[天国]お役所仕事
「はあ……」
ぼろぼろの一軒家の窓際で、白い顎鬚を蓄えた老人が溜息をつく。
家の中に、他人の気配はなく、ただただ時が過ぎるのみと思われた。
「じゃーん! 天使ちゃん登場!
何かお悩みですかぁ? でしたら是非ご相談を!」
眩い光と共に人型の何かが降り立ち、眩しさに目が慣れる前に早口にまくしたてた。
「て、天使……?」
目を細めた老人が疑問符をつけながら呟くと、窓の外に浮かぶ人物はにこにこと微笑みながら肯定した。
「とりあえず、中へ入れて頂いてもよろしいですかぁ?」
間延びした声で問われた老人は身を引き、その隙間から天使は部屋の中へと降り立つ。
思わず、老人は天使をまじまじと眺めてしまう。
その天使は短いが透き通るような金髪と、髪と同じ色をした輪を頭の上に浮かべている。
外見は男とも女とも取れぬ子供で、何者も寄せ付けないかのように白い肌、背中から生えるふわふわとした羽根、埃の一つも寄せ付けない白い衣。
……見れば誰もが天使だと確信する、実にわかりやすい風体をしていた。
「そうか……天使さまが居るのか。
ならば、儂の望むものもあるのだろうな……」
遠い目をした老人に、天使が訊き返す。
「と、いうと?」
「……天国はあるのか、と考えておったんじゃ」
その答えを聞いて、天使は実に嬉しそうに、堰がきれたかのように語り始めた。
「結論から言えば、天使は実在します!
とは言っても、物質として、三次元空間の場所として存在するわけではありません!
現在地球上に住む訳70億人、その脳内の非使用メモリをちょこーっとお借りして、繋げて創り上げた、仮装空間なのです!
しかし、勿論容量限界は存在します……。
そこで、天国に居て良い人間も、地球人類の脳を利用して選別しているのです!
どうやって選別してるのかと言いますとぉー!?
じゃん! 記憶を読み取っているのです!
つまり、『地球上の誰かが覚えてくれている人物は、天国に存在し続ける』ということです!
だからぁ、歴史上の偉人なんか、まだまだ元気に暮らしてるんですよぉ?
そして! この合理的な天国システムの管理運営を一手に担うエリート集団!
それが我ら天使なのですぅ!」
えっへん! と言わんばかりの勢いで胸を張る天使。
しかし老人の顔には余裕はない。
「それならば家内は! 天国で暮らしているのですか!?」
自慢話を褒めてもらえなかったのが気に食わないのか、ちょっと機嫌を悪そうにして、天使は老人に応える。
「んーとぉ、ちょっと確認しますねぇ?
目を瞑って、奥さんのことを考えてくださぁい」
言われたとおりに目を閉じる老人。
熱を測るかのように、その額に手を当てる天使。
「んー、あ、確認できましたぁ!
大丈夫です、奥さんは天国で穏やかに暮らしていますよぉ!」
「良かった……! これで悔いなく逝けます……」
「ん?」
安堵の息を漏らす老人であったが、天使が言いにくそうに切り出す。
「えーとぉ、いま調べてちょっと気になったんですけどぉ……おじいさん、お子さんとかいますぅ?」
「……いえ、子供は、いません」
「ご親戚なんかは?」
「…それも、もう居ません。
儂の兄弟も、家内の兄弟も、先に逝っちまいまして」
「あぁ、だからですねぇ。奥さん、この地球上でおじいさんの記憶の中にしか居ません」
老人の顔に焦りが浮かび、目に見えて取り乱しはじめる。
「そ、それは! どういう、ことでしょうか……!?」
天使は、んー、と可愛らしく首を傾げる。
「おじいさんが亡くなったら、その瞬間におじいさんも、おじいさんの奥さんも、天国からその存在が消えまぁす」
特に同情するわけでもなく、天使は淡々と語る。
「で、では!! ……私が家内に会える日は、もう来ないのですか……?」
天使に縋り付く老人に対し、天使は少しの間悩む素ぶりを見せると、とびきりの笑顔を浮かべた。
「大丈夫ですよ! きっと来世で会えます!」
前回の後書きであんなことを書いた手前非常に申し訳ないのですがネタのストックが尽きてきました。
そろそろ、これまでの形式を崩して短編連作になるかもしれません。