第六話:朝になるまで、隣で
唇が離れても、しばらく言葉が戻ってこなかった。
胸の奥が、まだ熱を持ったまま静まらない。
湊さんは、ほんの少しだけ距離を残したまま、私を見ていた。
「……可愛い」
低くて、落ち着いた声。
その言葉に戸惑っていると、また唇が近づいてくる。
次のキスは、さっきよりもずっと優しくて、
でも、ずっと近くて。
触れて、離れて、また触れる。
急がなくて、
確かめるみたいに、丁寧で。
「……心春」
名前を呼ばれるたびに、胸がきゅっと締めつけられる。
なんでこんなに、簡単に心が持っていかれてしまうんだろう。
続くキスに息も絶え絶えになっていたころ、
どちらからともなく、同時に小さく息を吐いた。
「……これ以上したら、ほんとに止まれなくなるから」
湊さんは、冗談めかして言った。
でもその声には、ほんの少しだけ本気が混じっていた。
私は、その言葉に何も返せなかった。
ただ、胸の奥がじんわりと熱を帯びていくのを感じていた。
湊さんは、そっと私の方に体を預けるようにして、
テレビの方へ視線を戻す。
まるで、何事もなかったみたいに。
私はまだ心臓の音がうるさくて、
テレビの内容なんて、ほとんど頭に入ってこなかった。
それでも、ふたり並んで
アニメの続きをぼんやり眺めている時間は、不思議と心地よかった。
ときどき肩が触れるたびに、
そのたびに胸が小さく跳ねる。
でも、湊さんは何も言わない。
触れたまま、離れないだけ。
⸻
気づいたとき、窓の外が白んでいた。
……朝?
一瞬、状況が理解できなくて、ゆっくり瞬きをする。
エアコンの音。
テレビはいつの間にか止まっていて、
部屋の中は静まり返っていた。
体を起こして、部屋を見渡す。
向こうのベッドでは拓実さんが大の字で眠っていて、
もう一方のベッドでは澪が毛布を抱きしめたまま、まったく起きる気配がない。
……ふたりとも、まだ完全に夢の中。
隣を見ると、
湊さんもまだ眠っていた。
ソファの背に頭を預けて、目を閉じたまま。
普段の落ち着いた雰囲気とは違って、どこか無防備な顔。
……昨日の夜のことが、夢じゃなかったんだと、静かに実感する。
しばらく、そのまま見つめてしまっていた。
すると、まるで気配に気づいたみたいに、
湊さんがゆっくり目を開ける。
数秒、ぼんやりと私を見て、
それから、ふっと小さく笑った。
「……おはよう」
寝起きの、少し掠れた声。
それだけなのに、昨夜の記憶が一気に蘇って、心臓がまたうるさくなる。
「……おはよう」
そう返すと、湊さんは少しだけ目を細めた。
向こうのベッドをちらっと見てから、小さく言う。
「……まだ、二人とも全然起きる気配ないね」
「うん……爆睡してる」
それを聞いて、湊さんはほんの少しだけ口元を緩めた。
「……じゃあさ」
軽い声なのに、目はちゃんとこちらを見ていて。
「コンビニ、行かない? お腹空いた」
ただそれだけの一言なのに、
なぜかすごく特別な誘いみたいに聞こえた。
「……行く」
そう答えると、
湊さんは満足そうに、小さく笑った。
ソファから立ち上がるとき、
指先がほんの一瞬、触れた。
たったそれだけなのに、
また心臓が跳ねる。
もう戻れないところまで来ている気がしていた。
でも、不思議と、怖くはなかった。
むしろ――
この続きを、もう少しだけ見てみたいと思ってしまっていた。




