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認知症学会②「新潟駅近くを散策」

一向が新潟駅に降り立った.宿は、ドクトルの知り合いの家に泊めてもらえることになった.ドクトルはその女性のことを失礼なことに、山姥と呼んでいた.彼女との関係は不明である.新潟駅からバスに乗っていくらしい.


その前に学会場である朱鷺メッセを見にいくことになった.


「歩いていけないわけではないですが、タクシーで行くにはちょっと近い気がします.」ということで、雪も積もっていないことだし、歩いて朱鷺メッセを目指すことにした.


新潟の街を少しぶらぶら歩いて行きたいという意見が多かったので、歩いていくことになった.


新幹線の改札を出てから、ずっと駅ビルのショッピングモールが続いている.

この前、静香が雪たちと仲直りにきた時は、ほんの1時間ほど駅ビルに居ただけだから、新潟の街は、初めてである.


「私が居た時と比べて結構駅の周りの感じが変わってしまいましたが・・・」


コロナの騒ぎがあってから、今年の初め、5年ぶりくらいで、新潟に戻ってきたのだが、それも、免許の更新のためである.新潟県の免許センターというのが、聖籠町にある.新潟から車で、40分くらいだろうか?途中の市町村がいくつか消えて、皆新潟市になった.豊栄市というのは、新潟市になったと思う.新津市も、今では新潟市秋葉区になっている.新発田とか聖籠町に行く時には新津は通らないが.新発田とか、阿賀野川とか、その辺はまたの機会にしましょうかということになった.


静香も、新潟県出身だが、あまり阿賀野川の北の方には行ったことがないらしい.


新発田とか、その先の村上とか、もっと北の山形県の境の、山北なんかも結構いいところですよと、ドクトルは勧めていた.

 

「この頃はあの辺、クマで大変かもしれませんね.私昔、村上にいて、簗場っていうところで鮎の塩焼きを食べたりしたことがあったのですが、近くの朝日村の村役場の人たちが仕留めた熊で熊汁を煮ていたのをご馳走になったことありました.熊の肉、硬かったな.美味しかったかと言われると、あまり美味しいとは思わなかった.ずっと煮ても硬いのだそうです」


駅のビルのショッピングエリアを通ると、土産物屋がある.前来た時に、買った「万代太鼓」枝豆のスナック、柿の種、笹団子・・・・・


店の前でアテナの歩みが止まってしまうので、それを引っ張り引っ張り、なんとかビルから抜け出した.


秋の終わり、新潟の空は曇っていることが多い.


朱鷺メッセに行く時、東中通を通る.信濃川に架かる万代橋は渡らない.左の方に、バスセンターがある.若者が集まるところらしい.バスセンター、今も簡単なご飯食べれるところあるかな?ちょっと覗いてみることにした.


「新潟、といえば、あれなんですが・・」ドクトルが探す.


「静香さんも新潟といえば、あれなんじゃないかとおもうのですが、僕は新潟初めてきたからもう結構長いのですが、あれは理解不能なのですが・・・・」


今日泊めてもらう、山姥も新潟生まれの新潟育ちで、だいたい外でご飯を食べる時にはこれを食べることが多い.

「あれ、ですか?まあ、新潟生まれの人が好きなB級グルメ、といえば・・・・」


ドクトルと静香は別々に探して、同時に大きな声でいった「あった!」


その店の名前はみかづきと言った.


焼きそばの麺にもやしを一緒に炒めて、コーンの入った、ミートソースをかけたのを「イタリアン」と呼ぶ.新潟人にはソールフードらしいのだが、ドクトルはよくわからない.まだ数回しか食べたことがない.


山姥の娘さんたちも、あまり好んで食べることはないらしいのだが・・・


「あ、なんか美味しそう」アテナが、興味を示した.


アテナとはるなと海丸くんが一つずつ買った.ドクトルと静香とデメテルのお母さんは、ポテトとソフトクリームだけにした.


「う、上手い、なんか、ナポリの味がする」


「ほんとに?ナポリタンスパゲティーは本当は、日本人が作ったそうですよ」

「あ、そうだったの、じゃ、気のせいか・・・・」


それにナポリタンみたいに、トマトソース絡めたパスタではないし.ミートソースで、しかも麺は焼きそば.もやしを絡めている.イタリアンという命名、横浜だか、銀座で、スパゲティー作ったのを敬意を込めてナポリタンとしたのと同じ意味なのだろう.敬意といえば、イタリアンと言いながら、中国北方の小麦文化にも十分な敬意を払っていると思われる.いかにも日本的であるといえばそうか.


バスセンター前から、東中通の信号を渡り、新潟日報本社の方に行く.新潟日報社のビルは、船を横にしたような格好をしているので、メディアシップと呼ばれる.その5階に、会津八一記念館がある.新潟ゆかりの歌人である.新潟の古町で生まれた方だそうな.有名な歌がある.


いにしへの ヘラスのくにの おほがみを 

 あふぐがごとき くものまはしら

(會津八一『自註鹿鳴集』1969 新潮文庫 p.100)


「お、大神というのは、俺のことだな・・・」ルシフェルはご満悦である.

新潟が産んだ偉大な歌人は、地上に降りた、この大神を見て、どう思うだろうか?会津八一記念館、寄っていきたい気はしたが、今回はよらずにきてしまった.時間の都合で.


信濃川沿いを少し離れた道を河口の方に10分ほど歩くと朱鷺メッセがある.

大きな立派な看板が立っている.


ドクトルとルシフェル以外の参加受付は、学生ということにした.現地で参加登録はできないはずなんだが、なんとなく受付を澄ますことができた.


「私たちが、別館で運営する会と比べたら、格段に大規模ですね」静香が言う.

「そりゃそうでしょ.大学の研究所の教授が会長の学会だから、ルシフェルが会長の学会とか、ドクトルの特別講演とは訳が違うでしょ・・・」


名札をつけて、皆それぞれに興味のある会場に散らばって聞くことにした.じゃ何時に、学会の受付前に集合ということで.


ドクトルはメインの会場.この会場だけ、ライブ配信がある.


海丸くんは、小さい会場を転々として、興味のある演題を聞く.


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