「やさしさ」なんか、クソ喰らえ!
「カー!またこいつら、優しさを勘違いしてやがる!どいつもこいつも、いったいどういう教育受けてんだ、教育係、出てこいっつんだ!!その程度の国語力でよお、テレビ出て喋ろうなんて気になるな、おう?恥ずかしくねえのかテメらはよ」
珍しく、ドクトルが興奮している.口が悪い.
食レポの番組を見ている.女子アナウンサーだか、レポーターの芸能人だかが、
食べた瞬間に、発した言葉、「優しい、味がします・・・」という表現に、猛烈に食いついた.彼にしては珍しいことである.
「おめえ、なにそんなに怒ってんだ?」あまりないドクトルの激昂ぶりにルシフェルは、聞いてみた
「なんで怒ってるじゃないですよ、鬼丸さんは、腹立たないのですか?言葉に対する冒涜です、味覚の生理学をなにも知らない、優しさの大安売りです、言葉の意味をなんだと思ってんだ、勘違いしているか、そもそもアナウンサー、芸能人?なのににまあ、言葉が貧弱だ、表現が貧しい、俺に言わせれば、馬鹿なんじゃないか?もう一回小学校から国語の勉強やり直してこい!と言いたい.それに生理学の知識、もうちょっと勉強してから、食レポしたらどうか、とも思う、ああ、なんか腹立つ・・・」
結構な剣幕に、皆キョトンとしている.
海丸くんと、キューピー、けんちゃんとあいちゃんも少し遠巻きにドクトルのことを注視する.
そこにはるなと、静香、健ちゃん・愛ちゃんのママがおやつとお茶を持って入ってきた.
この前の新潟のお土産がまだあったから、その残りと、今日は、ママたちが、オレンジの寒天を作ってみたんだけど、とそれを持ってきた.
「おー、万代太鼓まだあったのですね、あといくつ?あ、あと四つか、じゃ、子供たち、みんなでお上がり・・・」これはいつものドクトルなんだが、またルシフェルの方に向き直って、また熱弁を始める.
「そもそも味の感覚、つまり、味覚ですよね.味覚の5要素って何か知ってますか?」ドクトルが聞く.
「あ、それ僕知ってる」と珍しく、キューピーが答える.
指を折りながら、「甘味、塩味、酸味、苦味・・・・」
「あれ、あと一つはなんだっけ?」キューピーはつっかえた.
「あと一つは、旨味、ですよね」はるなと海丸くんが答えた.
「その通り!」学生の答えに満足した、マイケル・サンデル先生の日本語吹き替えのようにドクトルは言う.指を立てて、声優みたいな声でわざとらしい.
「味覚の要素は、この、甘み、塩あじ、酸味、苦味、旨味、と言われています」講釈するときの喋り方はいつも通りである.
じゃなんでそんなにイライラする?
なにを怒っているの?
皆周囲を固め、この新種の猛獣を興味深く、しかし最新の注意を払って観察した.
なになに、何かこの新種の猛獣、言葉を発しているようだぞ、皆、耳を澄まして聞くのだ!
「私が怒っているのはですね、食べ物の味のどこに、’優しさ’があるんだ、と言うことなんですよ」
一同、「はあ?」とキョトンとしている.
ドクトルは続ける.
「この万代太鼓、愛ちゃん、どんな味ですか?」
「うー、甘くて美味しい」と愛ちゃんは素直に答える.
「でしょ、甘いですよね」とドクトル
「じゃ、健ちゃん、その柿の種、どんな味ですか?」
「うーん、辛い?辛くて美味しい、かな.でも子供にはちょっと辛すぎるかな.あまりたくさん食べられない.口の中が痛くなっちゃうって言うか・・・・」
「お、健ちゃんさすがです.柿の種は他にどんな味がしますか?」ドクトルの質問が次々とやってくる.
「海丸くん、この柿の種は、どんな味ですか?」
「海の塩辛さと、あと、唐辛子の辛さ、かな、そして、なにやら、美味しい味噌汁のような、別の味がするようなきも・・・・・」
「お!さすが優等生、なかなかいいこと言いますね.そう、柿の種、塩辛さ、そして美味しい、味噌汁のような味、つまり、’旨味’ですね.それとあと、唐辛子のピリ辛さ、しかーし!ここで私が主張したいのは、唐辛子の辛さ、あれは、味覚の5要素には入っていません」
「え?」一同は、少し疑問に思った.ドクトルは続けた.
「唐辛子の味は、味覚ではなくて、痛覚なんです」
「なんと!」ルシフェルも乗り出して聞いた.
「するとなんだ、あのカラムーチョの辛さとか、キムチの辛いのも、皆、痛み、なのか?」
「まあ、カラムーチョやら、キムチの辛さは唐辛子の辛さの他に、もちろん、砂糖の甘みとか、酸味とか、苦味、旨味とか色々入っていそうですけどね」
なんでもドクトルによると、唐辛子の辛さは、通常の5要素からなる味覚のように、味蕾、鼓索神経中間神経を通って、脳幹の孤束核を通る感覚ではないらしい.ちなみに味蕾から感じる味覚は、舌の前3分の2は、顔面神経の枝である鼓索神経、後ろの3分の1は舌咽神経を介して伝わる.
「唐辛子の辛さは、顔面神経や、舌咽神経を通る、いわゆる味覚とは違い、三叉神経を経由します.だから、触覚やら、痛覚と同じ性質の感覚といっていいでしょう」と言うことらしい.
「え、そうなのか!」ルシフェルも魔界の医者のくせに、知らなかったようである.
「味覚には動物の摂食行動の模索と進化の跡が窺えます.それを今から説明したいと思います」
お、この新種の猛獣、なにやら語りそうだ、皆、用心してもう少し近づいてみるか、声がいつものボソボソになっているから皆聞き逃すな、集音マイクの具合はどうだ、音声は拾えてるか?
とにかく、皆ドクトルの話すぼそぼそご声に耳を傾けた.
「味覚というのは、生き物が、食べたものの性格を知るために重要なものでした.
つまり、
甘いもの→炭水化物.甘くて美味しい、というのはまさに炭水化物の味です.
塩辛いもの →文字通り塩分、海の水やら、岩に含まれるナトリウム等のミネラル分の味.
酸っぱいもの→米やら麦、いろんな肉やら魚、食べ物が乳酸とか、酢酸のような酸ができている.つまり腐っている可能性がある.
苦いもの→これははっきりいって、毒の味である.アルカロイドが含まれている草、警告の味である.
旨み?→これは、アミノ酸が含まれるもの.出しに含まれる、グルタミン酸とか、イノシン酸とか、グリシン、アラニンなど.エビやら、カニ、他の動物が好んで食べるのは、このアミノ酸が豊富に含まれるからなのでしょう.
聞いていた、海丸くんと、はるなに静香は、えびからカニと聞いて、なにやら涎を垂らしそうな顔になっている.
「エビ・・・」
「カニ・・・」
「鍋の季節・・・」
ドクトルの話そっちのけで、皆、ぼうっとしている.
ふむふむといつの間にか、部屋に入ってきた、ヘスティアおばさんは、ドクトルの話をメモしながら聞いていた.
「獣は、塩分を求めて、岩を舐めるし、ナトリウムの豊富な、岩場には獣たちが集まるし、腐敗して、酸味の強い、肉を動物たちは敬遠する.しかし他に食べるものがないときには、多少腐敗していてもその肉を食べざるを得ない.アルカロイドの豊富な、草、これは毒が含まれているかも、ということで動物たちは敬遠した.」
「でも、食材を料理する、っていうのは、その五つの味覚の要素をうまく引き出したり、苦味も、酸っぱさも楽しみとして感じられる、そういう工夫があったからこそ発展したんじゅあないのかね?」ヘスティアおばさんの鋭い指摘である.
「まあそうでしょうけど・・・」
「調理したもの、あったかいとか、冷たいとかぬるめとか、温度も料理の美味しさの大事な要素だと思うの、冷たくあるべきものは冷たいほうがいいし、鍋料理なんか冷たいと美味しくないだろうし・・・・」はるなの意見である.
「そうですね、それはまた味覚以外の要素かもしれませんね」
「あと、このゼリーとか、寒天のプルプルの食感、これも、味覚ではなくて、噛んだり、舐めたり、飲み込んだりの、感覚、これは触覚?ですか、それを楽しむように工夫するのも料理の醍醐味なのだとおもうんですけど・・・」健ちゃん・愛ちゃんのママもまた鋭い意見をいう.この頃の彼女もいうことがなかなか議論の核心をつく鋭いものになってきた.ヘスティアおばさんやらはるなから学ぶところ大ということか.
ここでドクトルの反論が始まる
「確かに味覚以外に、温度、硬さ、食感、そして、5要素を微妙に配合することで、料理がより美味しく、楽しいものになるということは認めますが、そこに、優しさとか、愛情が入る余地が、あるでしょうか・・・・」
「ドクトル、私が作る、お米、それに小麦粉、ヘスティアがやくホットケーキやはるなに、静香にママがたくご飯や料理、皆、愛情たっぷり込めてるはずだけどね、あんた、感じないのかい?」
デメテルの母さんが、優しく諭すようにドクトルに語りかけた.
「それは、その、いつも美味しく、そして感謝して食べてますが・・・」
「ドクトルは、私の作る料理に愛情感じてくれてないの?」とはるなが怪しげに、上目遣いにドクトルを見つめる.
「いや、あの、その・・・」としどろもどろになった.
「要するにドクトル、おめえは、せっかくの料理、愛情とか、優しさ、作ってくれた人がせっかく注入してくれてんのを、感じてないってことになるか?おめえ、ひょっとすると、愛情とか優しさに飢えてんじゃねえか?」ルシフェル大先生の総括である.
「あ、いや、その・・・・」ドクトルは完全撃沈である.
確かに、美味しい料理には愛情、優しさが込められている、のかもしれない.感じとる、心の豊かさを鍛えると料理がより美味しくなるということだろうか?
アテナと四天王もいつの間にか話の輪に加わっていた.
彼らも「えび、かに、鍋・・・・」と譫言のように言っている.
別館のその日の夕ご飯は、エビとかカニ、鱈に、鮭、ほたて、旨味たっぷり、白菜たっぷりの鍋になった.




