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聖なる火、俗なる火


「人類が、火を用いることがなったのは一体いつからですか?」海丸くんは珍しく本を書斎で調べ物の本を読んでいる、ヘスティアおばさんに聞いてみた.


「おや、優等生、また珍しいこと聞いてくるね.

竈の神とは言え、わたしが火を使いはじめたわけではないからね.

私が知っているのは、台所で使う火、だけ・・・・・」


人類と火の関係の歴史から.


「世界史は化学でできている」(左巻健男 ダイヤモンド社)という本を参考に.


その昔、人類は、火山の噴火やら、落雷による山火事やらで、火を知った.


高温で焼けたものが遺跡から発見されているが、意図的に人類がいつから火を使い始めたかということはわからないらしい.


火打ち石が発見されたのは、75万年前のゲシャー・ベノット・ヤーコブ遺跡.ホモ・エレクテュス原人の遺跡らしい.火うち石は1箇所で見つかり、斧や、骨も見つかっているから、皆で集まり薪を囲んで、木の実や、魚を焼いて食べたのだろうか.


火を利用した、明確な証拠が多くみられるのは、ネアンデルタール人の時代から.


そして、人類がいつから、火を使い始めたということが、考古学的に示せないなら、人類の進化の視点から、解き明かして見ましょう、と試みたのが、


リチャード・ランガムという、人類学者の先生で、

「火の賜物 ヒトは料理で進化した」という本に書かれている.


概要は、人が、生肉を食べていた時と、火を使って、焼いた肉を食べるようになってから、どのような骨格の変化が起こってきたかということから、考察している.


すなわち、肉を焼くことにより、肉は効率的な食べ物になる.


噛む力があまりいらなくなる.歯の構造が変わる.(ドクトルは、側頭筋の分厚さが、少し薄くなることで、側頭葉の発展が促進されたというパネルと、国立科学博物館で見たことがある気がする.確かに、ゴリラの骨格は、側頭葉の表面、骨が内側に陥没しているのを見たことがある・・・)


消化の効率が良くなる.消化管が短くなる、消化に用いていた、あるいは余分に吸収できたエネルギーを脳の機能と発達に振り分けることができるようになる


それによる、知能の発達が期待できた.実際に脳の容積は大きくなる.


そこから推定される、人類とその祖先が、火で炙った肉を食べるようになったのは、

180万年前、ホモ・エレクトゥスの時代かららしい.


「へえ、オリンポスの神々より、ずっと前なんですね」静香も感心する.


「まあ、オリンポスの神々、皆の誕生日がいつか、なんてよくわかってないのだけどね・・・」


そして、火をつける技術・・・・


山火事から火から持ってくる以外は、

「火打ち石と、きりもみ式、丸い木材を木の板に挟んで一心不乱にきりもみして、摩擦で火を起こす、火を起こすのは大変な作業だったのですね・・・・」


人類は、火から、いろんな恩恵を受けた.

もちろん脳の進化にも役立ったろう.

食べ物、いろんなものを食べることができるようになった.


他の獣から身の安全を守ることができる.

人以外の獣は火を恐れて近づかないから・・・


土器に陶器、ガラスに金属の加工

宗教の儀式

・・・・・・


「しかし、火が燃える=燃焼という現象の本質がわかるのは、ずっと後のこと・・・」


ゲオルク・エルンスト・シュタール(1660年 - 1734年)は、ドイツの医師、化学者、哲学者.ヨハン・ベッヒャーの理論を発展させ、物質の燃焼を説明する「フロギストン説」を17世紀末に確立した.また、生気論アニミズムに基づいた独自の医学体系を展開し、ハレ大学教授やプロイセン王の侍医を歴任した.


フロギストンとは、ギリシャ語で「燃える」という意味だそうである.


ジョゼフ・プリーストリー(Joseph Priestley, 1733年3月23日 - 1804年2月6日[1])は、18世紀イギリスの自然哲学者、教育者、神学者、非国教徒の聖職者、政治哲学者で、150以上の著作を出版した.気相の酸素の単離に成功したことから一般に酸素の発見者とされている.その生涯における主な科学的業績として、炭酸水の発明、電気についての著作、いくつかの気体(アンモニア、塩化水素、一酸化窒素、二酸化窒素、二酸化硫黄)の発見などがあるが、最大の功績は「脱フロギストン空気」(酸素)の命名である.


カール・ヴィルヘルム・シェーレとアントワーヌ・ラヴォアジエも酸素の発見者とされることがある.


カール・ヴィルヘルム・シェーレ(Karl (または Carl) Wilhelm Scheele、1742年12月9日 - 1786年5月21日)は、スウェーデンの化学者・薬学者.酸素をジョゼフ・プリーストリーとは別に発見したことで有名である.金属を中心とする多数の元素や有機酸(酒石酸、シュウ酸、尿酸、乳酸、クエン酸)・無機酸(フッ化水素酸、青酸、ヒ酸)を発見している.現在の低温殺菌法に似た技法も開発していた.


左巻先生の本には、シェーレの面白い、というか、危なっかしい、癖について書かれていた.


「シェーレには困った癖があり、なんでも化学物質、舐めて味を確かめていたらしい.毒やら、劇物やら、色々散らばった実験室、彼はその実験テーブルので突っ伏して息絶えていた.」


そして、化学の授業と、時々世界史で出てくる、ラボアジェ先生である.


アントワーヌ=ローラン・ド・ラヴォアジエ(フランス語: Antoine-Laurent de Lavoisier[1]、1743年8月26日 - 1794年5月8日)はフランス王国のパリ出身の化学者である.質量保存の法則の発見、酸素の命名、フロギストン説の打破などの功績から「近代化学の父」と称される.裕福な出自から貴族となったが、当時のフランス革命の動乱に翻弄され落命した.徴税請負が民衆の敵と認定され、ギロチンのつゆと消えたのだ.


同時代の大数学者・大物理学者のラグランジェの言葉が、ラヴォアジェの科学史における重要性を物語る.


「彼の頭を落とすのは一瞬、しかし彼の頭脳を生むには、1000年(本当は、100年と言ったらしいが...)かかるのだ・・」巨人とも言える大学者の最大限の賛辞であり、追悼の言葉と言っていい.


「人類の長い歴史、火が使われたのは、最初は、料理、獣から身を守る、あとは寒い夜の暖房・・・」


「陶器、ガラス、レンガ、あとは金属の加工、皆火があって初めて可能だ・・・」


火とか「燃える」、ということの本質が分かったのが、17から18世紀以降で、さらに、熱を使って、蒸気機関を使えるようになったのも同じ頃からだ.


ジェームズ・ワット(James Watt FRS FRSE, 1736年1月19日 - 1819年8月25日)は、スコットランド出身の発明家、機械技術者。ニューコメン型蒸気機関へ施した改良を通じて、イギリスのみならず全世界の産業革命の進展に寄与した.

グラスゴー大学で計測器製作の仕事に従事していたころ、ワットは蒸気機関技術に興味を覚えた.そこで、当時の機関設計ではシリンダーが冷却と加熱を繰り返しているため熱量を大量に無駄にしてしまっている点に気づいた.彼は機関設計をし直し、凝縮器を分離することで熱量のロスを低減し、蒸気機関の出力、効率や費用対効果を著しく高めた.



「私が料理に使うのが火の使い方、一番最初、それが、人類の知能の進化に貢献ってすごいと思わないかい?皆もっとあたしのこと尊敬してもいいよね」

普段、目立たないとか、エピソードがないとか、生活臭いとか、地面を這っているとか、極道の弟達に言われているオリンポスの姉さんは、ここぞとばかりに、自分のやっている仕事を重要性を、主張した.そしてはるなも隣でうんうんと頷いている.


「しかし、なんで、最初はマキとか落ち葉、枯れ枝を使って、そのうち、炭を使って、そのうち、石炭を使って、石油とか天然ガス、いつから使われるようになったのでしょうね.」


・・・・・・・・・・・・・・・・


ルシフェルが若いころの世界の旅の思い出の続きを語り始めた.

ペルシャで火を守る若者、彼の名前は、「ゾロアスター」.


「同じ一族のものがこの名前を代々、引き継ぐそうだがな.そんでな、俺、暑いからってそのずっと燃やし続けないとダメな、大事な火を消しちまって、えらい怒られたんだ・・・」


ペルシャの高原の話に戻そう.



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