ヘパイストスは鍛冶屋の親方
ヘパイストスは、鍛冶屋の神様と言われる.生まれた時から足が悪く、さらにその醜い容貌から母に疎まれた.仕事には打ち込んだ.最高神から褒美として、美の女神を妻としてもらった.その最初の結婚相手のアフロディーテとは一度も関係を持たないうちに浮気をされた.もちろん離婚した.その後の再婚はしていないと伝えられている.
オリンポスにおける、最新技術は彼の発明によるとされている.
よく知られているものだけざっと挙げてみる.
ゼウスの武器である名刀雷は彼の鍛えたものである.
神の楯、「アイギス」
アテナの鎧、という記載はいまのところ見つかっていない.
カドモスとの結婚式で、ハルモニアのつけた首飾り
エピメーテウスの妻となった美女パンドーラー(人造人間ではなく、最初の人間の女性)とその「箱」.この箱にはありとあらゆる災いと、「希望」が入っていたという.)
自分で歩くことのできる真鍮の三脚
アポロンとアルテミスの矢
「アキレウスの盾」を含むアキレウスの武具一式
青銅の巨人タロース
ヘラクレスがステュムパーロスの鳥退治の際に使った青銅の鉦
母親のヘラや、アレスとアフロディーテの浮気の現場を取り押さえる拘束器具
等である.
日本神話で、生まれた時に障害を持った、蛭神子は、海に捨てられたが、伝承によればその後、恵比寿様になったという.商売繁盛と漁業の神だそうだ.ヘパイストスは管轄の領域が違うのだが、親に捨てられた神々を民衆は捨てなかったという話は、日本もギリシャも共通しているところは面白い.しかし、一度捨てられた、神の子供が、再び信仰の対象となる例は世界でも珍しいらしい.なぜ、日本とギリシャにはそういう話があるのだろう.共通する神話を合わせて考察すると面白いかもしれない.
さらに、日本には天目一箇神、ギリシャには、ヘパイストスの工房に、片目の巨人、キュプロープスがいたと伝わる.隻眼の鍛冶屋の神の物語は、日本とギリシャにのみ見られるという.しかも鍛冶屋の神に足が悪いという話は世界各地に多い.ふいごを足で動かすから、足が萎えてしまうらしい.鍛冶屋の神のヘパイストスも足が悪い.
ドクトルは、初めて、ルシフェルに案内されて歴史の探検の旅に出かけた.ルシフェルは、時間と空間を自由に飛び越えることができる.その精神に乗っかってドクトルも過去にも北極にも旅ができるというわけである.
ここは天文12年の種子島.キリストが生まれた後のという、ADという年代表記で言うと、AD1543年と言うことになるが、太陽暦とか太陰暦ごっちゃになっているから、実際は何年かなんてわかったものではない.なんせ西暦元年のイエス誕生の年すら、4年ずれているかもしれないと言うから何をや言わんと言う感じである.
とにかく日本で言うところの天文12年、村が、なぜか騒がしい.活気がある.それもそのはずである、南蛮のポルトガルとかいう国のものが持ってきた、鉄砲という武器が、領主様から、村長から、漁師やら、女子供に至るまで、興奮の渦に巻き込んだのがこの騒ぎの原因である.なんと村の鍛冶屋の親父が、それを分解、復元して、複製に成功したというから驚きである.今日はお殿様の屋敷でその鉄砲の試し撃ちがあるという.
ドクトルは、いつの間にか、汚れた着物姿になっている.ルシフェルは、和装の老人姿で、いつもアフロディーテに耳かきしてもらっている時の少しだらしない、ちょいわるじいさん風の出立ちだ.どういうわけか領主様の屋敷の中に二人は客として招かれている.汚いカッコなのになんと座敷にも上がらせてもらっている.泥だらけの足で、殿様の座敷に上がるのは流石に無礼でしょうと、足桶を用意されて、屋敷の下働きの者が足を綺麗に洗ってくれた.
当時の領主は、種子島時尭である.まだ16歳らしい.先代の恵時にすでに家督を譲れられているらしい.ドクトルとルシフェルは御目通りが叶った.
鍛冶屋の鉄丸と名乗るものが、庭先に控えている.彼こそが、伝来した鉄砲を、領主の命令で、分解、研究して、さらにその複製し、さらには大量生産ライン作り出したその人である.
鬼丸厳一郎が鉄丸に合う.二人して、ニヤリと笑う.互いのことはすぐにわかった.
「よお、やっぱりお前だったか」
「おやこれはお頭、お久しう」
「お前、足の具合はいいんか?相変わらずお人好しな仕事してんのと違うか?代金ちゃんととってるてるのか?オリンポスでは全部タダ働きだったろ」
「へへへ、親方様あっしは楽しみでしてたのでね.」
鍛冶屋の鉄丸は、物事にあまり動じない、物静かな男であるのだが、新しいものには密かに興味を示し、みる前から仕組みやら、構造やらを頭の中で考え、分解してみて、自分ならどう作るかをあっという間に考えてしまう男であった.村の人からは変わり者と言われている.しかし、領主様はこの男を高く買っている.領主様の刀はもちろん、奥向きの包丁、鉄鍋、ヤカン、その他の調理器具、馬の蹄、鞍やら、鎧やら、奥方様たちの身の回りの装飾品、かんざしのようなものまで、全てこの男の作ったものである.領主さまがお館に呼んで、酒でも一緒にどうよと言っても
「へへもったいない、それより、お神酒を弟子たちに賜りましたら、幸いでございます」物言いが、ただの鍛冶屋でないことも領主さまがお気に入りの理由である.
汚いカッコでも、偉い人の家でも遠慮もなんもなく呼ばれたらそんじゃまあ、お言葉に甘えて、なんて言って、上がりこむルシフェルとはえらい違いである.奥ゆかしいとはまさに鉄丸のこと.無遠慮とはまさにルシフェルのことをいうのだろう.
種子島の殿様の屋敷で、射撃の実演.流鏑馬のような的と生きた猪が庭に据えられている.射撃手は鉄丸である.種子島の若い殿様にしてみたら、お気に入りの鍛冶屋の棟梁が、南蛮渡来の鉄砲をいち早く、分解し、仕組みを完全に理解し、さらに複製し、大量製造の工程を整えたことが自慢である.その複製鉄砲で、的を試し撃ちを、お客人に見せたかったのである.ルシフェルもドクトルも銃を撃ったら的はわれるし、猪も脳とか、心臓を一撃で撃たれたら、即死するはずということはわかる.当時の殺傷力のそれほど強くない鉄砲でもである.知っているのだが、鉄丸の実演射撃にはいちいち驚いてみせた.若い殿様の心からのもてなしのお礼と、時代的、地理的、そのほかの様々な制約でも、鉄砲を複製し、さらにそれを大量に生産してみせる、オリンポスの鍛冶屋の神に対する尊敬とかつての同志として、誇らしい気持ちもあった.やんや、やんやの喝采をして、日の丸を描いた、扇を取り出して、殿様の前で人差し、舞を待ってみせる、鬼丸氏もなかなかの人物であるのだろう.彼も種子島の若い殿様のお気に入りとなった.
その後は無礼講の宴会の後、殿様のお屋敷からお暇した.樽の酒を一つ拝領した.鉄丸はお屋敷の前に控えていた.鉄丸と鬼丸は改めて、再会を喜び合う.そのまま、鉄丸の小屋に招かれて二次会が始まる.そこで、ギリシャの昔の思い出話がはじまった.
キュプロープスの時は、アポロンの野郎の勇足だったなとか、娘のアルテミスの恋人のオリオンのこと、アテナが生まれた時の話など、二人には思い出が多いらしい.ドクトルは脇できいいているだけのことが多かった.
「オリオンの時はすまなかったな.奴が失明しそうなのをお前が助けてくれて、見えるようにしてくれてさ、村で静かに暮らして、男が嫌いなあのアルテミスも奴のことを結構気に入ってね.ところが、あのバカ息子のアポロンが、妹に横恋慕して、アルテミスがお気に入りのオリオンを海の中に頭だけ出させて、妹を唆して、お前にあの海の上の黒い岩を射抜けるかね?とけしかけて、弓矢でいさせて殺させたんだからな.ひでえ息子だよ全く.アルテミスには可哀想なことだったな.」
「親方のお情けで、オリオンの野郎は、星にしてもらいましたがね、アルテミスはますます意固地になって、一生私は結婚なんかしない、なんて言い出すし、自分の裸見た男を、あれは、ハルモニアのとこの孫の、アクタイオーンを鹿にしちまって、自分の母親からおばさんたちに食い殺させるなんて残酷なこと平気でできるようにしちまったんだからね、ほんとに情けも容赦もないとはこのことじゃないですけね」
などと話している.彼は情に熱い人のようだ.
「神話ではそういうことになってはいますが・・・」鉄丸の親父、ニヤリとわらて、いうには.
「ですが、ね、親方、ここだけの話なんですがね・・・」
「う?なんだ?」ルシフェルも身を寄せる.
「オリオンの野郎、死んだことにはなってますけどね・・・」
「ふむふむ・・・」ドクトルまでが、身を乗り出してひそひそ話を聞こうとする
「オリオンのやろう、死んじゃいねえんです」
「何!」
「考えても見て下せえ、あの頑丈なオリオンが、頭に矢がああたったくらいで死にますかね.」
「うーんでもアルテミスの矢だぜ」
「アポロンの野郎が変なこと考えるのじゃねえかと、オリオンの頭には特製の兜を被せてあったんですよ、あっしが鍛えたね・・・」
ここで初めてドクトルが口を挟む.
「あのアテナさんを切り取った.名刀は?あの切り口はすごいと思いました」
「あ、あれかね、あれは雷の力をちょっと応用してるんだ、落雷の破壊力を一点に集中して、じゅじゅ、と焼き切る感じかな、本当は雷の電気が流れるような、対極板、ってのをつけないとダメなんだけどな」今でいうところのアースが必要ということまでわかっているのか?
「なんだそれ、電気メスの原理じゃ・・・」
「ほう、未来の日本から来たお方、そんなのが、あるので」
「鉄丸さん、その伝家の宝刀の名前は?」
「暮美鋳(なんとボビー!)」
ドクトルは、この鍛冶屋の親父を心の師と仰ぐようになっていた.その後もおりに触れて、彼らは関わりを持つことになる.




