[滅亡]大予言者
明日世界は滅びます。
未だ見ぬ大洪水と紅い炎によって洗い流されるのです。
聖書の出来事をなぞったかのような滅亡。
それは一度も予言を外したことがないと女予言者によって世界中に伝えられた。
人々の反応は様々であった。
泣きながら予言者を嘘つきと謗る者。
自棄になって酒や薬に溺れる者。
手を取り合って最後の一瞬まで共にいようと誓い合う者。
中には、聖書通りの出来事ならば神様は一部の人間を救って下さるはずだ、と祈り続ける者もいた。
世界に混乱をもたらすことはわかっていた。
彼女自身、今回ほど外れてくれと願った予知はなく、彼女の胸だけにしまっておこうかとも思った。
けれど、破滅を伝えず、大勢の人々が「その時」を何の覚悟もないまま迎えるよりは、ずっといいと思った。
最期の日くらい、と生まれ故郷に帰してもらった彼女は、子供の頃よく遊んだ草原で夕陽を眺めていた。
「こんにちわ」
声のほうを振り向くと、一歳年下の幼馴染がいた。
……幼馴染とはいえ、彼女が10になるより早く予知に目覚め、世界統治機構に保護という名の事実上の軟禁をされるまでの付き合いでしかない。
その後、世話係を通じて私利私欲で予言を利用しようとする者から彼女を守るための護衛隊に志願したとは聞いたが、それ以降はとんと話を聞かなかった。
「別に畏まらなくてもいいわ。 そんなもの、もう誰も気にしやしない」
「そう?ていうか俺のこと、覚えててくれたんだ?」
彼女は現在22歳。10年以上会っていないのにどうして一目でわかったのかと言えば彼女が人と会うことが極端に少ないから、としか言えない。
数少ない記憶の中の面影を、何度も何度も追いかけてきたのだ。
「だって貴方、変わってないんですもの」
「い、いやー。10年前から変わってないと言われるとそれはそれで辛いなあ」
男は成長してないって言われてるみたいで、と困った顔をする。
それもまた見覚えのある仕草で、彼女の口から笑みが漏れた。
楽しそうな彼女を見て、男も満足そうに微笑んで、彼女の隣に腰を下ろす。
「懐かしいね。この10年、いろいろあったよ」
「あら。私は何もなかったわ」
ぐ、と言葉に詰まる男。
そして同時に思い出す。
ああ、昔もこんな風に、意味もなく意地悪されたなあ、と。
「ま、元気そうでなによりだよ」
「貴方もね」
終末を前にして二人が交わした社交辞令のあとに、会話は続かなかった。
もうすぐ陽が沈む。
太陽は終末の炎のように、沈む前の一番の輝きを見せている。
「あの、さ」
言いにくそうに、男が切り出す。
「なに? 何でも言ってごらんなさい」
言外にどうせ世界は滅ぶのだから、と含みを持たせて夕陽を眺めたまま彼女が促す。
男は懐を探り、小さな箱を開いて彼女の前に傅く。
「結婚して、ください」
彼女は驚いて男の顔を見る。
その顔が赤いのは、どこまでが夕陽なのか。
同時に、彼女の視界が滲み始める。
もう失ったと思っていた、友人。
一生手に入らないと思っていた、恋人。
その二つがいっぺんに目の前に現れたのだ、こんなに嬉しいことがあろうか!
「……はい」
嗚咽交じりに、彼女は頷く。
夕陽に照らされ、涙に滲む視界の中で。
結局、その後も世界は続いたが、世紀の大予言者が予言を外した、とは誰も言わなかった。
流行に乗っかった。
予言者の名前を真矢にしようとしてたの忘れてた。