第10話:夢のつづき
家に帰り着いたとき、身体より先に心がふわふわしていた。
靴を脱ぎ、バッグを床に置いて、そのままベッドに倒れ込む。
天井を見つめながら、今日の出来事をひとつずつ思い返した。
……夢みたいだったな。
遠くに住んでいて、これまで何の接点もなかった人。
それなのに今は、スマホの中に「湊」という名前がある。
それだけのことなのに、胸の奥がじんわりと温かい。
昨夜ほとんど眠れていなかったせいか、目を閉じた瞬間、意識はすぐに遠のいていった。
⸻
目を覚ましたのは、17時を少し過ぎた頃だった。
カーテン越しの光は、もうすっかり夕方の色をしている。
一瞬、現実に戻るのが怖くて、スマホを手に取るのをためらった。
……でも、結局、画面をつける。
通知は――まだ、何もない。
……そりゃそうだよね。
そもそも、連絡先を聞いてくれたのだって、社交辞令だったのかもしれないし。
それでも。
指先は勝手にLINEを開いていた。
「ありがとう」
たったそれだけの言葉を送るのに、やたら時間がかかる。
打っては消して、また打って。
最終的に、こんな文章になった。
『昨日も今日もありがとう。
すっごく楽しかった!
拓実さんにもよろしくお伝えください。』
送信ボタンを押した瞬間、心臓がどくんと鳴る。
……既読、つくかな。
返事、くるかな。
数分後、画面が光った。
『こちらこそありがとう。
明日の昼に帰ることにした。』
息が、ふっと抜ける。
今日帰るって言ってたのに、明日になったんだ……。
少しして、また通知。
『拓実は先に帰った。
夜ごはんどうしようかなって思ってて。』
……え?
これは、どういう意味?
少し迷ってから、打ち返す。
『そーなんだ。どこ行く予定なの?』
既読がつくのが、やけに早い。すぐに返事が来る。
『心春が来れそうなところ。』
一瞬、文字の意味が理解できなかった。
……え?
心臓が、さっきよりもうるさい。
『じゃあ……駅の近くなら行けるかも。』
送信した瞬間、我に返る。
慌てて準備を始める。
昨日は予想外すぎて、メイクもほとんど落ちてた。
今日は、ちゃんと可愛くして会いたい。
あの服どこだっけ。
お風呂入っててよかった……。
ばたばたと動き回っていると、また通知が届く。
『』 お風呂入ってた。
少し荷物整理して、部屋片付けてから向かう。
近くに着いたら電話して。急がなくていいから。』
画面を見ながら、自然と口角が上がる。
⸻
夜の駅前。
何度も歩いたことのある道なのに、今日はやけにきらきらして見えた。
駅に着いたところで、電話をかける。
……電話って、こんなに緊張するものだったっけ。
「もしもし」
その声を聞いただけで、胸が跳ねる。
「駅着いて、今ファーストフード店の前にいるよ」
「向かうから、そこで待ってて」
通話が切れて、数分後。
人混みの中に、見慣れた姿が現れた。
「今朝ぶりだね、心春」
目が合った瞬間、また心臓が勝手に騒ぎ出す。
「今日帰るって言ってたから……誘ってくれて、嬉しかった。ありがとう」
そう言うと、湊さんは少しだけ間を置いてから、静かに言った。
「心春に、もう一回会いたくて。俺だけ残ることにした」
……なに、それ。
感情を大きく表に出す人じゃないからこそ、その言葉がやけにまっすぐ胸に刺さる。
「……私も、会いたかった」
まだ、付き合っているわけじゃない。
それなのに、もう他人みたいな気もしなかった。
夢じゃなくて。
偶然の続きじゃなくて。
まだ名前のつかない関係だけど。
確かに今、ふたりは同じ時間を歩いていた。




