シアとα
重力の空間から逃れ、狭い路地裏に仲間達と共に次々と落ちていく。ファイとティアは何か話し込んでいるらしく、ダークマターを持つリアはそれを待ってあげるらしい。既にaの体は限界間近になっており、時間は僅かしか残されていない。
後1人…“私”の最愛の彼女との、最期の時間をどうか許して。
最早他の、別れを告げた仲間たちを振り返ることもせず、aはアワーホームの扉を開いた。
しかし無闇に急ぐわけではない。焦りは伝染する。そんなエンディングは…嫌だった。
靴をメニューウィンドウにしまい、居間への扉を開けた。
夕日が沈んだ今の時刻は、丁度子供達の別れの時だ。少女ーーシアは、ソファのに座るフィアの隣で本を読んでいた。集中しているのか、扉の開く音には気づかなかったらしい。
ーーああ、帰ってきた。そして、辿り着いたんだ…。私の終点へ。
一歩、歩みを進めたその音で、シアが顔を上げた。
シア「あっ、aさん。おかえりなさい。…その体は?」
顔を上げて嬉しそうに本を置いたが、すぐに異変に気付き、心配そうに駆け寄ってくれる。
a「力を使い過ぎまして…。ティアさんと、足りなかった自分の心も見つけてきました。私が完全に消えてしまう前に…私はフィアに戻ります」
そんな急に…、開こうとした口をaが人差し指で止める。
a「ごめんなさい、慌ただしくて…。でも…還るだけですから」
吹っ切れたように…とも違う。ただ、最期にしては少し物足りない、別れが惜しいと表情が訴えていた。
元に戻るのが怖い、その恐怖感はもう、彼女が拭い去ってくれた。だから…彼女達はただ、もどかしく感じていたのだ。やりたいことはあるのに、やる時間が無い、その事実に。
シア「貴方が…aさんが、フィアさんに戻ったら、たくさん、色々なこと、しましょう。ずっと離れていた分、いっぱい…」
それでもせめて、想いは伝えたい。赤く染まった頬を隠さずにそう言ってくれた。
a「…そう、ですね。戻るのが楽しみになってきました」
時間が無いことを惜しんでいては、それこそ時間の無駄だ。笑みを浮かべ提案を飲む返事をすると、シアもまた嬉しそうに笑顔を見せてくれる。頬を押さえてもじもじと、しかし赤くなっていることを思い出して隠すが、今更もう遅い。いつものように頭を撫でると、動きを止めて瞳を閉じ、暫しそれを味わっていた。
シア「といっても…aさん、として話すのは最後になってしまうんですよね?だったら…」
瞼を開く。瞳から見えるのは、期待と、少しの寂しさ。
シア「最後に…もう一回だけ、いいですか?」
頭に置いていた手をそのまま頬の少し下へずらし、左手も同じく添える。
そして…2人は唇を重ねた。
時よ止まれ、そう言った詩人が何時か居た。今この瞬間こそが、これ以上の時はもう訪れないであろう至高の時間。どうかこの時が永遠に続いてくれ、と。
実際は数秒、しかし願いが少しは通じたのか、数分はそうしていたような気がした。
唇をそっと離す。そしてaは両腕を広げて、そこへ間も無くシアが胸の中へ走り飛び込んできた。
胸元に顔をグリグリと押し付けるシア、
胸元に収まった彼女を、誰に対してしたものよりも強く、きつく、深く、愛を込めて抱き締め、そしてもう一度、本当に本当の最期に、と一瞬だけの、キスをした。
…その時は来た。いや…とっくのとうに来ていたというのに、欲張ってしまった。
体の感覚が薄い。最早自分はここを漂う空気なのではないかという奇妙な感覚に襲われ始める。
シアを解放し、自分と向き合う。空気を読んでいつの間にやら居間から姿を消した仲間達、そろそろファイも…と思っていたところで丁度、ファイが扉をすり抜け居間へと姿を見せた。
シア「この人が…フィアさんの心の足りなかった分…」
ファイと視線がぶつかり合う。彼の相変わらずの光った赤い眼は…しかし先程までとは違い…なんというか、そう…、光、で満ちていた。
ファイの身体もまたかなり薄まってきており、ファイはちらりとシアへ視線を動かすと、彼女の前を通り抜けざまに頭にポンと手を置き、そしてそのまま流れるようにフィアの前へと。
フィアの身体を査定するように見つめ、ファイは終に、眠るように瞳を閉じた。
少しずつ、ファイの身体が粒子のように溶けていく。そしてそれらはフィアの身体へと吸い込まれていき…ファイは最期に一度aを振り返ると、そのまま消え去った。
a「……。」
そしてaも…続くように一歩、前に出た。
シア「待ってください」
aの袖を掴んだシアの手が、彼女を引き止めた。aはシアを振り向くと、優しく頭を撫でる。
シア「少し…屈んでくれますか?」
?を浮かべつつ、撫でていた手を離し、シアに言われるがまま、立て膝を立てる。そしてシアを見上げようと顔を上げた瞬間…視界が、顔が、何かに包まれた。
aの頭を、シアが腕を回して締め付けるように抱きしめていた。シアの少女らしい、それでいて我が家のような落ち着く、暖かい香りがaを包み込んだ。
a「〜〜っ!」
シアの腰にaも腕を回し返す。
足りない。もっと…もっと、感じさせて欲しい。
シア「ぁ、あの…ちょっと、くすぐったいのですが…」
息が吹きかかっているのか、はたまたなにかに顔が当たっているのか、シアはそう少したじろいだ。
a「気持ち…いいです。とっても」
シアは少し悶えていたが、次第に慣れたらしく、頬を紅潮させながらも、aの頭を優しく撫でる。
シア「私は…貴方が好きです。私はもう…貴方がどんな、例え悪魔になったとしても、好きであり続けます。だから…私を、世界を…怖がらないで」
諭すように、愛を囁くようにそう、撫でる手を止めず、きつく抱きしめたまま、本当の心を伝えた。
もう彼等は…シアを疑いはしない。
a「ありがとう…ございます」
彼が…彼女がずっとしていたことは、或いは彼らがして欲しかったことだった。してあげたいし、してもほしい。だが、ねだるなんてこともしたくない。だから彼等はただ…待っていた。そして彼等の心…三分された不完全な心は、愛によって満たされた。
満ちたと共に…彼女の身体も、粒子のように溶けていく。
シア「…頑張りましたね。ゆっくり…休んでください」
a「っ…はい……はいっ」
彼女の目には涙が溜まり、声は震えだしていた。もしかしたら、ずっと、今まで頑張ってきたのは…今この時のためだったんじゃないか、そうとまで思い始めるほど…彼等は愛に、飢えていた。
aは左手を彼女の腰に回したまま、右手をなんとかシアの頭へと移し…お互いに撫で合うという奇妙な構図が出来上がった。
a「…最高の時間を、ありがとうございました。…私は、貴方を…愛しています。どうか、忘れないで…シアさん」
最期の言葉を残し、シアの胸の中で彼女の身体は光の粒子と化し、自分の身体へと還って行く。
しかし…還っていく彼女の光達のうちの一つ、球体状になった光が、シアの周りを名残惜しそうに舞う。シアはその光に手を伸ばすと、それはそっと、彼女の手の上に舞い降りた。
彼女はそれを胸元に抱くと、その光の暖かさに、眠るように瞳を閉じた。




