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百目列伝①「アルゴスの悩み」


ここはルシフェルの診療所. 魔界随一の知恵者であるルシフェルは 地獄でただ一人の医師として診療所 所長としての肩書きもある. それにしても地獄の人材のすくないこと. 神々の子どもたちの将来を担うべき 学校の先生といえばルシフェルしかおらず、これは夢の中とは言え、生徒の評判が、最悪だったので閉校になった. 裁判所の判事はルシフェルが兼務し 立法のための国会はなく法律を作る仕事も 地獄の王たる彼の仕事である. 系統だった行政機関ももちろんなく 人間界でいうところの役所の職員 も彼一人. 『失楽園』にみるとおり, 天界や楽園におけるスパイ諜報活動も 彼がみずから行わざるをえなかった のはみなの記憶にあたらしいことである.最近では、息子のヘルメスがこの辺の仕事を手伝ってくれてはいるのだが.

  一方この堕天使の帝王は自分の部屋の 掃除から洗濯,買い出しまですべて一人 でこなす. 要するに地獄には人材がいない. はるなの家にいるとき何もしないのか、この反動か?


 とにかく,この地獄に落ちた天使たち, その本質において,不老であり不死であり いかなる苦悩からも自ら助けるすべを知る 者たちのはずではあるが, 先の大戦の敗戦に伴う心理的な外傷体験 (PTSDのことだ)や,楽しかった天国を 無理やり追い出されて,このような地の底に 幽閉されることによるノイローゼ,不眠, 将来の不安からくるうつ状態,灼熱の地獄 で起こる熱中症や,脱水,硫黄その他の 有毒ガスによる呼吸器その他の全身疾患, 神その人と,ミカエルたちの用いた銃火器による 銃創に電撃創に熱傷,天国から地獄に 転落するときの軽い打撲症から頭部打撲や脊髄の 損傷にいたるまで, 診療所の所長で地獄で唯一人の医師として 堕天使たちの健康管理と病気や怪我の治療も 彼が面倒をみてやらねばならない.


 アフロディーテが診療所のナースのかわりである.いつもどおり,つっけんどんで投げやりな態度 で評判が悪い.

「ん?どうしたの?ようがないならくるんじゃないわよ」

「なに?血圧?ふんじゃ腕だしな.測ってやっからさ. (パフパフ・・・・)締めすぎでいたい?文句言うんならはかって やんないよ.」

「採血すっからほら,頸動脈から.血液16000ml.何?人間だったら 4回血が入れ替わるくらいだ?あんた悪魔でしょう, そんくらいで死にやしないわよ」


 キューピーが問題を起こした次の日には 機嫌が悪くなり患者に対する対応がさらに 乱暴になる.まあ女で一つであの問題児を 育てないとダメなのだから同情の余地はあるが. とにかく彼女がいるときにはお客(患者様のこと)はぐんとすくなくなる.

 一方で,はるなはその美貌と愛想の良さをかわれて受付嬢だ .にこり、とやさしい微笑みの大安売りである. どうされました?にこり.これだけで のうたりん単細胞の悪魔たちは 良くなってしまうから重宝な受付嬢だ. 実際患者なんてほとんどが 気の病か本人の思い込みで本当の 病人なんてめったにいないから ほとんどはこの受付のレベルで対応可能である.

「どうしましたか?え,昨日飲み過ぎた? ダメよ.気をつけないとね.」ニコリ

「どうしました?どこの具合がわるいですか?」 にこり.

これだけで、患者は気分が良くなる.鬱や、痺れ、目眩、腹痛、頭痛、肩こりはだいたい良くなる.これが効かない患者には、追加の治療として、

彼女が首を左に15度傾けると、良くなる患者は良くなるが、多くの患者は鼻血を出す.

さらに、ウインクを追加でしようものなら、患者は失神してしまうので、これらの処置は保険の適応から削られてしまったので滅多に使わない治療法である.もちろん、現在人間界の診療報酬体系とは大きく異なる料金体系であることは言うまでもない.


「あれ,おれどこわるかったんだっけ?なんか はるちゃんの顔みたら具合悪いのよくなっちゃったよ」

「あらそう.じゃおだいじに~~.じゃ次の方どうぞ」 こういう感じで事務処理?レベルでほとんどの患者 は対応可能である.

「そうだな.気をつけるよ.なんかよ,はるな の顔みたらどこわるかったがわすれちゃった.」


 「百目さんどうぞ.」アフロディーテとはるなの選別でいわゆる 心身症と,けびょうと,思い込みの 患者はふるいにかけられ,そのまま診察室に 入ることもなくかえっていくが,のこった数少ない 本物の患者として 診察室にはいってきたのは百目である. 最初の診察は目の数を数えることでおわってしまった. その辺が変に几帳面なルシフェルだ.

「ほんとに百個あんのか?ん?」という感じで 全身に散らばる目の数を数え上げた. たしかに百の目があった.付箋で番号をつけていく.こんなところもこの先生の几帳面さだと思われる. えーまだこどものころに32番目の目がものもらいになって 200年前には38番目の目がかすんできて, さすがのルシフェルも途中で話しを聞くのが面倒に なってしまった.

「えーっと,そんでおととしから 57番目の目がかすんでみえにくくなってきて・・・・ 白内障の診断で,去年おれが水晶体の超音波吸引と 眼内レンズ移植の手術してやったんだよな」

「いえ,いえルシフェル先生ちがいます,59番目です.57番目はその前 の病院で手術してもらって、同じ目は先生には糖尿病性網膜症の診断で レーザー治療してもらいました.」 ルシフェルはめんどくさくなって大雑把にきいてみた.

「ふんふん,そんで57番目と59番目はどっちもその後の経過はいいんだよな」

「59番目はよくなりました」

「うん,レーザーしたほうだよな」

「いえいえ先生それは白内障の術後.57番目がレーザー! こっちは治療のあとに目のかすんだ感じとヒブンショウの 悪化はなくなりましたがとくに見え方がよくなったわけでは ありません.」

「そうだっけな.まあいいか.」

「よくありません!先生,わたしにとっては大事な目です」

「うーん?そんなもんか?そんだけ目があんだったら,一つ二つ見えなくても どってことねんじゃないの?」

「先生!医者ともあろうものがなんてことを!」

「まあまあ百目そうおこんなよ.おれも無神経なこといってわるかったな,あやまるよ.」

「あ,いえ,こっちこそすみません.目のことになるとちょっと神経質になってしまって・・・ それにしても先生、目の手術,何回やってもいやなもんですよね. 目の中ごしごし洗われて,目の周りを消毒されて,はーい瞬きしないで 目をこじ開けるめん棒あてますよ,なんていわれて・・・ 手術のとき,ちょっと視線が動くとすごくおこられるし. 手術の後2週間も顔洗えないし・・・・・・・ 白内障の手術はこれまでに2,3,5,7,11,13,17,19,23,29,31,37, 41,43,47,53,59,61,67,71,73,79,83,89,97番目の目でしてもらいました」

ほーこいつそんな細かいことよくおぼえてるな,と感心しながらルシフェルは カルテを確認した.彼の言う数字とカルテの記載は完全に一致している. 驚異というほかはない.カルテをザーッとみてふときがついた. ほーこいつの目は素数番目の目が白内障になるんか,とルシフェルはおもったが こいつにそれをいうとどんな反応するのか不気味なのであえていわなかった. 普通の感覚だとやはりこの患者が神経質過ぎるのだろうが. それに,これだけ同じ手術を何回もうければ慣れっこになって苦痛を 感じなくなるのが普通だとおもうのだが,このお客の感性はちょっと 特殊かもしれない.何度も同じ苦痛を繰り返しても,その苦痛に対する域値は だんだんと上がって行き,そのうち苦痛を感じなくなるのが やはり普通なのだろう.さらにカルテを見てルシフェルは愕然とした この白内障手術をした目に隣り合う目に,程度は軽くまだ症状をだすには いたらないがそれぞれ水晶体の白濁が始まっている.数年の うちには進行して手術が必要になる可能性があった.患者よりも こっちがうんざりだよ,とルシフェルがおもったが顔には何考えているかをださずに落ち着いた口調で話す.

「まあ,おめえにとっちゃどれも大事な目ってことなんだろうけどよ そんで,なになに,今年の6月にはケンカでなぐられて,87番の目に 網膜はく離で,82番が結膜かの出血と角膜の損傷か」

「はい.そのとおりです.お頭の奥さんの言いつけで、イーオーさんの見張りをしていたら、ヘルメスに殴られました.」

「そんなこともあったよな」あの時に百目はヘルメスに殺害されたことになっているが、そんなことはない.だからこうして、診療所に来ているのだ.

 

 このような経過が長くしかも 複雑でさらに神経質な患者の対応には気を遣わざるをえない.

 

 前回の診察では、これまでに百目がどのような病気を したかという「既往歴」を聴取した.あと目の番号をつけるのに付箋を貼って終わってしまった.


「で,今日はどうしたんだ?」 やっと今日彼が診療所を訪れた本題にたどりつくことができた.


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