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元騎士団長との再会

 その後もエルシリアはミズガルズとノワールに指示を出して戦い、破竹の勢いで勝ち続けた。大抵の相手は戦闘開始から五分も持たなかった。それほどまでにミズガルズとノワールの実力は頭抜けていたのである。まさに連戦連勝であり、エルシリアのものとなった金銭は幾つもの麻袋に詰められて、闘技場の端に積まれていった。

 そうする内に裏カジノの支配人も焦ったのだろう。彼の息が掛かった屈強で強面な男たちと彼らの操る強力な魔物たちをエルシリアにぶつけてきた。だが、白と黒の蛇は鮮やかな戦いぶりを見せつけ、次々と支配人の仕掛けた刺客たちをあの世に葬り去っていった。今や、闘技場を見守る観衆たちは静まり返っていた。そして、ついに……。


「きっ、貴様らァああァ……」


 闘技場の特別席で顔を真っ赤にして、わなわなと震えている男。彼こそが、この違法な裏賭博場の支配人である。怒りのあまり、額に血管が浮き出て、破裂してしまいそうに見える。あ、やばいな。ミズガルズがそう感じた刹那、怒れる支配人は唾を飛ばしながら大声を張り上げた。


「野郎どもぉ! その糞餓鬼と糞蛇を殺せっ! 恥をかかせやがって! 滅茶苦茶にしちまいやがれっ!」


 武器を持った支配人の手下たちが一斉に襲い掛かってきた。中には観客席から乗り出して来た客たちもいた。恐らくミズガルズたちのせいで損をした連中だろう。こうなるだろうと、ミズガルズは予想していたので、さっさと持つ物を持って逃げることにした。目を点にしていたエルシリアに金品入りの麻袋を何個か持たせて、逃げることを伝える。控え室からは場の雰囲気を読んだフィーロスが飛び出して来て、首尾よく合流する。


「……おいっ、姉ちゃんよ! こっちだ、こっち。一緒に逃げんぞ!」


 殺到する人間の津波を掻い潜った先には、警備員をぼこぼこに殴り倒したセルジと、彼の相棒であるゴブリンのトゥート、それからオークのエンテがいた。エルシリアはほんの一瞬迷ったものの、狂気を纏った賭博場の人間たちを一瞥した後、すぐにセルジの後を追った。



◇◇◇◇◇



「まったく危なかったなぁ、姉ちゃんよ。あんた、すげえ強いみたいだが、ありゃやり過ぎだ」


 アルサラスの町外れをエルシリアたちは歩いていた。王女様の腕の中にはしっかり金品入りの麻袋が抱かれていた。少し離れたところを歩きながら豪快に笑うのはセルジだった。ある意味、彼はエルシリアにとって恩人のようなものだ。何故助けてくれるのか、王女にはその理由が分からない。


「……聞いてもよろしいですか。どうしてあなたは私に良くしてくれるんです?」


「あ、ああ……。それね、ちっと言い辛いというか、恥ずかしいというか……」


 何故だか非常に言いにくそうにしていたセルジだったが、そろそろ別れが近いことも手伝って、最終的には口を開いた。


「あー、実はな。あんた、俺が若い頃の初恋相手に少し似ていてな。あ、もっともその彼女はとっくのとうに別の男とくっ付いたけども。……まぁ、そんな感じでな、何つーか放って置けなかったんだ」


 恥ずかしいのだろう。髭面が赤くなっている。見た目以上に、このセルジという男は純情なようだった。もっともそれを何となく微笑ましく思っていたのは王女様だけで、隣を這い進むミズガルズなんかは内心では面白くなかったのだが。




 北方一帯に配備された辺境警備軍に気を付けろ。セルジはそう忠告を残して、エルシリアたちと別れた。どうも、まだ町でやることが残っていたらしい。エルシリアは王女らしく礼儀正しい別れの挨拶を残し、髭面の大男を見送った。あとは再び街道を行く旅路である。目指す場所は王都だ。


「旅というのはなかなか面白いなぁ。色んな人々に出会える」


 大空を見上げ、気持ち良さそうに言う王女の横でミズガルズは少し溜め息をついた。ちなみに彼は未だに小さな蛇体のままであった。


『……エルシリア、さっきの騒動は俺のせいでもあるけど、あんまり他人を信用し過ぎない方が良いぞ?』


「んむ……それは先のセルジのことか? まぁ、お前の言いたいことは分かるが、彼はそれなりに良い人だったぞ?」


『……そうか? どう見たって悪人だろ。それにエルシリアを見る目付きだって何か……下心がありそうだったし』


「ミズガルズ、もしかして……妬いてる?」


『べ、別に。どうなんだろうね』


 否定はしてみたが声色からは動揺を隠し切れない。こういうところはやはり人間だな……と、ミズガルズは思う。エルシリアもそれが分かっているのか、可笑しそうに小さく笑っていた。もちろん、決して不愉快な笑い声ではないけれども。

 そんな一行の行く先に不穏な一団の姿が見えた。街道沿いに生える一本の巨木の下で休むようにして集まっている五、六人ほどの集団だ。皆、紫紺色の同じ制服を着ており、ディレンセン帝国製と思われる軍用の長銃を携えていた。すぐ近くにはこれまたディレンセン帝国製の鉄の戦車が鎮座していた。普通のバルタニア国民なら、これだけで怯えてしまうこと間違い無しだ。


『……あれが例の辺境警備軍とやらかもな』


「私もそう思う。どうする?」


『……邪魔だな。もっと早くから空を飛ぶべきだったよ……』


 だからと言っていつまでも道の真ん中で立ち止まっていると不審に思われる。エルシリアは顔を下に向けて、なるべく静かに横を通ろうとした。けれども彼女たち以外に通行人が誰もいない今、兵士たちに声をかけられぬまま先を行くことなど出来るはずもなく。


「おいおい、そこの怪しげな女。止まれ、止まれ。見りゃ分かんだろ? 検問してんだよ、検問を」


 だるそうな口調で呼び止めてきたのは二十歳くらいに見える、若い兵士だった。細い顔に狐のような細い目、それからうっすらと無精髭を生やした、軽薄そうな男だ。何が楽しいのか、常にニヤニヤとしている。どうやらこの小集団のリーダー的存在であるらしいが、頭の悪そうな男だった。


「君さー、すっげえ怪しいのにすっげえ可愛いね? こんなとこで何してんだよ。蛇と猫なんか連れて一人旅か? それとも家出か、おい? やっさしーお兄さんたちに言ってみなよ」


 エルシリアは何も言わない。ひたすら下を向くだけ。兵士の男は相変わらずのにやけ面で少女の顔を下から覗き込んだ。少女にそっぽを向かれても、げたげたと笑うばかり。


「……おい、やめろよ。その子、嫌がってんだろ」


 そう言って口を挟んできた男が一人だけいた。戦車の陰からふっと現れたその男は、他の兵士と同じく紫紺の制服を着てはいたものの、銃は持たず、腰に長剣を差していた。顔立ちは大変美しく、瞳は暗いグレーで、髪はウェーブの掛かった艶やかな黒。他の五人の兵士とは違い、凛とした雰囲気を醸している。


「ああん? 何だ、てめぇはよ。銃もろくに使えねぇ貴族の坊ちゃんは黙ってろ! くそったれのトビアスが!」


 吐き捨てるように飛び出した罵倒の言葉を聞いて、エルシリアは思わず顔を上げた。そして、見た。黒髪の青年の美しい顔を。バルタニア王国の新たな勇者と持て囃され、王国騎士団長の座に居るはずの青年の顔を。


「と、トビアス……?」


「…………エルシリア、王女、様?」


 ポカンと見つめ合う二人。当然、リーダー格の兵士は怒り出す。


「はあ? 何、わけのわかんねぇこと言ってんだ! 良いから、黙って俺の言うこ」


『お前が黙ってろ』


 エルシリアの胸倉を掴み上げようとした男が吹き飛び、躯体を大きくしたミズガルズの尾の一撃により、戦車に叩き付けられた。みしみしという音がして、戦車ごと潰れる。生死など言わなくても結果は分かるだろう。


『……たくっ、何でこう邪魔ばっかり……くそっ』


 唖然とするエルシリアとトビアスの前で、蛇神が腹いせとばかりに残りの兵士たちを滅茶滅茶に跳ね飛ばしては地面にめり込ませた。この様子だと四人の内、一人でも生きていれば良い方だろうか。とりあえず、蛇の神様にも苛々する時はあるのだ。



◇◇◇◇◇



 トビアス・トラショーラス。十九歳にして、バルタニア王国の王国騎士団長の座を射止めた天才剣士である。国内でも有数の大貴族トラショーラス家に生まれた、正真正銘のお坊ちゃんでもあり、文武両道を体現する容姿端麗な男だ。

 それ故、普通ならば彼がこのような場所にいるはずなどない。王都ティルサで華々しい生活を送って然るべき立場の人間なのだから。


「……トビアス。どうして、お前が北の辺境に?」


「話せば長くなりますが、よろしいのですか?」


 エルシリアが小さく頷くと、トビアスは溜め息を吐きながらゆっくり話し始めた。


 話によれば、トビアスは言わば左遷させられたようだった。バルタニア王国では国王アシエル十四世が魔物に取り憑かれてからというものの、軍隊の機械化が急速に進んだらしい。主力の武器は剣から銃器類に変わり、ディレンセンから指導者を呼んで、ひたすら訓練する毎日。トビアスはそれに馴染めなかった。彼は自らの剣術を誇りに思っていたし、剣を愛していたから。

 銃器を嫌い、騎士としてとにかく剣にこだわるトビアスは、魔物に乗っ取られた国王や近代化を図ろうとする王国軍にとって邪魔者以外の何者でもなかった。孤立化するのに時間はかからず、当然のように周囲から浮いてしまったのだ。もとから嫌われやすい性格をしていたために、味方になってくれる人間もいなかった。

 そんな状況の中、トビアスはついにまずい事件を引き起こしてしまう。ふとしたことから同年代の兵士たちと口論になり、思い切り嘲笑されたことで、彼らを殺傷してしまったのである。王宮内で四人が死亡し、二人が重症を負うという大事件だった。

 本来ならばトビアスは死罪である。だが、彼は由緒正しい大貴族の出だったし、父親は国の宰相だ。事件は強引に揉み消され、命も助かった。けれども、さすがに何もしないというわけにはいかなく、トビアスは北部の辺境警備軍に飛ばされたのである……。



「……王都では情報規制が行われています。俺はあの町を出て初めて、国王陛下が魔物に乗っ取られたという話を知った。ディレンセンがいきなり戦争を止めて、連盟軍側の勝利になったことも、あの炎の竜がアスキアの守護竜として崇められていることも……」


 そこでトビアスがミズガルズを睨め付ける。憎々しげな視線だ。明らかに敵意の篭ったそれにミズガルズは面食らったが、すぐに同じように睨み返した。緊迫した雰囲気が漂い始めた。


「で、何故、お前のような魔物が姫様といる? 地面の下で寝ている方がお似合いだろ。小賢しい蛇め」


『言ってくれるな……。相手が誰だか分かった上で、喋ってるんだろうな? あ?』


「ああ、分かってるさ。俺は蛇よりもずっと賢い人間だからな。……殺せるなら殺してみろよ。出来るのか? 身の程知らずにも惚れた女の前で!」


『…………出来ないとでも思ってんのか、糞騎士。死に方なら選ばせてやるぞ』


 ミズガルズが低い声を出して牙を剝いたかと思えば、向かい合うトビアスは剣を抜いた。まさに一触即発の事態。今すぐにでも殺し合いが始まりそう……。


「駄目だ! ミズガルズもトビアスもやめてくれっ」


 丸腰のエルシリアが間に割って入った。世界蛇も騎士も驚き、慌てて殺気を引っ込める。そんな両人を順々に見やり、姫君は言った。


「……喧嘩してる場合じゃないんだ。ディレンセンを抑えた今、するべきことは一つ。父上と王国を魔物から取り返す。そのために協力して欲しい」


「分かりました……。姫様の言うことは聞きますよ、姫様の言うことならね」


 わざとらしく言って、大きな舌打ちをするトビアス。そんな彼を睨み付けたミズガルズも姫君の上目遣いの視線に負けて、結局は翼を広げたのだった。

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