回はエル兄さんが手加減してくれたんだ」
「えーっ、ひどいよクロくん。シロだってたくさん頑張ったんだよ。少しくらい誉めても良いじゃん、ばか」
シロエは急にふてくされてクロノに対して暴言を吐いた。
彼女の意見も当然のもので、エルマーは手加減などしていないことはクロノにもわかっていた。ただ素直に誉めるのは癪に触ったというだけなのだ。同じ特殊能力を持つもの同士、負けたくないと思う一面がクロノにもあったのだ。つまり彼のその言葉はただの見栄なのであって、シロエの実力は内心認めてはいた。
「まあまあ、二人とも。言い合いはそれくらいにしておいて、急いで帰る準備をしなくちゃ」
いがみ合う二人の間を取り持つようにエルマーはそれぞれの頭の上に手のひらをのせて決着とした。そもそも今回の実験は魔法銃がちゃんと作動するかどうか確認するためのものであって、三十発の弾丸を使い切る予定ではなかった。しかし、結果的に弾丸がなくなるまで勝負に熱中してしまい、回収時間なども考えるとのんびりしている時間はそんなになかった。
「そうだね兄さん。早く帰って改良しなくちゃ。今度はシロに負けないように」
「ふん、シロはいつでも受けてたつ準備はできてるよ」
クロノとシロエの二人は互いに捨て台詞を吐き終えると、辺りに散らばった弾丸の破片を回収する作業に移った。その間は一言も言葉を交わすことはなく、帰り道でも彼らは互いは競争するように足早に家路を競い合って互いに譲れない意地を見せ合っていたのだった。
◇
家に戻るとちょっと不思議な光景を見ることとなった。
その人は見覚えのある金色の髪を携えており、側には幼い少女が一人控えていた。彼女たちは店のお客としてベルティアナにもてなしを受けていたが、エルマーたちの帰宅に気づくと何だかばつが悪そうな表情を浮かべた。
「久しぶりだな、テトラ、リステリア。もう大丈夫なのか?」
その問いかけに最初に反応を示したのはリステリアだったが、彼女は肯定も否定もすることなく、ただ首を少し傾けただけですぐにテトラの方へと視線を送った。その視線に気づいたからか、テトラは苦笑いともはにかみともつかない微妙な表情を浮かべてその重い口を開いた。
「いやー、大丈夫じゃないデス。やっぱり無理デスよ。私にはちょっと現実が重すぎて先週からずっと気持ちが沈んでいたデスよ。それは今でも変わらないデスけど、このままずっと引き摺るのも自分の性格に似合わないと思って、久しぶりに外に出掛けてみたら、いつの間にかこの場所に足が向いていたデス」
テトラの顔はよく見ると、随分とやつれているように見えた。それだけ彼女が真剣に真実と向き合っていたということになろうが、やはりエルマーは心配だった。
「ここが、安らぎの場所になるのならいつでも来てくれて構わないさ」
「心配してくれて、ありがとデス」
テトラは表情を見せないように顔を少し伏せながらそう言ったが、その表情はきっと今までみたいな暗いものではないことはその声色から何となく感じ取れた。
「それと……」
そして何か言いづらいことでもあるのか、テトラの続けた言葉は急にしおらしくなり、もじもじと指先いじりを始めたかと思うと、声のトーンを落として言った。
「随分とおこがましいことなのはわかってるんデスが、どうしても忘れられなくて……その……前に食べた妹さんの料理の味が……」
それを聞いてベルティアナはなるほどという表情を浮かべて笑った。
「それはそうだよ。だって私の料理はお母さんの直伝だもん。だからテトラちゃんの舌に馴染むのも納得のいく話だよ、親子なんだから」
テトラはそれを指摘されると顔を赤くしてリステリアの傍に寄っていった。勝手に足が向いた、と彼女は先程言っていたが、本当のところはこういう目的があってわざわざ足を運んだのだ。お母さんの料理の味をもう一度味わいたい、それは母を亡くした娘の切なる願いだった。
「よし、じゃあちょっと早いけどみんなでご飯にしよ。せっかくテトラちゃんもいることだから今日はお母さんがよく作ってくれた料理を作ってみるね」
それを聞くと、テトラの顔は今まで以上に明るくなり、それを見たリステリアは驚きを隠せないのか、すごく不思議そうな顔をしていた。それはきっと彼女の顔がここ最近の中で飛びっきりの笑顔だったからだったからにちがいない。ベルティアナはエプロン姿に身を包み厨房に向かうと、袖をたくしあげて料理に取りかかった。
およそ一時間と三十分後。
食卓の上には昼御飯とは思えない程の料理が並べられていた。クロノやシロエの手伝いもあり、(途中、なぜかエルマーが買い出しに行く場面もあり)、どれもベルティアナの腕を十全に奮った料理の数々だった。
「多分、美味しくできたと思うよ。温かいうちに召し上がれ~」
香ばしい匂いに誘われて、誰かのぐぅー、という腹の虫が鳴く音が響いた。互いが互いの顔を見合わせて犯人探しをしたが、その答えはすぐにわかった。
「テトラさん、食いしん坊ですね」
「しょうがないじゃないデスか!こんなに美味しそうな料理ぃ……」
テトラは悪びれる様子もなく開き直るとごくりと生唾を飲む音を響かせた。しかしそれテトラに限ったことではなく、その場にいた誰もが我慢できないほどお腹を空かせているのは事実だった。
「さあ、席に座って食べましょ」
ベルティアナが指示を出すと一同は料理を囲むように席を確保して食事の準備を始めた。そして、タイミングを見計らうようにキョロキョロとし始めたテトラに向かって、エルマーはアルテット家のあるルールを教えた。
「テトラ、リステリア。俺たちの家では食事の前には感謝の気持ちを込めてある言葉を言う決まりになっている。お前にもそれを今から教えるから、この言葉を覚えている限りはタダで飯を食わせてやる」
一瞬、怪訝そうな顔をしながらもテトラはゆっくりと頷いた。続いてエルマーが母親から教わったその言葉を二人に伝えると、リステリアはすぐに暗唱できたが、テトラはその語感の言いづらさにぶつぶつと文句を垂れており、彼が粘り強く繰り返させて頭に叩き込む必要があった。
「よし、準備はできたかな?」
エルマーが確認のために声をかけるが、言葉を忘れないようにと必死に復唱するテトラの耳には届いていないらしく、返事はなかった。それでもお腹を空かせた妹たちをこれ以上待たせるわけにもいかず、エルマーは半ば強引に掛け声をかけた。
「それでは、皆さんご一緒に、せーの」
「チアーズ!」
一人、掛け声が怪しい人がいたが今回は追求しないことにした。というか完璧に言えなかったことを悔やんでのことか本人が泣きそうな顔をしていたので見てみない振りをするのが優しさだと考えざるを得なかった。言葉をかける代わりに料理を取り分けてやると、テトラは泣きそうな顔を見られた恥ずかしさと料理の給仕に対する感謝の気持ちが相まって複雑な表情を浮かべていた。エルマーが大丈夫だよと言う意味を込めてにっこりと笑うと彼女は素直に料理を受け取ってそれを口へと運んだ。
「おいしいデス……」
テトラは料理を口に運んではそう何度も繰り返した。その時の彼女が泣いていたのは悲しいとか嬉しいとかそういう感情が湧いたからではなく、もっと別の理由からなのかもしれない。彼女は頬に溢れた涙を拭うとお皿をおいて呟いた。
「何でデスかね……前に食べたときとは全く違う味がする気がするデス。お母さんの料理は一度も食べた記憶がないのに懐かしい味がするデスよ。これが母親の味というものならもっと早くに知りたかった。こんなに温かくて元気が湧いてくるような料理になるなんて本当に不思議デス」
料理と言うものが人を変えることは多々あるが、今の彼女ほどその表現が似合うものはなかった。テトラが実の母親に会える可能性は残念ながら無いといえるが、彼女の残した味はベルティアナへと受け継がれ、確実に現在まで生き残っていたのだ。そして母親の影響力というのはどんな人の言葉よりも強い力を持っている、そんな当たり前の事実は古今東西同じなようで、テトラの表情からは次第に曇りは消えていった。
エルマーが大丈夫か、と聞くと彼女は首を大きく振って答えた。
「お母さんが死んじゃったことはやっぱり悲しいデス。今でもそう思うデスよ。でもそれでいいんデスよね。悲しい思い出を乗り越えて強く生きなくちゃいけない、なんて誰かが勝手に言ったことデスよ。だって乗り越えられるわけないじゃないデスか。悲しい思い出も、楽しい思い出も全部含めて私の思い出デス。全部合わせて本物なんデス。私はそれを全部受け止めなくちゃいけないと思うデスよ。それを無理に解決しようとするから余計に苦しい思いをすることになる。そういうのは時間が解決してくれるまで待つしかない。やっぱり人は悲しいことは悲しいと素直に言えるのが一番デスよ。なにも恥じることはなかったデス。悲しいのに悲しんでない振りをする必要なんてない、ってこの料理を通じてお母さんが言っている気がするデス」
彼女の言葉が示したもの、それはテトラ自身は決して強くなったわけではなく、今の状態はただの現状維持に過ぎないが、この状態を受け入れて向き合う決心をしたと、というものだった。しかし、そんな考え方ができることこそが一種の彼女自身の強さであることは、おそらくその場にいた誰もが感じていたことだった。
「ああもう、そんなしんみりしないで下さいよ!私はこれからもテトラであり続けることに変わりはないデスし、この自分のステータスを誰かに譲る気はありません!私は最強無敵のガンスリンガーなんデス」
テトラはそう言って右手でブイ字を作ってみせた。そんな彼女の健気さが結果的にエルマー達にも元気を与えることとなり、食卓は再び以前のような活気を取り戻し始めた。
「最強無敵って、お前俺たちに負けたじゃん」
「う、うるさいデスね。細かいことは気にしないようにしてるデス……」
テトラはたじろいだ様子でしゅんとなると、景気づけに皿に乗っていた料理を一口だけ口に運んだ。しかし、何気なく口に運んだその料理が予想外においしかったのか、急に目を輝かせると声を荒げた。
「こっちの料理もうまうまデス。ほら、リステリアも食べてみるデスよ、あーん」
テトラはリステリアの口元に料理を運ぶ。彼女にとっては自然な行動何かも知れないが、リステリアは人前でそのような行為をされるのには恥ずかしさが残っているようで、終始複雑そうな表情をしながらも、最終的には彼女の行為に甘えてそれを口に含んだ。
「どうデスか?おいしいデスか?」
「うん、おいしい」
リステリアは簡潔に感想を口にすると、テトラは自分の作った料理でもないのに満面の笑みで喜んだ。その笑顔には先程までの落ち込んでいたテトラの様子は欠片も感じ取れなかった。
それから、テトラは今までの遅れを取り戻すかのようにもりもりと食べ始め、一時間もしないうちにあれだけ大量にあった料理は跡形もなくなることとなった。食事を終えると、今度はベルティアナの掛け声のもと各々分担作業で後片付けまで綺麗に終え、アルテット家はすっかりいつもの雰囲気を取り戻した。
「ではでは、私達はこれでおサラバするデスよ」
「いろいろご迷惑をお掛けしました。今後ともよろしくお願いします」
二人はエルマー達に丁寧に頭を下げると、彼らが見送るより前に風のように去って行った。ベルティアナはそんな二人の後ろ姿を見送りながら何だか落ち着かない様子でエルマーを見ていた。
「何だか不思議だよね。彼女がお母さんの残した一人娘だっていうことも含めて最近いろいろあり過ぎたもん」
「でも嫌いじゃないな、こういう慌ただしい日常も」
「そうだね。……あ、そうだ。忘れてた」
ベルティアナは兄の意見に同意すると、何かを思い出したように店の奥へと引っ込んであるものを手にした。
「これ、エルにぃがいない間に届いてたよ。何か大事なもの?」
それは黒い封書だった。送り主を見てみるとそこには【王立研究所】の文字が見えた。それは装束設計士であるエルマーに送られた、定例会に関する知らせだった。




