ヘスティア列伝③「ポセイドンと、秋刀魚と、オリンポスの夕べ」
ヘスティアおばさんの家.夕暮れどき.今日はお米のご飯でも炊きましょうかとおばさんは夕食の支度ちゅう.さておかずは何にしましょうか、と考えていると、勝手口の方から声がした
「ごめんよ、姉ちゃん、いるかい、入るよ」
かまどの前にでっぷり太った大男が立っていた.魚の入ったかごを持っている.中にはまだ生きた魚が跳ねている.
「おやおやこれは珍しい、ポセイドンじゃないかい」
「姉ちゃん、土産、北太平洋の秋刀魚」
「これは、日本人がよく食べるという魚かい?どうやって食べるのが美味しいんだろね.」
「日本人の漁師の話だと、網に乗せて焼くと美味いらしいぜ」
「ほうほう、ちょうどヘパにもらった炭があったはず」、と物置でゴソゴソと探し物をして、竹籠にいっぱいの炭を抱えて台所に帰ってきた.
「なんだいその黒いのは?」
「これはね、ヘパの親方が煙と煤の少ない燃料として発明してくれたもんでさ、まきとか枯葉の代わりさ、煙と煤が少なくてほら、見てごらん台所の煤けもなんか少なくなってないかい.煙で見えなくなるってことがなくなって台所仕事が楽になったね.」
「それでは早速、炭火で焼いてみましょうか.おっと、あんた、入り口塞がないとくれ、換気が悪いと、中に毒ガスが溜まるって、ヘパの親方が言ってたよ.」
土間に煉瓦を積んで、下に炭を置き、網の上で魚を焼いていると、オリンポスの山中に香ばしい、匂いが広がった.
真っ先に気がつくのは、うまいものには目がない、ヘパおじさんの四人の弟子たちで、次にアテナが気がついた「日本の匂いだ」匂いに引き寄せられて皆が集まってくる.四人の弟子とアテナ、ヘパのおじさん、ルシフェルに、そこらの猫に、アレスやアポロンまでやってきた.
炊き立てのホッカホッカの白いご飯、焼きたての秋刀魚、大根がギリシャにあるかは知らない.でも秋刀魚には大根おろしだろう.すだちならギリシャにもあるか?まあいいや.神様とその下僕、犬やら猫やら、ポセイドンの持ってきた秋刀魚は塩を振って、全部焼いてしまった.ヘパのおじさんのすみもあと残り少なくなっている.
大根おろしはどうやって調達したのだろう?
醤油という、日本製の大豆の発酵ソース、これが焼いた魚によく合うのだと、友達のはるなに教わったと、ヘスティアおばさんがいう.
「で、これどうやって食べるんだ?」ポセイドンの疑問だ.
「皆、箸は使えるか?」日本通を自認するルシフェルがまずは偉そうに講釈を垂れた.
「まずは、表面を皮ごと身をこそげとる、そう、骨が見えるまでだ.背中の方に、身が詰まっている.お腹の方ははらわたでちょっと苦いから気をつけろ.」
背骨まで、身をほぐして、醤油をたらした大根おろしをつけて食べると、
「うーっ、うまい!」弟子の一人が言った.アテナと弟子の四人は日本に行ったことがあるから、はしが使える.アポロも前に何度か行ったことがある.アレスは見様見真似である.でも神々だけあってすぐにその東洋の食事道具を使いこなしていた.
「それでな、背骨が出るまで魚のみを食べるだろ、そこからどうすると思う?ここでひっくり返したらダメさ.」
「そうなのかルシフェル、ひっくり返さないと向こうのみが食べられないぜ」ヘパのおじさんが文句を言った.骨があるだろ、それを頭と尻尾のところでバキッとおる、と実演すると、みんなそれに倣った.するとな、骨がするすると取れて、下にまた魚のみが出てくる、という寸法さ、一同「おー!!」と改めて自分たちの首領に尊敬の眼差しを送る.犬やら猫にも行き渡った.
平和そのもののオリンポスの秋の夕暮れ時は、楽しげな神々の声が響いた.




