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デメテル列伝①「娘恋しや、冬の憂鬱」



 遠くで風のような、鈴の音のような、囁くような声が聞こえる.雪割り草の声だ.ドクトルはいつも通りこの声で目が覚める.今日は聞き慣れない名前を呼んでいる.


「お母さん、デメテルのお母さん・・」

「もうすぐ春だよ、もうすぐ帰ってくるね」声を揃えていう

「ペルセポネ、もうすぐ帰ってくるね」

「僕たちと同じだね、もうすぐ冬が終わる」

「みんなで、冬、頑張ったもの」

「ペルセポネ、元気かな、早く会いたいな」

「もうすぐ春だよ、早く会いたいな」

「ペルセポネ、早く帰ってこないかな」

「春、待ち遠しいね・・・」


雪割草たちの声は、もちろんデメテルにも聞こえる.

「おや、お前たち、もう表に出てくる頃かい、冬が長かったね、春、あの子が帰ってくる季節」


硬く、暗い、デメテルの顔が春の光でほころび、優しくなる.

春になれば、娘のペルセポネが冥界から帰ってくる.

冬は冥界の女王、春には、花の女神、それが、ペルセポネである

雪割草、菜の花、桜にチューリップ・・・

春に咲く花たちは、皆ペルセポネの里帰りを心待ちにしている.


 仕事が終わって、帰り道.この頃のドクトルは二日に一回は、万魔殿別館によっている.はるなの家なのだが皆は、「別館」、と呼んでいる.美味しいご飯が食べられるのが精霊たちを引き寄せる理由である.ドクトルもこの頃はここで夕ご飯を食べることが多い.大食いの神々が多い.はるなはどこから食費を捻出するのかドクトルにはわからない.後で聞いたところによると、ヘスティアおばさんとか、アルテミスとか、ポセイドンが、いろんな食材を提供してくれるからそんなに食費が嵩むわけではないらしい.とはいえ、タダでご馳走になるのも申し訳ないので、ドクトルは必ず、何か土産を持っていく、それが焼き鳥であったり、弁当だったり、コロッケだったり、街で見つけて、お、うまそうと思ったのを大量に買い込んではるなの家に行く.ごめんください、と言い終わるより前に、玄関の前には精霊たちが走り回っているのが見える.皆さん大体、広間でご飯を食べることが多いのだが、テーブルの向こう、上座に当たるところには、何とアテナがあぐらをかいて座って、どんぶりに並々と注いだ、ネクタルを飲んでいる.グビグビグビ、ういーというか感じはまるで、顔は全く違うのに、ルシフェルかと思ってしまう、仕草が同じなのだ.


「よう、ドクトル、久しぶりだな」この女神は話し方までルシフェルにそっくりだ.

「アテナさん、久しぶりです、そんなお酒飲んで、お父さんに叱られませんか?」「あ、これ、オリンポスから持ってきた、ネクタル、ノンアルコール、ノンカロリーだから、大丈夫だよ」

 脇を固める四天王もいっしょにネクタルで宴会中である.キューピーと海丸くんは追っかけこをしている.鬼ごっこをしているらしい.でもアキレスが鬼だから、すぐに捕まってしまう.はるなは食事の支度で大忙しである.時々皿を洗うのをアテナが手伝いに行く.ネクタルをグビグビの親父ギャルがお姉さんの手伝いをするできた妹に大変身である.それを瞬時にやってのけるのがこれまたアテナのアテナたる所以である.つまり優等生である.鬼ごっこに飽きると、ちびっこ神様は皿洗いを手伝う.愛染の母ちゃんの膝枕で、耳かきしてもらいながら、ルシフェルが、よーとドクトルに声をかけた.居候の分際で家主のはるなにばかり働かせてけしからんジジイなのだが、ドクトルは今日は彼に聞きたいことがある.最近の疑問を尋ねてみた.

「鬼丸さん、今日はお伺いしたいことがあります」日本にいる時、ルシフェルは鬼丸と名乗っている.

「ほお、なんだい」

「毎朝、子供達、というのは雪割草の精霊たちのことですが、いろいろ話をしてくれるのですが、今日は私やあなたに話しかけているのと違うみたいで・・・デメテルさん、てお仲間におられますか?後、ペルセポネさんという名前も聞きましたが・・こちらに来られたことはないですよね」


「そうかー」いつになくしみじみとルシフェルがいう.「もうあの娘が帰ってくる季節か・・・」

「と言いますと?」

「デメテル、というのはおれの姉さんさ.豊穣の女神と呼ばれる.農耕の神様だ.俺たちに人間で言うところの血のつながり、とか言うのははっきりしないんだな、これが.俺たちは兄弟姉妹かもしれないが、違うかもしれない.ギリシャの南の方で、のんびり畑を耕して暮らしていたんだが、ある時、北から遊牧民が攻めてきた.姉さんたちの国が征服されてしまった.そこで好きでもねえ、男と無理やり結婚させられて娘ができた.それがペルセポネ、さ.当然夫婦仲は悪かった.でも、姉さんはこの一人娘のペルセポネをとても可愛がった.実際可愛い子でな、神々の間でな、アテナとか、アルテミスとか、いわゆる処女神の人気が高まって、姉さんも、それではうちの娘も処女のままでいさせて、アテナ、アルテミスと並び称される女神に育てましょうと考えたのさ.」


キューピーがちょっと顔を出したが、話題がペルセポネと聞いて、なんかもじもじしている.

「おや、キューピーくん、こっちにきて話聞きなよ」


「いやあいつにとっては非常に耳の痛い話なので、居づらいだろ.来なくていいは、な、キューピー」とルシフェルが鋭くいうと、キューピーは奥に引っ込んでしまった.いつの間にか台所仕事を終えたはるなもルシフェルの話を聞いている.


「キューピーのやろう、いつもは弓矢、外すくせに、あの時は冥界の帝王ハーディスを狙ったんだ.こいつは俺の兄さんさ.普通だったら外すところをあいつ命中させやがったんだ」それで付き纏いの相手に指定されたのがペルセポネというわけで、いいより方がしつこいの何の.でも姉さんにしてみたら、冥界の大王の嫁に娘を差し出すってことは結局、そこの女王になって、当然会えなくなるわな.で姉さんも必死に、「娘をハーデスにとられるのなら、私は作物が一切できないようにします.どうなるでしょうね、飢饉が来てみんな飢え死にして、冥界は大喜びでしょうね、でもそれだけ多くの屍人を作ってあなたが面倒見ることができるのですか?」と

 ハーデスも困った.ペルセポネは好きだ、結婚したい、でも姉さんもおっかねえ、へそ曲げると大飢饉で、冥界の事務仕事は餓死者が増えてパンクする.それでは、と


「娘さん、冥界の食べ物を一切口にしなければ、そのまま無条件でお返ししましょう.」

 「しかしハーデスの兄さん、汚ねえ手を使いやがった.お腹すかせたペルセポネに柘榴の実を12粒渡した.彼女は4粒食べちまった.それでは4ヶ月は冥界でお過ごしいただきましょうかとなった.春から夏、秋の終わりまでは、地上で暮らす、冬の4ヶ月は冥界という約束にした.まあそれもしょうがないなと姉さんは思ったそうだが、冬の4ヶ月、辛いの何の.娘を失った悲しみを耐え忍んで、春を待つのさ.雪割の奴らと同じ身の上、ってわけだよ.冬は娘恋しくて、憂鬱で、もちろん作物なんか、なりはしない、死ぬ人も多い、皆デメテルの、憂鬱のせいさ.でももうすぐ春って時、雪割のやつらは、デメテルのお母さん、娘に会えるねって励ましてやっているという話さ」


 ルシフェルの話しはあまり上手ではないから泣くほどの話ではない気もしたが.ドクトルとはるなを見て驚いた.目から涙、鼻水、よだれまで垂らして二人が、「ぶウェーん」と声を出して泣いているのだ.

 この前の変身の時といい、今度のデメテルの話といい、こいつら二人は感情の表現が全く同じだな、とルシフェルは思ったのだった.


 泣き止んだはるなが提案した.

「今年は、ペルセポネさんの、里帰りを、盛大にお祝いしましょう、そう、春のお祭りにしましょう」

「それはいいかも」

「やろう、やろう」子供神様たちも賛成する.


(サワサワ、サワサワ、サワサワ)

いつになく雪たちが落ち着きがない.


「やろうよ」

「ペルセポネ、お迎えのお祭り、」

「デメテル母さんと、ペルセポネのお祭り」

「楽しそう、やろうやろう」

「お祭り、やろう!」

「お祭り、やろう、わーい」


実行委員長はルシフェルである.これから、春を迎える準備に忙しくなる.

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