アテナと四天王③「夜の立川、初めての大衆中華」
楽しい食事が終わって、シェフと、おかみさんらに送られながら店の階段を降りた.皆「お腹いっぱい」と満足そうにしていた.これから立川の繁華街を通って、地下道を通って北口の方に出て、昭和記念館の前の芝生のあたりでフクロウのほうちゃんを回収してから帰る事にしましょうか、という事になった.ディス・セットを出て右に行く.通りをゆっくり歩きながら、ルシフェルがいう.
「なあ、一回、ドクトルの部屋行ってもいいか?」はるなはこれまでそれとなく家に行きたいな、ということを匂わせたことがあるのだが、ドクトルはじゃ、おいで、と言ってくれた試しがない.はるなは心の中では「ああードクトルの部屋行ってみたいなー」とでもいうからルシフェルは気を利かせてはるなには聞きにくいことを聞いてくれたのかもしれない.
「結構遠いですよ.」
「いいよ、俺らは、別に地球1周分くらい歩くのには、それに俺ら飛べるし.」
「それもそうですね.では我が家に一度ご案内しましょう.」
「やった」心の中ではるなはガッツポーズをした.
先を歩いていた、4人の弟子とアテナが、食べ物屋のショーケースの前で立ち止まっている.朱雀と青龍が、ガラスに顔を押し付けてみている.アテナもケースのガラスに両手をピッタリ貼り付けてみている.そこは「目高屋」の前だった.後から来たドクトルとはるなにアテナは聞く.
「これなに、おいしそうなんだけど」
「あー、まずいもの見つかってしまいましたね」
「おう、ドクトル、こんなにうまそうに見えて、まずいんか?でも中に客いっぱいいるぞ」
「いやおいしくないの不味いでなくて、こんな時に都合の悪いもの見つかってしまいましたね、という意味のまずいということですよ」
「ねえねえ、ドクトルこれなに?」
「大衆中華と言いましてね、本来中国の料理、と思われる料理を日本風にアレンジした料理なんですよ.」
「ねえ、ねえ、これ何、餃子だって、こっちは中華そばだって」
「レバニラ炒め、唐揚げ、チャーハンってなんだ」
生姜焼き定食とか、唐揚げは、完全に日本の料理だろう.そんなことはどうでもいい、アテナと4人の弟子たちは、釘付けになり、ショーケースの中のものの詳細な説明をドクトルに求めてきた.
「ねえ、ドクトルはよく食べるの?」
「それほどではないですね、2週間に一回くらい、好きな組み合わせは、生姜焼き定食と餃子、か餃子とチャーハンと、ラーメンですかね」
「なんだ結構行ってるじゃん」5人が5人とも、手と顔をケースに密着させて中を見ている.朱雀に至ってはケースを舐めそうな勢いである.
「みんなお腹いっぱいなんじゃないの?」はるなが聞く.アテナが答えていうには、「フランス料理と、ケーキとアイスと、中華は皆、別腹って言うらしいね」
「ほんまか・・・」と思いながら、ドクトルとはるなは、ルシフェルと、ヘパが何も言わないのは黙示の承認として中に入る事にした.9人が一緒に座れるところはなかったから、4人がけのテーブルを二つ使わせてもらう事になった.メニューを見て、アテナは餃子と中華そば、白虎は、春巻きとチャーハン、青龍は、生姜焼き定食、朱雀は、唐揚げ定食、玄武は天津飯と餃子みたいな感じだったと思う.残りの大人4人は、酒のつまみ程度にチャーシューとメンマと枝豆と烏龍茶とかノンアルビール(大人たちは皆酒は飲まないと言う設定だった.もちろんネクタルは置いてない)などを頼んで若い衆の二次会を見守った.フレンチは、初めやや騒がしく、皆そのうちにおとなしくなったが、中華の時は、最初ややおとなしく、そのうち、興奮で大変な事になったのだがそこは想像していただくこうかと思ったが、やっぱり面白そうだから描写してみよう.
まず、青龍がアテナの餃子を「これうまそう」とひとつ盗んだ.「あーそれ私のー」と今度はアテナが朱雀の唐揚げを一つ引ったくった.さらにレンゲで白虎のチャーハンを掬ってすぐに口に運んだ.米粒が少しこぼれた.今度は朱雀が白虎の春巻きを一つ取った.4人の中では躾がされているはずの白虎が、「何すんだコラー」と玄武の餃子を一つ引ったくった.育ちが良くて、やや比較的引っ込み思案の玄武でさえ、青龍の生姜焼きの肉を一つ掻っ攫っていった.生姜焼きについていたキャベツの脇に白いマヨネーズ.彼らはその正体を知らない.アテナが、指につけて舐めてみたら、「う!おいしい」それからがまたひと騒動で、皆が、青龍の皿のマヨネーズに指を伸ばして、それを舐めた.皆が順繰りにそれぞれのを取ったりとられたり、指を伸ばしてマヨネーズを舐めたりで、ギリシャ名物の「カオス」が、現出してしまった.
ドクトルが店の人を呼んで、「すみません、あと餃子を三つに春巻きふたつと唐揚げ二つ(実は唐揚げにもマヨネーズがついていた)、チャーハン二つに、肉野菜を二つください」と追加で注文した.
「そんなに頼んだら、食べきれないよ」はるなが言うと、
「いいの、いいの」とドクトルは平気な顔だった.
若者たちは「おおきたー」と追加分も残さず食べて、満足したようでだった.
「ふう、食った食った」と言っているのはアテナ.
「おいしかったあ」と白虎が言っている.青龍は満足げに爪楊枝でシーハーしている.玄武は黙って両手を合わせてご馳走様をしていた.
「ドクトル、お前、すごいな、あいつらがどんだけ食べるかわかんのか?」
「まあなんとなくね」とドクトルは少し得意げな様子だった.
目高屋を出て、中央線の線路を横断する地下道に行くまでが、南口前の繁華街である.キャバクラとかガールズバーとか、中国系のマッサージのお店が並んでいる.ドクトルはちょっと落ち着かない.向こうに知り合いの子がいて、こっちを見ている.「久しぶり、たまには行こうよ」と声をかけてくる
「え、ドクトル知り合い?入ったことあるの?」
「俺は知らん」とドクトルは慌てて通り過ぎようとする.同じようなことがわずか200から300mの間に3、4回あって、地下道にたどり着いた.中にはドクトルの手を掴んで「この頃冷たいね、たまにはいこ」とか言う子もいるし、初めて会う子は、だいたい、「サービスある、気持ちいいよ、3000円、いく?」という.北口側に出たところで、また2、3件「久しぶり、今日は行く?」と言うのがあって、ドクトルは急ぎ足で何も答えないで通り過ぎていた.
前の方をアテナと、4人の弟子は、「日本チャチャチャ」と唱和しながら、手拍子に合わせて行進している.何もサッカーとか野球とかラグビーが開催されている時期ではないから周りに人は不思議そうに彼らを見る.「日本のご飯美味しい」という感動をあなたに届けたいくらいな意味だから他の人には理解がむづかしいかもしれない.
次にアテナは日頃のスローガンである、「若者の胸に力と勇気を!」を叫ぶ.
「若者の胸に!」 「力と勇気を!」
「若者の胸に!」「力と勇気を!」
そのうち、近くの若者が、彼らに続いて行進して「日本チャチャチャ」とやり出した.またあるものは、アテナの真似をして、「若者の胸に!」「力と勇気を!」と言い出したから、立川の南口界隈はちょっとした騒ぎになった.地下道の前あたりで、ドクトルが、彼らに声をかけて、「あのお祭りとかではないので、ついてこないでください、帰ってください」と若者たちを遠ざけた.
それにしても、若いギリシャの神々の影響力のなんと強力なこと.その場をカーニバルに変えてしまう力は神々ならではのものであろう.神様だから、影響力があるのか、影響力があるから神様なのか、よくわからない.多神教の神々のことを偶像という.偶像は英語でいうと、idolである.人の歴史が始まって以来のアイドルが彼ならのだろう.
高島屋の前の通りを進み、モノレールの立川北駅の下を少し右に曲がると昭和記念館前の芝生の広場がある.さらにその向こうにと、災害医療センターとかイケアがある.晴れた夜だから星空が綺麗だ.なんか今日は忙しかったな.ルシフェルと、ヘパが芝生に寝転がって、空を見上げ出す.はるなは座って、ドクトルはたったまま.若い衆4人とアテナは、あれだけ食っておいて、またなんか腹減ってきたな、とか言いながら、ジュースを買ってきてガブガブ飲み始めている.
「ドクトル、今日はありがとな、皆、楽しんだと思う」
「いえいえ、私も楽しかったです、はるなさんもですよね」
「はい」
「いつオリンポスに帰りますか?」
「まあもう少し21世紀の日本を楽しんでからかな」
「さっきの話、うちに来ますか?でも騒がないようにしてもらえますか.それであればいいのですが.」
「行きます」一人返事をしたのははるなだけだった.いつの間にか戻って来たほうちゃんはアテナの肩の上に止まっていた.




