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医療の神 「アスクレビオスの物語」


 アスクレビオスの話をしよう.いうまでもなく、医学の神様アポロンの息子で、ルシフェルの孫である.腕利きの医者で、死者をも生き返らせることもできると評判であった.ルシフェルは少し軽めの二代目よりも診療所の将来はこの孫に託していたようなところがなくはない.その証拠に自分の持っている技術や、知識は惜しみなく彼に与え続けた.

 しかし、死者を生き返らせる医者ということに、冥界の王がルシフェルに苦情を言った.

 「死者を生き返らせるような医者は困ります、聞けばお身内だそうですが・・・」と.仕方なく、ルシフェルは、アテナが発明して、ヘパイストスが製作した電雷発生装置でアスクレビオスを雷殺(雷で撃ち殺した)してしまった、という話である.

 その後アポロンは息子を殺した、電殺装置を作った、一つ目の巨人を皆殺しにして復讐したというし、ルシフェルは、アスクレピオスを神々のうちに列して、さらに「アスクレピオスの杖」は今では医療のシンボルとされるくらい、彼のことを偉大な医者として顕彰した.


 しかし、この話どこかおかしくないか?自分で育てて、立派になった可愛い孫を冥界の王の頼みだとしても、殺すか?という話である.真相は、もっと複雑で、悲しい. 医学の進歩の歴史にとって、誇らしくそして痛ましい物語が隠れている.


 ルシフェルの診療所を手伝ううち、アスクレピオスはいろんな医学の知識とか技術を学んだ.初めは父であるアポロンの弟子のケイロンというケンタウロスの賢者にも医学の手解きを受けたという話である.

 特に関心があるのは、悪性腫瘍の診断と治療に関する問題である.悪性腫瘍という病気は手術で取れれば良いのだが、浸潤やら、転移やら、手術に耐えきれない体やら、手術で踏み込めない体の場所だったりいろんな事情で取りきれない場合は、なかなか厄介だという話をしばしば祖父や、ケイロン、たまに父のアポロンから聞いていた.なんとか方法はないものか?細胞の増殖を特異的に抑える薬やら、放射線やら、温熱やら、あるいは患者自らの免疫力を強める方法やら、免疫そのものを武器にする治療やらで手術で取れない、あるいは取りきれない悪性腫瘍に対する治療の可能性が検討された.これは診療所の医者、三代にわたって真剣に研究がされた.チャランポランに見えるアポロンでさえこの研究には乗り気だった.診療所には時々顔を出すアテナもその研究のことは知っていたし、ルシフェルの親友であり技術顧問であり、アテナの育ての親である、ヘパイストスももちろん知っている.雨雲の中で氷の粒が互いに強い力で擦れ合って、静電気が発生してそれがまとまって地上に落ちる雷とは訳が違う.電離放射線現象ということは、神々なら皆知っているし、(レントゲンが、ドイツババリア地方のビュルツブルグ大学物理学研究室で「新しい光(new light)」とも呼ばれたX線を発見したのは、1895年11月8日のことである。)それはほとんどの正常細胞も、悪性腫瘍細胞も程度の差はあれども残らず死滅させるのだが、正常細胞よりも、腫瘍細胞の方がより死滅しやすいという性質がある.増殖しやすい細胞ほど、放射線(X線・ガンマ線・電子線・陽子線・重粒子線)の影響を受けやすいから、細胞が分裂を起こす増殖するサイクルに入っている(これを細胞周期という)、あるいは入りやすい細胞が放射線治療の絶好のターゲットというわけでまた、分裂しやすい細胞は一番被害を受けやすい、ということである.癌が死滅する可能性のある放射線はまた分裂の比較的盛んな、毛根細胞、骨髄細胞、消化管粘膜上皮細胞、皮膚や、角膜、甲状腺の上皮細胞に影響を与えることで、放射線治療の合併症で、頭髪が抜けたり、骨髄細胞ができなくなったり、貧血になり白血球が減り感染症のリスクが上がり、血小板が少なくなることで出血が起こりやすくなる.腸管の上皮細胞が脱落してしまったり、皮膚の炎症が起こったりするということだ.実はこの事実を突き止めたのが、アスクレビオス、その人だったのだ.自分の体を犠牲にして.放射線を照射する装置はアテナが設計した.装置の制作はヘパイストスが担当した.実験用の装置が完成した.

 祖父や父から、「放射線、がんの治療に使えそうだな、この頃がんの患者、結構増えてきたしな.」という話はあったものの、アスクレピオスは、全面的に父や、祖父の意見に賛同するわけにはいかなかった.放射線が正常細胞に与える影響について危惧があったからである.


 「装置はできたことだし、これをどう使う、かだ.」祖父が言った.

「まず患者で試してみるかね?」アポロンがいった.

「装置の安全性とか、副反応は見ておいた方がいいと私は思います」というのはアスクレピオスの意見である.死んだ患者を生き返らすほどの名医であるから、悪戯に臆病なわけでは決してない.必要な治療は必要な患者にするべきである考えの医者である.しかし治療により何か良くないことが起こると治療の意味がなくなるから、新しい治療の導入にはある程度の慎重さは大事であるとも思っていた.

「お父さん、爺さん、私に試しにかけてみてはいかがでしょうか?私の大動脈周囲のリンパ節にリンパ腫らしい、病変があるので.その縮小を見つつ、骨髄機能やら、皮膚の反応、脱毛、消化管の機能を調べてみたらどうでしょうか?」

「おめはそれでいいのか?」祖父と父が同時に聞いた

「はい」とアスクレビオスは答えた.

 こうして、大動脈周囲リンパ節の悪性リンパ腫に対する放射線治療の臨床試験が始まった.腫瘍は所定の線量の4分の一くらいで縮小を始めて、予定の半分の線量でほぼ消失した.カンファランスには、医者の3代に、ヘパイストス、アテナが加わっていた.

「理屈上は効きそうね」アテナはいう.

「機械の調子も悪くはないみたいだ」ヘパイストスがいう.

「だがな、血液のデータ見てみ、白血球と血小板の下がり方が、尋常じゃねえ」顆粒球の減り方がひどいと、細菌感染が危険が増す.体全体の免疫能にも影響はもちろん出る.

「頭にはあまり当たってないのに少し脱毛もあるね」アポロンが発言した.それに照射した場所の皮膚症状は結構きつい.

「おめえどうなんだ」祖父が気にかけてくれる.

「私ですか?」被験者のアスクレピオスが答える.「結構、照射した直後から数日は、嘔気がひどくて食事が食べられません.それに倦怠感があって、この前熱が出ました.」

「あまり良くない兆候かもな、腫瘍は縮んではいるけどな・・どうするかね.中止にするか」ちょっと慎重になった祖父、ルシフェルの発言である.

「予定の線量を全部当てるか、副作用に用心して、ここらでやめて骨髄機能が回復するのを待つかそれが問題だ」と、議論が続けられた.アスクレピオスが申し出た.「腫瘍の消失を第一に考えて、続けて照射をやってみてはいかがでしょう、むしろそうしていただきたいのですが」

「自分の体のことも考えないと、これはあくまでも臨床試験なんだから」と普段はチャラ男のアポロンが珍しく真っ当なことを言って息子のことを気遣った.

 アスクレピオスの強い申し出で、照射は予定の全線量を完了した.その後、骨髄抑制により、顆粒球はどんどん減少し、結核菌のエキスやら、熱を出している患者から抽出した、サイトカインやらやってみたが、白血球減少は回復せず、アスクレビオスは敗血症で亡くなってしまった.彼は半神、半人なので不死ではないのだ.

 皆は悲嘆にくれた.ルシフェルが、アスクレビオスを神々に列することを決めた.父のアポロンは機械を製造したという一つ目の巨人サイクロープスを皆殺しにしたというがそんなことはしない.放射線の照射装置はアテナとヘパイストスが作ったものだから.ヘパイストスはただ頭をうなだれて、「ちくしょう」というばかりである.おいにあたるアスクレビオスを陰ながら支えたアテナの落胆も大きかった.


 こうして、結局ルシフェルは冥界の王の言いなりになって大事な孫を殺した、という悪名を背負うことになったのだった.

「まあいつものことだね、」

「おめえ、そんなそんな役回りばっかじゃねえか、ルシよ」へパイストスが、古い盟友に語りかける.

「まあ慣れているがな・・・今回は結構きついな」フシフェルの落胆は相当なものだった.


 アスクレビオスはルシフェルの強い意向で、神々に列せられた.さらに、冥界の王、ハーデスの熱心な招聘に応じて、同地での医療に励んでいるという話である.



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