大天使、再び!
特に緊急の仕事もなかったので、ドクトルは約束の時間に例の公園に行ってみた.ちょっと不気味なところもあるが、あの老人、決して悪い人ではないことは感じた.
素直な人で、人との信義を重んじる人に見えた.そして、何よりも愛嬌がある.
話していて、なんか楽しくなる人だ.
公園に着くと、円盤状の遊具に、例の鬼丸氏と、楠本はるなが向かい合って座っていた.数日前に公園を通った時は遊具に全部使用禁止と張り紙がしてあったはずだが.市営とか区営とかの公営の公園は特にこの頃遊具で子供が怪我したとか、おっこちたとかで、親が怒鳴り込んでくるのが怖くて、すぐに使用禁止の貼り紙をする.だか撤去するまでには何ヶ月とか何年とか時間がかかる.お役所仕事は対応が過敏反応だ、そのくせ.どうも動きが遅い.そういうところがよくないのだ、とドクトルは常々思っている.
しかし、それはそれ、これはこれ.行政の仕事に楯突くのはよしとしない.貼り紙で使用禁止と書いてあったら、使用禁止なのだ、と思って意見を言った.
「あの使用禁止の貼り紙は?」
「あ、あれ、俺が剥がして、捨てた.ちゃんとゴミ箱に捨てたぜ」
「いやゴミを散らかしたとかではなくて、その遊具、使用禁止でなかったでしたっけ、使ったらダメなんですよ」
「まあまあ、硬いこと言わないで」はるなも行政機関の命令に違反して、遊具にちゃっかり座って、こちらをみてニコニコしている.
「でな、俺がお前に話したいこととか、見せたいものっていうのは、俺たちの正体なんだ」(いやいや、遊具の使用禁止のこととか、張り紙のことは・・・)ルシフェルは自分のいいように勝手に話題を変換する.
「はあ、あの頭から娘さんが生まれて、鍛冶屋の親父さんが斧でチョッキンでしたっけ.バッっサリですか、とにかく切って、その後あなたの頭が痛いという、あの不思議な病歴と関係ありますか?宗教の勧誘かなんかですか?あいにく私はそういうのはお断りすることにしてるのです.すみませんが」
これまで、ドクトルのうちには何人こういう人が訪れただろうか?
エホバの証人、原理研究会、革マルとか中核は来なかった気がする.民生の人は来たのではないか.あとは、なんだ、ほれ、あのあれだ、読売新聞に、朝日新聞、新潟日報もきたきた.そんで、読売新聞なんか色々物くれたんだった、箱入りの洗剤とか.あれは違法だったみたいだが・・・
「もちろんセールスではない.そもそもこの頃のやつ、新聞取らないだろ?」
「まあ、そう言えばそうですね.ネットとかで新聞撮ってない人も多いみたいですね.そう言えば私も新聞取らなくなってから、もう長いです」
「あと、宗教の勧誘とかでもないぜ、まあ、それらしいところもあるというか、一緒に神様にお参りしましょうではなくてよ、俺がその拝まれる側、ってうか・・・」
意味不明のことを鬼丸氏はちょっとしどろもどろになりかかって、説明するが歯切れは悪い.はるなが助け舟を出す.
「大天使、見せちゃいなよ、後の説明簡単だと思うよ、その方が.」という.
「それもそうだな」ルシフェルは、前にはるなに見せた時と同じちょっと広いところに立った.
ルシフェルは密教のような印を結んで、真言を唱えようとした、が.
「あれ?なんだっけ、ほら、あの、孔雀明王の真言・・・」まあ、呪文はなんでもいいのだが・・
「え、なんでここで忘れるかな、いい、オン マユラ キランデイ ソワカ (oṃ mayūra krānte svāhā)」
「あ、そうだった」
ぶつくさ鬼丸氏は呟き始めた.
地のそこから、うちにいる可愛い、雪割の子供たちが「わー」と一斉に飛び出してきたような錯覚をドクトルは覚えた.同時に天に向かって七色の光が放射され、合わさり、強い白色光になり、それらが螺旋を描いて、鬼丸の周りを包むと、体はみるみる大きくなり、七色に輝く翼を持つ大天使の姿に変わった.
呆然とみていた、ドクトルはしばらく言葉が出なかったがみるみる喜色満面、
「くわっこいい!」とはるなと同じ反応を示したのだった.
七色に輝く翼の大天使、ずっとみていても飽きそうにない、呆然と見上げるドクトルに、ルシフェルは言った.
「あのね戦争でもない時にこのカッコはすごく疲れるのだけど、元に戻っていい?」
「あ、そうなんですか、ありがとうございます、もういいですよ」
ドクトルにも、この派手なカッコは疲れそうだなということはなんとなく理解できた.それにあれだけ、光って暴風を伴い、しかも巨大化するから結構カロリーを使うのではないかと医者の彼には容易に想像できる.息もきれそうな感じだ.あの時に血圧上がるのだろうか?血糖はどうなるのだろうか、と色々考えてしまう.大きくなる時、骨はどうなるのだろう?カルシウム代謝とか、リンの代謝とか、骨組織のリモデリングとか、ああゆう巨大化変身、本当は医学的にはありえないことの気がする、などとと余計なことを考えるのは、職業病かもしれない.
光に包まれたルシフェルの体はだんだん萎み始めた.
「あ、危ない、ルシフェル、このタオルを・・・」ヒュー、ルシフェルの変身はその場に嵐を巻き起こす.元に戻ったルシフェルははるなに初めて見せた時と同じく、一糸纏わぬ姿となり、はるなが投げ渡したはずのタオルはどこか遠くに飛んでいってしまった.さっきゴミ箱に捨てた、公園の遊具の「使用禁止」の貼り紙が、風に飛ばされてルシフェルの股間にかかったのは、何かの暗示だろうか?ドクトルは考えたが、別に深い意味ない.
「あーあ、あの服、お父さんの背広、高いやつだったのに」
はるなは大きなバックを持ってきていた.「こんなこともあろうかと、お父さんのお古持ってきといたの」まあ、それは準備のいいことだが.
「変身する前に、安いジャージに着替えておくべきでした」とはるなはいう.もっともだと思う.
「変身のたびに、背広破いちゃったらなんかもったいないから、高い服は今後やめていただきます.服を脱いでから変身するか、パジャマとかジャージとか、穴の開いた古着か、浴衣にしていただきます」とキッパリ言った.決してケチではないのだが.着るものとか、食べ物とか、無駄にすることを嫌う.はるなは生活に関してはしっかりものである.
ルシフェルは、安いジャージとTシャツを着て、股間には例の使用禁止の貼り紙を載せて、並んで座る、ドクトルとはるなと向き合った.
「ドクトル、あんた、精霊の声聞こえるよな、子供たち、いつも世話してくれてありがとよ.ほれあの、鉢植えの雪割草たちのことさ.みんなあんなのことすごくいいお父さんって言ってるぜ、俺があんまり構ってやらないからな.ルシフェルのお父さんとかあいつら言わなかったかね、そのルシフェルが俺ってわけさ.」
ドクトルは話の内容になかなかついていけない.ルシフェルは続ける.
「本当はな、生きとし生けるものに宿る精霊の面倒は全面的に俺が見てやらねえとダメなんだけどよ.だからすごく助かってるよ.実はこいつ、はるなも花とか草とか精霊と話ができるみたいで、宵の明星にばけて下界をのぞいてたら、こいつなんかおとぼけたこと言うもんでびっくりして落ちてここに辿り着いたと言うわけさ.」
「じゃ、ゼウスの頭から、アテナが生まれてそれをへパイストスがちょん切ったと言うのも・・・・」
「みんな俺の話だよ.ただしね、ゼウスとかサタンとか言う呼ばれ方は俺自身あまり気に入ってないので仲間にはルシフェルって呼ぶように言ってある.だからドクトルも俺のことはルシフェルって呼んでくれ.あの、はるながつけてくれた鬼丸ナントカっていう名前でもいいぜ、人の中にいる時にルシフェルって呼ばれるのも変だしな」
「その、アテナさんをちょんと切り取った、ヘパイストスさん、一度会ってみたい.メス使いであの切開は神がかり的です.」
「まあ、そもそも奴も、神だけどな.オリンポスの12神って知ってるだろ、そのうち皆を紹介するさね.オリンポスの仲間にも紹介したいが、古代ギリシャにも一回行ってみるかね?」
「私も連れて行ってくれるんですか」
「いいよ」
「行けるのですか?時空を超えた旅に・・」
「いけるさ、だっておめえは俺たちの仲間だからな」
決して友達の多くはない、ドクトルは、「ジーン」とした.感動である.あまりこういうこと、言われたことがないから.ルシフェルの「愛嬌」とか「憎めない」理由、その本質を見た気がした.
悪魔の親玉とドクトルの時間旅行、まるで、ファウストのような展開になってきた.しかしドクトルは処女の愛を見返りにとか、無限の知識を得たいとか、代わりに魂を差し出すという取引は一切していないが.




