「失楽園」で言いたいのは、善悪のベクトル・・・
静香が岩波文庫の赤表紙を読んでいる.
ミルトン作、「失楽園」である.
「あ!すごいこと発見、アテナがルシフェルから生まれるところ、第二巻の750行目あたり」
「あ、見つかちゃったか・・・それって私に対する侮辱なんだけどね・・・」とはアテナの言い分である.
「あ、ほんとかとうとう見つかっちまったか・・あえて黙ってたんだがな」とルシフェルもいう.
ちょっとだけ、内容を引用しちゃいましょうか・・・
「女でもあり、蛇でもあるお前は一体何者なのだ?この奈落の底で初めて会った私を、父だと呼ぶのはなぜなのだ」と地獄の門で、サタンは、異形の女に対して問いかける.
「あなたは私を忘れたと言われるのですか?かつて天国であれほど美しいとみんなに言われていた私が、今ではあなたの目にはそんなに醜く見えるのでしょうか?あれは確か天国で集会が開かれていた時でしたが、天の至高き王に対する大胆な陰謀に加担した全ての熾天使たちの面前で、突然、あなたは激しい苦痛に襲われ、目が霞、暗くなり、朦朧となったことがあったはずです.その時、あたなの頭から炎炎たるほのうが吹き出し、左の部分が大きく口を開けました.そうやってあなたの頭から輝く姿も顔もあなたに良く似た、しかも神々しいほど美しい、武具を身に纏った女神が飛び出しました.」静香が本をそのまま読み上げる.
「おお、まさにアテナ誕生の物語.ヘパの親方が電気メスでジュジュって切ったのだけがないけどね」ドクトルいう.
「でもひどくないですか?オリンポスでは、正義の神々12神なのに、戦に負けて、地獄に落とされた途端に化け物扱い、私の足、蛇じゃないんですけど・・・」
椅子に座ったままで両足を上げて、足をいろいろに動かしてみせた.彼女はスカートを履いている.アテナはお得意の膨れっ面をしてみせた.その顔はなんとも可愛いのだが.
お昼過ぎのおやつ・お茶の時間で、皆が図書室に集まっている時である.
海丸くんが、わからないことを質問する.
「ミルトンっていつの時代の、どういう宗教の、なんていう文学に分類されるのですか?」
この子は本当に神童か?まあ、ポセイドンと山神の雪姫の子供だから神の子であるのには、間違いないが.質問すること書くこと、意見を言うこと全て、的のど真ん中をどんぴしゃりで、しかも、疑問の質が高いし、洗練されている.
「海丸くんは、すごくいい質問をしますね、いつもながら・・・」ドクトルがいつものことだが感心する.
「世界史の窓」という主に受験用の世界史勉強のためのサイトなのだろうか、そこで、ミルトンとその作品「失楽園」を調べてみた.
ミルトンはクロムウェルの側近の一人で、国王の処刑を強く支持した人らしい.しかし王政復古の後、投獄されたりして、40代で失明して、59歳の時、1667年、口述筆記で「失楽園を完成させた」これはピューリタン文学の代表作ということになっている.最後に渡辺淳一の「失楽園」と間違ったら大変だ、と書いてあったが、わかる人にはわかる冗談である.
「へえ、ピューリタン文学というとやはり、カルバンとかの予定論とかそういう教義なんでしょうかね、カトリックの考えにはやや批判的?あ、そもそもイギリスは国教会からだからどっちでもないか・・・・」
「カトリックの教義にずるずるベッタリではないでしょうけど・・・」とドクトルは自信なさそうに話す.そもそも、カトリックもルター派の教えも、カルバン派の考えも、全く違いを理解していないから、その勉強からしないと議論にならないのだろうが.
ちょっと、ドクトル逃げを打ってマトを外してみた.
「そう、渡辺淳一の失楽園、それまで私、彼の作品を、教養部文系に在学中に授業には出なくて、1日に二冊くらいずつ読んでいたことがありました.医学関係の小説です.いろいろありました、
ちょうど私札幌の下宿で一人暮らしをして、納豆ご飯とか卵かけご飯が食べれるようになった頃のことです.
札幌医大の心臓移植事件を扱った作品、幾つかあったと思います.なんて言ったかな?渡辺淳一、札幌医大の講師までした人だそうですが、それをやめて、小説家一本で行くきっかけになった小説があるみたいです.
先天性水頭症の子供をシャントの手術をする脳外科医の話
腕利きの外科医が、多発性骨髄腫になって亡くなってしまう話(無影灯、ドラマになって「白い影」だったか)
比較的新しいの医学小説は.雲の階段とか
後初めて医者になった女性の話?
野口英世の物語は、「遠き落日」だったかな・・
私は、その大学はやめて、京都の予備校に行き、次の春に医学部に入ってから、新聞に連載されたのが、「失楽園」なのですが、下宿のおばちゃんとか、そこらのおばちゃんにえらい人気で、渡辺淳一の小説、私がたくさん持っているのを聞きつけた、自分の母親(母は、水頭症の話、雪舞という小説が好きだと言っていた)やら、下宿のおばちゃんやらが借りに来る・・それから私自身は読まなくなってしまいましたね、彼の医学小説・・・・」
「失楽園」は
テレビドラマやら、(役所広司、黒木瞳)
映画(萩原健一、きのみナナ?)とにかく一大社会現象にまでなった.子供禁だったかな?
「当時のいい大人たちが、社会の善悪の概念を取っ払って、愛欲に溺れてしまいました的な」とドクトルがいうと、
「そんな映画なら私が主役じゃない、ねえ、オヤジさん」と愛染の母ちゃんがいう
「おうよ、俺は男の主役決定だぜ」とルシフェルがいう.
「あ、でも親父は、そんな責任感じて、一緒に女と心中なんてするタマじゃねえわな・・」アテナがいう
ああ、でもない、こうでもないと本家のミルトンの「失楽園」の話が、エピゴーネンの渡辺淳一に移ってしまった・・・・
「ま、俺がいうのもなんだが、多神教の善悪は、関係性と役割で決まる、ってことだろうな.だから、トロイアの戦争の時、神々が、それぞれ、ギリシャとトロイで争ったわけだしな.」
続けて彼がいうのは、
「力関係で勝つのはどっちか決まるが、俺たちでさえ、どっちが勝つかわからなかったわけだし・・・」
「一神教の神にはそういうことは許されないわな.神様一人で善悪全部背負ってるわけだから.まあある意味気の毒かもしれない.自由がないからな・・・」
「そういうものでしょうか?絶対の正義はない?」海丸くんはまだ納得がいかないようだった.




