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冒険者になろう

 すぐ隣から聞こえてくる唸り声に、銀髪の少年は起こされた。長い髪はところによって跳ねている。少年は枕元に置いた手鏡を手に取り、ぐしゃぐしゃになった自分の髪を見て、治すのに苦労しそうだと溜息を漏らした。

 半分閉じた目の下を眠たげにこすり、彼は一度大きくあくびをする。小さな口からは、鋭利な牙が姿を見せた。

 窓から射し込む、太陽の光は暖かかった。徐々に眠気も消え、ミズガルズはベッドを後にした。彼の隣のベッドの上では、二日酔いに苦しむ炎竜の姿があった。竜も酒の飲み過ぎには勝てないのだ。


 相棒を部屋に残し、銀髪の少年は階段を降り、一階の食堂に足を踏み入れた。既に何人かの宿泊客が朝食を頬張っている。有難いことに、この「隠れ家亭」は朝食を提供してくれるのだ。もっとも、昼飯と夕飯までは用意出来ないらしいが。イグニスは起きたくても起きられないだろうから、ミズガルズは一人で先にご飯を頂くことにした。


 今日は何をしようか? どこに行ってみようか? 少年はのんきにそんなことを考えながら、朝食を頬張った。一人で静かに過ごせる場所が良いだろう。何せ、昨夜は酔い潰れたイグニスと一緒に宿まで帰らなければいけなかったのだから。ケネスの助けがなかったら、どうなっていたことか……。


「まっ、今日もなるようになるか……」


 皿を片付け、受付のアンジェラに声をかけた後、ミズガルズは外に出て行った。



◇◇◇◇◇



 あくびを連発しながら外に出たミズガルズだったが、宿から数歩も歩かない内に立ち止まった。つい昨日に会ったばかりの人物がそこにいた。……カルロスだ。いったい何の用だろうか。


 突っ立っていたミズガルズの元に、カルロスが寄ってきた。やはり昨夜の大酒が原因だろう、彼もまだ頭が痛そうだった。


「あぁ……頭が痛い……」


「カルロス? 朝からどうしたんだ?」


 しきりにこめかみを押さえ、痛みに耐えているようだったが、ミズガルズの一言にようやくカルロスは顔を上げた。そして、次にカルロスから放たれた台詞は、ミズガルズに大きな衝撃を与えることになる。


「ギルドに一緒に来てくれないか?」


 銀髪の少年は思わぬ言葉に聞き返す。ギルドに? 一緒に? まるで、どういうことなのか分からない。当然だが、彼は困惑に包まれた。まさか、ギルドに突き出すつもりなんじゃないか……と、少年は戦々恐々とした。緊張で硬くなるミズガルズをよそに、カルロスは淡々と続ける。


「イグニスは起きてるのか?」


「いや、まだだよ」


「じゃあ、起こして来てくれ」


「……えぇ」


 途端、少年は眉間にしわを作った。正直、起こすのは嫌だった。もしかしたら、逆ギレされるかもしれないし……。





「……寝かしておいて欲しかったよ」


 顔色の悪いイグニスが案の定文句を言う。吐く数歩手前の状態だ。ふらついた足で立つ彼の姿からは哀愁さえ漂っていた。


「すまないな、イグニス。だけど、大事な頼みがあるんだ」


「ギルドに自首なんてのは、勘弁だぞ。……うっ、吐きそうだ」


 昨日の敵に、殊勝とさえ言える態度で接するカルロス。彼が放った次の一言に、ミズガルズとイグニスは心底驚くことになった。


「二人とも今は職なしだろう? なら俺と一緒に冒険者にならないか?」


 何を言われたのか、よく分からない。二人の魔物は揃ってそんな顔をしていた。




◇◇◇◇◇




 この世界はケントラムという名の中央大陸を中心にしてまとまっている。小さい大陸だが、ギルドの総本部が存在し、また世界一の強国アスキアが領土を構える。

 ケントラム大陸を取り囲むのは、北のセプテン大陸、南のメルディアス大陸、東のオリエンシア大陸、そして今現在ミズガルズたちがいる西のオキディニス大陸だ。この中ではオリエンシアが一番広く、その面積は他の大陸の三倍以上を誇っている。

 オリエンシア大陸の更に南には、マルゴーアと呼ばれる広大な大陸が広がる。まだ未開の土地が多く残る場所で、人間は北岸の僅かな土地にしか住んでいない。また、西のオキディニスから見て遥か北西、嵐霧の大海の彼方には魔界という名の暗黒大陸の群れが浮かぶ。そこは未だ人間が足を踏み入れることの出来ぬ地であった。


「……それで、もうずっとずっと昔、ギルドの前身となる組織がアスキアで生まれたんだ。アスキアの発展と共に、ギルドは世界中に広まって……」


 冒険者たちで賑わう、ギルドの建物内。談話室の一角にミズガルズたちの姿があった。ギルドの簡単な歴史を説明するカルロスに、それを熱心に聞くミズガルズ。一方でイグニスはそんな話には興味が無いようだった。彼の目に映るのは、テーブル上の菓子だけ。山と盛られた菓子は次々と竜の胃の中に消えていった。


「バルタニアでも、ほとんどの都市に最低一軒はギルド関係の施設がある。ティルサは王都だから、ここがバルタニア領内のギルド本部になるな」


 誇らしげに胸を張るカルロスの言う通り、そこは本部に相応しかった。建物は三階建てで、屋内の装飾も美しい。このまま貴族の邸宅にすることが出来そうだ。

 だが、はっきり言って今はそういう話はする必要がないのだ。ミズガルズとイグニスには、それよりも大事な話がある。冒険者になってくれとは、いったいどういうことか? どんな風の吹き回しなのか、理由を知らなければならない。


「……これはあくまで俺個人の考えで、ギルド全体の考えではないんだがな、俺たちの方も悪かったんだ。そっちの警告は再三聞いていたし、だいたいお前たちは今まで人間を襲っていなかったし……」


 その風貌に似合わぬ、弱々しい調子でカルロスは呟いた。これには、さすがにイグニスも菓子を漁る手を止める。食欲よりも良識が勝ったようだ。


「結局、あの討伐依頼を出したのは誰なんだ? オレの見立てだとエルストンド家の馬鹿息子なんだが、違うか?」


「それは違う。依頼主は……大貴族のトラショーラス家だよ。俺も知らなかったんだが、実はあの草原を含む一帯はトラショーラス家が元々管理していた土地らしくてな。それでギルドに圧力が掛かったわけだよ、竜を追い出せって。あとはそうだな……最近お前にちょっかいを出し続けていたエルストンド家の息子も原因のひとつではある。トラショーラスとエルストンドは犬猿の仲だからな。エルストンドの人間に万が一竜を討たれたら、トラショーラスの権威が落ちるだろうよ」


「……なるほどな、エルストンドでなくトラショーラスだったか。それよりも、どうして仲間の仇のオレたちを誘う?  正直、理解出来ない」


 色とりどりの菓子を見比べているイグニスが、ようやく自分から言葉を発した。相棒の蛇神はちょっと呆れていた。まだ食べんのかよ、と。腹が膨れるまで食べて吐いたりしないと良いが。


「言いづらいんだが、お前たちに返り討ちにされて、戦力的にだいぶ痛手を食らってな。力のある奴を加えなくちゃならないし、お前たちに敵でいられるより味方でいてもらった方がいいと思ってな」


 本末転倒じゃないかと、イグニスが複雑極まりない様子になって言った。カルロスもその点はよく分かっているのだろう。変な風に顔を歪ませ、笑い声とも呻き声ともとれぬ声を漏らした。


「まぁ、それだけじゃない。俺自身、新しくパーティーを組む相手が欲しかったんだ。あと、お前たち無職だろ? 冒険者ってのは良い小遣い稼ぎになるぞ」


「……何となく理解はしたが、ばれやしないのか? オマエが責任を取らされることになるんじゃないのか、カルロス」


 カルロスは気にもしていないという風にカラカラと笑った。


「なーに、バレた時はお前らと一緒に逃げるさ。冒険者なんてどこでだってやっていけるんだ」


 なんだか、釈然としない理由だったが、カルロスの中では二人の魔物が冒険者になることは確定らしい。彼は立ち上がると意気揚々と受付に向かって行った。


 それにしても、と、ミズガルズは考え込む。魔物を丸め込んで冒険者にさせようとしたり、仲間を殺した魔物とパーティーを組んだり……。カルロスは結構腹黒くて、したたかな人間なのかもしれない。




◇◇◇◇◇



 受付嬢が書類とペンを差し出してきた。蛇神と炎竜は素直に受け取った。必要事項を書かなくてはいけないらしい。ペンは白い鳥の羽根で作られたもので、インクはほんのり赤みがかかった黒いものだった。

 ミズガルズが隣を見れば、イグニスがさっささっさとペンを動かしていた。意外にも彼の書く字は美しかった。

 書類に目を通す。氏名の欄は……偽名で良いだろう。出身はティルサにしておく。書き進めるうちにミズガルズは年齢の欄で、手を止めた。ここは十六にして良いのだろうか。と言うか十六と見てもらえるだろうか。心配だったが思い切って十六と記入した。

 性別のところは、もちろん男と記入し、二人は紙を提出した。受付嬢はしばらく何かの作業をしていたが、それが終わると椅子から腰を上げた。愛想の良い笑顔を二人に向ける。


「では、こちらに付いてきてください」




 ミズガルズとイグニスが案内された部屋は、ギルド所属の冒険者が持つ「証明石」を作るところだ。いわゆる、身分証みたいなものである。この場合は紙っぺらではなく、アクセサリーのような石だが。

 奥の部屋に引っ込んだ受付嬢が小さな宝石を二つ持ってきた。不思議な色合いの深い青色をした宝石だった。形は地球の印鑑のように細長く、大きさはそれよりも大きい。


「これには、先程お二人に記入していただいた情報を刷り込んでいます。後はお二人の血を染み込ませれば、証明石として使用可能になります」


 受付嬢の説明は続く。証明石の原材料は貴重なので、破損や紛失は避けて欲しい。再び製作せざるを得なくなった場合、追加料金を貰う。証明石から情報を見ることが出来る。例えば、魔力の量、冒険者としてのランク、種族など。それらは本人が許可しなければ、他人には閲覧出来ないらしい。便利な身分証だと思ったのは、ミズガルズだけでなく、イグニスも同じだろう。


「……じゃ、早速」


 イグニスが自らの指を軽く噛み、流れ出た鮮血を証明石に擦り付けた。一瞬、彼の手の中の宝石が眩しい光を放つ。これで成功だ。ミズガルズも相棒にならい、鋭い牙で指の腹を傷つける。浮かんだ血の玉を押し付ければ、証明石は例の如く輝きを見せた。こちらも成功したようだ。


 それを見届けた受付の彼女が一言。


「お疲れ様です。こちらで登録も既に出来ていますので。これでお二人も冒険者ですよ」




◇◇◇◇◇




 受付の前に広がるロビーの端にカルロスが待っていた。ミズガルズとイグニスは懐から証明石を取り出し、彼に見せる。カルロスは満足そうに頷き、パーティー登録の件は既に済ませたことを告げる。そんなカルロスに、イグニスが何とも言えぬ表情を作り、尋ねる。


「オレたちなんかと組んで、本当に良かったのか?」


「……あぁ、良いんだ。悩みに悩んだが、俺はお前たちのことはもう許したんだ」


 感動的な、人と魔物の和解のシーンだったが、その後のカルロスの一言がせっかくの雰囲気を台無しにした。


「それになあ最強の魔物がパーティーなんだぞ。優越感もあるし、何より楽だろ?」


 小声での呟きは、確かに巨大な破壊力を持っていた。やはり、何とも言えぬ表情をしているイグニス。上機嫌で、依頼が貼り出される掲示板に向かうカルロス。彼の後ろ姿を見て、ミズガルズは思うのだった。……やっぱり、腹黒くて、したたかだ……と。


(堅物で真面目だと思ってたんだけどなあ……)


 ところで、憂いを帯びる銀髪の“少女”に、密かに欲情した冒険者たちがいたことは、“彼女”の預かり知らぬところであった。

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