「暗号を解読せよ!」
「暗号を解読せよ!」
トリプレットコドンの発見
「DNAの情報、伝令RNAに転写されます、運搬RNAがアミノ酸運びます、そしてリボゾームで、RNAの情報から、アミノ酸をならべてタンパクが作られます・・・
これがいわゆる、セントラルドクマですよね、どうやって、遺伝暗号を解読したのだろうっているのが、興味ありますね・・・」これは、海丸くんの疑問である.
今日は皆で、トリプレットコドン、つまり、三つの塩基配列から、アミノ酸に「翻訳」される、「暗号解読」の歴史を紐解いていく.
マーシャル・ウォーレン・ニーレンバーグ(Marshall Warren Nirenberg、1927年4月10日 -2010年1月15日 )は、アメリカ合衆国の生化学者、遺伝学者で、遺伝暗号の翻訳とタンパク質合成の研究で、ロバート・W・ホリー、ハー・ゴビンド・コラナとともに1968年度のノーベル生理学・医学賞を受賞した.
彼の行った実験は、UUUだけ含む、mRNAから、フェニルアラニンだけ含むタンパクが合成される、つまり、UUUが、フェニルアラニンをコードする遺伝子の情報であることを確認した、とのことである.
「この人の一生、誕生して、42歳でノーベル賞を取って、83歳で、亡くなっている・・・人生のちょうど半分でノーベル賞って、なんか象徴的、ですかね.ノーベル賞受賞の元の研究は大体、30代から40代で行った研究・・・・・」ドクトルがいうと、
「受賞の前に、実験して、論文書いて、それがあみ止められてから、受賞だから、どうかしたら、20代でやった実験だったりしないかね?」ルシフェルの意見である.
「あ、そうか、トリプルUから、フェニルアラニンの実験(実際にそう言ったかは知らない)は、ノーベル賞取るよりも前にやられないとダメですね」静香もルシフェルの意見に賛成である.
「ウイルスの抗体を RNAから作るっていう元になった、研究の、カリコ先生の研究は、話題になってからあっという間にノーベル賞だったから、すぐもらえるのかな、って印象がありましたが・・・」海丸くんがいう.
あ、そうか、でももっと注目される前の下積み研究の時期がかりこ先生にはあったようなことを、Wikipediaには書いてあったな.
『ハー・ゴビンド・コラナ(Har Gobind Khorana, 1922年1月9日 - 2011年11月9日)は、アメリカ合衆国の分子生物学者。インドのパンジャブ地方生まれ.遺伝暗号の翻訳とタンパク質合成の研究で、ロバート・W・ホリー、マーシャル・ニーレンバーグとともに1968年度のノーベル生理学・医学賞を受賞した.また同年マーシャル・ニーレンバーグと共にコロンビア大学よりルイザ・グロス・ホロウィッツ賞を受賞している。彼は1966年にアメリカ合衆国に帰化し、マサチューセッツ州ケンブリッジに住みマサチューセッツ工科大学にて晩年まで勤務した.
2つの塩基が交互に繰り返したRNAは、2種類のアミノ酸を与える(UCUCUCU → UCU CUC UCU)。この事実と、ニーレンバーグとレダーの実験によって、UCUはセリンを、CUCはロイシンをコードしていることが分かった。
また、3つの塩基が交互に繰り返したRNAは、3種類のアミノ酸を与える(UACUACUA → UAC UAC UAC, or ACU ACU ACU, or CUA CUA CUA)。
UAG、UAA、UGAという配列を含む4つの塩基が交互に繰り返したRNAは、ジペプチドかトリペプチドしか与えない。このことからUAG、UAA、UGAはストップコドンであることが分かる.
これらの実験結果によって、コラーナらは全ての生物に共通する遺伝暗号は塩基3文字ずつの言葉で書かれていることを明らかにした.この業績で、コラーナらは1968年12月12日にノーベル賞を受賞した.
コラーナはまた、世界で最初にオリゴヌクレオチドを合成した人物でもあり、最初にDNAリガーゼを単離した人物でもある.これらの方法を用いた人工オリゴヌクレオチドは世界中の研究室でシークエンスやクローニングに使われている。コラーナの発明は自動化、商業化され、そのおかげで今では誰でも欲しい配列のオリゴヌクレオチドを様々な会社から買うことができる.』(Wikipediaから引用)
「コラナ先生の実験はなんかインドの人が数学の才能を駆使して、行って、組み合わせの可能性を見つけたみたいで・・興味ありますね」ドクトルの意見であるが、それはコラナ先生の育った環境とか人となりを知らないとわからないことではあるが.
「実際にどうだったのでしょうね、コラナ先生、数学のセンス、すごかったのでしょうかね・・・・」海丸くん、若者が確認すると
「さあ・・・・」大人たちの意見である.
ロバート・ウィリアム・ホリー(Robert William Holley, 1922年1月28日 - 1993年2月11日)は、アメリカ合衆国の生化学者で、アラニンの運搬RNAを介してDNAとタンパク質合成を結びつけた研究で、ハー・ゴビンド・コラナ、マーシャル・ニーレンバーグとともに1968年度のノーベル生理学・医学賞を受賞した.
運搬RNA(tRNA)を単離する実験から始め、その後アミノ酸のアラニンをタンパク質まで運ぶ働きを持つアラニンtRNAの配列と構造を決定する実験を行った.ホリーらは、2種類のリボヌクレアーゼを用いてtRNAを小片に分割することで構造を決定した.
太田次郎著の細胞の科学という大学の時の教科書の最初の方に、tRNAの構造が書いてある.ホーリー先生のことも書いてある.tRNAの配列決定は、1965年となっている.
「あ、あの三又試験菅みたいなRNA・・・」静香がいう.
「うちの父上の三又の鉾みたいでなくて、先で平行に三又ではなくて、丸まった先は、ちょっっかくですよね、どう表現したらいいのでしょう?」海丸くんがいうと、
「それこそ、運搬RNA型の三又とでも言えばいいんでねえの?」ルシフェルは、命名の才能があるらしい.
「しかし、Kim先生のX線回折を元にした3次元構造は、全然,三又の鉾状ではない.」
そしてKim先生などと馴れ馴れしく呼んでいるが、ドクトルも、ルシフェルもこの先生とは全然面識も何もない.
ホーリー先生の実験の続きである.
『全体の構造は1964年に明らかとなり、伝令RNAからのタンパク質の合成を説明する重要な発見となった.またこれは、初めて配列が解読されたRNAともなった.ホリーはこの発見により1968年度のノーベル生理学・医学賞を受賞した.コラーナとニーレンバーグも、タンパク質合成の研究により、同年のノーベル生理学・医学賞を受賞した.
ホリーらの用いた方法を使って、その後残りのtRNAの構造も解明された.数年後、この方法は改良されて、微生物、植物、人間のウイルスにも使えるようになった.
1968年、ホリーはカリフォルニア州ラホヤにあるソーク研究所のフェローとなった.』(Wikipediaより)
「それにしても、運搬RNAが、担当のアミノ酸を識別するのはどうするのでしょうかね?待ち合わせの場所は、リボソーム、そこには、遺伝子の暗号コードを持ったスパイが運び屋を待っている.運び屋は、同じ暗号コードの鍵穴コードを持っている、例えてみれば、勘合貿易の片割れか、でもその片割れを持っている人、20種類のアミノ酸、どうやって選択して運んでくるのでしょうか・・・・」ドクトルがいうと、
またまた一同、「うーん」である.
いろんな事実をわかっている今でさえそうなのだ.開拓した人たちの苦労と先見性、いかにも恐るべし!
続きはまた今度.




