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エルフと賭博場に行こう

 地下の市場から抜けて十数分。ミズガルズとサネルマの目の前には、派手な装いの建物がそびえ立っていた。まだ昼にもなっていないというのに、多くの人々が吸い込まれるようにして入っていく。


「サネルマ、ここはいったい……」


 聞かれた彼女は得意気に語りだす。二人の前に鎮座する建物、それはティルサで最も規模の大きい賭博場である。要するにカジノなのだが、本来の目的以外にも宿泊施設や酒場、幾つもの店が軒を連ねていて、巨大な娯楽施設となっている。中には危ない客も来るし、最深部には特別会員限定の裏カジノもあったりするが、普通に楽しんでいる限りは何の危険もない場所だった。


「それに私たちの目的は賭け事じゃない。お酒と美味しい飯だ。さあ、入ろう」


 意気揚々と巨大カジノの中へと足を踏み入れるサネルマ。その後ろをミズガルズが付いて行く。カジノなんて人生で初めてだから落ち着かない。外とは違って、暗い空間が幾つもの燭台で派手に照らされている。忙しなく人間が動き回り、誰もが異様な活気に満ち溢れていた。酒や煙草の匂いがミズガルズの鼻を刺した。

 雰囲気に圧倒されるミズガルズの耳に、不意に興味深い話が飛び込んできた。向こうの方で固まっている男たちが大声で騒ぎ合っていたのだ。


「知ってるか? 今日の闘技場で、あのハビエルが出るらしいぜ!」


「ハビエル? 冒険者のハビエル・バスケスか? ギルドの鼻つまみ者が今度は何やったんだよ」


「気にいらねぇ同業者を闘技場でぶっ殺すとか何とか言ってたぜ」


 ざわざわと騒ぎ立てる男たち。次第に彼らの周りに人が集まってきた。そのハビエル・バスケスとかいう冒険者はよほど有名なのか、集まる人々は皆興奮しているようだった。どうやら、かなり大きいイベントらしい。ミズガルズは気になって、彼らの輪に加わった。サネルマが後ろの方で、心配そうに見ている。


「あのー、そのハビエルって人は有名なんですか?」


 控えめに聞くミズガルズに、半分酔っ払ったような男たちが熱弁を振るい始めた。誰かに聞かせたかったのだろう、彼らは聞いてもいないようなことまでミズガルズに教えてくれた。

 ミズガルズが彼らから聞いたところによると、ハビエル・バスケスというのは嫌な人物らしく、いわゆるトラブルメーカーであるようだった。大柄で人相が悪い男で、おまけに性格も酷く、他人に接する態度も最悪。ティルサどころか、バルタニア王国中に悪評が広まるほどらしい。ギルドからすれば、頭痛の種だとか。同じ悪党なら、まだケネスの方がマシかもしれないなとミズガルズは感じた。

 聞いた情報を持って帰ると、サネルマはあまり興味の無さそうな様子で「ふーん」と頷いた。だが、彼女もハビエルのことは知っていたようで、少しはミズガルズの話に付き合ってくれた。


「私にもギルドに知り合いがいるんだ。同じエルフの女なんだが、そいつに聞いた時も、ハビエルは最低なヤツだと言っていたなぁ。で……、もしかして見に行きたいのか?」


「駄目かな……?」


 上目遣いのミズガルズ。その姿は可憐な少女そのものと言っても、言い過ぎではなかった。実を言えば、本人にも――もしかしたら、女に間違えられる容姿というのも色々と使えるかもしれない――なんていう意識が生まれ始めていた。先輩のカルロスに負けず劣らず、彼も徐々に腹黒くなってきたようだ。

 蛇神の黒い思惑に早速引っ掛かったのは……サネルマだった。弱々しく見える少年の姿に、彼女の心が締め付けられる。実際はまるで弱々しくなんてないが、恋い焦がれるサネルマを引っ掛けるのは簡単なことだった。


「よ、よっし! 良いぞ! 見に行こうじゃないか!」


 見事に乗せられたサネルマは顔を真っ赤にしながら、闘技場へと向かうのだった。



◇◇◇◇◇



 闘技場は野球のスタジアムをぐっと小さくしたような作りになっていた。出場者が戦う場所は円形に作られており、観客たちは周りから取り囲むようにして戦いを見る。大抵の者は金銭を賭けるが、中には見るだけの冷やかしもいる。ミズガルズとサネルマも、その冷やかしの中に混じった。すり鉢状の闘技場は物凄い熱気に包まれていた。客の大部分が血気盛んな男たちだ。男を挑発するような服装のサネルマは少し居心地が悪かったが……連れの少年の頼みだ。聞いてあげなければと言い聞かせ、そのまま客席に腰を下ろした。


「おおおおおおおっ! 出て来たぞ!」


 観客たちの興奮具合が更に上がった。どうやら、主役が現れたらしい。噂のハビエル・バスケスのお目見えだ。


(あれ? あいつ、見たことあるぞ……)


 手下二人を両脇に従え、満面の笑みを浮かべて観客たちに手を振る男。ミズガルズにはとても見覚えがあった。そうだ、あいつは水竜退治のためにラジル村へ出向こうとした時に、出鼻をくじいてくれた冒険者だ。そこまで思い出してから、ミズガルズは嫌な想像をしてしまう。ハビエルがぶっ殺したい同業者……まさか。


「おい! どういうことだ! 三対一なんて、聞いていない!」


 そのまさかだった。ハビエルたちの向こう側から現れたのは、我らが先輩カルロス・パルドであった。彼はニヤニヤと笑い続けるハビエルに食ってかかる。しかし、返ってくる答えはにべもないものばかりだった。


「おいおーい、聞いてなかったのかぁ? どうも、係員が間違った情報を渡しちまったみてーだなぁ。恨むなら俺じゃなくて、ここの係員を恨んでくれー」


 完全に棒読み口調だった。もちろん、ハビエルが闘技場の主催者側に賄賂を渡して、この事態を引き起こさせたのだ。三人を一人で倒せるはずがない。いくらカルロスが腕利きでも、そんなことは自明の理である。ハビエルは邪悪な笑みを浮かべ、既に勝利の余韻に浸っていた。しかし。


「一人じゃ勝てないから、三人なのか!? 情けない冒険者だな!」


 観客の誰もが言わないでいたことが、客席から放たれた。血相を変えたハビエルが目を向ける。そこには客席と円形の試合場を隔てる柵の上に器用に少年が座り、嘲笑を浮かべていた。彼は白銀色の長髪を揺らし、真っ赤な瞳でハビエルを小馬鹿にしたように見下ろしていた。隣では、杖を抱えた美しいエルフの女が柵を乗り越え、既にフィールドに入っていた。

 呆気に取られる闘技場の主催者のそばに、サネルマは駆け寄った。エルフというよりサキュバスを思い起こさせる妖艶な表情を見せ、主催者の耳元で何かを囁く。そうすると、彼は何やら興奮した様子になり、しきりにサネルマに何かを確認した。エルフが色気たっぷりに頷くと、主催者は大声で叫んだ。


「急遽! この試合は三対三になった! 二人の飛び入り参加を認める! 皆さん、どんどん賭けてってくれ!」


 急な変更など誰も気にせず、闘技場の熱は最高潮に達した。あちこちから汚い野次や歓声が飛び交って、もう大変な有様だ。金貨や銀貨が試合場の中に投げ入れられる。戦いを催促する声が、響き渡る。一番良い席に座る貴族や豪商たちでさえも普段では考えられないほど、声を荒げて叫びまくっている。戻ってきたサネルマにミズガルズは不思議そうに尋ねた。


「あの主催者をどうやって言いくるめた?」


 サネルマは何でもないことのように、あっさりと言う。


「参加を認めてくれたら、今夜は一緒に寝てやるぞ……と言ったんだ。大喜びしてたぞ」


 感心半分、呆れ半分のミズガルズに背を向け、サネルマはぼそぼそと呟き始める。もちろん、あんなのとは寝ないぞ? とか、だって今夜、私と一緒に寝るのは……などと言っていたが、生憎ミズガルズには聞こえていなかった。彼は冒険者の先輩と話し込んでいたから。

 後輩の突然の助けに、カルロスはちょっとばかし感謝していた。さすがに三対一はきついと思っていたところだ。何とも良い後輩を持ったものだと、彼は感慨に浸っていた。


「リン。一つ聞いて欲しいことがある。絶対に本気を出すなよ? 試合を簡単に終わらせちゃ駄目だ。俺が合図するまで、試合を終わらせるな」


 なんで、と、首を傾げる少年に、カルロスは笑いながら教えてやった。


「これだけの客が盛り上がってるんだ。十秒も経たないで終わらせてみろ。興醒めどころか、俺たちが殺されちまうぜ」


 おどけながら言うカルロスに、ミズガルズも笑ってみせる。どうやら理解したらしい。


「決闘! 始めえ!」


 戦いの鐘が鳴らされた。



◇◇◇◇◇



 ハビエルは非常に腹が立っていた。カルロスはともかく、何故自分がガキと女相手に闘技場で戦わなければならないのか。憎悪のこもった目で、彼は相対するカルロスを睨みつけた。とにかくハビエルにとってカルロスは前から気にいらない存在なのだ。だから、主催者に賄賂まで用意して、ぶちのめす計画を立てていたのに。たかがエルフの女と、女みたいなクソガキと、ふざけた主催者のせいで計画が台無しになってしまった。絶対に許せない。ぶち殺してやる。


「ここでくたばれ! カルロス!」


 ハビエルの大斧と、カルロスの長剣が刃を交える。腕力はハビエルの方が上だが、カルロスだって負けていられない。両者はお互い譲らず、一歩も引かない。戦況は膠着状態に入るかと思われた。


「らあ!」


 その時、わずかに動きを見せたのはハビエルの方だった。砂地の地面を蹴って、カルロスの顔面に砂粒を当てる作戦に打って出た。姑息な作戦に対応できず、カルロスは顔面に砂を食らった。目に入り、思わず力を緩める。ハビエルの大斧がそこを捉えた。治癒魔術専門の救護班の人間たちが、腰を上げかける。


「大丈夫か!」


 そこに飛ぶように走り寄ってきたのはサネルマだった。エルフらしく魔術で援護するのかと思いきや。今まさにカルロスを斬殺しようとしていたハビエルの豊かな髪を根元から掴み、そのままエルフとは思えない力で後ろに引き倒した。「ブチブチブチブチッ」と何かが抜けた音が響いた。抜けてしまったのは当然……サネルマの手に絡みつくハビエルの頭髪だ。


「な、何ということだっ! 汚い、汚い! おい、手を洗いたいんだが、少し抜けてもいいか!」


 他人の髪を引っこ抜いて、汚物扱い。世の中の薄毛に悩む男性全員を敵に回すような言葉を吐き、サネルマは大いに狼狽した。そんな彼女を、自らの大切な髪の毛を雑草のごとくぶち抜いた彼女を許せるほど、ハビエルは出来た人間じゃない。きっとハビエルだけでなく自分の毛髪を引っこ抜かれたら誰だって激怒するだろうが……。とにもかくにも、彼の怒りは頂点に達した。オークのような顔をますます醜く歪めると、訳の分からぬことを発しながらサネルマに斬りかかった。


「……おっと」


 先ほどの狼狽はどこへやら、エルフは冷静に魔術を発動する。ハビエルの斧は彼女に届かない。魔力で構成された障壁が刃を阻んだ。歯噛みするハビエルの背後で、雄叫びが上がった。カルロスの復活だ。二人の冒険者はお互いに叫びを上げると、再び斬り合いを始めた。その間に、サネルマの元にもハビエルの手下が襲いかかり、彼女も戦闘に掛かり切りになった。


「二人共、張り切ってんなぁ」


 対するリンことミズガルズも、ハビエルの手下と向かい合っていた。ミズガルズは全く汗をかいてない。荒く息を吐いているのは手下の方だ。手下は悔しげに銀髪の少年を睨み据えていた。

 ここまで、ミズガルズは一回たりとも相手に攻撃していない。攻撃されては避け、攻撃されては避け……とにかく相手の攻撃を避けることを繰り返していた。ハビエルの手下の攻撃は、一つもミズガルズには届いていなかった。


「クソッ! ガキがさっきからチョロチョロしてんじゃねぇ!」


 剣が突き出される。カルロスからの合図はまだない。しかし、ミズガルズもいい加減飽きてきた。そろそろ、こちらからも手を出させてもらおう。

 ミズガルズが腕に力を込める。辺りに冷気が漂い始め、蛇神の腕を氷が覆った。腕を頑強な氷で固めたミズガルズは、そのまま敵に向かっていった。剣と氷の腕がぶつかり合い、激しく音を鳴らす。体格で勝っているはずの手下が押されていた。素早い動きをされるせいで、彼は反撃に移れなかった。


「ぐっはあああああっ!」


 丁度その時、カルロスと刃を交えていたハビエルが一瞬の隙を見せた。それをカルロスが見逃すわけがない。自身の持てる力全てを剣に乗せて大斧をなぎ払うと、宿敵のアゴに蹴りを入れてやった。

 ハビエルは血を噴き出しながら、地面に崩れ落ちた。すかさずカルロスは駆け寄り、ハビエルの首に刃を当てた。

 こうなると、もう合図も何も関係ない。サネルマは杖に魔力を込め、対する敵の顔面を思い切り殴った。吹っ飛ばされた彼は最早動けない。


「二人とも。終わった?」


 蛇神と争っていた男は、既に氷像と化していた。いとも簡単に三人の勝利が確定した瞬間だった。



◇◇◇◇◇



 時は過ぎて夕刻。落ち着いた雰囲気のバーで、サネルマとミズガルズが静かに酒を飲んでいた。初めての酒に、いささか緊張するミズガルズ。芳醇な赤ワインのように鮮やかな色をした酒が彼の目の前にあった。

 サネルマがそっとグラスを差し出してくる。いつもだと耳を塞ぎたくなるくらい五月蝿いはずの彼女は、なぜか何も言わない。暖色系の明かりに照らされた横顔が妙に艶かしかった。自分は大人の女と酒を飲んでいる……そのことを自覚すると、どうも少年は落ち着かなかった。


「遠慮せずに飲むと良い」


 大人の女性にそう言われてしまったら、もう飲むしかないだろう。ここで躊躇するなんて、ミズガルズは恥ずかしくて仕方なかった。

 グラスを口につけ、少しずつ酒を身体の中に流していく。少年は何だか身体がさっきよりも暖かくなっているような感覚を覚えた。少しだけ心配になる。酔った挙句、人化の術が解けてしまったらどうしよう……と。


「なんか、苦くて……よく分かんない。初めてだから」


「そ、そうか。じゃあ、他のも飲み比べてみようか。合う酒があるかもしれない。おい、店主!」


 張り切るサネルマの横で、ミズガルズは半分潰れかけていた。当たり前だ。サネルマが最初に頼んだのは、かなり強い酒だったのだから。今までアルコールを摂取したことのない者に対して、いきなり飲ませるべきものではなかった。




 バーに入ってから、どのくらい経ったのだろう。少年はカウンターに突っ伏し、寝る態勢に入っていた。意識ははっきりしない。頭の中に霧がかかったかと思うほど、思考が追い付かなかった。今すぐにでも、彼はベッドに沈みたかった。


「リン、眠たいのか? そこらへんの宿で休むか?」


「……ん。そうして……」


 そう言ったきり、ミズガルズは無言になってしまった。眠りに入ったらしい。今更ながら飲ませ過ぎたようだ。けれど、サネルマにとって、それはむしろ都合が良かった。だって……。


「大丈夫。大丈夫だ、リン。すぐに私と一緒に……」


 その先をエルフは言わない。だが、彼女がどんなことを企んでいるかは、艶っぽい表情を見れば一目瞭然だった。

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