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討伐隊

 鳥の鳴き声だけが響く早朝の王都ティルサ。そんなのどかな空気を切り裂くように、金属質な音が大きく鳴り響く。音の出処はティルサの西部地区に位置するギルド本部の前だった。そこには数十人に上る冒険者たちの姿があった。武器を腰に吊り下げ、あるいは手に持って、彼らは出発の時を待っていた。

 その中に、一人の男がいた。名前はカルロス・パルド。貴族のドラ息子アレハンドロにも雇われた、腕利きで経験豊かな冒険者である。彼は何度目になるか分からない炎竜の討伐に向かおうとしていた。今回の討伐はアレハンドロからの依頼ではなく、彼の家と敵対するトラショーラス家の息がかかっている。報奨金の額もアレハンドロが出したものの比では無く、ギルドの上層部も遂に動いたのだ。そして実のところ王都の横に住まう竜の存在は、ティルサのギルドにとって長年眼の上の瘤のような存在だった。この機に本腰を入れて討伐しようという話になったのだ。だが、カルロスの頭の中は疑問でいっぱいだった。

 自分たちをいつも最後には見逃してくれた炎竜を討っていいのだろうか。何故、人間を一人たりとも殺していない竜を殺さなくてはいけないのか。確かに王都のすぐ真横にあのような巨大な竜が巣食っていては国の安全にも関わる話だが……。それでも、いささかおかしい。これは間違った行為ではないか。カルロスのそんな疑念は膨らみ続け、周囲の景色も殆ど見えていなかった。

 それに何より、本当に炎竜に勝てるかどうかなど、誰も分からないのだ。勝利の根拠など、どこにもない。逆にカルロスたちギルド側が殺られる可能性だって、当然だがあるのだ。


(あの炎竜は我慢していた。それに言われたはずだ。次こそはない……と)


 カルロスが思案していると、周りの冒険者たちが雄叫びを上げた。一人の冒険者……今回の大規模な討伐作戦の指揮官が剣を天に向けて掲げていた。出発の合図だ。

 この後、自分たちは炎竜の首を持って、王都中を凱旋するのか。それとも、怒り狂った炎竜の炎に巻かれ、無残な焼死体となって草原に転がることになるのか。カルロスには嫌な予感がして仕方がなかった。



◇◇◇◇◇



 ……セルペンスの森に隣接する、炎竜の草原。鳥が止まれるような木は少なく、虫たちも朝っぱらからは鳴きはしない。痛いぐらいの静寂の中に立つ岩山の内部で、ミズガルズはしっかりと起きていた。未だに夢を見ているイグニスの横でとぐろを巻きながら、近づいてくる人間の確かな気配を感じ取っていた。

 蛇という生き物は熱で相手の存在を探知する。その点はミズガルズも同じだ。ただ、彼の場合はその範囲が桁違いに広い。多少、相手との間に距離があろうとも、対象の位置や人数が正確に把握できた。


(セルペンスの森から少し出た所……。人数は、百人近い、か。……冒険者たちかな?)


 穴蔵の中で気持ちよさそうに眠っている親友を起こそうとした時だ。何かが空を切るような音がしたと思った瞬間には、もう遅い。穴蔵の入り口から見える空を光の球の群れが占拠した。ミズガルズが言葉を発する暇もなく、イグニスをたたき起こす暇もなく、光の弾丸たちは岩山全体に炸裂した。


『これはちょっと、まずい――!』


 攻撃されたとミズガルズが理解したと同時に、鼓膜をつんざくような爆音が彼を襲う。本能がそうさせたのだろう。ミズガルズは自分でも理解できない呪文のような何かを高らかに叫んだ。直後、青く光り輝く氷の盾が蛇神と炎竜を岩山の崩壊から守る。

 辺りを冷気が包み込むと、それを待っていたかのように巨大な岩山の上半部が爆発、四散した。轟音と共に山は吹き飛ばされ、草原に巨石が降り注ぎ、竜の寝床はガラガラと崩れ落ちていく。もはや、炎竜の大切な住処は失われてしまった。そこには半分以上が崩壊した、無残な岩山の名残があるだけだった。


 遠くからギルドの冒険者たちが注意深く見守っていると、まるで火山の噴火の如く、岩山の名残から一筋の炎が天に向かって噴き出した。次の瞬間、積もった巨石たちを吹き飛ばし、中から現れたのは真紅の鱗を身に纏った炎竜。ぎらつく瞳には、既に常の平和主義的な面影は見い出せない。完全に激怒したイグニスは、口の端から炎を漏らしながら、大地を震わせるほど大きく吼えた。


『……貴様らッ!!! もう絶対に許さん! 我は何度も忠告したはずだぞ! 貴様らが炭になるのは、自分たちの責任だと思え! そちらの望みが戦いならば、遠慮なく応えてやるとも』


 炎竜は飛び出してきた冒険者たちに向かい、灼熱の火炎を吐き出した。だが、そこは一流の冒険者たちだ。魔法で何とかそれを防ぐ。ギルドの狩人たちは暴れる炎竜を討ち取るべく、洗練された動きで三つの集団に分かれる。標的を三方から取り囲むようにした彼らは、一斉に最大限の魔法を放った。炎を扱う竜が苦手だとされる氷結系の高位魔法だ。

 空を覆い尽くすほどに放たれた無数の氷槍が竜を貫いた。苛立たしげに怨嗟の雄叫びを上げて、炎竜は空中でもがいた。一瞬とはいえ無防備となった彼に一人の屈強な冒険者が飛び掛かる。細めた黄金の瞳で彼を睨み抜く竜。そして冒険者の持った巨大な斧が、炎竜の片翼を切り落とす……ことはなかった。

 空中に飛び出た男は、どこからか飛んできた液体を頭から全身に浴びた。直後、男は動きを止め、悲鳴を上げながら地面へと落ちた。白煙を発しながら溶け始める斧が彼の近くに突き刺さる。地に叩きつけられた男は、やはり身体中から白煙を噴き出し、しばらくの間絶叫とともに激しく痙攣していたが、やがて動かなくなってしまった。


「毒液だと!? どこから……」


 予想もしていなかった攻撃に、冒険者たちは動きを止めてしまう。そして、その隙を百戦錬磨のイグニスが逃すはずがなかった。炎竜は本気で炎を吐いた。たちまち数人の冒険者がうねる火炎に飲み込まれ、絶命する。

 冒険者たちは再び魔法を行使しようと試みたが、それは叶わなかった。空から火を吐く炎竜に、白銀の蛇神が加勢をしたからだ。剣のように鋭く尖った尾が空を薙ぎ、冒険者たちを鎧ごと真っ二つにし、叩き潰す。金属製の鎧はいとも簡単に破壊され、真っ赤な鮮血が噴き出した。


 一瞬で全体の三分の一ほどの数が失われた冒険者たち。当然、集団の中には大きな混乱が走る。もはや当初に立てていた作戦など機能しない。指揮官の張り上げる声も虚しく、各々が各々の経験を元にして行動を始めた。ある者は剣を抜き、またある者は退路を確保しようとする。冒険者の一人、カルロスは後者を選んだ。

 真っ先に集団から離れ、草原から突き出る岩の陰に身を潜める。本音を言えば、同僚を見捨ててでも彼は死にたくなかったのだ。力の差は明らか。こんなところで無駄死になど、考えたくもなかった。


(……っ、どうする? 今、飛び出したら、確実に死ぬぞ……)


 カルロスは恐怖におののきながらも、二頭の魔物の姿に目を奪われていた。空を縦横無尽に舞う炎竜は、まるでそれ自体が生きる炎のよう。

 そして、鎌首をもたげる大蛇は雪のように白い輝きを放ち、まるで地を走る稲妻のようだった。先程から巨体に任せた単純な攻撃ばかりしているが、その威力は絶大だ。魔物相手の戦闘に手慣れているはずの冒険者たちが手をこまねいていた。


 焦燥も露わにして、今回の討伐作戦の指揮官を任された男がついに立ち上がった。冒険者たちに向かい合うミズガルズの背後に素早く回り、大きく跳躍すると、彼は一気に大剣を振り下ろした。

 男は確かな確信を持って剣をミズガルズに叩き付けた。だが、その確信はすぐに揺らぐことになった。ミズガルズの頑強な鱗は刃に屈することがなかった。男の大剣は蛇神を斬ることが出来ず、鱗に弾かれて鈍い音を立てただけだった。

 まるで身体に止まった羽虫を払い除けるかのように、鞭のようにしなる尾が男を叩き落とす。地面に打ち付けられた彼は息をすることが出来なかった。呼吸が止まる。そして、すぐに燃え盛る灼熱の火炎が男を襲った。



◇◇◇◇◇



『……殺ってしまった……』


 呆然として呟く炎竜イグニス。佇む彼の周りには、無残な屍の山。鮮血と揺らめく炎で、緑の草原は赤く染まっている。広がるのは、一方的で圧倒的な虐殺の跡。穏やかだった場所は、一瞬で血生臭い場所へと変わってしまった。


『あぁ、なんてことをしてしまったんだ。これでいよいよ名実ともに悪竜だ。そのうえオマエまで巻き込むなど……』


 イグニスは今更ながら後悔しているようで、うろうろと辺りを回っている。一方のミズガルズは対照的に落ち着いていた。もちろん、全く動揺がないわけではない。それ相応に心は揺れているが、彼は自分でも驚くほど冷静に努めていた。

 それに仕方ないという思いもあった。ミズガルズは既に人間ではなく、魔物だった。一線を越える……つまり以前の自分と同じ人間を殺すことは、いずれにせよ避けられなかったはずだ。今のミズガルズは人間にとって恐怖の対象なのだから。

 そう分かっていても、無理矢理冷静な様子を見せようとしても、鉛のように重たいものが蛇神の胸に残った。冷たい氷を延々と飲まされているような気分で、彼は胸の内のむかつきと静かに戦っていた。


『いや、そうだ! あの手があったな』


 何の脈絡もなく、イグニスが叫んだ。何事かとミズガルズは尋ねると、イグニスは何やら興奮したような様子で、よほど嬉しいのか大きな翼をバサバサとはためかせた。


『この先、冒険者に追われず安全に暮らす方法がある。 オレたちが人間に変化へんげすればいい!』


 得意気に言い切るイグニスに、ミズガルズは本気で驚いた。竜と大蛇が人間に変身するだと? そんなことが本当に出来るのか? ミズガルズは心配になってしまった。この炎竜は現実を見たくないがために、変なことを言い出したんじゃないだろうか、と。


『……今のオマエは人間から生まれ変わったばかりだから、実感がないのかもしれないけど。オレたちがどれだけ長く生きてると思う? 人化くらい出来て当たり前なんだ。長いこと変化などしていなかったから忘れかけていたが』


 そう言うと、イグニスは複雑な呪文を素早く唱えた。直後、目も眩むような光が辺り一帯に広がる。思わず目を逸らしたミズガルズが再び両目を開けた時には、既に光は収束していた。まさに一瞬のことだ。


「な、簡単だろう? オマエにも出来るよ」


 そこには局部丸出しで立つ、赤髪の美青年がいた。


『……すげぇ』

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