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待つ者

 ミズガルズの乗った大陸間連絡船がシャターラを出航してから丁度三日後のことだ。未だ海の上にいるミズガルズが暇を持て余した他の乗客らと共に甲板で世間話に花を咲かせていた頃、目的地であるエラーティエ帝国の都、エルタラではとある重要な会談が行われていた。


 人口は百万を優に超えるとされる大都市エルタラ。海岸からやや奥まった場所に位置し、すぐ近くには海に面した衛星都市、カラムルタ市が隣接する。エルタラは皇帝一族の住む宮殿を中心に、それぞれの身分階級によって区別されるいくつかの地区から成り立っていた。宮殿の外側は貴族街、その外側は富裕な商人の集まる豪商住居区、さらにそこを囲むように一般の市民街が広がり、市民街をぐるりと囲む堅牢な防壁の外に貧困層の暮らす地区が存在する。

 この貧困層の生活する地区は長年皇帝や政治家の間で頭痛の種と化していた。市民税を払えなくなった者や他都市からの流入者、それに市街から追い出された厄介者や流れの犯罪者などが集まり形成された区域であり、当然ながら治安が悪い。帝国側も幾度も衛兵隊を送っては取締りを行うのだが、増加の一途を辿る流入者たちを前に、その努力は些か意味を為さないのであった。なので現在も貧困街は存在し続けている。掃討したくとも出来ない魔境のような場所だった。


 けれども、今この瞬間に宮殿の深部にある豪奢な大客間で行われている重大な会議の議題に比べれば、そのような貧困街のことなど問題にもならなかった。円卓を囲む男たちの顔はいずれも険しく、切迫としていた。


「……バルタニアは一体、何がしたいのだ? 全くもって理解し難いことだ」


 口を開いたのは鷹のように鋭い目をした、痩せた男だ。彼こそがエラーティエ帝国現皇帝、ザカライアス・エル・サティン六世その人である。金色に輝く王冠と相まって威圧感が滲み出ており、容易に近寄り難い男だった。

 皇帝の疲れきった一言を受けて、円卓に座る者たちもついつい目を伏せたり、溜め息を吐いた。彼らエラーティエ帝国の首脳陣をここのところ悩ませていること……それは西のオキディニス大陸の大国バルタニアの暴走とも表現できる最近の有り様だった。

 エラーティエ帝国は東のオリエンシア大陸、バルタニア王国は西のオキディニス大陸にそれぞれ位置している。これらの二大陸の間にはケントラム中央大陸を含む大海が存在しており、距離的にはだいぶ離れている。しかし、だからと言ってお互い関係が無いわけではない。

 エラーティエ帝国もバルタニア王国も共に世界連盟という機構に参加している。これは地理的に見ても文字通り世界の中心に位置する、ケントラム大陸のアスキア神聖王国の提唱により構築された組織だ。目的は複雑化する国際状況における平和維持、様々な分野面での相互協力関係を築くこと、さらには話し合いによる戦争の回避などだった。ケントラム、セプテン、メルディアス、オキディニス、オリエンシア各大陸の多くの国々が属する巨大な組織でもある。


 その世界連盟に所属している以上、明確な戦争行為や軍拡を行うのは避けるべきであった。それをすれば連盟に籍を置く他の諸国から糾弾され、場合によっては連盟軍から制裁や攻撃を被るからだ。

 だが、今のバルタニア王国は明確な侵略行為と急激な軍備増強を進めていた。しかも隠す気も無く、いっそ清々しいまでに堂々と。


「陛下、私に言わせれば……バルタニアは明らかに戦乱を引き起こす気です。ザラフェに対する行動は間違いなく侵略かと。これを機に一気に世界の覇権を狙いに来る気では?」


 宰相のグレン・レドモンに続き、帝国軍総帥のジェレミア・シラードが発言する。


「……皇帝陛下。さらに悪い話がございます」


「何だ。言ってみろ」


 シラード総帥は厳めしい顔に皺を寄せながら、沈痛な面持ちのまま言った。


「バルタニア王国は、どうやらディレンセン帝国と深い同盟を結んだ模様です。彼らは互いに手を組んで、他国及び他大陸への軍事的侵攻を考えているのかもしれませぬ」


 会議の場がどよめいた。ざわつきが広がるも、皇帝に止める様子は無い。その皇帝ザカライアス自身も額に手を当て、難しい顔をして黙りこくっている。ここまで彼らが動揺するのには理由があった。



 ディレンセン帝国。南北に長いオキディニス大陸のほぼ北半分全域を領土とする、自他共に認める超大国だ。昔からケントラム中央大陸のアスキア神聖王国と折り合いが悪く、もちろんだが世界連盟にも参加していない。過去に幾度も戦争を起こし、領土を拡大してきた軍事国家であり、国力は絶大と言えた。

 そんなディレンセン帝国の特色は何と言っても発達した科学技術に支えられた機械文明だ。個々人により行使出来る力の強さに大きな差が生じてしまう魔法を捨て、彼らはやり方さえ学べば誰もが同じように扱える科学技術に国の発展を託した。幸いにも機械の原料となる鉱物資源が国土内に多く産出したため、生活面の分野から軍事面の分野まで、研究は大いに進んだ。

 アスキアを始め、他大陸の多くの国々から目の敵にされたディレンセン帝国は鎖国主義に傾き、いつからか一部の限られた国や地域としか交流しなくなった。しかし、それでもディレンセンの発展は止まらず、機械技術により貴族から庶民に至るまで生活水準は向上し、軍事力も他国の追随を許さぬほど飛躍的に伸びた。


 そのディレンセン帝国が、今の今まで鎖国体制を貫き通し、目立つような行動を起こさなかった超大国が他国と同盟を交わした。それも相手は軍備の増強を急激に押し進めるバルタニア王国。

 オキディニス大陸における二強とも呼べる大国同士が結び付いた。この恐るべき事実に対して世界各国の反応は様々だった。オキディニス大陸のほとんどの小国はいずれ来る侵略の魔の手に怯えて、何も出来ないでいた。一部の好戦的な国家やエルフの一族などは徹底抗戦を叫んでいたが、彼らも結局は何も出来ないまま侵略を受けて、やがては併合されるだろう。

 西の大陸全土が二大強国の支配下に組み込まれることは決して非現実的なことではない。それほどまでにバルタニア王国とディレンセン帝国……特に帝国の軍事力は圧倒的で凄まじかった。ザカライアスは頭を悩ませ続けていた。何故、こうなるまで放置してきてしまったのか。今更、悔やんでも悔やみ切れない。それはザカライアスだけでなく、アスキアの王を始めとした全ての連盟加盟国の長たちも同じ思いだろう。


「……我がエラーティエ帝国は幸いにもバルタニア、ディレンセンとは離れている。いや、地理的にはむしろ離れ過ぎていると言って良い。攻め入られることは万に一つも無いだろう……」


 会議の場が静まる中、皇帝は一度言葉を区切った。


「だが、アスキアから軍隊の派遣を要請される可能性もある。同盟国だからな……。いずれにせよ、戦争が起きたら我が国も戦いへの関わり合いは避けられん。よく覚えていてくれ。……ひとまず解散としようか。皆、それぞれの仕事に戻ってくれ」


 次々と重臣たちが椅子から腰を上げ、静かに退室していく様子をザカライアスは黙って見守っていた。そして、最後の一人が扉を閉め、部屋にたった一人で取り残された途端、彼は大きく溜め息をついた。苦悩に満ちた皇帝の眉間には深い皺が刻まれる。


「……バルタニアに何が起こったのだ? アシエル王は実に賢明で民にも好かれていると聞いたはずなのに……」


 その場に答えてくれる者はいない。ただ皇帝の沈んだ声だけが響く。


「戦争、か。……叶うならば、起きないで欲しいものだ……」




◇◇◇◇◇



 エル・サティン六世が大客間で嘆息をつき、一人きりで項垂れていたその日の夜。頭上がすっかり闇に覆われても人々が騒ぎ続けるエルタラの上空を、ある一つの巨大な生命体が意味も無く、何度も旋回を繰り返していた。

 自分たちの遥か上空を力強く、そして優雅に舞い翔ぶ存在を人々は知らない。当たり前だ。人間の視覚では捉えられないほどの高空を翔んでいるのだから。それに彼の赤い鱗はよく闇に溶け込んで、その巨体を上手く隠していた。

 鼻先から尾の先端まで凡そ五十メートル。強靭な翼を大きく羽ばたかせ、ゆっくりと星空を舞うのは、巨大な竜であった。その身体を染めるのは灼熱の火焔の色か、それとも殺めた数多の敵から浴びた返り血の色か。


『……あの女が占いを外したことは確かに無いが……今回ばかりは不安になるな』


 高みからエルタラの煌々とした町並みを見下ろしつつ、竜は呟く。黄金の瞳には期待と不安の色が混在していた。暫し黙した後、炎の竜は再会を望む友の名を口にした。


『早く会いたいぞ……ミズガルズ。我が友よ』


 今日も夜は更けていく。

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