第三話:終わらない夜
トランプが終わっても、四人での会話は途切れなかった。
笑って、飲んで、くだらない話をして。
それだけなのに、気づけば時間はどんどん過ぎていく。
楽しい。
でも、それ以上に――怖い。
(……もうすぐ、終わっちゃう)
相席屋の閉店時間が、確実に近づいていた。
湊さんの横顔を、そっと盗み見る。
相変わらず大きく表情が動くタイプではないのに、ふいに口元だけ緩む瞬間があって、それだけで胸がぎゅっとなる。
たった数時間。
隣に座って、話して、笑っているだけなのに。
どうしてこんなに、現実感がないんだろう。
まるで、夢の中にいるみたいで。
(……このまま終わりって、やだな)
自分でも驚くくらい、素直な気持ちが心の奥で膨らんでいく。
そのとき。
「……そろそろ時間じゃない?」
澪が、小さな声で言った。
一気に現実に引き戻された気がして、喉の奥がきゅっと詰まる。
「あ、ほんとだ……」
拓実さんがスマホを見て、少しだけ困ったように笑った。
「俺ら、この近くのホテル泊まっててさ。結構広いんだよね。ネット環境もあるから、さっき話してたアニメも観れるし……よかったら、もう少しだけ一緒にいない?」
一瞬、迷った。
普段の私だったら、絶対に行かない。
初めて会った人たちが泊まっているホテルなんて。
……でも。
終わりにしたくなかった。
「いいね、楽しそう!じゃあトランプ買っていこ!」
澪がぱっと笑う。
……たぶん、全部わかってくれてる。
私も、静かに頷いた。
(……やった。もう少し、一緒にいられる)
それだけで、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
コンビニでトランプとお酒とおつまみを買い込んで、
私たちは二人の泊まっているホテルへ向かった。
部屋は思っていたよりも広くて、きれいだった。
大きなベッドが二つ、小さなテーブルとソファ。
窓の外には、夜の街が静かに広がっている。
「意外とちゃんとしてるでしょ」
拓実さんが、少し得意げに言う。
「うん、すごくいいところだね」
澪がソファに座りながら笑った。
私たちはテーブルを囲み、また飲みながらアニメを流し始めた。
相席屋の続きみたいな、でも少しだけ距離の近い空気。
画面の中には、私の推しキャラ。
泣き虫で弱腰だけど、芯が強いタイプ。
「このキャラクターが好きなの。情けなく見えるかもしれないけど、決める時はちゃんと決めるから……かっこいいんだよね」
……あれ?
湊さんとは、わりと真逆かもしれない。
信念はしっかりしてそうだけど。
「そのキャラ好きなのに、俺がタイプなの?心春って、なんか変わってるね」
名前を、自然に呼ばれた。
それだけで、胸の奥がぎゅっと掴まれたみたいになる。
「そ、そうかな。確かに湊さんとは似ても似つかないかもね。不思議だね」
大丈夫かな。
動揺してるの、バレてないかな。
名前を呼ばれただけで、こんなに意識しちゃうなんて。
……ほんと、単純すぎる。
───
夜は静かに進んでいって、
気づけば、拓実さんと澪は先に眠ってしまっていた。
部屋には、アニメの音と、エアコンの音だけが残る。
二人きり。
妙に静かで、妙に落ち着かなくて、
でも、不思議と心地よくて。
「……湊さん……」
かろうじてそれだけ言うと、
「ん?」
と、優しく返ってくる。
距離は、変わっていないのに。
でも、空気だけが確実に変わっていた。
外では、まだ街が眠らずに光っている。
この部屋の中だけ、時間がゆっくり流れているみたいだった。
――終わらないでほしい。
この夜も、この空気も、この距離も。
そんな願いが、胸の奥で静かに、でも確かに燃えていた。




