[孤独]ひとりごと
静かな教室で唐突に気づいた。
ああそっか、あれが原因か、と。
きっかけは三年次の、つまり最後の文化祭でのことだった。
曲がりなりにも進学校、受験に集中できるようにという名目であろうが、夏休み直前の早い時期に行われる文化祭。
体育系よりかは文科系が幅を効かせている(というより、その層が重なっている、と言えるかもしれない)私の学校では、文化祭がとても大きな行事だ。
生徒会を中心に模擬店、クラス展示、各部活の発表と土日、月曜日までの三日間にかけて行われ、特に月曜日は公共の会館を貸し切っての盛大な祭りになる。
そんな大きな祭りで、あろうことか、私は三日目だけ、体調を崩してしまった。
文科系とはいえ、控えめな性格である私はそう多くに関わっているわけではなく、当日の手伝いのみをした模擬店などを除けば、唯一関わったと言える映像作品。
その発表日に、休んでしまった。
それ自体はしょうがなかった。
我が子のように、とまではいかないものの手をかけて作り上げてきた作品が自分の知らぬ所で世の中に出る、というのは何とも寂しいものではあるが、諦めようとすれば諦められる。
というか、諦めるしかなかった。
だが、不幸な偶然は続くものだ。
今度は体育祭、これは文化祭と比べれば幾分小さな祭りではあるが、クラスごとに対抗し、丸一日をかけて様々な種目で争う。
私のクラスは他のクラスと比べても、運動能力に長けた生徒が多かった。
私自身はサッカーという参加人数の多い、つまり個人の能力が比較的重要ではない競技に出る予定だったものの、優勝を目指して微力ながら力を尽くそう、と思っていたのである。
しかし、また風邪をひいた。
時期的に涼しくなりかけで、季節の変わり目に弱い人であればいざ知らず、そんな自覚はなかったので油断していた。
もしかすると、その後ちらほらと幅を効かせ始めるウイルスに先駆けてやられたのかもしれない。
とにかく、「みんなで頑張って、みんなで喜ぶ」体験を二度続けて逃してしまった、ということが問題だ。
あとは私が気づいたこと、自分のことながら合っているかどうか断言はできないとはいえ、かなり自信はあることになる。
体育祭もそうだが、文化祭に参加し損ねて以来、クラスメイトとも、壁を感じるのだ。
彼らは気を遣ってなのかどうか、わざわざその話題を振ってくることはないにしろ、代休明けの教室はその話題で持ちきりなのだから耳に入らないはずがない。
その度に胸にずしりとのしかかるのは嫉妬とも、自虐ともつかぬ、もやもやした感情。
卑屈になった、とも言えるかもしれない。
「ああ、彼らは私が今からどうやっても経験することのできない高揚を、一人残らず共有しているのだな」
そう思い知らされた。
別に誰を恨むわけでもない。
明確に悪い誰かはいないのだから。
別に羨みを口にするわけでもない。
言った所で何も解決しないから。
ただ、友達に自分から話しかけることには抵抗ができた。
そこに体育祭での出来事(正確には『起こらなかった』と言うべきであるが)である。
勝手に感じている壁はより強固なものとなり、授業の合間も立ち歩く事が減った。
今感じている違和感はそれだと思う。
雪もぱらぱらと降り始め、皆が皆受験に集中している。
中には推薦でもう大学が決まったものまでいる。
その中で一人、文化祭に取り残されている。
今からでは埋めようもない溝。
「楽しいことが共有出来なかったのだから辛いことも共有しなくていいじゃないか」
我ながら筋の通っていない考えだとは思うが、こういう思考回路みたいだ。
行きたい所もなく、やりたいこともなく、ただ毎日を消費している。
前にも言ったように、誰かを恨むつもりはない。
むしろ、祝福さえしてるくらいだ。
「頑張って。そして楽しい大学生活を送って。
……私を除いたみんな」
解ききれない演習問題をシャープペンシルで叩きながら、心の中で呟いた。