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水竜の討伐へ

 早速、依頼を一つ片付けてこようというカルロスの提案により、三人は魔物狩りに出掛けることになった。元人間のミズガルズはともかく、竜であるイグニスも同胞を狩ることに抵抗は無い様子。彼曰く、魔物なんて互いに殺し合うのが普通、とのことだった。


 カルロスが魔物たちに、ある依頼の文書を見せた。依頼主はティルサから遠く離れた山村の住民たち。依頼内容は近頃になって現れた、凶暴な水竜の退治だと言う。村唯一の水源と言っていい山間の湖が荒らされ、死活問題になっているらしい。

 ミズガルズはちらっと横を見る。討伐対象が水竜、つまり同族だと知っても、イグニスは涼しい顔をしていた。水竜を自らの仲間として見ていないのだろうか。


「まだお前たちは最低ランクだが、実際は最高ランクの冒険者みたいなものだ。それに俺だって、こう見えてなかなかいける口なんだぜ」


「つまり?」


「分かるだろ? この程度の依頼なら、楽勝ってことだ」


 それなら、もう出発は決定だろう。カルロスはもちろん、ミズガルズとイグニスまでもが妙なやる気に包まれた。しかし、パーティーの船出は順調に行くかと思われたが、そこに水を差す者がいた。


「おいおい、カルロス・パルド! てめえは遂に頭が壊れちまったか! そのガキどもは何だよ、まさか新しいパーティーとか言うんじゃないだろうな!」


 耳障りな騒音がロビーに響き渡った。ミズガルズたちが振り返れば、ロビーのソファーにふんぞり返っている大柄な男が一人。その周りに取り巻きと思われる連中が突っ立っていた。どれもこれも目付きが鋭く、油断ならない雰囲気を醸し出した男たちだった。

 ざわついていた冒険者たちがさっと静まりかえり、ギルド内の空気が一気に冷え込んだ。カルロスが静かに男を睨めば、男の方もカルロスを睨み返す。しばし睨み合いが続いた後、男は再びにやけ面を取り戻し、カルロスたち三人に屈辱的な言葉を吐き出した。


「炎竜と噂の蛇神にまとめてずたぼろにされたんだよなぁ! 瞬殺だっけか?! 情けねぇ野郎がどの面下げて帰ってきてんだ、おい。俺様だったら、炎竜だろうが蛇神だろうが細切れにしてやったぜ! 細切れにな! ったく、あいつらも俺を呼べば良かったのによ。あっさりくたばっちまうなんてな。腰抜けに見捨てられて哀れな最期だぜ」


 ガキと言われたことと、魔物としてのプライドを傷つけられたことでイグニスが怒り、足を踏み出しかけたが、小さい相棒に腕を掴まれ無理矢理止められた。

 冷静に振る舞うミズガルズを見て、イグニスも落ち着きを取り戻していく。ここで蛇神が理性的に行動していなかったら、もしかしたら男は炭になっていたかもしれない。自らに命の危機が迫っていたことにも気づかないまま、男は下卑た調子でやかましく喚き続けた。


「おっ、そっちのはチビだけど、なかなか良い女じゃねぇか! てめえ、俺様の下につけよ。したら……」


 男の言葉は続かなかった。突如、彼が腰を掛けていたソファーの足元部分が氷に覆われたのだ。男の足は凍り付いてはいない。だが、容赦の無い冷気が彼を襲った。たまらず、彼はソファーから飛び退く。その姿が滑稽に映ったのだろう。ミズガルズが場の空気をはばからずに笑い声を立てた。男の顔は歪み、次第に赤くなっていく。


「……誰だか知らないが、もう一度なめた口を聞いてみろ。次は死ぬからな」


 余裕の態度を見せつけるミズガルズを先頭にして、三人はギルドの扉をこじ開けた。



◇◇◇◇◇



 ギルド本部で一騒動起こした後ほど、彼らはティルサの街を抜け、街道に沿って歩き続けていた。当然だが、街のすぐそばで魔物の姿に戻るなんて失態は犯さなかった。

 街道の左右には緑色の絨毯のように草原が広がる。草原の向こうの方には、こんもりとした森を見ることが出来た。セルペンスの森には面積で遠く及ばないものの、離陸地点には良いだろう。

 だだっ広い草原を横切って、ようやく森の縁までやって来た彼らが見たものは、一軒の小屋だった。森と草原のほぼ境界線上に建っている。枝を広げた樹々に隠れて、街道からは見えないようになっていた。いったい、こんな不便なところに誰が住んでいるのだろう。

 予想外のことに三人は迷っていたが、事態は突然動くことになる。小屋の扉が開き、中から現れた人物は三人揃ってよく知っている……そう、ケネス・キャロウであった。


「あれ? お前ら、こんなところで何してやがる?」


 それはこっちのセリフだと思うミズガルズたち。虚を突かれたというか、とんだ拍子抜けというか。何にせよ、今からまさに出立しようとしていた彼らにとっては、突然現れた人間が知り合いで良かった。


 ケネスもまさかこんなところで知人に出会うとは考えてもいなかったようで、きょとんとしていた。何かの作業をしていたのか彼の赤く派手な柄の服は埃にまみれ、赤く染色したタオルで額の汗を拭っていた。

 さらに彼は右手に両刃の長刀と布のボロ切れを持っていた。ちょうど刃を磨いていたらしく、長刀の銀色に光る刀身は太陽の光を受けて輝いていた。


「お前ら、どっか出掛けんのか?」


 ミズガルズとイグニスが冒険者になり、今から目的地に出発するということを知らないケネスが困惑するのも当然だろう。この小屋はケネス本人以外、誰も存在を知らないはずなのだから。と言うよりも、誰にも知られてはいけない場所なのだ。

 この小屋は、ケネスが所有する武器庫のうちの一つだった。中に収めている数々の武器は、実戦用だったり、観賞用のものもある。敵の組織から強奪したものや、借金のカタに貴族や豪商から取り上げたもの、馴染みの武器職人に直接製作してもらったもの……。出自は様々な武具が小屋の中にはごろごろ転がっていた。中には武器の収集が趣味の者なら、大金を払ってでも欲しいという代物もいくつかあるほどだった。ケネスは定期的にこの小屋にやって来ては、武器の手入れをしていた。


 カルロスから、イグニスとミズガルズが冒険者になった経緯を聞いたケネスは、それこそ子供のように顔を輝かせる。武器を片手に携えた大男は、今や完全に冒険に憧れる少年の顔つきになっていた。


「辺境の村に、水竜退治ぃ? 俺も行く! 行きたい! 嫌と言っても、連れてってもらう!」


 一人きりで刀を磨いていた時とは打って変わって楽しそうなケネス。旧友の冒険者は渋い顔をして何か言いかけたが、横から笑顔の炎竜に肩を叩かれ、開きかけた口を閉じた。どうやら、初の任務は四人で行くことになりそうだった。



◇◇◇◇◇



 雲に近い遥か上空を、真紅の竜が切り裂く。その飛翔速度は鳥の比ではない。どんな生物よりも速く、強く天空を駆ける者。それがイグニスたち、竜だ。だが、彼らはその速度だけが取り柄ではない。上空に吹く風を上手く操り、背に乗る者たちへの配慮も忘れない。現に今もイグニスの背の上にしがみつく三人は適度な温度に包まれていた。暑すぎず、寒すぎず、完璧な温度調整である。


(……さすがは炎竜……)


 カルロスははっきり言って、舌を巻く思いだった。こんな凄まじい魔物に刃を向けようとしていたのかと思うと、彼は背筋が寒くなるのを覚えた。命が助かっただけでも奇跡だというのに、今のこの状況はもっと奇跡だろう。過去に竜に乗ることが出来た人間がどれだけいただろうか。普通なら、人間などが竜の背に乗ることなど許されない。竜はただでさえ、人間嫌いの魔物なのだから。


「あれじゃないか!? 例の山村って!」


 考え事にどっぷり浸かっていたカルロスの隣で、ミズガルズが高い声で叫んだ。確かに遥か眼下に、険しい山々がそびえ、その谷間に小さい集落が見える。そこから程近い場所には問題の湖が広がっていた。山と山に挟まれ、縦に細長い形状をしている。上空から見てもそれなりに広いから、実際の面積は相当大きいだろう。竜が住み着いてもおかしくない広さだった。


『高度を下げるから、しっかり掴まっていろ!』


 イグニスが一気に降下を始める。音もなく着地したのは、山村の近くに見えた山間のわずかな空き地。草はまばらで、剥き出しの赤土があちこちから顔を覗かせている。木々に覆われた斜面を下れば、すぐそこに村へ繋がる山道がある。その道を真っ直ぐ進めば、簡単に山村に着くことが出来るだろう。と言うよりも、その道は山村にしか繋がっていないだろう。ケネスの言った通り、ここら一帯は辺境と言って差し支えないようだ。

 無事に着陸を果たし、冒険者たちは誰ともなしに歩き出す。傾斜のきつい斜面に足を踏み入れ、木の幹に手を掛けて支えながら下りていく。森に独特の木が腐ったような匂いが、彼らの鼻を刺した。鼻を抑えるほどではないが、良い香りとも言い難かった。


「うおわぁーっ!」


 大きな音と、大きな悲鳴が辺りに響き渡った。何事かと、蛇神・炎竜・ベテラン冒険者が身構えれば……赤に身を包んだ大男が斜面の下の方に転がっていた。


「……わりぃ、転んだ」


 言われなくても分かる。何とも、前途多難な幕開けであった。



◇◇◇◇◇



 着陸地点から歩いて十分程、カルロス率いる男四人組は依頼主の村に到着していた。問題の村はラジル村と言った。簡素というよりも閑散という表現の方がしっくりくるような山あいの村だ。民家は十数軒しかなく、村内は大部分が畑で占められている。民家よりも畑の方が広いし、数もある。舗装されていない地面の上を走る子供の数も数える程しか居らず、住人の高齢化と過疎化が窺われた。はっきり言って、王都ティルサとは比べるまでもない、ド田舎だった。

 予想以上の村の貧相な様子に、唖然とする男たち。これは……仮に水竜がやって来て、暴れた日には確実に地図から消えてしまうだろう。どうやら農業が主な生活手段のようだし、その水源が荒らされたらどうしようもないに違いない。道理で死活問題なわけだ。


「もしや、冒険者の方々ですかな?」


 振り返ると、そこには村長らしき人物が立っていた。老人にしてはシャキっとしている。頭に残る髪の毛はもはや風前の灯だが、そのくせ顎ヒゲだけはしっかりと伸びていた。老眼鏡をかけた彼の姿は、農夫というより学者に見えなくもない。


「わしがラジル村の村長をしとります。エゼル・デミレルと言いますわ」


 髪のない頭をかくデミレル村長。そんな彼にカルロスが歩み寄る。リーダー同士の話がしばし行われた。やがて、二人共笑顔になる。どうやら、話は済んだようだ。

 パーティーのリーダーとして、カルロスが説明をし始めた。彼によると、早速今から湖へと赴き、水竜の退治に行くらしい。ミズガルズは後々知ることになるが、彼の先輩のモットーは「思い立ったら、すぐ行動」だった。




 村の出口に四人の冒険者(一人は街の犯罪者だが)が立つ。これから、新パーティーとして初の任務に行くのだ。燃えないはずがない。特に、イグニスとミズガルズなんかはその傾向が顕著だったりする。魔物としては伝説級でも、冒険者としてはまだまだ始まったばかりだから、何だかんだ言って楽しみで仕方がなかったのだ。

 士気が高まる彼らに、デミレル村長が声を掛けた。不測の事態に備えて、村の若者を同行させてくれるようだ。精悍な顔つきの二人の青年で、セルジャンとエムレと言うらしい。村長によれば、湖までの地理に詳しいとのこと。


 正直なところ、ミズガルズとイグニスは正体を知られたくなかったので断りたかった。だが、村長の好意を無下にするわけにもいかないだろう。自分たちが不評を買うだけでは済まない。ギルド全体に対して、不信感を抱かれてしまう。


「……じゃあ、行くとするか!」


 ともあれ、思い立ったらすぐ行動がモットーのカルロスのこと。水竜討伐隊は軽い掛け声と同時に、ラジル村を出発した。

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