第七話:朝の冷たさと手の温もり
ドアを静かに閉めて、廊下に出る。
ホテルの廊下はまだ静かで、朝の光がカーテン越しにうっすらと滲んでいた。
「……まだ、空気ちょっと冷たいね」
湊さんがそう言いながら、軽く肩をすくめる。
「うん……」
自分の声が、少しだけ緊張しているのがわかる。
……変な感じ。
エレベーターの中は、二人きりだった。
沈黙が落ちる。
でも気まずいというより、静かすぎて心臓の音がやけに響く。
ちら、と湊さんの横顔を見る。
朝の光のせいか、昨日より少し柔らかく見える。
眠そうな目も、ラフな髪も、全部がやっぱり好みだ。ずるい。
「……なに」
気づいたみたいに、湊さんがこちらを見る。
「え、いや、なにも……」
慌てて視線を逸らすと、くすっと小さく笑われた。
「……俺ってそんなにかっこいい?」
少し口角を上げた、挑発するような視線。
悔しいけど、何も言い返せない。
「……」
湊さんは、まだ楽しそうにクスクス笑っている。
⸻
エントランスを抜けると、朝の空気がふわっと頬に触れた。
まだ人通りも少なくて、街全体が眠りの余韻を残しているみたいだった。
部屋の中では自然だった距離が、外に出ると急に意識される。
並んで歩いているだけなのに、周りに人がいるだけで、なぜかそわそわしてしまう。
コンビニまでは、ほんの数分。
ただコンビニに行ってるだけなのに、なんだかデートしてるみたい。
心が躍るのがわかる。
どうしよう、ニヤニヤして気持ち悪くないかな、私。
さっきからずっと、肩が触れそうで触れない距離。
触れていないのに、ちゃんと隣にいるってわかる距離。
横断歩道で信号を待つ。
周りからはどう見えてるんだろう。カップルに見えたりするのかな。
……ふふっ。
心の中でそんな妄想をしていると、信号が青に変わる。
「そんなにニコニコしてどうしたの。ほら、行くよ」
ふいに手を取られ、気づいたときには手を繋いで歩いていた。
……。
いや、薄々わかってはいたけど、恋愛偏差値高すぎる。
私じゃ勝てないや。
少しだけ落ち込みつつも、右手から伝わる、少し大きな手の温もりがうれしい。
コンビニの自動ドアが開く音がして、二人同時に足を止めた。
⸻
「俺、おでんとか食べようかな。あ、ここにあるじゃん」
九州のコンビニは初めて来るらしい。
少しだけテンションが上がっている湊さんが、なんだか新鮮だった。
夜とはまた違う雰囲気。
表情はあまり変わらないのに、不思議とわかる。
……可愛い。
二人で一通り見て、少しの朝ごはんと飲み物を選ぶ。
「決まったら、このカゴに入れて」
当然のように、私の分まで払ってくれる。
スマートだな。
きっとモテるんだろうな、この人。
「ありがとう、ございます……」
「ふっ。なんで敬語」
また、笑った。
出会ったときは、あんなに無表情だったのに。
その笑顔を見るたびに、なぜか特別なものを見せてもらっている気がして、胸の奥がじんわりあたたかくなる。




