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海の養い子  作者: jun
3/5

海の養い子(3)

太陽は相変わらず高く、海は相変わらず青い。

海岸沿いに並んだ釣り人たちは、よく釣れた者から順に釣り場を離れ、家路へとつき始めた。

人影がまばらになった海岸線に、少年と初老の男が並んで腰を下ろしている。

男は竿に釣り糸を巻きつけると脇へ置いた。

「君には将来へ対する希望とか夢とか、そういうものはないんだな」

男は海を向いたまま少年へ語りかける。

「うん、大人になったって、どうせ良いことなんてないもん」

少年も海を向いたまま答える。

「俺みたいにだったら、してやれないこともない」

波音にかき消されてしまいそうな、か細い声で男がつぶやいた。

「それが幸せだとは思えないが」

「おじさんみたいにって、海の守り子になるってこと。

僕も海の守り子になれるの」

言葉を続けた男に食いつくようにして、少年は声を張り上げた。

「似たようなものになら、してやれないことはない。が君の幸せがそこにあるとは、俺には思えない。

俺の人生はそこにしかないが、君の目の前にはもっと多くの人生が広がっている。

選んでしまったら、戻るのは難しい」

男は視線を少年の方へ向けた。

波の音がまた少し大きくなる。

「少し昔の話をしようか」

海は何処までも続き、水平線の先で空へと続いていた。



海の上にも雨は降る。

幾層にも折り重なった積乱雲が、海の上に暗い影を落としていた。

大粒の雨が海面を激しく叩く。

俺は船首近くに立ち、雨に打たれながら海の匂いを嗅いでいた。

「海守。こんな雨だし、中に入ったらどうですか」

年かさのいったベテランの船乗りが話しかけてきた。

俺とは孫ほども年が離れていたが、船の上での海守(海の養い子)の権力は絶対視され、船長ですら敬意を払う対象となっていた。

軽はずみな言動は罰則を課せられることもあり、誰もが一定の距離を持って接することになる。

「雨はもうすぐ上がるよ。それに、この雨の向こうには、魚の群れが見える。進路を少し東に向けて進むように、船長に伝えて」

海の色さえも見えない土砂降りの雨の中、空を覆う雲はどこまでも続き、青空の影も見えない。

それでも船乗りは海守の言葉に従うほかないことを知っていた。

黙って振り返ると、雨の中へと消えていった。


雨は相変わらず降り続いているが、船の上は徐々に慌ただしくなり始めていた。

上半身をはだけた男たちが、女性の腕ほどもありそうな太い縄で編まれた網を肩にかけ、あっちへこっちへ走り回る。

俺は男たちの動き回る気配を背中に感じながら、船首に立って波の先や海の中を覗いていた。

声を上げなくても、俺が指をさすと船は自然とそちらの方へ曲がっていった。

どんなに天候が悪くても、船乗りたちが指示を見逃すことはない。


空を一面に覆っていた厚い雲に亀裂が走る。

太陽の光はいくつもの筋となり、海面へと手を伸ばした。

雨と風の切れ間を船は走る。

しばらくすると船の周囲を囲むように海面が泡立ち始めた。

「魚だ」

誰かが叫んだ。

船がにわかに活気づく。

「帆をたため」「網だ」「邪魔だ、どけ」

各人が思い思いの声を上げ走り回る。

威勢のいい掛け声とともに、網が海へと投げ込まれた。

船員総出で網を引くが、思うように網は上がらず、船は大きく傾いた。

男たちは歯を食いしばり、グイッグイッと縄を引く。

ようやく上げきった網には溢れんばかりの魚がぎっしりと詰まり、船の上は見る間に魚で覆われていった。

男たちは休む間もなく、網を投げ、引き上げる。

俺はその様子を男たちの背中越しに眺めていた。


魚の群れが通り過ぎる頃には陽も傾き始め、さらに釣り上げた魚の処理が終わる頃には、辺りに夕闇が漂い始めていた。

誰もが手も上がらないほどに疲れ果てていたが、予想以上の獲物を仕留めた興奮から、船には笑顔が溢れていた。

俺は一歩引いた場所から、そうした船乗りたちを眺める。

嫌いな時間ではないが、自分が仲間ではないことを強く感じさせる瞬間でもあった。

俺は道しるべであり、守り神。

仲間や友と呼べる存在を望むことは許されなかった。

夜が十分に更けると、大漁を祝う宴が開かれた。


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