テーバイとは、「文明の裏側をむきだしにした都市」
ギリシャの悲劇の本場が、テーバイなのだ.
『テーバイ攻めの七将』は、古代アテーナイの詩人アイスキュロスの作品とされる.
紀元前467年の春、アテナイの大ディオニューシア祭にて、
『ラーイオス』
『オイディプース』
『テーバイ攻めの七将』
という三部作として上演された。
以降では、
ソポクレースの『オイディプス王』(紀元前427年ごろ)、
『アンティゴネー』(紀元前441年ごろ)、
『コロノスのオイディプス』(紀元前401年ごろ)、
エウリーピデースの『救いを求める女たち』(紀元前420-415年ごろ)、
『フェニキアの女たち』(紀元前409年)
コロス(合唱隊)がそもそもフェニキアの女たち、なのである.
ギリシャの不幸の本質、
フェニキア人の移民、(カドモスの建国)
入国管理の時のゴタゴタ(アレスの大蛇、スパルトイの争い)、
ギリシャの神々を心から信仰できない、
親子兄弟の倫理の崩壊
そして、新興宗教のカオスに陥る.
・・・・・・・・・・・・・・・
「これまで見てきた、テーバイの悲劇、まさにそうですね・・・」
静香がまとめてみた.
神を直接見ようとする(セメレ、アクタイオン)
神と張り合う(ニオベ)
新宗教を拒否・暴走
神託を無視して破滅
このようなテーバイだから、ディオニソス信仰、
どう考えてもこれまでのオリンポスの神々の信仰とは異質の
新興宗教が生まれたりする.
「悲劇が誕生するのは、ギリシャの中で、テーバイだけなのだから・・・と断言してもいいくらい?」ドクトルはそう断言してしまいたい気持ちを抑えて、控えめに言った.
ギリシャ人であろうとした、フェニキアの移民・・・・
しかし、彼らはギリシャの神々を受け入れきれない、
ギリシャの神々との調和の使者、ハルモニアが機能しない、
「呪いの首飾り、そんなのは無関係だ!」だって製作者がそのつもりが全くないと言っている.
カドモス、ハルモニア、その子供たちにこれでもかと押し寄せる不幸.
神々を侮辱することによる、「ニオベの悲劇」
神託を無視、することによる、親子、兄弟、夫婦の倫理の崩壊オイデプスとアンティゴネの悲劇、それに続く、テーバイ攻めの7将の話・・・
これまでにみてきたテーバイの悲劇は、皆、そういうことなのだろうか?
神々の元で調和の取れた、ギリシャの社会、外来者のフェニキア人は、ギリシャの神々を信じ切ることができなかったから、同じく移民、というか侵入者である、ドーリア人のようには、ギリシャと、その神々に馴染めなかった?
「あるいは、フェニキアとペルシャの親密さ、それが、ギリシャ本土の人々の反感の原因になった可能性もあるかもしれませんね」
ニーチェの「ディオニソス的/アポロン的」とテーバイ.
フリードリヒ・ニーチェ は本来、
アポロン的=秩序・理性・形式・調和
ディオニソス的=陶酔・混沌・情動・破壊
と説明したが、実は、
アポロン的=通常のギリシャ社会
ディオニソス的=テーバイ的社会
なのかもと思えてきた.
テーバイの悲劇の原因に関する考察、今日のところはこの辺で終わりにしておきましょうか.




