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3-1 Stray Sheep

日常を脅かす非日常というのは常に思わぬところから転がりこんでくるものである。

たとえば、ただのお客さんだと思っていた町娘がいきなり銃を乱射してきたり、綺麗な金髪を携えているように見えたその髪はただの飾り物だったり、そんな色々な問題を抱える少女が、自分たちの育ての親の実の娘であると告白してきたり、という具合に。特に一番最後の案件はにわかには信じがたかったのだが、どうやら本当らしいというのが、彼女の胸に収められたペンダントの写真からわかった。

「つまりこういうことか?俺たちを育ててくれた人は、実は俺たちに会うまでは王都で科学者をやっていて、子供もいたけれど、なぜだかある時に全てを捨てて偽名でアルトアリスで暮らしていた、と」

「それだけじゃないです。その上、自分がかつて住んでいた家には別に人が暮らし、その子供は物置に閉じ込められていた」

二人は先程まで身を削るような激しい戦闘を繰り広げていたにも拘らず、母親という共通項を見出してすっかり意気投合していた。それも当然と言えば当然のことで、テトラ自身はかつての母親と過ごした思い出の家であるこの場所を取り戻すためにエルマーを敵対視していたのであり、彼らの正体を知っていれば争う理由もなかったのである。

二人の会話は次第に、彼女自身についての過去の話へと移って行った。

「実を言うと、私、お母さんの記憶があまりないんです。物心つく前から既に伯父の家に預けられていて、科学者だったお母さんの話もあとから人づてに聞いたものばかりなんです。だからこそお母さんとの繋がりを求めたのかもしれません。例え私の前からいなくなったとしても、どこかで生きている限りまた会える可能性はゼロではありませんから。そのときに語り合える話題が欲しかったんです」

そう話すテトラの表情は何かを恐れているようにも見えた。そして、彼女の抱えているものの正体に関してエルマーには何となく察しがついていた。おそらく、テトラの母親に会いたいという思いは人一倍強いものだろう。しかし、彼女のその思いを成就させてやることは今のエルマーにはできないことだった。

「ああ、ごめん、テトラ……実はその……」

エルマーは言葉を濁しながらも、どう言葉にしようか迷っていた。しかし、そんなエルマーの表情を見たテトラは遮るように言葉を挟んだ。

「そんな暗い顔しないで下さいよ。確かに私の過去の話は暗いものだったかもしれませんが、もう慣れてますから。それよりもっとお母さんの話を聞かせて下さい。お母さんって皆さんにとってはどんな人だったんですか?」

彼女の言葉は少々強引だったかもしれない。けれどもエルマーもその話題に乗っかればどんなに楽かもしれない、そんな思いがあった。それほどまでにテトラに真実を伝えるという作業は苦労を伴うものだった。

「そうだな、母さんは一言で言い表すなら明るい人だったかな。とにかく俺たちが不自由なく暮らせるように、一生懸命、それは俺たちが心配になるくらい頑張ってたよ。そんなお母さんだったからこそ、俺たちはここまで生きてこれたんだ」

自分の知らない母親の話は彼女にとって新鮮だったようで、テトラは物珍しそうな表情でエルマーの話に耳を傾けていた。エルマー自身も次第に昔の話を鮮明に思い出せるようになり、テトラの顔を見ながらこんな話も口にした。

「そうだ、昔こんなこともあったな。俺が友達と近くの森まで遊びに行ったときの話なんだけど、普段から遊びに使ってた場所だから特に危険な場所だって言う認識もなかったんだけど、ちょうどその頃、見慣れない昆虫がそこにでっかい巣を作っててよ。あのときは焦ったよ。敵だと勘違いした昆虫が一斉に襲い掛かってきちゃって、もう全速力で逃げたよ。でも子供の足で逃げられるわけなくて、森を抜ける頃には何十箇所も刺されてた。当然、親にも心配されて、こっぴどく怒られちゃってさ。そのときの母さんの怒ってるのか泣いてるのかよくわからない顔を見て『変な顔になってるよ』って口にしたら、母さんが『大事なものを守れるなら変だと言われても全然構わない。それよりも自分の気持ちに嘘をつく方がずっと痛みを伴うんだ』って言ったんだ。その時は大げさだと思ったけど、今思えばそれだけ俺たちのことを大事にしてくれてたんだなって感じるよ」

エルマーの話を聞くテトラの表情は、次第に落ち着きを見せるようになった。

「良いお母さんだったんですね。私も会いたくなりましたよ」

しかし、それは不可能なことだった。その大事な事実を彼女は知らない。いや、多分必死に知らない振りをしているのだ。その方が幾分か楽だから必死に自分を騙そうとしているのだ。その証拠にテトラは先程から目を伏せてエルマーと目線を決して合わせようとはしなかった。

「お母さん、今はどこに居るんですかね?この家にはいないようなので、まだアルトアリスにいるんですかね?でもあそこは大蝗害でなくなっちゃったから、今は別の場所に引っ越しちゃったかもしれませんね。ねえ、エルマーさん何か言って下さいよ」

決して認めたくない自分と、どうしても認めざるを得ない状況の間で彼女は必死に揺れ動いていた。そんな迷いを打ち消すように、彼女は一際大きな声で誰に伝えるでもなく叫んだ。

「私、お母さんをずっと探しまわってここまで来たんです。その努力が少しくらい報われてもいいとは思いませんか?こんなのってないですよ……もう死んじゃって二度と会えないなんて……」

ようやく口にしたことで目の前の現実を実感したのか、テトラは今まで以上の大声をあげて泣き崩れた。そんな彼女の顔は見るのはエルマーにとっても堪え難いものであり、実は生きているんだ、という言葉が言えればどれほど彼女に救いを与えることができるのだろうか、このときほど実感したことはなかった。

しばらく顔を埋めて泣き喚いていたテトラだがその声は次第にすすり泣き程度の声になり、拳をきつく握りしめたかと思うと、ゆっくりと顔をあげてその表情を見せた。次にかける言葉に迷っていたエルマーに見せた彼女の表情は、どこか笑みを含んでいた。

「えっと、お見苦しいとこをお見せしました。私はもう平気です。平気ですから」

気丈に振る舞っているように見えて、実は内心で無理しているのだろうということは、誰の目から見ても明らかだった。そんな彼女に対して、泣いてもいいんだよという言葉をかけることは簡単なことだったが、果たしてそれが今の状況で彼女を救う方法であるのかは、この場にいた誰にもわからなかった。テトラはそんな彼らを見渡してすっと立ち上がると、頬を赤らめた様子で恥ずかしそうに言った。

「すみません。話は変わるんですけど、トイレってどこにあるんですかね?」

「トイレ?それなら階段の奥の廊下を進んだところに……」

エルマーがそう説明を始めると、彼の話は最後まで聞かずに指差した方向へと一目散に走って行った。そのときの彼女の真意は、どこか一人になれる場所を見つけることだったのだとエルマーはそのときやっと気づいた。やはり彼女の受けたショックはそう簡単には立ち直れるものではなかったらしい。

そして、テトラがトイレに姿を消したタイミングを見計らっていたかように、今度はある少女が口を動かした。

「ありゃりゃ、これはしばらく帰ってきませんよ。大変ですね」

「リステリア?お前いつから目を覚ましてたんだ?」

「エルマーさんが昔話を始めた辺りからですかね。まあ、状況を理解するのに少々時間がかかりましたが」

リステリアはゆっくりと上半身を起こすと、エルマーの方に向き直って溜め息をついた。

「私はテトラさんの側に仕えながら随分と長いこと母親探しの手伝いをして来ましたが、まさかこんな形で真実を知らされるとは想像もしませんでしたよ」

リステリアはまるで他人事のように口にした。彼女もずっとテトラの側にいたのだし、テトラの母親に対する思いは彼女ほどではないにしても強いはずだ。その上、自分の命の恩人という彼女の言葉が本当ならなおさらである。

「お前はそんなに驚かないんだな」

エルマーは尋ねた。

「驚いてますとも。まあでも、私はこう見えて結構長いことこの世界で生きてるので、ちょっとやそっとのことではあまり気持ちを乱さないというだけです。でも残念ながらテトラさんは違います。彼女はまだ十四才の少女なんです。彼女は本当に子供なんです。だから気を付けてあげて下さい」

リステリアは誰よりもテトラの身を案じていた。彼女はエルマーの顔を横目でちらりと見やると、再び付け加える。

「どうしたんです?意外そうな顔ですね。あんなに好戦的な人だから精神的にも強い、そう思っていたのなら、それは勘違いです。あのくらいの娘は自分を大きく見せるのが得意なんですよ。だからトイレに籠って泣いているのも彼女なりの意地なんですよ、きっと。もしかしたらあなたにも経験があるんじゃないんですか?あなたは母親の前では決して弱い自分を見せない、そんなタイプに見えますから」

彼女に尋ねられエルマーは過去の自分を振り返った。確かに自分は彼女のいう通りの子供だったかもしれない。八人兄妹という家庭でエルマーは年長者という立場にいた。そんな状況で母親に認められるというのは、彼にとってはとても意味のあることだったのだ。だから母親の前では必要以上に自分を格好よく見せていたと言われてしまうのは否めない。そんな彼の表情を見てか、リステリアはエルマーにその顔を近づけてうんざりした様子で告げた。

「まあ私にとってはあなたの過去の話はどうでもいいんですけどね。私にとって大事なのはテトラさんと、テトラさんが大事にしている母親との思い出です。その点で言えば今日はかなり良い成果を得られたと言えます。でも、テトラさんがああなってしまってはできる話もできませんから、とにかくテトラさんがトイレから出てき次第、今日のところは私が家に連れて帰ります。一晩経てば気持ちの整理もつくでしょう」

リステリアはそのまましばらくエルマーの顔をじっと見つめていたが、急に視線を下に向けると彼の手中に納められていたあるものを指差した。

「だから、それを返してもらえませんか?大事なものなんです」

それはテトラの髪飾りだった。髪につけて髪型や髪色を変えるアクセサリー、それをリステリアは大事なものだから返してほしいと言った。もともとこれは彼女自身の所有物であって返さない理由はなかったが、それが彼女にとってどういう意味を持つのか、エルマーは理解していなかった。

「もちろん返すよ。大事なもの……なんだろ?」

「世界にひとつだけの髪飾りです。テトラさんがお兄さんから昔もらった贈り物で、外に出掛けるときは必ず身に付けています。おそらく、オシャレという意味以上に、異なる自分を演じるアイテムとしてテトラさんは手放せなくなっているんだと思います。それがあるだけで彼女は幾分か元気になりますから」

テトラのその気持ちはわからなくもない気がした。自分が、というわけではないがエルマーはそういう人を一人知っていた。

しばらくすると、テトラが目を赤く腫らした状態でトイレから出てきたのを見たが、誰も彼女が泣き腫らしていたのだろうということには触れなかった。テトラはリステリアの姿を見つけると、両手で顔を拭う動作をしきりに繰り返しながら彼女の側に駆け寄った。

「リステリア、もう起きてたんですね」

「テトラさん、トイレ長いですよ」

「てへ、ごめんなさいです」

「事情は待ってる間に聞きました。今日はもう帰りましょう」

「うん、そうする」

リステリアはまるで母親のように彼女の頭を優しく数回撫でると、手に持った髪飾りを彼女の髪に織り込んだ。途端にテトラの髪は眩しいくらいの金色へと変化する。やはりこちらの髪色の方がテトラには似合ってる気がした。

最後にリステリアは軽く会釈をすると、魔法銃一式の入ったケースを軽々と持ち上げてテトラと共に店を後にした。

「いつでも来ていいからな。歓迎する」

「気が向いたらまた来るデスよ」

そう言って最後にテトラはにっこりと笑った。店を去っていく二人のその後ろ姿は、遠くから見ると仲の良い姉妹のように見えたのだった。


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