アテナ誕生
オリンポスでの出来事である.ある朝、ひどく頭が痛くてルシフェルは目が覚めた.吐き気もあって、数回嘔吐した.神々が嘔吐するのは珍しいことである.
前の晩、おそらくシンポシュオンで、どんちゃん騒ぎでたくさん飲んだようだ.ギリシャの神々が飲むのはネクタルでお酒のようなものと言われているが、神々たるもの酒なんか飲んではいけない、ノンアルコール、ノンカロリーの神がかり的な飲料をとだけ言っておこう.だから飲み過ぎると酩酊するがその病態生理についてはここでは深追いしない.
いつ家に帰ったかもわからないくらいだった.何時に寝たかもわからない.風呂に入ったかどうかも覚えていない.
今日の朝、頭痛と吐き気に加えて、目が霞むし、二重に見える.特に脇を見るときにものが二重に見える.鏡を見る.目がより目になって.眼球が外を向かない、外転神経麻痺か?ルシフェルの脳神経はほぼ人間と同じと考えて良い.見え方は中心からやや外則に逸れた暗点が拡大しているように見える.マリオットの盲点がやや拡大している感じだ.そんなの自己の診断でわかるのかと聞かれると、そこがそれルシフェルどん、だ、それがわかるのだ.
外転神経麻痺、マリオットの盲点の拡大、頭痛に嘔吐.なんだ、頭蓋内圧亢進か?眼底を覗いてくれる先生が誰かいれば、鬱血乳頭がきっと見られるのだろうが、医者どころか、奥さんとは別居中で、他に誰もいない場所での急変だった.
そういえば、酔っ払って何度も転んだかもしれないが、数ヶ月前に転んだっけな?よく覚えていない.手足の麻痺はなさそうだし.慢性硬膜下血腫ではないか、あの病気は、あまり頭蓋内圧亢進にはならないかもな.くも膜下出血ほどいきなりでもないし、するとなんだろ、グリオーマでもできたか、メタでも来たか?しかし、原発の癌やら肉腫は今のところなさそうだが.じゃなんだ?
しばらくすると頭痛がさらにひどくなり、前頭部が膨れてきた、また嘔吐した.神々にすら耐えられない痛み、だったそうな.痛みは彼にしかわからない.
「ウーなんとかしてくれ」
前頭部の膨らみがさらに大きくなり、神々の首領らしからぬ悶え方をしてしまった.なんとなく騒がしいので、鍛冶場に行く途中のヘパイストスがルシフェルの家を覗き込んだ.
「お頭?」
「う・・・」、返事がない、うめき声が聞こえた.足の悪いヘパイストスなりに急いで家の中に入るとなんとルシフェルがうめきながら倒れている.彼の周りは吐物まみれである.
「お頭、しっかり」
「ううう」何も答えない.頭がみるみる膨れてきた.子供の形に膨れてきた前頭部は、熱を帯び、うっすら光っているように見える.膨らみはどんどん大きさを増す.閃光とともにルシフェルの頭皮は破れ、中には女の子供が立っている.鎧を着ている.ヘパイストスは引っ張り出そうかと思ったが、待てよ、お頭の脳みそと女の子の足がひょっとしたら、癒着して無理に引っこ抜いたら、脳の血管が引っこ抜けちまうかもしれない、と.
ルシフェルはとうとう気を失って、呼吸も弱くなっている.これはいけないとばかりにヘパイストスは、今日仕上げるつもりの名刀・暮美鋳(おお、ボビーとはモノポーラーにもそういうのがあったか、ま、だれも知らないだろうからいいや)を取り出して、ルシフェルの頭と女の子の足の間の癒着を一刀両断に断ち切った.ザクッ、とか、シュパッ、と切れるのではない.電気で焼けるのだ.ビリビリという感じではなくてジュートやける.あ、しまった対極板つけなかったか、でもちゃんと焼けたからいいか.
「おぎゃ」と、女の子が言ったかは知らない.お頭はまた息を始め、ゆっくり目を開けた.
「あ、生まれたのね?でもあなたは誰の子供」ルシフェルは寝ぼけているのか変なこと言う.
「あなたの子よ」と、母親のセリフを代弁している.
なんか変なことを言い始めたのでヘパイストスは慌てて、
「お頭、しっかりしてくだせえ、お頭の頭から女の子が生まれてきたんで」
「そう、あなたのこどもね・・・」と言ってルシフェルはまた目を閉じ、安堵したように眠りについてしまった.
女の人が通常の出産をすること自体結構大変だと聞く.それを、男のルシフェルが、さらに頭から出産という異常出産だったわけだ、さぞかし難産だったのだろう.
しかし母子ともに・・・
じゃなくて、父子ともに無事だったらしい.
女の子はヘパイストスに向かって語り始めた.
「私は、アテナ、知恵と戦争の女神.だから鎧を着ているの.あなたは誰?」
「あっしはヘパイストスといいやして、鍛冶屋の親父でさあ」
「そう、じゃ私のこの鎧、なおしてもらえるわね.今度お願いするは」
「へえ・・・」
神々のことなので、よくある、かどうかはわからないが、子供の生まれ方もまるで予想のつかないことが多い.
人の場合は生まれてすぐに生まれることはないらしい、というかないと思う.
馬とか、キリンとかは、生まれるとすぐに歩き出すのだが、人間の場合は歩くのは、生まれてから1年くらい経たないと無理である.
流石に最高神の子供だけあって、その子は生まれて早速話をする.泣かずに、色々と言葉にして、要求を突きつけてくる感じで、さすが、大したものだ.
「お腹減った、なんか食べさせて、そうだ、これからおじさんの家に行きましょう」
「お嬢様、生まれたばかりでもう食べれるんで?」
「私を誰だと思っているの、戦争と知恵の女神、アテナよ.」
「それはさっき聞きやしたけど・・・」
とりあえずお頭は死なないみたいだし、この際、ほっといて、と.
問題は、この生まれついての女王様みたいな話し方をする、生意気娘だ.
まず、ヘパイストスはこの新生児?を家に連れて帰ることにした.もちろん(?)もう歩ける.山姥の子供は生まれたその日に空を飛べたから、神の子ならば歩くぐらい、普通なのだろう.
ヘパイストスはこう見えてもアフロディーテと呼ばれる、美の女神と結婚したことのあるほどの男(ただし、この結婚にはバツが一つついた)だから、女の扱いは一応紳士的だ.
お嬢さん、お手をどうぞと手を引いてあげる.
「ありがと」と、生意気な娘はその手を委ねる.ヘパイストスの顔は赤くなる.変な色気のある子だと思った.行く末が恐ろしい子になるのだと言うのが、ヘパイストスの予感である.この女神の色気は、実際強力な破壊力、殺傷能力があることは後でわかる.
手を引かれて、スキップしながらアテナは「ふんふんふん、るんるんるん・・・」と歌を歌いながら時々、ヘパイストスの方を見る.
ニコッと笑う顔がなんとも可愛いが、すでになんか魂胆があるのかなと男に思わせる、策略とか、陰謀?とまでは行かない、なんらかの戦略を匂わせる、「にこり」である
「おじさんの家、どこ、遠いの?アテナ、何食べよかなー.」
「お嬢さんうち来ても、あまり大したものありませんぜ」
「何があるの?アテナ、ピザ食べたい.あとケーキと」
「そんなのうちには・・・」ピザとかケーキとか訳がわからん.
「あとね、朝ごはんはいつもカリッカリのベーコンとソーセージと・・・」嘘つけ、今日生まれたばっかりのくせにヘパのおじさんは多少うんざりして、女の子の言うこと「はいはい」と適当に受け流し、内容は半分も聞かないで手を繋いで家に案内してやった.
おしゃべりしながらしばらく行くとヘパイストスの鍛冶場があった.弟子たちがすでにトンカン始めているところだった.ふいごがあるからもちろん熱い.ギリシャの神話の時代に製鉄技術があったのだろうかと言う問いは愚問である.
いわゆる、「ギリシャの暗黒時代」に製鉄技術が普及したらしい.だからアテナの生まれた時、まだ製鉄技術はなくて、彼の工房で作られていたのは、青銅器かもしれないが.しかし、なーに、神々の生まれた、正確な年なんかわかりっこないのだから、いつ、鉄を作って、この時は青銅だったとめくじらを立てる必要は全くありません.
アテナには母がいない.何しろ、父親の頭から生まれてくるぐらいだから.
彼女は幼少の頃をこのむさ苦しい鍛冶屋の親父、ヘパイストスの工房で、多くの時間を過ごすことになる.
アテナが兄と慕った、そこの若い弟子たちは、元はと言えば、世界各国の神々の子弟で由緒ある、家柄だが、ヘパイストスのところに弟子として、当時としては最新の技術を学びにきていた.
この弟子たちはのちに、「アテナの四天王」と呼ばれ、悪鬼、羅刹どもの恐怖の的となったことは今はまだ誰も知らない.
この女神、オリンポスの最高神には、最も可愛がられた、と伝わる.
生まれる前にはそれはそれはひどい頭痛の原因であり、生まれた後にはあら不思議、目に入れても痛くない、という.その誕生の物語である.




