海の養い子(4)
船上を囲む形に焚かれたかがり火が、パチパチと音を立てる。
月明かりをかき消すように、火の粉が勢いよく夜空へ舞い上がった。
幾重にも重なり合った男たちの笑い声も、火の勢いに負けじと空へ登っていく。
豊漁の宴が開かれていた。
男たちはいくつかの車座に別れ、中央には獲れたての魚や日持ちするように加工された干し肉、近くの港で買い入れた貴重な果物、それと酒が並べられていた。
波は穏やかで、空には雲ひとつ浮かんでいない。
男たちは大いに酒に酔い、普段は規律に厳しい船長も、この日ばかりは目をつぶっていた。
1日で数週間分の漁に成功し、自分たちの港に帰る目処が立ったのだから無理もない。
俺は船首付近の車座に船長と並んで腰を下ろし、目の前に並べられたひときわ豪華な食事に手を伸ばしていた。
身のしまった捕れたての魚はほのかに甘みがあり、さっと塩水で洗って食べるのが、一番の贅沢だった。
船長が俺の杯に酒を注ぎ、俺はそれを飲み干すと同じようにして船長の杯に酒を注いだ。
どんなに酔っていていても、他の男たちが、軽はずみに酒を注ぎに来るようなことはない。
宴は夜が更けても続き、顔を赤らめた男たちの間を一人の少年が忙しなく動き回っていた。
新たに切り分けた料理や酒瓶を手に持ち、空になった皿を交換したり、酒を注いだりしている。
彼は船の見習いとして乗船しており、主に雑用全般を担当しながら船乗りのイロハを覚えていく。
そして、数年するとようやく船乗りとして認められ、下っ端として漁に参加できるようになる。
それまでは、あくまで見習いなので、宴の席に並んで座ることは許されない。
唯一俺より年齢の若い乗組員は、自分には望めない弟を見るような不思議な感情を抱かせた。
時には船底に隠れて二人でたわいもない話をすることもあった。
宴の夜も皆が寝静まった頃合を見計らい、食事の残りを持って船底に降りていった。
見習いの少年ライは、ようやく宴の片付けを済ませ、食事をとっているところだった。
皿には料理に使った残りの、身が付いているかどうか疑わしいような魚の骨が乗っているだけだ。
俺は軽く微笑みながら、持ってきた皿を差し出した。
「そんなカスばかり食べてないで、こっちを食べろよ。今日は宴だ。お前だって働いたんだから罰は当たらないだろう」
ライは俺に気づくと軽く辺りを見回した。
「僕は無理いって船に乗せてもらっている見習いだから、船員の減らすことはできませんよ。本当は僕の分の水だって惜しいくらいです。でも、船守が食べろというんじゃ、お断りするのも失礼だし、頂くことにしようかな」
そう言うと、年相応の笑みを浮かべながら、片手で皿を受け取った。
ライの声には、他の船員にはない、親しみが込められていた。
俺はライの隣に腰を降ろし、持ってきた皿から一つ二つ口へ運ぶ。
「見習いは辛くないか」
そういった俺の顔を、ライは不思議そうに見上げた。
「そりゃ辛いですよ。でも、僕みたいな親なし子が海に出るには、これくらいの苦労は何てことないです。あと何年かすれば、ちゃんとした船乗りになれる。そうしたら、もう肩身の狭い思いもしなくていいんですから」
自分の不公平な身の上を理解し、納得した晴れやかな笑顔が眩しかった。
「でも、船守の従者にだったらなってもいいと思います。舟守は僕に優しいし、舟守とずっと一緒にいられるなら、そのほうが僕も嬉しい。船守だって・・・」
俺は手を上げてライの言葉を制した。
「ライ、気持ちは嬉しいよ。でもこれは軽はずみに決めていいことではないんだ」
「僕は」
口を開きかけたライを俺は再び制した。
「お前が真剣なのは分かってる、が今は何も言うな。これは俺の問題でもある。そんなに急かさないでくれ」
俺は何よりもライの可能性を殺し、得られたはずの未来を潰してしまうのが怖かった。




