民は飢える、神殿は高くそびえ立つ
東の空、雲の切れ端が、紫色に変わり始めた頃、
獄卒たちは、
どらやら、鐘やら、太鼓やらを打ち鳴らし、
怒鳴り声をあげて、ラッパを出鱈目に吹き鳴らし、
囚人たちを起こして回る.
「オラオラ、囚人ども、起きろ、聖なる、仕事に取り掛かれ!」
どんどんどん、ガンガンガン
ぷーぷー、どんどんどん、ガンガンガン
「オラオラ・・・・起きろ!」
昨日遅くまで議論をしていた連中たちは?
「って、うるさいな・・誰だ、こんな朝早くから・・・・」
ゼウスは元々寝起きのいい方ではない.
宵っ張りの朝寝坊というのであろうか?
でもあれは時間が、かなり無駄になるのではないかと、仕事を始めた大人たちはなんとなく実感する.
だから「早起きは三文の徳」なんていう諺もできたのだろう.
アシュタルテが、こちらを見て笑っている.
ベルゼブルも、ベリアルも、モーロックも皆、仕事を始める身支度が終わって、今にも雑居房から外に出ようとする時である.
「え、みんなもう、仕事に出かけるの、待って、私もすぐに支度するから・・・」
起きがけの、アンブロシア、ほんの数ml飲んだだけで、元気いっぱい.
「うっしゃ!」とばかりに、ゼウスが一番先に、雑居房から躍り出た.
「お、ヘラスの若いの、相変わらず、張り切ってるね・・・」
獄卒たちはなぜかこの明るく、にこやかで、雄弁で、働き者で、しかしどこか抜けている、ギリシャの若者が気に入っていた.
作業が進むということは、彼らの勤務評定にも大きく影響する、ということも関係がないとは言い切れないが・・・
このギリシャの若者、周りを巻き込んで職場の雰囲気を陰鬱なものから楽しいものに変えてしまうから不思議だ.
「監督官殿、私は何をすればよろしいでしょうか?」
「お、ヘラスの若いの、今日も元気があってよろしい!」
「今日もお前は、石を運び、そして具合の悪いやつを介抱をしてやれ」
「手が、空いたら、適当に仕事を見つけろ.命令は以上!」
「は、政治犯、クレタ島のゼウス、承知いたしました、これから本日の労務に服します.ご指導の程よろしくお願い申し上げます!」
ゼウスは、いつものように、重い石材を「えいっさ、ほいっさと掛け声をかけながら、押して、緩やかな坂を登る」
他の囚人たちも、「ヘラスの若造に負けるな」とばかりに「えいっさ、ほいっさ・・」と掛け声まで、ゼウスの真似を始めている.
「ヘラスの若造!」
「は、なんでありましょう?刑務官殿!」
「急な傷病者が出たので、お前、見てくれ!」
「は!承知いたしました」
という具合である.
今日は晴れて気温が高い.飲まず食わずで働く、屈強の囚人たちも、脱水症状やら、低血糖、横紋筋融解症などの症状を起こすものが少なからずいたはずである.
動けなくなった若者にゼウスは声をかけて、背中の後ろに手を回して、抱き抱えてやる.
呼吸はやや早く、吐く息はなんとなく甘いような匂いがする.
「う、なんか気持ち悪い、吐き気がする.でも胃の中には何にも入っちゃいねえ」
「おい、お前、大丈夫か、いつから飲み食いしてないんだ・・・朝は何か飲むか食うかしたのか・・・」
聞けば数日、飲み食いはしていないらしい.
「これを少し口に含んでみろ、そして、ゆっくり飲み込んでみな・・・」
ゼウスは具合の悪い若者の口に少量のアンブロシアを含ませた.しばらく様子を見て、嘔気嘔吐がないことを確認の上、続いて、羊の乳からその脂分だけ取り除いた、上澄、「乳清」とでもいう甘い飲み物を、少し多めに飲ませてみた.これにはほんのわずかな塩を振ってある.
目が窪み、ほおがこけた、青い顔の青年はたちまち生気を取り戻し、目の輝きを取り戻した.
「あ、なんか、動けそうだ、吐き気も治ったかもしれない・・・・」
「獄卒の旦那には、私から、休息が必要であること言っておくから、もう少し日陰で休ませてもらうといい」
ゼウスは獄卒と交渉してこの傷病の若者を日陰でしばらく休ませてやることにした
ものの半刻ほどで、若者は元気になり、石材の搬送の仕事に戻った.
彼はゼウスの隣に来て、並んで、「えっさ、ホイッサ」と同じ掛け声をかけながら巨大な石を押し続けた.
「おお、元気になったな.お前、名前は?」ゼウスが尋ねる.
「俺は、ヨベル、角笛、っていう意味だ・・・」若者が答える.
「しかし、奇遇だね、さっきの飲み薬、ほら、私が腰からぶら下げている、コルヌビアという羊の角から出てくるもんだ.ほら、まだチャプチャプ言ってるだろ.飲んでも飲んでも次から次に湧いて出てくるんだ.だから喉が渇いた時は遠慮なく言ってくれ.あ、私の名前?私は、クレタのゼウス、ギリシャの神々の勘当息子さ・・・」
「はははは、なんだそりゃ、しかし、この勘当息子、かなりの大物に違いない!」
「だといいけどな・・・」
そして、ヨベルという名前、もう一つ、重要な意味がある.
ユダヤの伝承では.「ヨベルの年」、とは50年に一度の解放の年である.
「囚人ども!」獄長が呼びかける.
「手を休めずに聞くがいい・・・今日これから、ソロモン王様が、御自ら、工事の進捗を検分に来られる.これまで以上に作業に励むこと、良いな!」
「ういっす・・・」
「おお・・・」
「ふわーーい」
ゼウスと、さっきまで具合の悪かった若者、ヨベルが二人して
「はい!」と右手を上げて返事をした.




