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思わぬ再会、そして

 暗闇に一筋の光が差すように、深い所に沈んでいた意識が戻り始める。それと同時に身体に触れる冷たい感触を覚えた。硬く、空気も僅かにカビ臭い。誰かが自分の名前を呼んだような気までする。一体、どこの誰が呼んだのだ?


「…………ん」


 朦朧とした意識の中、少年が最初に見たものは無機質な石造りの壁であった。所々にヒビが入っていたり、人間の血を思わせる赤黒い染みが付着していた。ざらざらとした石壁に触れようと動いた時、少年は気付いた。……両腕を後ろに回されて縛られていることに。


「やっと、起きたみたいだね」


 男の声だ。それもどこかで聞いたことのある、何だかとても懐かしい声。少年は縛られているのみならず、足枷までをも嵌められていることに苛立っていたが、その声を耳にした途端、怒りが急激に霧散していくのが分かった。

 凝り固まった身体を上手く捻って起こす。銀色の輝きを放つ長い白髪が視界を邪魔したが、赤い瞳に映るその男の顔を少年は確かに知っていた。最後に話したのはいつだったか。特徴的なくすんだ金髪と灰色の双眸を忘れるわけはなかった。


「アレハンドロ……? どうして、ここに……」


 アレハンドロ・エルストンド。西の大国バルタニアでも指折りの名家、エルストンド家に生まれた正真正銘の大貴族の青年だった。容姿、家柄、勉学の才など、ほとんど全ての面において恵まれている貴族の嫡男が何故このような場所にいるのだろう。身につけている衣服も粗末極まりない代物であり、ミズガルズにはわけが分からなかった。

 唖然としたまま言葉を続けられない少年の姿に苦笑したらしいアレハンドロが身体を揺らした。改めて見てみれば、彼も後ろ手に縛られた上に、足枷を負わされていた。ミズガルズの頭の中の疑問はますます噴出し出した。ここはどこなのか。そもそも、何故アレハンドロがいるのか……挙げればきりがない。


「やっ、久しぶりだね。ミズガルズ」


 あっさりと本名で呼んだアレハンドロに、蛇神の少年はむすっと頬を膨らませた。どこで誰に聞かれているか分からないというのに。これだから、この自由奔放な青年貴族は困る。


「……アレハンドロ。何で、お前が俺の横にいるのか、全然分からないけど……。とにかくここはどこだ? これは一体、どういう状況なんだ?」


 困惑気味のミズガルズに対して、アレハンドロはうんうん唸りながら考えていた。やがて顔を上げると、短い嘆息を吐いた。


「……まず、ここは地下の奴隷市場。上にはエルタラの外にあるスラム街が広がってるよ」


「お、おい、待てよ? 奴隷の市場だって? ここが? じゃあ、俺たちは……」


「あぁ、うん。恐らく拉致されて連れて来られた商品だろうね。これから競りに掛けられて売られる」


 絶句してしまう銀髪の少年。それに構わずアレハンドロは話を進めた。


「……始まりはそうだなぁ。魔王の浮遊城がぶっ壊れた、あの日の夕方だよ……」



◇◇◇◇◇



 遥か天空の大地にて蛇神ミズガルズが魔王を滅した、あの日。浮遊する魔王城は崩壊し、王都ティルサに残っていた魔物の残党も炎竜が焼き払い、大国の都は自由と平和を取り戻した。人々は狂喜し、歓声と共に町へと繰り出した。もちろん、アレハンドロもだ。

 奇跡に等しい勝利を受けて始まったどんちゃん騒ぎの中で、誰もが楽しんだ。当然ながらアレハンドロが騒がないはずは無く、ギルドの冒険者であるカルロス・パルドと街の悪党の親玉として悪名高いケネス・キャロウの二人を引き連れて、あちこちで馬鹿騒ぎを起こしまくった。

 空が朱色に染まり出すと、アレハンドロはカルロスとケネスを召し使いよろしく脇に従えて、人々で賑わう酒場へ押し入った。魔物を何匹も葬った剣を掲げ、集まっていた民衆に向けて金をばら蒔き、大声で歌い出した挙句、酒をがぼがぼ飲み始めた。狂ってしまったのではないかというぐらいの飲みっぷりに、唖然としていた周りの人間たちも次第に笑みを浮かべ、同じように飲み始めた。

 そうなってしまうと、もはや収集はつかず、酒場にいた誰もが酒をグラスに注いでは飲んだ。壊れた町の復興など後からで良いと言わんばかりの有り様だった。そこにはティルサの警備兵隊の隊長までいたのだから、何かもう、色々と終わりである。


 その後、酒場の馬鹿騒ぎはますます悪い方向に発展していき、最終的には何故か酔っ払った男たちによるティルサ市街内の乗馬レースが始まってしまった。広い道路にどこからか引っ張って来られた馬たちが並び、その上に顔を赤くした男たちが乗った。ただの靴職人もいれば、警備兵もいた。その隣には酔った神父が。当然、アレハンドロ、ケネス、カルロスの三人も参加していた。コース脇からは悪乗りした酔っ払いどもの大声が響く。どうやら、金銭を賭けているらしい。


(あれ、何でこんなこと、やってんだろ?)


 ぐでんぐでんになったアレハンドロがふと、そんなことを思ったと同時に、彼を乗せた馬が走り出した。



◇◇◇◇◇


「…………で、次に目が覚めたら、何故か朝だったんだ。何があったか全く憶えてないんだけど、ボクとカルロス、それからケネスはティルサ郊外の森にいたんだよ。ボクは半裸で寝てて、カルロスは木に寄りかかって目を回してたな。……ケネスは、尻が丸出しのまま気絶してたような……」


「……お前らが相変わらず阿呆なことがよく分かって、俺は安心だよ」


 唐突な再会を果たしたアレハンドロ・エルストンドの隣で、ミズガルズは完全に呆れ返っていた。しばらく会わない間に少しはマシになったかと思っていたが、残念ながらどこも変わっていないようだった。やたらと綺麗な顔立ちだからこそ、余計に残念な青年である、このアレハンドロは。

 そこで話に出てきた二人の仲間の姿がミズガルズの頭に浮かんだ。もちろんカルロスとケネスのことだ。アレハンドロの馬鹿すぎる思い出話によれば彼らも元気そうだ。ケネスのケツを見るのはごめんだったが。


「アレハンドロ。まさか、お前一人でここまで来たわけじゃないよな?」


 そんな風に聞いたのは、少しばかり期待を持っていたからだ。そして返事はすぐに返ってきた。


「ああ、そうだよ。ここにはイグニスに乗って来たんだから。あとは……エルフのお姉さんと水竜の女の子がいて……それからカルロスとケネス。フェリルさんとリリアーヌは魔界に帰っちゃったけど……」


 青年の何気ないような返答にミズガルズは内心で歓喜した。イグニスが、あの炎竜がすぐ近くまでやって来ているとは。魔狼族の女王と淫魔の少女にはどうやら当分会えなくなったようだが、それを除けば何とも嬉しいことだった。何しろ、この世界において長い時間一緒にいた相手だ。何故か魔物の軍勢の長にされていることは気掛かりだったが、少年は竜が健在でいたことに安堵した。

 けれど、一方で疑問も頭をもたげた。イグニスは竜だ。魔物の中でも最強の部類に入る強大な種族であり、彼はその同胞たちと比べても別格の力を誇る。そんな竜とアレハンドロは旅して来たわけだ。では、何故。どうして、この貴族の青年はイグニスと離れて、このような奴隷市場にいるのだろうか。黙ったミズガルズの内心を見透かしたかのように、アレハンドロは唐突に言った。


「それにしても、この町って広くてさ。皆とはぐれて歩いてたら、いつの間にか拉致されて、ここにいたってわけ。……ねぇ、どうしようか?」


「……どうしようか、じゃねぇだろ。本当にお前は……」


 ほとほと呆れながらもミズガルズはとかく落ち着いていた。アレハンドロとの予期せぬ再会には驚いたが、それしきで冷静さを失う少年ではなかった。ここから脱出する方法など、さっきからずっと考えていたし、それを実行することも簡単だ。

 ミズガルズが気にしているのはもっと別の事だった。少女がいないのだ。一緒に宿屋に入った、読書する姿が似合いそうな、あの眼鏡の少女が。


「なぁ、アレハンドロ。俺と一緒に女の子がいなかったか? ヘレナって言う、大人しそうな子なんだけど……」


「……え、ええと、そのことなんだけどさ」


 アレハンドロがミズガルズの言葉を遮った。銀髪の少年は口をつぐんだ。急にアレハンドロの口調が変わったからだ。それまでのどこかとぼけたようなものではなく、漂う雰囲気は一変した。どういうことなのか尋ねようとして、ミズガルズは気付いた。徐々に暗闇にも慣れてきたらしく、この空間に何があるのかも見えてきた。そこには、少女が冷たい床に横たわっていた。微動だもせずに。


「……その子さ、男たちに、あー、乱暴されそうになって。で、必死になって抵抗していたんだけど、それが良くなかったんだと思う……」


 青年の絞り出すような声はろくに聞こえなかった。ただただミズガルズは喉の渇きを覚えていた。呼吸もままならなかった。冷たい汗が額を伝う。眼前の光景を信じられずに、頭の中で彼は否定の言葉を探し求めた。


「……上に乗っていた男が逆上し出してね……刺したんだよ、彼女の喉を」


「そ、そんな、嘘だろ、だって」


 だって、ヘレナは宿屋に入った時も元気だったし、就寝の挨拶も交わした。ずっと控え目な笑顔を見せていてくれたのに。


「……知ってる子なのかい? どうやら、ボクらと同じく拐われてきたらしいんだけど」


 きっと、ヘレナだ。ミズガルズは抱きたくもない確信を抱き、絶望的な気分に包まれていた。アレハンドロの声も、全く耳に入って来ない。あぁ、どうして守ってあげられなかったのだろう。守りたいなと、そう思ったのに。ほんの少しの時間だったけれど、一緒に過ごし、彼女はそう思わせてくれた。ヘレナはそんな少女だった。


「……辛いね。確かにその子、美人だからな。赤っぽい長髪なんて素敵だし」


「え……赤っぽい?」


 何気無しに呟かれたアレハンドロの一言を受け、ミズガルズが固まった。流れ出る寸前だった涙も止まる。不思議そうな顔をするアレハンドロの隣、ミズガルズはひたすら考えた。違う、何かが違う。ヘレナは赤っぽい長髪だったか? 否、彼女は栗色の毛髪をしていたはず。

 次第に薄闇の中でも目が慣れ始め、眼前に横たわる少女の遺骸が明らかに浮かび上がった。血溜まりの中に沈んではいるが、肌は白く、美しい。そして、毛髪はアレハンドロが言ったように、やはり赤色だった。ヘレナの髪色とは似ても似つかない。


「……違う、ヘレナじゃない……」


 思わず息が漏れた。人が一人亡くなっている事実を考えれば不謹慎だったが、殺されたのが知った人間ではなかったと分かると、どうしても安堵を抑えられなかった。先程までの悲壮感に溢れた表情はどこへやら、ミズガルズは脱力して冷たい地面にへたり込んだ。そんな彼の隣にアレハンドロが寄って来て、顔を覗き込む。枷に繋がる鎖がじゃらじゃらと鳴り、五月蝿い。


「なんだ、人違いだったの。良かったね……って良いわけないけど、取り敢えずここから出ないかい? このままだと本当にボクら売られてしまうよ」


「あ、ああ、そうだな」


 ミズガルズは目を覚ますように首を振り、人化を解いた。

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