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【物騙】ムカシバナシ

「ちょいちょい、そこのおにーさん。

ちょっくらじぃさんの昔話のモノガタリに付き合っちゃあくれないかの?」


中年にさしかかる辺りの青年は、仕事帰りの道端で、道路に座り込み、フードを目深にかぶった小汚い老人に話しかけられた。

何故疲れているのに浮浪者の話に付き合わなければならないのか。男はそう思って無言で通り過ぎようとした。

しかし、この頃代わり映えしない毎日に飽き飽きし始めており、変わった出来事に飢えてもいた。

「それは面白い話か?」

考える前にそう口に出すと、老人はフードから覗く口元ににやりと笑みを浮かべて答える。

「面白いかどうかは保証できないが……刺激的であることは保証できるのぅ」

「聞こう」

反射的に答えていた。家に帰っても誰が待っているわけでもなし、まあ構うまい。

老人は待ってましたと言わんばかりに、尻の下に敷いていたキャンプ用の椅子を開くと、男に差し出した。

「そんなに長くはならないけども、まあ掛けなされ。


……むかしむかし、ってほど昔じゃあない。ほんの数年前の出来事。

ある小さい国に、いささか才覚には欠けるがそれはそれは優しい、王様がいた。

その国は豊かでもなんでもなかったが、王様一家に代々言い伝えられる『国民を大事に』の言葉をもとに、医療や福祉を発展させてきた。

その技術を他国に売って、まあ貧しくはない、くらいの暮らしをしてきたわけじゃな」


男は聞きながらまず違和感を覚え、すぐにその理由がわかった。

これは自分自身が住んでいる、この国の話だ。

……ただし、老人も話したとおり『数年前』の。


「だがそれももう昔のこと。

他の国から『貴重な医療技術を独占している』なんて言い掛かりをつけられて……戦争が起きちまったら、なす術はなかった。

この国の予算は軍事費になんてこれっぽっちも当ててないからの。

きっと隣国の王様が死病にかかったから、かのう。戦争が起こったのは。

『この国には万病に効く霊薬が存在する』なんて、そんな噂話にでも縋りたかったのかもしれぬな。

その結果、小国はあっさり降伏、属国化。王様は処刑されて、目つきの悪いボンボンが派遣されて来ましたとさ」


本当に、突然だった。戦争が起こったのは。

でも王様は「民に血を流させるわけにはいかない」と笑って、そういつものように優しく笑って、戦争は始まる前に、終わった。

優しい優しい王様はなんだかんだと言い掛かりをつけられ、謂れのない罪で殺された。

そして名前の変わったこの国は、同じ人達が、同じ土地で、変わった君主の「産業を活性化させる」なんて言葉のもと、忙しなく働いて、いつも疲れた顔をしている。


「そうして最近の子供達に自分たちに都合の良い出来事を『歴史』として教えて……長い目で『支配』を深めていくんじゃろうな。

ただ、あいつらにも誤算があったんじゃ。

にーさん、王家に伝わる噂話、何か知ってるかの?」


「う、噂?」

急に話を振られた男はしどろもどろになる。

が、落ち着くと指を折り曲げながらゆっくりと口を開く。

「さっきも言ってたが、万病に効く霊薬、不老不死の法、王家の血筋は全ての病気の抗体を持ってるとか、全く同じ人間を人為的に造ることができるとか……?」


「そうそう、よく知ってるもんじゃ。

実は、この中にひとつだけ、真実があるんじゃよ。

別に焦らすつもりも無いから言ってしまうけども、最後のやつだの。

全く同じ人間を造れる、ってやつじゃ。

クローン、とか言うらしくてな。

なんでも同じ人間だから、血とか臓器とかを交換しても一切拒絶反応を起こさないらしい。

数代前にこの技術が開発されてからは、当時の王様が王家に子が生まれると同時にクローンを作らせて、病気の際のスペア、もしくは万が一のための身代わりにさせたんだと。

血が同じくらいじゃからな。顔もそっくりだったんじゃな」


次々と明かされてゆく、今までの価値観が揺らぐほどの衝撃に、男は視界が揺れたように感じていた。

人造人間は倫理の面から研究自体禁止されたはずでは?

なぜこの老人はそんな国家機密を知っている?

次々と浮かぶ疑問。

男はそれを片っ端から老人にぶつけたかったが、なにぶん口下手であるので、出てきたのは一言だった。


「あなたは……もしかして……?」

途端に鳴るサイレン音。

この辺りにテロリストが潜んでいるとかで、数日前から保安隊がパトロールしているのだ。

「おお、にーさんが何を考えてるか、大体わかるぞ。

でも残念ながら、はずれなんじゃ。

……アイツは、身代わりを『使おう』って話になってる国家最上部の会議で、こんなことを言ったんじゃ。

『王である私が民に血を流させるわけにはいかない。今まで私がいるせいで辛い思いをさせた。どうか自由に生きてくれ』

と。

ふざけてると思わんか……?」


熱を込めて語るその顔は見えなかったが、頬を伝う筋がきらりと街灯を反射するのだけは見えた。

老人はぐす、と鼻を啜って立ち上がると声を明るくして言った。

「話はこれでお終いじゃ。どうじゃ、刺激的だったじゃろ?

……今の話が事実かどうか、なんて考えちゃいかんぞ。

最初に言ったじゃろう。

『物騙り』じゃと」

立ち上がることで高低差が埋まり、そのフードの中身が一瞬だけ覗けた。

その顔は、真っ白な顎髭こそないものの、国民全員が敬愛する人物にそっくりで。

男が何も言えずに固まっている間に、老人はサイレンの鳴り響く街中へと消えて行った。

PVとか人気を求めるなら初期の話消したほうがいいかな、と思わなくもないですが、そういうわけでもないので、このままで。


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