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続・平穏の日々

 三馬鹿……もとい、アロンソ・ダリ、イニゴ・コルドバ、フォンス・アグアージョの三人のバルタニア王国兵士に案内され、ミズガルズとノワールはこじんまりとした建物の客間で寛いでいた。セルペンスの森の入り口にできたこの建物は、アロンソたちのようなティルサの警備兵たちが交代交代で寝泊まりするための詰め所らしい。彼らの職務は蛇神のものとなった聖地セルペンスの森を守ることだそう。学校の入り口にいる守衛みたいなものか……? 別にいらないんだけどな。ミズガルズは口には出さず、そんなことを思いながら自分たちへの対応に追われる三人をちらっと見た。

 三人の中で一番若いというフォンスがミズガルズとノワールのために用意した紅茶のカップをトレイごと落とし、その後始末を必死にやっているのが今の現状だった。横では焦った様子でもう一人の兵士がフォンスを怒鳴りつけていた。初めて蛇神の洞窟で邂逅した際に、フォンスとアロンソを見捨てて真っ先に逃走したイニゴだ。そんな二人を尻目に対面するソファーに座り、生暖かい目をしているミズガルズとノワールのご機嫌取りをしているのがアロンソである。一応、三人のリーダーだそう。とても頼りなさそうだが。


「いやいやいや、本当にすみません……こんな醜態を見せてしまい……! どうか、お許しを……」


 アロンソは土下座せんばかりの勢いだった。ミズガルズもさすがに不憫に思った。


「こっちこそ、いきなりやって来て悪かった。最近、下に降りてなかったから久々に散歩でもしたいと思ってさ。余計なことをさせたな」


「とんでもないです。守護獣様をもてなすのは当然のことですよ」


 そう言ってアロンソは目の前で、必死に頭を下げ続けた。当のミズガルズは嬉しさや優越感を感じることなく、むしろ戸惑いばかり抱いていた。いつになっても誰かからぺこぺこされて敬われるのには慣れないのだ。慣れる日がいつか来るのだろうか?


「ん、そうか……まあ、とりあえずありがとう。それじゃ、俺はそろそろ王都にでも行って来るからさ」


 お茶の一杯も貰ってないが、まあそれは良しとしよう。落とした紅茶の後片付けをしていたフォンスは割れた破片で怪我をしたようで奥の方に引っ込んでしまったのだ。お茶が出るにはしばらくかかりそうだし、目的地は何よりティルサだったので早々にお暇することにした。


「あ、あのミズガルズ様、もしや王に会いに行かれるのですか?」


「ん? ああ、そのつもりなんだけど、どうかしたのか?」


 立ち上がったミズガルズに慌てた様子のアロンソが囁くように小声で言った。


「何やらよく分かりませんが、王宮内は今ピリピリしているようですよ。行かれるのならお気をつけて」


「……あ、ああ。そうなの。ありがとうな」


 ピリピリ……間違いない。原因はエルシリアのことだ。



◇◇◇◇◇



 王城の正門前で任務に就いていた若い門兵は、あまりの退屈に辟易としていた。門兵の仕事など、これといって面白いことはない。一日中、門の前に立って見張りを続けるだけだ。わざわざ王城に侵入しようとするような輩もいないし、だからと言ってさぼるわけにもいかない。おまけに相方の年長の門兵は仕事に対して異常なくらい真面目な男であったから、うっかり軽口も叩けなかった。


(……つまんなさ過ぎて死にそうだ。なんか起きないかな……)


 何も起こらないことが良いというのに、若い門兵は門兵に相応しくない思考に沈んでいく。真面目に仕事をしている同僚のことなど、まるで御構い無しだ。彼の頭の中では、本日の夕飯の献立を何にするかという議題で脳内会議が始まろうとしていた。

 そこで事態は急変する。それは一瞬のことだった。何気なく見つめていた正門の前の空間が微かに揺らいだような気がして、次の瞬間には輝かしい銀色の粒子と共に人外の美貌を備えた二人の少年少女が現れたのだ。一人は幼児とも呼べるほどに小さな、黒髪の少女。そして、もう一人は白銀の長髪に真紅の瞳の……。


「なっ……! ま、まさか蛇神ミズガルズ様では?!」


 仕事に真面目な年配の門兵が驚愕に目を開き、その場で平伏した。若い門兵も一呼吸遅れて、慌てて跪いた。国の守護獣の訪問という滅多にないイベントが起こったので、内心では彼は大喜びだった。


「あー、いきなり来てしまってすまないな。少し王に会って話したいことがあってね。予約も何も取ってないんだけど……大丈夫かな?」


「はっ、もちろんでございます。今すぐ城内の者たちにもお伝えしますので!」


 そう言われるなり、重く立派な城門が徐々に開けられていく。守護獣の立場というのはだいぶ便利なものだな。ミズガルズはそう感じながら、ノワールを伴ってバルタニアの城門を潜った。



◇◇◇◇◇



 案内の兵士に連れられて、王の間にやって来たミズガルズとノワールだったが、その高貴な場所で彼ら二人が見せられていたもの……それは。


「……父上の馬鹿! 分からず屋! どうして私の気持ちを分かってくれないのですか!」


「な、ななな、エルシリア! 王族がそのような汚い言葉を使うでないわ! 言ったであろう、お前の気持ちだけで決められるほど簡単なことではないのだ!」


「私はミズガルズ様を好いていて、だから彼と一緒になりたいというだけのこと。単純なことです! それに可愛い子には旅をさせよ、という言葉もあるではありませんか!」


「……ぬぐぐっ、ならばはっきり言う! 娘としてお前のことが可愛すぎるから、旅になど出したくないのだよ。ましてや、王族が……神に嫁ぐなど前例がない……」


「前例は壊すためにあるんですよ、父上!」


「お前は無鉄砲すぎる!」


 眼前で繰り広げられていたのは壮絶な親子喧嘩だった。ノワールは何が何だかよく分からないといった顔で、きょとんとしていた。まあ、当然か。こんなもの見せられたら困惑する。ミズガルズはミズガルズで国王の親馬鹿っぷりを見て、溜め息をつきたくなった。


「……アシエル国王、そしてエルシリア。久しぶりだな、二人とも……うん、元気そうで良かった」


 そこで少年は初めて声をかけた。国王とエルシリアは言い争いに熱が入っていたからか、ミズガルズとノワールの存在に今の今まで気づいていなかったようだ。二人は揃って慌てながら、ミズガルズに近づき膝を着いた。


「ミズガルズ殿、これはすまない! 出迎えもできず、こんな場面を見せてしまった」


「ああ、いや平気だよ。二人の元気な姿が見れたし、良かったさ」


 跪かれたままだと気分的に良くなかったので、ミズガルズは二人を立たせた。それからノワールを紹介し、応接間へと移動をした。話はそこで、座りながらしよう。



◇◇◇◇◇



 応接間の高級なソファーに腰を沈めるミズガルズは、その場の空気の重さに息が詰まりそうな思いでいた。国王もエルシリアも眉間に皺を寄せて一言も発しようとしない。互いに何か言いたげに見つめ合ったり、視線を外したりを繰り返している。ミズガルズも何と切り出して良いか分からず、沈黙に徹したままでいた。


「ミズガルズ様、何か話さないんですか?」


 会話の切っ掛けを作ったのは、ずっと静観していたノワールだった。三者とも黙りこくるこの状況を見かねたのか、それとも単につまらなかったのかは分からないが、何にせよ彼女のおかげで重苦しい沈黙はようやく破られることとなった。


「ん、今話す。……それでだ、国王。俺はやっと落ち着けるようになったから、まあ散歩の気分で久しぶりにこうやって来たわけなんだけど……結局、あの話はどうする?」


 あの話。濁して言ったが、何のことであるかは誰もが理解していた。ただ、結論を出すのが難しい。


「ミズガルズ様、私はできる限り娘の意思を尊重したい……のですが、正直に言うと私はまだ王としても父としても、どうしても踏ん切りがつかなくて」


 国王はそう言って項垂れる。……まあ、それはそうだろう。彼の立場に立ったら、誰しも同じように悩むはずだ。娘を男のもとに送り出すことほど、父にとって辛いことはない。ミズガルズは父親になったことなどないが、アシエルの気持ちを理解出来ないわけではなかった。ともかく、この場の鍵となりそうなのはエルシリアだった。


「……エルシリア、どうしたい?」


 問われた王女は肩をピクリと震わせ、俯き加減だった顔を上げた。エメラルドの輝きを放つ両の瞳には強い光が宿っていた。


「私は、ミズガルズと共にありたい。父上には悪いと思う。だけど私はこの先ただの王女として、人生を終わらせたくない。好きな人と共に色々な所へ行き、様々なことを学びたいのです。……父上、正式な婚姻など、まだずっと後でも良いから、しばしの間、外に行かせて欲しい……」


 王女は父親に懇願した。国王は言葉に詰まった様子で、自らに頭を下げ続ける娘の姿を凝視していた。そして、腕を組み、唸り出す。相当、迷っているようだった。王の苦悶の声だけがしばらく部屋に響き渡り、その場の誰しもが口を閉じていた。余計な口を挟めるような雰囲気ではなかった。そんな時間がしばし続いた後、王は観念した様子で大きく息を吐いた。


「……ここで拒絶すれば、お前に嫌われるだけだな」


 その瞬間、エルシリアの目が輝いた。


「蛇神様がそばに付いていれば、きっと安全だろう……。エルシリアよ、お前の勝ちだ。沢山、学んできなさい」


 ついに国王は娘の願いを認めた。歓喜のあまり、小さく飛び跳ねる王女。はしゃぎにはしゃいでノワールに抱き着き、頬擦りなんぞをしている。そうやって騒ぐ娘を尻目に国王は溜め息を漏らすと、そのままミズガルズに向き直った。彼は少年が今まで見たことが無いほど真剣な表情をしていた。


「ミズガルズ様……わがままな娘ですが、どうか守ってやって下さい。私は貴方を信じます」


「……俺も誓うよ。絶対に守って見せる」


 国王と蛇神は互いに強くうなずき合った。握手こそ交わさなかったものの、二人にとってはそれでもう十分だった。この日からバルタニアの第二王女エルシリア姫は、白銀の蛇神と共に王国の外へと旅立つことになった。そして後世に、蛇の神に見初められた姫君として知られるようになる。

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