病魔の試練①「パパとドクトル、愛ちゃんを助けて!」
秋の感謝祭が終わり、冬の初めにペルセポネを送り出して、年末は慌ただしく過ごした.雪が降ったら皆で雪遊び、お正月はデメテルの餅米で、皆で餅つき、ヘスティアおばさんがこねたお餅を、あんこやらきなこ、海苔巻きにして、皆で食べる.お雑煮はなるなの家伝来のすまし汁.鰹節で出汁を取った、焼き豆腐と鶏肉と蒲鉾が入っている.のしもちを切って入れるのは関東風か、関西風かよくわからない.はるなのおばあちゃんの家はそうだったらしい.白味噌の雑煮は中部地方だろうか.はるなのルーツは関西らしい.ここにいる人は誰もお酒を飲まないのはなんか不思議な正月風景である.3月に雪割草が咲き揃うことには、ペルセポネがまた里帰りしてくる.愛ちゃんが生まれてから、二回同じことが繰り返された.
今年、7月で3歳になる愛ちゃんの様子がこの頃少しおかしい.1歳半頃からよちよちながら、立って歩けるようになって、2歳の秋祭りは、かわいい巫女さんの格好で舞を披露して、皆の拍手を浴びた.
健ちゃん・愛ちゃんママの話だと、最近なんか、歩く時にフラフラして、よく転ぶらしい.
「この頃は朝、顔顰めて、頭痛いのって、聞いて何も言わないし、ブスッとしているだけだし、時々嘔吐するんです.小児科の先生は、胃腸は大丈夫そうだとはいうのですけど・・・」
健ちゃんのママに相談された、はるなはドクトルの外来に付き添った.
「愛ちゃーん、久しぶりだね、」ニコニコしていることが多かった、愛ちゃんがあまり笑わない.顔色も優れない.
「食事は?」
「この頃あまり食べなくなって、すぐ嘔吐しちゃうし」機嫌が悪いので、頭が痛いかと聞いても答えない.3歳前だから必ずしも機嫌が悪い時に色々質問しても答えないのも異常とは言えないが・・・
嘔吐が頻回というのは尋常ではない.歩行は確かに失調性のようだ.前に歩いているのを見た時はこんなwide basedではなかった.体幹の揺れも大きい.
「鎮静して、MRIをとってみましょう.それで、お父さんは、帰ってこれますか?今忙しいでしょうかね、留学もそろそろ終わりでしょうが」健ちゃんのお父さんは今勉強のために外国に留学中である.
「連絡してみます、すぐに帰ってもらうようにします」お父さんは急遽帰国した.
MRIの予定の日ドクトルの病院に、愛ちゃんはお父さんとお母さんと一緒に来た.健ちゃんははるなの家でお留守番である.雪割たちやはるなが、面倒を見ている.病院に来るとちょっと色々面倒があるかもしれないという、ママの配慮で、頼まれたはるなは何も言わないで、引き受けた.皆の顔から笑顔が消えた.
子供のM R I、特にガドリニウム造影を行うときは特に、時間がかかるし、じっとしていられないことがほとんどなので、鎮静をすることが多い.ドクトルと、健ちゃんのお父さんが立ち合いである.「この年齢、嘔吐が頻回、体幹の失調というと、やはりあれでしょうか?まさか自分の娘が、なんて思ってもいなかったですが・・・」ドクトルが黙って頷く.M R I画像が順次映し出される.小脳虫部から、第4脳室の近くまで達している.水頭症も伴っていそうだ.くも膜下腔のdissseminationはなさそうだ.
「medulloblastomaか、やはり、というか、悪い予想は当たりますね、あと、最悪、AT/RTでないことを長願うばかりか・・・」と健ちゃんパパ.
「どうしますか、どこで、大学で?でも、あまり悠長に待てないか.うちの病院使いますか?手術、先生、されますよね」健ちゃんパパは黙って頷いた.彼は小児脳腫瘍の勉強にアメリカに留学中だったのだ.
「数日のうちにやらせてもらえると嬉しいのですが・・」
小児病棟の空き具合、手術室、脳外科の部屋が使えるか、あと麻酔の先生の都合とか確認してみます.ドクトルが、あちこちに電話をかけ、病院中駆け回って交渉した.小児病棟のベットは空きがあるから、すぐに入院とした.手術室は明日の朝から使える、麻酔科の先生は、富田先生がスタンバイO K、彼は小児の麻酔が得意な先生だった.病理の先生にも声をかけた.術中の迅速診断もしてもらえる.標本の出し方も大まかに指示された.
「助手は大学から呼びますか?」ドクトルが聞いた.
「先生、何をおっしゃいますか、ご指導お願いしますよ」
手術は、健ちゃんパパ執刀、ドクトルは助手、もう一人脳外科にローテート中の初期研修の先生が手術に入ってくれることになった.「午前8時半入室、9時半執刀開始、いいですね」
皆が頷いた.
愛ちゃんの手術の予定が決まると、健ちゃんパパは急いで、家に電話した.
「あの、数日分のシャツとパンツの着替えと、靴下も.あとカップヌードルとカロリーメートあったら入れといて、それから、なんか適当なビタミン入ってそうな、ゼリーのやつ、家にあったらカバンの中に入れといて、それと、あと、うう、とりあえず、健には心配するな、お父さんが必ず、愛ちゃん治すから、って言っといてくれますか」電話の向こうの健ちゃんママは気丈に返事をしていた.健ちゃんはそばにいてお父さんとお母さんの電話を聞いている.不安そうな顔は変わりない.
「パパなら大丈夫だ、あとドクトルもいる、だから大丈夫だ」健ちゃんは自分に言い聞かせる.
雪たちは友達が大変なとき、何も言わないで見守るしかない.
ママと健ちゃんに見送られて愛ちゃんは手術室に入った.麻酔の導入が終わり、体を固定した.3点ピンは頭蓋骨を突き破るかもしれないから、頭部は馬蹄で固定することにした.まっすぐのうつ伏せの姿勢である.頭皮に細い注射針で皮切のマークを薄く書いた.ドクトルと、健ちゃんパパ、研修医の先生、洗いをしているとき、誰も何も言わない.こういうときドクトルにルシフェルが乗り移っている時には彼らは色々言ってくるのであるが、今日ばかりは、何も、言えない.彼らもふざけているどころではない、大事な手術なのだ、なにしろ、「愛ちゃんの命がかかっているのだから」皆、愛ちゃんパパと、ドクトルと、研修医の先生に全てを託した.人も、神々も、精霊たちも、みんなが、である.
正中後頭下開頭、皮切、筋層を訳、後頭骨を露出する.骨の窓はforamen magnumまで解放して、さらにC1laminectomyを加えて、下から覗き込むように第4脳室内の腫瘍も残さず取る戦略だった.小脳中部に、腫瘍が隠れていることがあって、それをちょっととって、腫瘍がほとんど取り残し、というのが20年ほど前にあったので、注意して、ドクトルも助言する.小脳虫部にも少しだけ切開を加えないとダメであったが、4脳室天井壁に癒着は少しある.第4脳室底に腫瘍が癒着していると、厄介だ.脳神経核を傷つけてしまうからだ.しかし脳室底には幸い癒着は見られなかった.腫瘍の摘出にもそれほど難渋はしなかった.見える範囲の腫瘍は全部取れたと思う.硬膜を閉じて、人口硬膜を充て、筋層下にドレーンを置いて、皮下と皮膚を閉じて無事手術は終了した.




