心を言葉へ
メア「…来たわね」
a「はい」
メア「あの男にもやらせるぐらいだから、私もやらなきゃいけないんでしょう?」
a「いえ、嫌なら別にいいんですけど…」
aの返事に一瞬えっ、と目を見開き、そして少し何かを考えた後急に頬を赤らめたかと思うと、顔をaから背けてしまった。
a「……ほら」
腕を広げ、来るように促す。
それを横目で見ると、メアはふわふわと、まるでのんびり漂う雲のような速度で、少しずつ寄って来た。
a「やっと来ましたね…!」
メア「えっ?んなぁっ!」
メアが手の届く距離まで辿り着いた途端に彼女の腕を引き、自分の胸元へと引き寄せる。そして、閉じ込めるように抱き締めると、メアはその小さい体をさらに緊張で縮こめた。完全に密着しているため、不意打ちで引かれたメアの細い腕は互いの身体の間に挟まれ身動きが取れず、手錠でもかけられているかのようになっていた。
a「助けに来ていただいて、ありがとうございました…。貴方が夢の中まで来てくれなければ、私は…」
メア「わ、解ったから!解ったからちょっと、ぁの…」
a「本当に…貴方には助けられてばかりです。そのくせ、私は貴方にはなにもして上げられていませんでした。…ごめんなさい」
真っ赤になったメアの顔を、aは見ることができない。僅かに見えた生前の記憶から、言葉を紡ぐ。
弱い、小さな声でのaの謝罪。未だ上気した赤い頬のまま、渡す言葉を見つけたメアはなんとか拘束されていた腕を解放した。
メア「…そ、そんなことないわよ。貴方は私を、赤の他人だった私を、心に受け入れてくれたんだから」
メアは少しずつ腕をaの背に回し、身体を密着させるという慣れないことに戸惑いながら、メアもaを腕の中に閉じ込めた。
メア「私が勝手に居座りだしても嫌な顔一切しないで、睡眠時間を邪魔しても怒らないで、話しかけてくれて…」
a「最初は、殺すと言われて驚いたのを覚えています」
メア「あれはその…最初は自我が全然出来てないデフォルトの状態だったから…。そもそも、私がこんな風になったのは貴方のせいなのよ!」
噛み付くような勢いでそうメアが言う。疲れたからなのか、それから溜息をつくと、吹っ切れたように目をまっすぐと見つめる。
メア「…貴方が、私に対して暗い感情を持っていなかったのを私は知ってるわ。だって、心の中に居たんだもの。貴方の中は悪くなかったわ。寧ろ…その、居心地よかったぐらいだし…」
言葉を紡いでいくにつれ、更に赤くなっていくメアの頬。ハッと気がついた彼女はぶんぶんと首を振り、落ち着きを取り戻そうと試みた。
メア「あーもう!だからつまり!ごめんとか言わないでってこと!私だって沢山助けられてるんだから!いいわね!?」
これ以上続けてたらおかしくなりそう。それに気付いたメアはそう告げると、背中に回していた腕を離し、aの腕から逃れるようともがきだす。
a「…ありがとうございます、いままで。…私、貴方が《私》の為に怒ってくれたあの時…すごく、すごく嬉しかったんですよ?」
喜びを、自分の思いを伝えるために、aはまた、一際強くメアを抱きしめた。
あの時…そう言われメアは一瞬考えたが、すぐに思い当たった。フィアが死んだ後、海達に言ったことについてだ。心は何処かへ行ってしまっていたと思っていたが、ファイの方を見て勘違いし、aの方は見逃していたらしい。
a「《私》のことで、貴方があんな風に心を動かしてくれるなんて、思ってもいませんでしたから」
メア「う、うるさいわね…!それもこれも全部貴方が…」
a「これからも…私達と居てくれますか?」
メアの言葉を遮って、aがそう問いを投げかけた。aを見上げたメアは、その瞳に僅かな不安の色があるのに気付いた。
何をそんなに不安がっているのか。それは或いは、今だからなのかもしれない。他人の心を怖がった彼はせめて、勘違いじゃない、その通りだと、確かに言葉にして欲しかった。
メア「…ええ。貴方が元に戻ったら、また貴方の中に帰ってあげるわよ。まだ貴方の心の謎も解けてないしね。出て行けって言われても、出て行ってなんかあげないんだから」
メアの答えに、ギュウギュウと体を締め付けていく。彼女なりの意思表示だろう、頰ずりまで始め出していた。
メア「ぃ、いい加減離しなさい!」
メアはそれに火が出そうなまでに耳まで紅潮させながらそう叫ぶと、自身の体を透過させすり抜けてしまった。
そして彼女の手の届かない範囲まで離れると、恨めしそうに真っ赤な顔で睨んだ。
a「…それが出来るなら最初からやればよかったのに」
メア「ううううっさいわね!」
a「それにあの時の、それ以上のこと、もしてくれるかと思っていたのですが…」
メア「あ、貴方!なんでそんな記憶は覚えているのよ!!」
a「大事なことですから」
メア「〜〜〜!」
終にはメアは重力変化の効果が届くギリギリまで逃げ、aに背を向けてしまった。
これ以上ないくらい、彼女と気持ちを向かい合わせた時間の余韻を楽しみつつ、aもまた背を向けた。
いけないいけない、と自身の気分が高揚しているのを感じ、aは一度胸に手を置き呼吸を落ち着かせた後、この場で最後の1人の元へと向かった。




