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病理標本示説

学生最後の年、医学部の4年(教養部の2年間の後の医学部の4年目という意味.だから大学の6年生の時)の時、9月だったと思う.そろそろ卒業試験が始まる頃.


級友の皆が国試だ、卒業試験だ、と目の色を変え始めた時.


上記の授業が始まった.


病理学の先生が、臨床例で病理解剖になった患者さんの、標本を病理の立場で解説してくれる授業である、と理解していた.


学生が、臨床提示のグループと病理の提示のグループ、それぞれ、4人ずつくらいが指名されて、経過報告、検査データの解説、病理所見の解説を行うというものである.


重要な試験が差し迫っている時だがら、皆がやりたがらない.

だから、自発的にという学生はいなかったのではないかと思う.


「病理示説、当たりませんように・・・」という感じだっただろうから、担当になった学生はおそらくは、指名されたか、くじとか、じゃんけんで負けた奴が当たるということだったのだろう.


学生ドクトルは、病理の担当にあたった.選ばれた過程は記憶にない.

ドクトルの性格上、志願はないと思うから、じゃんけんかくじで負けて、だった可能性が高いが.


患者さんは、

女性、だった気がする.それほど高齢ではなかったか・・・・


高い熱が出て、採血をすると、LDHがめちゃくちゃ上がり、三系統(つまり、白血球、赤血球、血小板)、全ての血球の減少があり、さらにフェリチンが異常に高値.肝機能障害に、DICを思わせる凝固異常.身体所見では、肝臓と脾臓の異常は腫大がみられ、最後は消化管出血か、感染症で亡くなったと思う.肺の所見はARDS?学生の時に、ARDSなんていう疾患概念、まだ習っていないかもしれない.すると後づけの記述になるか・・・


EBVの感染はあったかなかったか・・・

リンパ腫とか、白血病の治療歴もなかったと思う.


三系統の貧血、LDH異常高値、フェリチンの上昇、著明な肝脾腫・・・・


臨床グループは、検査所見、患者さんの身体所見から、鑑別診断を進める.

それと並行して、病理標本を見ながら、病理グループは、組織所見をまとめる、という作業である.


結構な時間がかかる作業だから、卒業試験やら、医師国家試験のための勉強を削りながら、ということになるから、結局病理グループ、全部ドクトルに丸投げ、ということになった.


ここにきて、変人のドクトル学生は、なぜか、ハマってしまった.


病理の標本を見るのが楽しくてしょうがない


検査値と、身体初見と臨床経過と、

そしてその結果の答えとしての病理標本・・・


しかし病理の標本を見ても何もわからない.

当時病理学の助教授で、のちに県立がんセンターの部長になられた、先生にマンツーマンで標本の見方を教わった.


病理学教室にある、側鏡から、ポインターに示された、細胞を、先生と一緒に観察できるのだ.


「これなんだと思う?」と助教授が聞く

「わかりません!」

「なんの組織だと思う・・・」

「肝臓・・・ですか・・・・」


肝臓で巨大な血球細胞が、白血球、赤血球を飲み込んでいる像を見ているそうだ.

同じような所見が、脾臓やら骨髄でも見られたと思う.


「血球貪食症候群」の所見だそうな.


そこからが、ドクトルの暴走の始まりである.国試、卒試の勉強そっちのけで、

「血球貪食症候群」の勉強にのめり込んだ.


なんでも、EBV(エプスタイン・バールウイルスの感染をきっかけに、サイトカインストーム(今でいうところの)が起こり、貪食細胞の暴走が起こり、自分の血球細胞を全部食い尽くしてしまうというのだ.


VAHS(? ):viral associated hemophagocytic syndrome

というらしい.略語があったがなんだっけ、それは忘れた.探せば当時のノートと文献が見つかるかもしれない.


そのほかにりんぱ系の白血病とかリンパ腫でも同様の病態が起こるらしい.

当時、サイトカインストームの主要な、プレイヤーというか、立役者のIL-6は見つかていたのだろうか?今ではフェリチンの上昇は、IL-6の上昇が原因の多くを占めるというわれているが.発見は1986年・・・阪大のグループ?

しかし数年後に病理の授業で、言及されるほどには知られていなかったのではないかと思う.


組織標本の見方と、疾患の概念、その他のことを、ドクトルは1人でプレゼンテーションした.


「しっかし、まあ、よう勉強したね・・・この時期に・・・」

「いや、ドクトル、すごい、この時期に・・・」

「ドクトルが、この学年で一番、勉強できると、僕は思う・・・・」


とかいろんな、尊敬されているのか、馬鹿にされているのか意味不明の少し、複雑な称賛を受けたのだが.


卒業試験もひと段落した頃だったか、あるいは試験の合間だったか.

図書室に向かう、歩道で、病理の助教授の先生にあった.


「よお!」快活な、スポーツマン風の先生である.

「あ、どうも・・・」


「卒業したらどうするか、決まったのかい?」

「あの、脳外科に行こうかと思ってます・・・」


「あ、そうか、頑張れよ!」

先生の声がなんとなく寂しそうに感じたのは、晩秋の、北国、冷たい雨が、風と共に吹き付ける、夕方だったからだろうか.


助教授の言葉が、病理学教室はどうか、という誘いだったのだとしたら、脳外科を選んだ、自分の選択は間違っていたかもしれない、と時々思う.


この時に作った、臓器の写真、病理のプレパラートの写真のスライド、ずっと持っていた.今もあると思う.卒後数年して、血球貪食症候群、らしい患者がいた.何年か後輩の血液内科の先生が、診断をつけてくれたのだが、


「僕、血球貪食症候群、学生の時から知ってて、標本もあるよ」というと血液内科の先生は「!」


「先生、それはすごいことですよ・・・」

それ以来、その先生からは変な尊敬を受けた気がする.


ドクトル自身は、なんか誇らしい気分になるから、これは、きっと、

「学生時代の勲章」、の一つ、なのだろう.


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