仕事を終えて
ラジル村で最も立派な建物……つまり、村長の家。その客間でデミレル村長とカルロス、ケネスが向かい合って談笑していた。デミレル村長は水竜が退治されたと聞いて、大層ご満悦な様子で笑っていた。実際は退治などされていないが、真実を言ってもややこしくなるだけだ。カルロスとケネスは黙ってただただ村長の話に相槌を打っていた。
「いやぁ、これで安心出来ますわ。まぁ、今まで水竜に捧げてしまった酒と食料は帰ってきませんが……。とにかく、感謝致します」
朗らかに笑う村長だったが、その言葉を聞いた途端カルロスとケネスは愕然とした。あってはいけないことが起きた。聞いてはいけない話を聞いてしまった。二人はぎこちない動きで顔を見合わせる。
酒がないだと!? せっかく、ここまで来たのに? 酒がないということは、水竜退治を祝う祝宴すら出来ないということだ。それでは意味がないのだ。勝利の酒が飲めない仕事など認めない。二人の思いは一致していた。今すぐ帰り、ギルドから報奨金を貰って、そのあとは酒場に直行しよう! ……結局、冒険者(片方は違うが)とは言っても、目当ては金とそれに付随する酒なのだ。冒険者など大抵皆がそんなもので、カルロスも例外ではなかった。
「な、なるほど。それでは迷惑にならないうちに、我々はティルサに帰りますので」
「ええ、承知しました。また何かありましたら、貴方がたギルドに頼みますわ」
笑顔でデミレル村長と握手を交わし、カルロスとケネスは早々とラジル村を後にした。しばらく歩くと人型に化けた魔物たちが待っており、そこで五人は合流する。あとは、炎竜の背に乗って王都に帰還するだけだ。カルロスが何気なく隣に目を向けると、ケネスがうわ言のように「酒……酒……」と繰り返していた。そこでカルロスは改めて思うのだ。――こいつは結局、何しに来たんだ――と。
◇◇◇◇◇
王都ティルサに到着し、ギルドのそばにある喫茶店でリューディアとケネスが紅茶をすすっていた頃。カルロスたちはギルド内で、事後報告と報奨金の受け取りをしていた。対応してくれた受付嬢は朝と同じ女性で、随分と驚いていた。当たり前だ。仕事を終わらせて帰ってくるのが早すぎる。それでも彼女は深い詮索はしなかったので、ミズガルズとイグニスはほっとしたものだ。
水竜を討伐してきた証として、イグニスは水色の竜鱗を数枚と黄緑色のたてがみを受付嬢に手渡した。ちなみにこれはリューディアが自らを傷つけて差し出してくれたものだ。だから、当然本物である。受付嬢は半ば信じられないような様子でそれを確認すると、報奨金を一行に渡した。受け取るのは、リーダーのカルロスだ。袋を振れば、中で貨幣の鳴る音がする。
「よし、じゃあ山分けだな。俺はこの後、ケネスと一緒に酒を飲みに行くからよ」
そう言ってカルロスは、丁度半分ほどの金貨や銀貨を別の袋に入れて、イグニスに手渡し、ついでに一枚の地図を握らせた。ティルサ市街の特にギルド周辺を記した地図だ。カルロスの家や、ケネスの屋敷、そしてミズガルズとイグニスの泊まる隠れ家亭の場所などが記されている。
「俺は大抵、家か、その近所の酒場か、それかギルドにいる。何かあったら、訪ねてくれ。そんなに距離だって離れてないしな。じゃあ、また明日にでも」
「分かった。あんまり飲み過ぎんなよ、カルロス」
「ミズ……じゃなかった、リン。そういうお前も変なオヤジに絡まれるなよ? イグにちゃんと守ってもらえよな、はっはっは……」
「勘弁してくれよ、まったく」
そんなやり取りを経て、五人の行き先はここで二手に分かれることとなった。既に広場に出てきていたケネスと肩を組み、カルロスは昼から賑わう酒場へ。ミズガルズとイグニスはロリロリなリューディアを連れて、とりあえず彼女の予備の服を買うために服屋へ、その後に宿泊中の隠れ家亭に戻ることにした。
帰ってきた隠れ家亭は、朝と何も変わっていなかった。宿の前のベンチにはアンディ老人が座っていて、よくよく見てみれば船を漕いでいる。寝息なんか立てていて大丈夫なのだろうか。確かに今は晴れていて暖かいが……。そこでアンディは抱えていた杖を地面に落とした。だが、それでも起きる様子はない。ミズガルズはそれを拾ってやり、ベンチに置き戻してあげた。それから、宿の中へと入っていく。
受付には相変わらず退屈そうにしているアンジェラの姿が。カウンターに肩肘をつきながら、本を読んでいる。イグニスが彼女に近づき、何か話し合い始めた。金銭を出して、アンジェラに渡したところを見る限り、リューディアのために追加の宿泊料金を支払っているようだった。
「んじゃ、リューディア。部屋に行こうか」
言われた水竜はコクリと頷く。小さい容姿が手伝って、その様子は愛らしい。もうちょっと、言葉遣いが生意気でなけりゃ良かったのに、とミズガルズは思ったが、それは秘密だ。
◇◇◇◇◇
ミズガルズは部屋に入るなり、ベッドに飛び込んだ。身体を包む毛布の感触が心地よく、旅の疲れもあって彼は眠気すら感じた。イグニスはお茶を入れているようで、リューディアは手持ちぶさたな様子でしばしおろおろとしていた。すると、何を思ったのか。彼女はミズガルズが身を沈めるベッドに腰掛けてきた。ミズガルズは当然驚き、身体を起こす。
「……ミズガルズ様はいつからイグニス様と一緒に?」
「ん~、結構昔からだけど。最近、またつるみ始めた……って感じかな」
「最近、また……というのは?」
「ああ……俺しばらく寝てたからさ」
何らかの事情で自らを封印していたのだろうと、リューディアは解釈した。ミズガルズほどの魔物ならば、そういうことがあってもおかしくないと、彼女は特に不審な思いは抱かなかった。
リューディアはベッドの上でごろごろしているミズガルズをじっと見やった。見ているうちに水竜は、彼は雄だが、もしかしたら自分よりも見目麗しいかもしれないと思い始めた。と同時に、ミズガルズとイグニスは本当にただの友人同士なのだろうかと、彼女の胸中に疑念が生まれ出した。もし彼らが何か爛れた関係だったら……。そこまで想像してリューディアはぶるぶると首を振った。憧れのイグニスに限ってそんなことは無いはずだと彼女は無理矢理自分に言い聞かせた。
「なぁ、リューディア。そう言えばお前、親はどこにいるんだ? まだお前、随分若いんだろ?」
ミズガルズが何気なく放った質問に、上の空だったリューディアは思わず息を詰まらせた。そして、そんな質問が急に飛んでくるとは思ってもいなかったのだろう。答えを探して目線を宙に彷徨わせ、やがてすぐに何か嫌なことを思い出したのか、目を伏せていきなり黙りこくってしまった。
様子を急変させた水竜の態度に慌てふためくミズガルズの元にイグニスが駆け寄ってくる。三人分の紅茶は既に用意できたらしい。その表情がちょっぴり責めているようなものなのは、どうしてだろうか。
「お、俺はちょっと聞いただけだぞ」
「分かってるって」
炎竜は短く返すと、水竜のすぐ隣に座った。背中をさすってあげている姿は、まさに爽やかな好青年。無防備な女の子に触れても、即座には振り払われない。それはイグニスのようなイケメンにのみ許された特権だ。ミズガルズは心中穏やかではなかった。
「……私の両親は巨人族に殺されました。そこまで力の強い竜でもなかったですし、巨人たちの方が数が多かったのです。ほんの五十年前のことです。私は奴らから逃げて、このバルタニア王国に来ました」
あまり、思い出したくない。リューディアはそう言うなり、毛布に顔を沈めてしまった。こういう時はそっとしてあげた方が良いのだ。ミズガルズとイグニスはお互いに頷き合い、部屋を出た。テーブル上の紅茶が三本の湯気を立てていた。
◇◇◇◇◇
部屋を出た二人。どちらも口を開かない。無言のまま、時間が流れる。
「……太古の昔から、巨人族の奴らは武器や防具を作るために他の魔物をよく襲うんだ。連中は見境が無いから時には竜ですら襲うことがある。恐らく彼女の両親も……」
その先をイグニスは言わなかった。怒りを抑えるかのように、拳を硬く握る。瞳は鋭くなり、殺気が漏れ出ていた。
魔物など普通に殺し合うものだ、と以前言っていたものの、きっと本来のイグニスは同族を大切に思う性格なのだろう。彼がどれだけ憤っているのかがよく分かる。だからこそ、ミズガルズは友人に向けて言った。
「イグニス。お前、平和主義なんだろ。あんまり変なことを考えるのは……やめた方がいいんじゃないか」
友人の言葉に、炎竜はただ短く「あぁ」とだけ答えた。どうにも歯切れの悪い返事だった。少年は大きな不安を覚えたが、沈黙に飲まれ何も言わなかった。




